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H3ロケット最大の「24形態」初飛行へ 活用の幅広げる新形態を解説

打上げ前ブリーフィングの日は穏やかに晴れていた種子島宇宙センター。天候悪化が予測されるため、H3ロケット7号機はまだ姿を表すことができない(撮影:秋山文野)

10月21日に新型宇宙ステーション補給機「HTV-X 1号機」を打ち上げる予定だったH3ロケット7号機は、悪天候のため打上げ延期となりました。新たな打ち上げ予定日は26日(日)9時と発表されましたが、JAXAの有田誠プロジェクトマネージャが「H3の中で最も打上げ能力の高い、固体ロケットブースターを4本装着した24形態の初フライトとなります」と説明する、H3ロケットにとっても重要な機体です。

H3ロケット24形態、かつHTV-X専用フェアリング取り付け型であるH3-24Wの初フライトについておさらいしておきましょう。

JAXAのH3プロジェクトチーム 有田誠プロジェクトマネージャ(撮影:秋山文野)
新型宇宙ステーション補給機1号機(HTV-X1)/H3ロケット7号機打上げライブ中継

H3のコンフィグレーション

H3ロケットには、1段メインエンジン「LE-9」と補助ロケットブースター「SRB-3」の数、そしてフェアリングの形態によって複数のコンフィグレーションがあります。

メインエンジン「LE-9」は2基取り付けるタイプと3基取り付けるタイプがあり、LE-9×2基の場合は「SRB-3」を2本または4本取り付けられます。LE-9が3基のタイプはSRB-3は使用しません。またフェアリングにはショート型とロング型、そしてHTV-X専用のワイド型があります。現在、三菱重工業は全5種類の形態をラインアップしています。

  • H3-22S形態:LE-9×2、SRB-3×2、ショートフェアリング
  • H3-22L形態:LE-9×2、SRB-3×2、ロングフェアリング
  • H3-24L形態:LE-9×2、SRB-3×4、ロングフェアリング
  • H3-24W形態:LE-9×2、SRB-3×4、ワイドフェアリング
  • H3-30S:LE-9×3、SRB-3×0、ショートフェアリング
出典:JAXA

過去には、30形態にSRB-3を2本取り付けた「H3-32L」といった構想もありましたが、開発工程のシンプルさや衛星側の需要に合わせて整理していった結果、この5種類となっているのです。このうち、2号機から5号機まで打上げに成功したのはH3-22形態でした。ちなみに6号機は30形態のデビューとなり、まだ開発中のため7号機のほうが先に打上げとなります。

最もパワフルな24形態

今回が初飛行となるH3の24形態は、補助ロケットブースターを最大の4本取り付けて能力を増強したタイプ。メインエンジンが3基の30形態には補助ロケットブースターは使用しないため、H3のバリエーションの中では最大の打上げ能力を誇ります。

出典:JAXA

この24形態の初飛行がHTV-Xの1号機を打上げることで、過去の「HTV(こうのとり)」シリーズを打上げたH-IIBロケットを思い出すかもしれません。H-IIBは結果的にHTVシリーズの打上げにのみ使用され、専用ロケットに近い運用となりました。

一方でH3-24形態はHTV-Xだけでなく、複数の大型静止衛星の打上げや、来年度以降は火星衛星探査計画「MMX」、多数の衛星をまとめて打上げ、衛星コンステレーションの構築に貢献するなど、惑星探査や商用受注にも貢献する柔軟性の高い機体です。

特に、火星圏を目指すMMXにとっては、4トンもある大型の探査機を火星へ向かう軌道に投入するにあたって当初からH3-24Lの機体の使用が見込まれており、実現に不可欠です。H-IIBで経験のある構成とはいえ、新型ロケットH3にとっては宇宙科学の実現に寄与することを実証するマイルストーンとしての打上げといえるでしょう。

ロケットならではの特徴である迫力のある音響。コミックなどではよく「ゴゴゴゴゴ」といった描き文字で表されます。この巨大な音響には、SRB-3にも使用される固体ロケットブースター(固体燃料)が関係しています。

YouTubeなどで公開されているロケットの打上げ中継映像を観比べてみると、SpaceXのFalcon 9のように液体燃料エンジンのみのロケットは、どちらかといえば「シューッ」というようなやや甲高い音を発しているのに対し、補助ロケットブースターが取り付けられた米ULAのVulcanロケットなどは、天から振動が降り注ぐような低い、独特の音響を発しています。

