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H3ロケットが初の日欧協力ミッション 小惑星探査機打上げへ

小惑星フェートンをフライバイ探査するDESTINY⁺(Credit: JAXA)

2028年、日本のH3ロケットが初めて欧州宇宙機関(ESA)の小惑星探査機を乗せて打上げられるかもしれません。2025年8月22日、JAXAはESAの小惑星探査機「RAMSES(Rapid Apophis Mission for Space Safety)」をH3ロケットで打ち上げる計画を公表しました。同じロケットには日本の小惑星探査機「DESTINY⁺」も相乗りし、それぞれ地球に最接近する小惑星「アポフィス」と、ふたご座流星群の母天体「フェートン」を目指すことになります。

2029年4月 史上稀に見る小惑星「アポフィス」大接近

今年2月、2024年末に発見されたばかりの小惑星「2024 YR4」が2032年に地球に衝突する確率があるとの報道が世界で大きく注目されました。その後、観測データの更新によって2024 YR4の衝突確率はこれまでの小惑星と同等の無視できるレベルまで引き下げられました。同時に「プラネタリーディフェンス」と呼ばれる、宇宙から来る小天体の衝突から地球をどう守るのかという取り組みが改めて注目されることになりました。

2024 YR4発見の20年前、小惑星が地球に及ぼす脅威を評価する「トリノスケール」という尺度で、2004年当時最高のランクとなり注目を集めた小惑星があります。これが直径340mの小惑星「99942 Apophis」です。

アポフィスもその後の観測によって今後100年間は地球衝突のリスクはないことがわかりました。それでも2029年4月13日にアポフィスは地球から約3万2,000kmの距離を通過します。これは、気象衛星「ひまわり」などが周回する静止軌道よりもやや内側で、地球をスレスレで通り抜けていくと言っても良いかもしれません。

これほど大きな小惑星が地球のすぐそばを通過するのは観測史上で初めてのことなので、小惑星のほうから近づいてくる千載一遇の観測チャンスを活かさない手はありません。ESAは約5年という突貫工事級のスケジュールで小惑星探査機を開発し、アポフィスに接近、ランデブーして観測するラムセス計画を立ち上げました。

Credit: ESA-Science Office

アポフィスが地球に接近すると、地球の潮汐力(天体の形を変形させる力)の大きな影響を受けると考えられています。どのように変化するのかは予測がつかないところで、小惑星全体が変形したり、表面がかき乱されたり、地震のような現象が起きるかもしれません。

ラムセスは2029年2月にアポフィスに到着し、小惑星の形状や表面の岩石の分布、質量や密度を詳細に観測して地図を作ります。2029年4月の最接近時にはアポフィスに寄り添うように表面から5km付近を飛行しつつ、1分間隔でその変化を撮影する上に、小型の着陸機をアポフィス上に放出して弱い地震などの現象も捉えようと計画しています。

こうした観測でアポフィスの素性を明らかにし、将来もしも地球に接近衝突する軌道を持つ小惑星が発見された場合に影響を見積もったり、どのように軌道をそらして地球から遠ざければよいのか計画づくりに活かしたりといったデータを得ようとしているのです。

最接近時には欧州でアポフィスを肉眼で観測できる機会もあるとみられ、世界中でプラネタリーディフェンスの機運が高まることから、国連は、2029年を「国際惑星防護年」とすることで合意しています。

地球の周辺を通り抜ける小惑星アポフィスの軌道(Credit: ESA)

ラムセスは、ESAがすでに打ち上げた二重小惑星観測ミッション「Hera」の技術を活かして短期間で衛星を開発することになりました。それでも2028年前半に予定されている打ち上げにはあまり時間がありません。

ESAはイタリアの衛星企業と契約して開発を進めていますが、正式には2025年11月に予定されているESA閣僚級会合にて承認されればミッションとして全予算が確定する予定です。開発が遅れるようなことがあると、地球の影響を受けるアポフィスのその瞬間を観測することはかなり難しくなります。2030年代に入ってからアポフィスに接近して状態を観測するバックアップ案はあるものの、地球最接近観測ミッションは基本的に1回しかないチャンスなのです。

