西田宗千佳のイマトミライ

第139回

ソニーとホンダのEV開発が目指すもの。それぞれのモビリティ変革

3月4日夕方に開かれた記者会見で握手する、ソニーグループ・吉田憲一郎社長(左)と、本田技研工業・三部敏宏社長(右)

ソニーとホンダ。昭和の時代を代表する日本の「ハードウェア・スタートアップ」は、いまやどちらも巨大企業。3月4日に公開された「その2社がEVで合弁会社を作る」というニュースには、驚いた方も多いのではないだろうか。

ソニーとホンダ、EV共同開発。25年にEV初期モデル発売

ソニーは今年のCESで電気自動車(EV)への参入検討を発表しており、春にはなんらかの動きがあるのではないか、とみられていた。ただ、それがいきなり、このような国内大手同士の提携、という形で発表される……と予想していた人は少ないのではないだろうか。

ソニー、自社でEV参入。SUVの新型VISION-Sも披露

本連載ではその際にも、ソニーのEVがどのようなものになるのか、考察をしているが、今回は改めて、発表で分かったことも合わせ、「ソニーはホンダとともにどのようなEVを目指すのか」を考えてみたい。

ソニーのEVはどうなるのか。リカーリングという「必然」

「モビリティ」での大変革に備えて

ソニーが試作EV「VISION-S」を発表したのは、2020年1月のCESだった。ソニーの吉田憲一郎・代表執行役 会長 兼 社長 CEOは3月4日の会見で、そのことに触れた。

「2年前のCESで私は『メガトレンド』について話しました。過去10年を大きく変えたメガトレンドはスマートフォン、すなわち『モバイル』でした。これからの10年は『モビリティ』になります」

通信機能を内蔵し、移動して人々に利便性を提供するものを「モビリティ」と定義している訳だが、EVは当然その中核に位置する存在の1つだが、ソニーには経験の薄い領域でもあった。

だから自分達で作ってみて、経験値を積む必要があった。簡単に言えば、VISION-Sとはそういう「試作車」だったわけだ。

2020年に発表した試作車「VISION-S 01」。写真は、品川・ソニー本社ロビーに設置された実車

会見で吉田社長は、少し意味深な発言もしている。

「エレクトロニクス事業を祖業とするソニーは、IT・通信という技術、サービスというビジネスモデルのメガトレンドにおいて、『リードしてきた』というより『対応してきた』会社です」(ソニー・吉田社長)

すなわち、それらのトレンドは外からやってきたもので、ソニーは事業的に「対応せざるを得なかった」わけだ。その都度ビジネスを変化させ、対応を続けてきた訳だ。吉田社長の発言は「今回はトレンドセッターのグループに入る」という意気込みを示した、ということなのだろう。

強みとする「イメージセンサー」事業を生かす、と話す吉田社長。今度は変化へと先に打って出る、という意気込みだろうか

一方、本田技研工業(ホンダ)の三部敏宏・取締役 代表執行役社長も、自動車を中心としたモビリティの事業が「大きな変革期を迎えている」と話す。その上で、「革新の担い手は従来の自動車メーカーではなく、新たな業界からのプレーヤーになっている」と言う。

すなわち、今度こそ変化をリードしたいソニーと、自動車メーカーとして「変化を傍観するのではなく、自ら変革を起こし、新しい時代のモビリティの進化をリードする存在でありたい」(ホンダ・三部社長)というホンダ。両トップの意見が合致した結果の提携、と言えそうだ。

事実、提携の経緯について問われると、ホンダ・三部社長は次のように答えている。

「2021年8月に、当社から持ちかける形で始まった。ただし当初は今のような協業の話ではない。若手同士のワークショップを開始したところ、そこで両社が化学反応を起こすような、大きな可能性を感じた」(ホンダ・三部社長)

その後、ソニー・吉田社長とホンダ・三部社長の間で、2021年末にトップ交渉が行われ、「トップ同士のコミットメントが重要」というソニー・吉田社長の考えとも合致、今回の提携に至ったという。

ホンダ・三部社長は、井深大・本田宗一郎という両社の伝説的創業者同士の関係も引き合いに出し、両社には「歴史的・文化的にもシンクロするところが多い」と話す

パートナーを求めるソニー、「自らにない発想」を求めるホンダ

ただし、ソニーとホンダの間では、提携に求めるものの切実度が多少異なるようにも見受けられる。

ソニーはEV製造のためであっても、自社で大きな生産設備・工場を持たない「アセットライト戦略」を採る。

EVになって、自動車にも、PCのような「水平分業化」の波がやってきている。現在は完全な水平分業の前段階にあるが、それでも、自動車のシャシーを中心とした「足回り」の製造・開発に長けた企業をパートナーとし、オリジナルの自動車を開発することは可能になっている。

ソニーはパートナーとの開発・製造を軸に据えることで、投資額を抑えつつ、自社の差別化点である「イメージセンサー」「ソフトウエア」「エンターテインメント・コンテンツ」などを提供し、EVというモビリティ分野に参入しようとしている。

また、自動車のサポート・アフターサービスは独特かつ重要だ。事故の内容によっては人が簡単に死ぬのが自動車である。それだけに、品質保証からサポートまで、家電とは違う独自のノウハウが必要になる。

すなわち、ソニーがビジネスを進めるには絶対に「パートナー」が必要なのだ。

VISION-Sの開発でも多数のパートナーを募り、特に、車体開発と製造では、オーストリアのマグナ・シュタイアとのパートナーシップを活用している。

より大きなビジネスになる市販車製造では、どこかの自動車会社と提携するのでは……という予測はなされていた。それが結果として、「相思相愛」の形でホンダと提携することになったわけで、ソニーとしては願ったり叶ったりだろう。

