西田宗千佳のイマトミライ

第334回

ソニーホンダEV開発中止 見せられなかった「SDV」の価値

開発が中止されたAFEELA第2弾。今年のCESで発表された

ソニー・ホンダモビリティ(以下、ソニーホンダ)が、今年(2026年)アメリカでの発売を予定していたバッテリーEV「AFEELA 1(アフィーラ1)」の開発と発売を中止した。同時に、2027年以降予定されていた日本での出荷と、今年のCESで公開していた第2弾モデルの開発も中止している。

この変更は、3月12日に発表された、ホンダの四輪EV戦略の見直しに伴うものだ。ホンダはこの見直しで最大2兆5,000億円の損失の可能性を示唆している。ソニーホンダの合弁についてどうなるかは現状コメントされていないものの、当然、大きな見直しが行なわれる可能性が高い。

ソニーグループ側も本見直しにより、業績に相応の影響が出ると見積もっているが、額などは明らかにしていない。

AFEELAの発売・開発中止は、一義的にはホンダのEV戦略見直しによる影響だ。後述するが、生産予定であった米国工場の稼働が止まり、提供予定であった部材も提供されないのでは、生産も開発も難しい。

他方で、AFEELAの開発中止自体に冷ややかな声を投げかける人が多いのも事実だ。ソーシャルメディアには、「こうなると思った」「なにかできるとは思わなかった」といった声も聞かれる。

筆者はシンプルには同意しない。しかし、そうした声が出てくるのも無理からぬところはある、と考えている。

理由は「SDVという存在の分かりづらさ」だ。それはどういうことかを考えてみよう。

ソニーは「パートナー」を募ってEVに参入した

ソニーグループがEVを初めて公開したのは、2020年1月に開催されたCESでのことだった。

2020年のCESで公開された「VISION-S」
VISION-Sの内装。今のAFEELAのものを思わせる

当時の名前は「VISION-S」。あくまで試作品であり、自社での製品化予定はない、とのことだった。

だが、その後試作車を短距離・ソニー私有地の中で報道陣に公開したり、同時期に開発していた撮影用ドローン「Airpeak」で撮影した映像を公開したりするなど、「走らせる気満々」の姿を公開しており、その向こうに「製品化するという想定」がないと考えるのは難しかった。

2020年夏にプレスに公開したVISION-S。思えばソニーが「走る自社EV」にプレスを乗せたのはこの時だけだった

ソニーグループがEVへの参入を明言したのは2022年1月のことだ。その後、2022年3月にホンダとの合弁事業となることが発表され、「ソニー・ホンダモビリティ」が生まれる。

2022年3月の会見より。吉田憲一郎社長(当時、左)とホンダ・三部敏宏社長(右)が握手

ホンダと組んだのは、ソニーだけでEVを作って「売る」のは難しい、と考えていたためだ。

自動車は単なる商品ではない。

高速で走る巨大な物体なので、事故が起きると人が死ぬ。安全性には多くの規制があるし、製造にもノウハウが必要になるものだ。メンテナンスを考えて製造する必要があるし、そのためのサービス連携も必須になる。保険やローン、車両を中古として売ることや、将来の中古車対応も考える必要がある。

自動車メーカーは、自動車という特殊な製品の流通と法規制、そして周辺市場についてよく知っている。すべてを自ら把握してビジネスをするのは、新規参入企業としてかなり負担が大きい。また、家電や半導体の製造工場と、自動車の製造工場は大きく異なる。

ソニーは自動車市場へ参入について「アセットライト」を前提に置いていた。自ら生産設備を持つのはリスクが大きいし、自ら知見がない領域ではパートナーを求めていた。ホンダとの合弁が発表される前は、「どの日本企業と組むのか」という予測が飛び交っていたのも思い出す。ホンダとの合弁は、当時の発想としてはベストな相手だったのだろう。

だが、EVに関する競合環境の変化は、ホンダの立ち位置を怪しくした。

ホンダのEV投資が途上である間に、アメリカ・ヨーロッパでのEV競合状況は大きく変わった。

欧州委員会は2035年までに内燃機関(エンジン)を使った新車の販売を原則禁止する予定だった。だが、バッテリーEVの普及が遅いことなどから、この方針は2025年12月に事実上撤回された。走行中のCO2の排出量を「100%削減(ゼロエミッション)」するというルールから、21年比で「平均90%削減」に変わった。

