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家電メーカーが量販店傘下に ノジマの日立家電買収の狙いと課題

日立製作所 網谷憲晴 執行役専務(左)とノジマ 野島廣司社長(右)

日立の家電事業が、ノジマ傘下で新たなスタートを切る。

ノジマが80.1%を出資する新会社に、国内外の日立ブランドの家電事業を移管。2026年度中に完了させる予定だ。日立製作所の100%子会社であり、日立ブランドの家電事業を行ってきた日立グローバルライフソリューションズ(日立 GLS)も、新会社に19.9%を出資する。

ノジマの野島廣司社長は、「ブランド、雇用、技術のすべてを維持する。ノジマの考え方や文化を、製造業のなかに取り入れて、日本の製造業の手本になることを目指したい」と、新たな事業への意気込みをみせた。

日立はなぜ家電事業を手放したのか。そして、ノジマは、家電事業を手に入れることでどんな成長戦略を描くのだろうか。

日立GLSの指定価格第1号商品となったドラム式洗濯乾燥機とイメージキャラクターの芦田愛菜さん(2023年撮影)

売上構成比は3% 家電事業を売却する日立の事情

日立製作所が、4月27日に発表した2025年度連結業績の発表の席上、同社の德永俊昭社長兼CEOは、「日立のポートフォリオ改革を加速するなか、ノジマとの戦略的パートナーシップにより、家電事業の新たな成長戦略を実行に移すことができた」と、家電事業の再編についてコメントした。

日立製作所 德永俊昭社長

德永社長兼CEO自らも、2017年4月から2019年3月まで、日立アプライアンス(現・日立GLS)の社長を務め、家電事業をリードしてきた経験を持つ。それだけに、家電事業に対する想いは、日立製作所の現経営陣のなかでも、ひときわ強いものがあるに違いない。

德永社長兼CEOは、「不断の事業ポートフォリオ改革の実行」を掲げ、構造改革の常態化を目指している。

実際、2025年度は、ポートフォリオ変革の取り組みとして、建設機械、空調、自動車部品事業における少数持分株式の売却のほか、ATM事業に関しては、沖電気工業と合弁会社を設立し、日立グループが40%を出資する体制へと移行することを発表。その一方で、フィジカルAIの具体的事例ともいえるリカーリング型デジタルサービス「HMAX」に対する開発力、サービス力の強化に向けた買収を国内外で加速。LumadaおよびHMAXへの開発投資として、約5,000億円を投じたことも明かしている。

德永社長兼CEOは、2025年度からスタートした経営計画のInspire 2027においては、「Lumadaとの親和性が低く、成長性や競争優位性が低い事業については再編を進める」とも語っている。

今回の家電事業の売却は、日立にとって、15年以上に渡る構造改革の最終フェーズと捉えることもできる。

日立製作所は、2008年度に7,873億円の赤字を計上。それ以降、抜本的な構造改革に着手し、事業の入れ替えを加速してきた経緯がある。

日立が目指す方向を「社会イノベーション事業」に定め、その流れとは異なる事業を売却する一方で、GlobalLogicの買収や、ABB のパワーグリッド事業の買収といった1兆円規模の大型買収も実施してきた。事業ポートフォリオ改革だけでなく、コスト構造の見直しや収益力の強化にも同時に取り組み、2009年3月には22社あった日立グループの上場子会社をゼロにするといったように大胆にメスを入れている。

前述したように、2025年度に実施したポートフォリオ改革も、この考え方を踏襲したものといえ、そのなかで発表された家電事業の売却は、日立製作所にとっては、当然の判断ともいえる。

日立ブランドの顔となる家電事業であっても、社会イノベーション事業や、社会課題を解決するソリューション群であるLumadaとの親和性が低い事業は、構造改革の対象となり、そこに聖域はない。

この方針は、空調事業で先行している。

日立ブランドのルームエアコンである「白くまくん」や業務空調機器事業は、2015年10月に、日立GLSが40%を出資し、ジョンソン・コントロールズ・インタナショナル(JCI)が60%を出資する合弁会社のジョンソンコントロールズ日立空調(JCH)に移管。日立はマイノリティとなり、事業を継続していた。

さらに、2025年8月に、JCHの株式のすべてを独ボッシュグループに譲渡し、「白くまくん」の開発、製造は、Bosch Home Comfort(BHC)が担当。「HITACHI」のブランドを維持しながら、日立GLSが販売およびサービスを担う体制へとシフトした。

しかし、業務用空調機器は、日立GLSへと移管し、開発、製造拠点も取得。ビル用マルチエアコンや店舗・オフィス向けエアコンのほか、データセンター向け設備用パッケージエアコン、冷温水を生成する空調機であるチラーユニットなどは、日立グループのなかに置き、事業を継続することになったのだ。