ホンダは自動車の生産力とアフターサポートのノウハウを持つ。これはEV参入を目指すソニーにとって重要な要素である

一方、ホンダがこの提携を大きな収益源と見ているのか……というとそうではない。ホンダ・三部社長は「従来の提携では台数規模を追って収益を上げていくことが目標だったが、今回は『そうではない』とはっきり言える」と話す。

そして「ホンダの電動化戦略として、北米ではゼネラルモーターズとのプラットフォーム共通化などに取り組んでいるが、それとは別。ホンダのEV戦略とは一線を画したもの、とお考えいただきたい」とも言う。

すなわち、今回の提携は直接的な収益拡大を狙ったものではなく、ホンダが直面している「EVシフト」とも違う路線なのだ。

では何を目指すのか?

「今までにない価値を生み出していくのが狙い」とホンダ・三部社長は説明する。前述のように、元々の発端は「意見交換」だ。だが、そこで得られた「自動車会社からは出てこない発想」が、やはり魅力だったのだろう。

「新会社の目標は、まず第一弾として2025年に発売することが目標。そこで自動車というカテゴリーを超えた価値を具現化、世に問うのが最初のステップ」

三部社長がそういうからには、「ホンダのEV」とは違うチャレンジをした自動車を「まず作って世に出す」こと自体が一つの価値をもつ、と捉えることができる。

そもそも、市販車の開発期間として、ここからの3年は長いものではない。エレクトロニクスとは開発スパンが異なるため、ホンダとしては「まず2025年に間に合わせること」も、1つのトライアルなのだろう。

車でなく「人を認証」 モビリティ・プラットフォームとはなにか

では、その上でソニー・ホンダの自動車はどのようなものになるのか?

リリースでは「高付加価値型のエレクトリック・ビークル(EV)」とのみコメントされている。低価格な普及車ではないのだろう、ということはわかるが、それ以上の情報はない。会見でもノーコメントだった。

ただ、試作車である「VISION-Sと同じものが出るわけではない」ことだけは間違いなさそうだ。この点はソニーも認めている。

ソニーグループでEVを含めた、モビリティおよびロボティクス事業での開発を指揮する、AIロボティクスビジネスグループ 部門長の川西泉常務は、今年1月、筆者とのインタビューで次のように答えている。

「今のものがそのまま製品になるわけではなく、もっと最適化できます」

試作から見えたことがかなりあり、それを盛り込んだ上でより新しいEVを作りたい……ということのようだ。

どんなものになるのか?

デザインなどはもちろんわからないが、ソニー・吉田社長の以下のコメントは、大きなヒントと言えるだろう。

「今までのサービスは『車』を認証してきました。しかし、今後は(車を使う)『人』を認証することになり、さらに、アクションやサービスを提供していくことになります。その中で、アップデートや、必要であれば『課金』も行ないます」(ソニー・吉田社長)

ソニー・吉田社長は「セーフティ・エンタテインメント・アダプタビリティ(適応性)の3点でモビリティに貢献できる」と話す。そこにはネットワークサービスが必須だ。

EVに限らず、自動車は「家族の持ち物」だ。だからこそ、認証がかかるとすれば「その自動車は誰の契約に紐づいたものなのか」ということだった。通信モジュール内蔵の車が増えているが、やっているのはそういうことだ。

だが、吉田社長の言うように「人を認証」するようになると位置付けは変わる。

そこで、ソニー・川西常務が取材中に答えた、次の言葉を思い出した。

「自動車にもパーソナライズできる領域を相当増やせるはずです。同じVISION-Sであっても、人によって乗り味が違う、車の特性を変えてしまう、といったこともできます。ハードウェアの制約でできない部分もありますが、どこまでソフトでコントロールできるかが、我々にとってのチャレンジです」(ソニー・川西常務)

すなわち、車内のコントロールパネルや椅子の座面などの設定を乗る人によって変えるのはもちろん、操作の簡単さや走る時に重視する点といった、自動車の特性に関わる部分まで「個人の好み」を反映した自動車が作れないか……ということなのだろう。

その先には、カーシェアリングなどの「サービス型」もあり得る。カーシェアはまさに、車に乗る個人が認証されて、初めて実現するサービスでもある。

そうした、通信とサービスとが絡み合う部分をプラットフォーム化し、自動車のための新しい付加価値とするのがソニーの狙い、と想像できる。ホンダとしては、そうした発想を一緒に育てることで、過去と同じように自動車を売っていく形とは違う存在を見出したい、と思っているのだろう。

2022年1月、CESでソニーが「EVへの参入検討」を発表した際、同時に「ソニーモビリティ」という会社の設立が準備されていることも公表された。

今回の提携により、2社で作るEVベンチャーが「ソニーモビリティ」なのか……という印象を受けるが、ソニー広報は「そうではない」と回答している。

ソニーモビリティはソニーの考える「モビリティ・サービス」を色々な形で提供するプラットフォーム会社であり、ソニー・ホンダのEVもこれを使う。さらにはプラットフォームとして、他の企業への供給も検討されているという。この「ソニーモビリティ」は、2社の合弁会社とは別に、今年春の設立が予定されている。

ソニー・ホンダの合弁会社は2022年度中の設立を目指し、準備中。社名はまだ明らかになっておらず、今後はそこも注目点と言えそうだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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