搭載されたペイロードにとっては、パワーと引き換えに振動が大きくなるため良いことばかりではありませんが、打上げの迫力はかなりアップ。H3ロケットも22形態、24形態、この先に飛行するSRB-3なしの30形態とラインナップが揃ってくれば、聴き比べる楽しみが増えるといえそうです。

HTV-Xならではの海外製ワイドフェアリング

H3ロケット7号機は、ペイロード(衛星)を包むフェアリングは、大型のHTV-X 1号機に合わせた特別な仕様になっています。通常のロングフェアリングが全長16.3mに対し、ワイドフェアリングは16.4mと少し長く、さらに直径5.2mのH3のコア機体に対して、HTV-X用のワイドフェアリングは直径5.4m。

有田プロジェクトマネージャによれば、フェアリング取り付けにあたって「この直径の違いを補正するアダプターが必要になります。アダプターを合わせると、全長が少し長くなります」とのことで、H3-24WはH3シリーズの中でも全長が最も長い64mとなっています。

ロケット搭載後の衛星の調整作業を行なうために、フェアリングにはアクセスドアと呼ばれる作業用ドアが設けられています。HTV-Xは中でも、生鮮食品やISSでの実験資材などデリケートで、打上げ直前のタイミングまで調整を行なうことがあります。そのため、「レイトアクセスドア」と呼ばれる通常より大型のドアが設けられています。

出典:JAXA

HTVを搭載したH-IIBのフェアリングにも大型アクセスドアがありましたが、与圧カーゴの搭載部が機体の上部だったため、アクセスドアから入った作業者は、穴に降りていくように複雑な作業をする必要がありました。HTV-Xでは与圧カーゴに下から体を入れて作業することができるようになっています。アクセスドアの幅も広くなっていて、こうしたペイロード別のカスタマイズが最終的に、使いやすさの評価につながってくるのです。

HTV-X仕様のワイドフェアリングは、大型タイプに実績のある海外メーカーが製造しています。これまで成功した方式を踏襲しているため、フェアリングの開き方も通常タイプとは異なります。

ショート/ロングフェアリングが、貝が口を開くようにぱかっと開く「クラムシェル開頭方式」であるのに対して、ワイドフェアリングは左右に離れて開いていく「並行開頭方式」。フェアリング開頭の全体像を外から撮影するというわけにはいきませんが、打上げシーケンスの映像をよく見ると、フェアリングの根本部分が左右に離れてから開頭する様子がしっかり反映されています。

出典:JAXA

H3ロケットの今後に向けて

H-IIAよりも大型化したH3ロケットが打上げ準備中に横風の影響を受けないように開発された機体把持装置が今回初めて実際に使用されます。さらに新しい機能として「自律飛行安全システム」の実証が行なわれます。

出典:JAXA

ロケットの飛行中に何らかの異常が発生し、飛行を中止しなければならない場合には、これまで地上から飛行経路を監視した上で安全管理担当者が判断、コマンドを送っていました。そのため、ロケットは地上局と通信できる範囲内を飛行する必要があり、飛行経路の制約となっていました。その分、燃料を消費することから特に静止衛星の打上げ能力が犠牲になっていたのです。

今回の7号機では、自律飛行安全システムのソフトウェアが2段ロケットの飛行の後半で位置や速度といったデータをもとに、計画通り正しく飛行しているかの判断を行ないます。今回は実証のため、データ収集にとどまりますが、将来はH3ロケット自身が「正しく飛んでいるか」を判断するようになるのです。

出典:JAXA

H3-24形態は、H3初の惑星探査ミッションである「MMX」を担う機体です。実用衛星と異なり、惑星探査向けの打上げの際には地上局が設置されていないコースを飛行する必要があるため、その準備としてH3ロケット7号機でNASAの通信衛星「TDRS(Tracking and Data Relay Satellite)」との通信実証を行ないます。

TDRS衛星は静止軌道から国際宇宙ステーション(ISS)との通信をはじめ多数の衛星ミッションをサポートする衛星群で、地球全体を取り巻いているため通信範囲が広くなるのです。H3ロケット7号機は、新型宇宙ステーション補給機の初飛行だけでなく、今後のH3の完成度を高める見どころの多い打上げだといえるでしょう。

出典:JAXA
秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)