Lumadaとの親和性が低い「白くまくん」はボッシュに完全譲渡しながらも、Lumadaと親和性が高い業務用空調機器事業は手元に戻すという判断を行なったのだ。

この動きをみれば、今回の日立の家電事業の売却は、当然の流れであったともいえる。

日立GLSの2025年度(2025年4月~2026年3月)の売上収益は3,608億円。2019年度の売上収益が4,653億円であったことに比較すると、6年間で売上収益は約1,000億円減少し、事業規模は4分の3近くまで縮小。2025年度の日立製作所の連結売上収益が10兆5,867億円であったことに照らしあわせると、わずか3%の売上構成比しかない事業だ。

また、日立製作所が、2024年度(2024年4月~2025年3月)実績として発表した生活・エコシステム(日立GLS)の売上収益は3,676億円、Adjusted EBITAは392億円となり、Adjusted EBITA率は10.7%となる。

日立製作所では、Adjusted EBITA率で10%に届かないと判断した事業は、構造改革の対象と位置づけていたが、このハードルレートをクリアしても、Lumadaとの親和性が低い家電事業は切り離されることになったのだ。

実は、日立GLSは、日立グループにおいて、特別な役割を担う企業であるともいえる。

それは、次世代リーダーが、経営を実践で学ぶ登龍門としての役割だ。

日立製作所には、次世代リーダーを育成する「Future50」というプログラムがある。現在、日立製作所の社長兼CEOを務める德永俊昭氏や、日立GLSの前社長で、日立製作所 執行役専務 戦略SIBビジネスユニットCEOを務める谷口潤氏、そして、現在の日立GLSの大隅英貴氏も、Future50に選出されたメンバーだ。3代続けて、日立GLSの社長を、Future50のメンバーが務めている。さらに共通項をあげるとすれば、3人とも、Lumadaに直結するデジタル・IT分野での経験があるということだ。

日立GLSは、開発、製造、販売、サポートの機能を持ち、約6,100人の社員数を誇る。デジタル技術の活用やサステナブルへの取り組みにも積極的で、日立の地域家電販売店である日立チェーンストールの窓口としての役割も担う。ミニ日立の象徴ともいえる企業であり、日立の経営リーダーの育成には最適な場ともいえる。

ノジマの野島廣司社長は、「買収した企業のプロパーの人に社長になってもらうのが、ノジマのポリシーである」として、新会社の社長には、日立GLSの出身者を置く意向を示している。

だが、日立GLSは業務用空調機器の企業として存続するだけに、大隅社長がそのまま家電新会社のトップに就任する可能性は低そうだ。

VAIOに続く大型買収で家電メーカーになるノジマの野望

一方、ノジマの立場から見て、今回の日立の家電事業の買収は、どんな意味を持つのだろうか。

ノジマは、M&Aによる事業拡大を加速している。

キャリアショップ事業では、2014年のアップビート、2015年のITX、2023年のコネクシオを買収し、インターネット事業では、2017年のニフティ、2020年のセシールを買収。さらに、海外事業では、2019年にシンガポールのCOURTS、2023年にマレーシアのTMT(Thunder Match Technology)を、メディア事業では、2021年のAXNに続き、2024年にはアニマックスおよびキッズステーション、2025年にストリートホールディングスをそれぞれ買収した。さらに、研修コンサルティングのヒューマン・アビリティ・デベロップメント、女子サッカーチームのノジマステラも傘下に収めている。

そして、2025年には、PCメーカーのVAIOを買収して話題を集めたのは記憶に新しい。今回の日立の家電事業の買収は、VAIOに続く、2つめのプロダクト事業となる。

5月7日に発表したノジマの2025年度連結業績によると、売上高は前年比15.2%増の9,828億円、営業利益は20.1%増の580億円となり、いずれも過去最高を更新した。

一時は、1兆円企業への到達を目標に掲げたこともあったが、その方針は数年前に撤回している。野島社長の視野は、その先にあるようで、実際、売上高1兆円への到達は、すでに手中に収めたといっていい。さらに、日立の家電事業の買収によって、2026年度以降、売上高は大きく伸長することになる。

実は、2025年3月に行なったPC Watchによるインタビューのなかで、筆者の質問に答える形で、野島社長は、「PCメーカーだけでなく、家電メーカーも持ちたいと思っている」と発言。「その際の条件は、そのメーカーが特徴を持っていること、優位性があること」とコメントしていた。

野島社長は、4月21日の会見のなかで、「日立の家電事業買収の話は、2025年夏頃から始まった」としていたことから、インタビュー時点では、まだ具体的な話はなかったと見られるが、家電メーカーをノジマ傘下に置きたいという「野望」は、野島社長のなかでは、かなり前から視野に入れていたことが推察できる。

ノジマ 野島廣司 代表執行役社長

日立チェーンストールから始まったノジマが日立の家電事業を買う意味

ノジマは、1959年に野島電気商会として創業した地域家電販売店であり、日立チェーンストールとしてスタートしている。神奈川県相模原の小さな「日立のお店」が、67年後には、家電メーカーを買収するという、一般的には考えられないことが起きたともいえる。

VAIOの買収以降、野島社長の発言のなかで増えているのが、「日本の製造業を輝かせ、変革させたいと考えている」、「日本の製造業の手本になれたらいいと考えている」という言葉だ。