結果として、バッテリーEV化100%を急ぐ必要はなくなり、ハイブリッド車の需要も増す。また、高付加価値なEVに対し、中国系の安価なEVの需要が拡大し、そのことが欧州メーカー・日本メーカーとの競合を厳しいものとしているのも事実だ。

急激に売り上げが落ち、今後市場投入予定のハイエンドEVも市場とマッチしないと判断したホンダは、EVに大きくシフトした戦略を見直すことになったわけだ。投資途上であっただけに、その見直しコストも大きくなってしまうわけだ。

ソニーホンダのAFEELAは、ホンダが米・オハイオ州にもつ工場で生産することになっていた。1月のCESに展示したのは、その量産ラインで作られた「量産前提試作品」。過去と同じものが展示されていたのではなく、仕上げを含め、ほぼ市販車と同じものだった。過去の試作モデルは、ディスプレイやボディなどにどこか「試作品らしさ」があったが、今回のものは非常に「製品らしい」緻密さがあったのを覚えている。

1月のCESでは、ホンダの米オハイオ州工場で製造ラインが立ち上がったことを、ソニーホンダ・代表取締役 会長 兼 CEOの水野泰秀氏がアピール
1月に公開された、量産ラインでの「量産前提試作」。走行状況はまだ未公開だったが、完成度が増しているのは分かった

ソニーホンダは目指すクルマをアピールできていなかった

ソニーホンダは毎年CESなど様々な場所に試作車を公開、製品化に向けて準備を進めてきた。

ただ別の言い方をすると、公開される試作車は「実際に走ることを想定していないもの」がほとんど。展示で紹介される内容も大きく変わらない。そうすると内部でのオーディオ・ビジュアル系の機能などの紹介が中心となってしまい、「自動車としていままでとどう違うのか」がほとんどアピールされなかった、ということになる。

1月の取材写真より。車内から動画を見たり、Zoomで会議ができることなどがアピールされた

「自動車の中で動画が見たいわけではないし、それで自動車を買うことはない」

この言葉は、AFEELAに関する批判では最も多いものだ。

この気持ちもわかるが、実のところ、ソニーホンダはその点をアピールしたかったわけではないし、AFEELAのウリがそこにしかなかったわけでもない。詳しく記事を読んだりしないと「オーディオビジュアル以外の価値」は見えづらかっただろう。

ホンダとの合弁である、という点も、ソニーがなにをするのかを見えづらくした。

AFEELAの車体はホンダが開発した技術を使っている。そうなると、「EVとしてはホンダの技術なのに、ソニーはなにをしているのか」と思われやすくなる。

「AFEELAは、車内で映像を見せることを差別化要因としている」と言われる。それは差別化要因の1つだが、実のところ、ソニーがEVを作る狙いそのものではない。

筆者はソニーホンダの代表取締役 会長 兼 CEOの水野泰秀氏や、代表取締役 社長 兼 COOの川西泉氏に何度も直接取材してきた。特に川西氏とは、取材のたびに、製品化とは少し離れて「ソフトで制御される自動車にはどんな可能性があるのか」を議論してきた部分がある。

彼らが作ろうとしていたもの、目指していたものは、俗に「Software Defined Vehicle(SDV、ソフトで制御される自動車)」の基盤を作ることであり、SDV時代に合わせた自動車づくりを模索することだった。

ただ、SDVとはどんなもので、どんな価値があるかを、ソニーホンダはちゃんとアピールできていなかったように思う。筆者にも「きちんと記事で説明できていなかったのでは」と言われると、返す言葉はないのだが。

SDVは、自動車のカタチや走るスピードを変えるものではない。自動車メーカーがどう自動車を作るのか、という内向きな要素も多い。だから、「SDVでなにが起きるのか」を理解しづらいのも無理からぬところがある。

だが、何年も試作モデルを公開しつつ、「SDVのSDVたる部分」を見える形でアピールできなかったのは、ソニーホンダの大きな課題ではなかったか。

そしてどうも、「SDVのSDVたる部分」をソニーホンダ内の人すらちゃんと理解せず、外部とのコミュニケーションに活かせていなかったと思える節がある。

6年間見せるものがあまり変わらないままだったことは、いいやり方ではなかった。

SDVとはどんな存在なのか

では、SDVとはなんなのだろう?

前出のように「ソフトで定義される車」という意味だが、なにができるようになるのだろうか?