そこでESAとJAXAは、小惑星探査の協力関係をより深めることになりました。もともとJAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」には欧州の小型着陸探査機を乗せ、Heraには日本から中間赤外カメラ「TIRI」を提供した協力関係があります。ラムセスにもTIRI(明星電気製)を提供する予定でした。さらに、薄膜・軽量の太陽電池パネル(NEC製)も追加して探査機の短期間開発を支援します。そして3つ目は、日本の液体ロケットH3にラムセスを乗せる、打ち上げ協力でした。

Credit: ESA-Science Office

ESAが2024年1月に公開した資料によれば、質量1,300kg以下とコンパクトなラムセスの打ち上げは当初、欧州の主力ロケット「Ariane 62」でした。Ariane(アリアン) 6ロケットに固体ロケットブースターを2本取り付けた形態で、10カ月間の航行の上にアポフィスに追いつく計画でした。バックアップ案としてSpaceXのFalcon 9の名前も上げられていました。

これが2024年7月の資料になると、打ち上げ計画の筆頭がH3(SRB-3が4本の24形態)ロケットになっています。変更の理由は公表されていませんが、2020年代後半のAriane 6はAmazonの通信衛星の打ち上げなどすでに予約がいっぱいです。アポフィス地球最接近に合わせて確実にロケットを確保するにはH3が適していると判断されたのでしょう。

Ariane 6打ち上げ案からH3案が浮上してくるまで、この間わずか6カ月。迅速に検討を重ねながら、ミッション実現に奮闘する日欧の研究者の姿が思い浮かぶようです。

出典:2025年8月22日JAXA「地球に接近する小惑星アポフィス探査計画RAMSESへの参画について」より

2025年4月には、東京大学に「はやぶさ2」やDARTミッションで協力した研究者らが集まり、ラムセス実現に向けたワークショップを開催しました。韓国やインドもアポフィス探査に関心を示していて協力が実現する可能性もあります。

JAXA 宇宙科学研究所の藤本正樹所長は、8月の文部科学省の審議会で「ESA側でも確立しているミッションではありませんので、日欧で協力してお互いできる限りのことをしながらチャンスを逃さず実現したい」と、日本の参加やH3ロケット提供が11月にESAの会合でラムセスミッションを正式に開始する「一押し」となる可能性があると述べました。

探査機のアイテム提供に加えて、ミッション実現にも力となるH3ロケットの打ち上げ支援。これが可能になった背景には、日本で打上げを待つもうひとつの小惑星探査機の存在があります。

イプシロンSからH3へ。乾いた小惑星フェートンへと向かう「DESTINY⁺」

毎年12月になると、三大流星群のひとつ「ふたご座流星群」を見ることができます。2025年のふたご座流星群の活動は12月13~14日、14~15日の夜となる予想で、月明かりの影響が少ない好条件のもとで観察できそうだと見られています。

このふたご座流星群は、地球に近い小惑星「3200 Phaethon(フェートン)」からダスト(チリ)が放出され、これが地球の大気に飛び込んできて発光することでおきると考えられています。

フェートンは彗星のように多くのダストを放出していたと考えられている小惑星で、現在でも太陽に近づくとダスト放出が起きています。小惑星でありながら、カラカラに乾いた彗星のような、彗星と小惑星の両方の特徴を持つ「活動的小惑星」フェートンのそばを高速で飛行しながら、フェートンとそこから放出されたダストを観測しようというミッションが「DESTINY⁺(デスティニープラス)」です。

DESTINY⁺は、小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」で培った惑星間を航行できるエンジン「イオンエンジン」の能力を向上させ、小型の探査機で深宇宙探査を実現するミッションとして宇宙工学(JAXA宇宙科学研究所)と理学(千葉工業大学)が協力し2021年に正式にスタートしました。