野島社長には、日本の製造業に対する不満がある。

それは、日本のメーカーの多くが、長年に渡り、「いいものを、安く売る」ことにこだわってきたことだ。

野島社長は、「いまは、その考え方が成り立つ時代ではない。価値がある商品は、その価値にあった価格で売らないと、事業としては成り立たない」と指摘する。そして、「いいものが、安く売れない状況に陥ると、開発や生産、販売を止めてしまうのが日本のメーカーの悪い癖である。海外メーカーのなかには、必要な人に対しては、価格を10倍にしてでも、いいものを継続して届けようという努力をしている。メーカーの都合だけで、商品の提供を止めてしまうことは、お客様に対して、とても失礼な話だ」と苦言を呈す。

もちろん、この言葉は、日立ブランドの家電を、特定の購入層だけに限定し、極端に高い価格で販売することを意味するものではない。

だが、野島社長は、「日立はすばらしい技術を持ち、すばらしい商品を作っている。日立ブランドの家電は、ハイレベルの技術に裏づけられた価値を感じるお客様にフィットさせて展開したい。お客様や社会に認めてもらえる商品、日本人の志やマインドシェアを守ってくれるブランドイメージを維持したい」とも語る。

ノジマの売り方は、コンサルティングセールスである。

メーカー販売員や、携帯電話会社からの派遣がいない唯一の家電専門店であることを標ぼうし、自社の従業員が、顧客ニーズに合った商品を提案することを基本方針に掲げている。

野島社長は、「ノジマの最大の特徴は、メーカーに忖度しないこと。お客様の要望にあわせて販売する企業であり、押しつけた販売はしない。その姿勢を、日立ブランドの家電にも継承し、お客様のニーズにあわせたモノづくりをしていく」としながら、「経営自体は、製造業を出自とした企業と、販売からスタートした企業との違いは多少あるだろう。だが、ノジマの考え方や文化を、製造業のなかに取り入れて、日本の製造業の手本になることを目指したい」とする。

日立の家電事業の売却先を巡っては、海外企業の名前もあがっていた。

日本企業の家電事業が、相次ぎ海外企業に売却されている動きを捉えると、日本の企業であるノジマが買収したことを歓迎する声もあがる。

日立の網谷憲晴執行役専務は、「家電事業が成長するのに、最もいいポジションはどこかを突き詰めて判断した結果である」とし、「日立製作所が培ってきた品質や、日本のモノづくりをどう続けていくのか、また、家電事業が引き続き成長するにはどうするかを考えた場合に、お客様の声を一番身近で聞き、その声を素早く製品に反映し、高い品質の製品を提供しつづけることができるノジマがベストなパートナーであると判断した。そこに、日立が培ってきた日本のモノづくり、品質へのこだわりを融合できれば、家電事業は新たな成長ステージに入っていくことができる」と期待する。

日立 網谷憲晴執行役専務

競合の家電量販店はどうみているのか? VAIOとは異なる背景

一方で、家電量販店であるノジマの買収によって、競合の家電量販店からは、懸念の声が聞かれているのも事実だ。これはVAIOの買収時にも見られていた動きだが、法人向けビジネスが9割を占めるVAIOと、家電量販店の売り場を大きく占める冷蔵庫、洗濯機、掃除機、炊飯器、電子レンジなどが対象となる日立の家電とでは意味合いがかなり違う。

もちろん、家電量販店だけではない。地域家電専門店やECサイト、テレビ通販などの動きも気になるところだ。

野島社長は、「新体制になっても、取引先との基本姿勢は変わらない。ただ、相手次第というところもある。すべての取引先に対して、最善を尽くして話し合いを行ない、モノづくりを進めていく」との方針を示す。

また、新会社が引き継ぐことになる日立チェーンストールへの対応については、「日立チェーンストールは、一生懸命努力している方が多い。価格だけではない売り方をしており、高齢化社会においては、重要な役割を担うことになると思っている。新会社の意図を丁寧に説明し、話を聞き、日立チェーンストールのお店に喜ばれるような戦略を進めていきたい」と述べる。野島社長は、日立チェーンストール向け専用製品も、継続的に開発する考えも示した。

家電量販店の傘下で、日本の大手家電メーカーが事業成長を目指すのは初めてのことだ。日本の事業会社による日立の家電事業の継承に期待の声があがるものの、業界内では新たな業界構造へと変化することに戸惑いの声も聞かれる。

家電メーカーの生き残りの新たな成功事例となるのか。その動きが注目される。

大河原 克行

35年以上に渡り、ITおよびエレクトロニクス産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ウェブ媒体やビジネス誌などで活躍中。PC WatchやクラウドWatch(以上、インプレス)、ASCII.jp (角川アスキー総合研究所)、マイナビニュース(マイナビ)、ITmedia PC USERなどで連載記事を執筆。著書に、「イラストでわかる最新IT用語集 厳選50」(日経BP社)、「究め極めた省・小・精が未来を拓く エプソンブランド40年のあゆみ」(ダイヤモンド社)など