ソフトというと自動運転や安全運転支援(ADAS)などが思い浮かぶが、それらは要素の一部に過ぎない。自動車に搭載された多数のセンサーを活用して安全運転支援を行なうこと、自動運転を可能とすることはSDVの大きな価値だが、SDVでなくても自動運転車はあるし、安全運転支援機能も搭載はできる。

一つの本質は「自動車というハードウェアとソフトウェアの分離」がある。

例えば、SDVの要素と言われるのが「ソフトウェアアップデート」だ。アップデートに伴って自動運転などの機能が追加され、発売後にも価値を高めていくことが挙げられる。

テスラはこうした要素を搭載した先駆者であり、他のメーカーもそれを追いかけている。

ただ、それだけがSDVの要素ではない。

例えば、違う車種・違うベース設計のEVであっても、ソフトウェア開発は共通化し、開発スピードを上げることもSDVの重要な要素ではある。

これらの要素は、PCやスマホが同じハードウェアでもOSのアップデートで姿を変えること、設定やアプリの違いで人によって価値を変えることに近い。

ソニーホンダがプレスカンファレンスで示した図

AFEELAの内部で映像が見られる、PlayStationのリモートプレイができるといった機能については、要はAndroidで制御される車内システムが「アプリによって姿を変える」ことを、わかりやすく示していたに過ぎない。そして、それだけがSDVの価値というわけではない。

特に今後大きいと考えられていたのが、「乗る人が誰か、ということで価値を変える」という点だ。

AFEELAの場合にも、車高や曲がる時の感覚、加速の鋭さなどの設定を、乗車したドライバーに応じて変えることができる、とされていた。同じシャシーでも味付けを変えることで、自動車としての価値は変わる。

それ以上に、「誰がどこへ運転し、どう過ごしたのか」とAIを連携させることが、将来は大きな価値を持つと考えられていた。

今日は何があって、どのような経路で移動すべきなのか。行った先ではどう過ごすのか。移動履歴をAIが理解した上で対話し、必要ならば充電のタイミングを考えてくれる。

これは、スマホにおけるAI搭載に考え方が近い。人々がどんな行動をするのかにあわせ、その先で必要になる要素を提示する……というネットワークサービスの提供を考えていた、ということである。

実のところ、位置情報との連携やAI活用ならば、自動車でやらなくてもスマホで可能になる。ただ、自動車にIDが埋め込まれ、ドライバーの種別と連携することで、メンテナンスや保険との連携も可能になり、「自動車らしい価値」を提供できる。

すなわち、SDVとはID連携によるクラウド利用までを含めた要素であり、そういう意味では「自動車のスマホ化」とも言える。

走り味や設定、アプリや契約履歴などはクラウドに保存されており、故障時に代車を提供された際や新車に買い替えた際にも、そのデータを使って「自分のクルマ」になる。

自動車の中にUIやAIを搭載することになるので、その処理には、過去の自動車に比べ、高性能なプロセッサーを含むプラットフォームが必須になる。クアルコムやNVIDIAのような企業はそこに新しい市場を感じており、ソニーホンダもクアルコムとの連携を前提としていた。

これらの連携は、スマホやゲーム機を作っていれば当然の発想であり、馴染みのある考え方とも言える。しかし、自動車メーカーとしてはそうではない。

ホンダがソニーとの連携を求めたのも、こうした「SDVとしての可能性」をアピールするためでもあった。そのことが開発を難航させ、ホンダとソニーの間で足並みが揃わなかった部分もあったかもしれない。

だが、前出のように、ソニーホンダとしてはSDVの可能性をわかりやすく示せずにきた。製品が出てからが勝負と考えていたのかもしれないが、結果だけを見れば「間に合わなかった」という言い方もできるだろう。高価にならざるを得ない「理想的なSDV基盤」よりも、低価格な中国製EVが求められた部分もあった。

ソニーはセンサーを生かした先進安全・自動運転の部分と、クラウド連携プラットフォームによるSDVとしての可能性、両面でAFEELAを作っていた。

この努力を捨ててしまうのはもったいない。

ソニーがアセットライトを前提にしている以上、いきなり再び自社だけでEV事業に取り組むとは考えづらい。EVそのものではなく基盤技術の提供へと一歩下がる可能性は高い。とはいえ、センサーはともかく、クラウドとSDV基盤において、まだ実績の薄いソニーの技術を求めるEVメーカーがあると考えるのも難しい。

だとすると、他にパートナーを求めるか、それとも……。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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