科学的に興味深い天体をフライバイしながら繰り返し観測する目標で、接近時にはフェートンまで約500kmまで迫り、秒速36kmという高速(NASAの「スターダスト」「ニューホライズンズ」などは秒速15km程度)で飛行しつつ地球からの指示を待たずに自動的に観測できるようになっています。地球に届くダストは大気の影響で変化してしまいますが、フェートン周辺にある手つかずのダストを観測することで、小惑星周辺のダストの分布などを調査する計画でした。

出典:2025年8月22日JAXA「深宇宙探査技術実証機(DESTINY⁺)の開発状況について」より

DESTINY⁺は、もともと日本の小型ロケット「イプシロンS」で打上げを目指していた探査機でした。500kg弱の小型の探査機で小規模かつタイムリーに深宇宙を目指すため、短期間で準備できる固体燃料の小型ロケットで打上げ、イオンエンジンの力で時間をかけて目的地の小惑星まで航行するのがその目的でした。

イプシロンSロケットは、1号機ミッションであるベトナム向けの地球観測衛星を打ち上げた後、2号機でDESTINY⁺を打ち上げる予定でした。ですが、2023年7月、2024年11月と2回立て続けに、イプシロンSロケットの新型2段モータの試験が失敗してしまいます。2段モータの不具合の原因は現在も調査中で、2025年の打上げは困難な状況となりました。

JAXAは代わって、H3など他のロケットへのDESTINY⁺の載せ替えを検討し始めます。打上げ予定は当初の2024年度から2025年度へ、2025年度から2028年度へと2回延期されることになりました。

H3へのロケット載せ替え検討が公表されたころ、DESTINY⁺とラムセスを相乗りさせるのでは? との推測が聞こえてくるようになりました。小型のDESTINY⁺ならばH3ロケットの搭載能力に余裕がうまれますし、H-IIAロケットでも小型月着陸実証機「SLIM」とX線分光撮像衛星「XRISM」を相乗りで打上げた実績があります。

H3ロケットのほうが推力に余裕があるため、探査機自身のイオンエンジンで時間をかけて軌道を変更する「スパイラル軌道上昇」という段階を省略して、当初予定時期より後から打上げても目標の2030年度にフェートンをフライバイすることができるとわかりました。

新たなDESTINY⁺のミッション計画では、フェートンへ行く前に小惑星アポフィスをフライバイで撮影するという追加のミッションも可能になります。フェートン撮影の予行にもなり、フェートン観測後に運用を継続する場合には、あの2024 YR4など小天体のフライバイ観測を毎年繰り返し行なうという検討も始まっています。先に開発が進んでいたDESTINY⁺の薄膜軽量太陽電池パドルをラムセスに提供するという協力もできました。

出典:2025年8月22日JAXA「深宇宙探査技術実証機(DESTINY⁺)の開発状況について」より

宇宙科学研究所の藤本所長は「フェートンに行くタイミングは逃がしませんし、アポフィスの観測もできます。DESTINY⁺にはプラネタリーディフェンス(地球防衛)という新たなフレーバーを加えることができましたので、非常にクリエイティブにDESTINY⁺の価値を高める形で解決できた」と相乗りプランに自信を示しました。

良いことばかりといえそうな相乗りプランですが、アポフィス観測は時間的にとても限定された厳しいスケジュールのミッションだという制約は依然として立ちはだかっています。

DESTINY⁺の高島健プロジェクトマネージャは、「スケジュールは後ろのほうがかなり厳しいと思っています。前倒しでできるものはないかということで、いろいろなかみ合わせ試験等を、当初予定していなかったものも追加して、できるだけ前倒し、問題があれば早く出るようにスケジュールを変更しています」と述べ、万が一の開発遅延の際には「もしもの時は想定して、ダミーマス(衛星搭載が間に合わなかった場合にロケットに取り付ける代替質量)等をお互いに考えるというところまで協議が進んでいるという状況になります」と引き締めて取り組んでいる状況を説明しました。

新たなチャレンジとはなりますが、ロケットの載せ替えという大きな変更を加えてもミッションの意義を守り、これまでと異なる価値を加えることになり、DESTINY⁺は日欧協力の新しい形を実現することになりそうです。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)