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JAXAの技術実証衛星「RAISE-4」 相乗りする8つの革新技術とは?

JAXA 筑波宇宙センターで公開されたRAISE-4衛星(撮影:秋山文野)

2025年10月10日、JAXAは小型衛星の新しい技術を宇宙で実証するプラットフォーム衛星「革新的衛星技術実証4号機 RAISE-4(レイズ・フォー)」の機体を報道関係者に公開しました。

地上のIoT機器から衛星でデータを集める技術、水を推進剤とした小型衛星向けエンジン、スペースデブリ防止のための軌道離脱装置など複数の技術テーマが相乗りしています。固体ロケットのイプシロンSに搭載予定だったRAISE-4が相乗り超小型衛星とともにニュージーランド発のロケットへ載せ替えることも発表されました。思い切った変更が加わったRAISE-4、どんなミッションとなるのでしょうか。

RAISE-4に搭載される機器を開発した民間企業の責任者(撮影:秋山文野)

「革新的衛星技術実証」プログラムとは

革新的衛星技術実証プログラムとは、JAXAが2019年から続けてきた、公募型で超小型衛星向けの新技術の宇宙実証事業です。

衛星技術には「技術成熟度(Technology Readiness Level:TRL)」という9段階の実用化の指標があり宇宙で実際に動かす「軌道上実証」を達成することで最も上位のTRL9に達することになります。とはいえ技術試験のために民間が独自に打上げ機会を獲得することは難しく、日本の宇宙技術向上のためにJAXAはさまざまな形で実証機会を提供しています。

革新的衛星技術実証プログラムは、その中で小型衛星向けのイノベーションを目指すものです。

革新プログラムでは、中核となるプラットフォーム衛星「RAISE」シリーズを民間事業者が開発し、そこにさまざまな衛星技術の機器が搭載されることになります。加えてRAISE衛星とともに打上げられる複数の超小型衛星があります。

打上げロケットはこれまで固体ロケットの「イプシロンシリーズ」が使われ、日本の基幹ロケットで「ライドシェア」(軌道が異なる複数の衛星の相乗り)を実現する機会となってきました。

革新的衛星技術実証1号機は2019年に打上げられ、2021年に2号機、2022年10月の3号機までイプシロンでの打上げが続きます。しかし3号機でイプシロンロケットが打上げに失敗。RAISE-3衛星と相乗り超小型衛星は海へ落下してしまいました。

革新3号機から4号機へ再チャレンジ

JAXAは4号機での再チャレンジを提供することになり、各種コンポーネント(実証機器)や超小型衛星の多くが再開発に挑みました。ところが4号機での機会を待つ中で、イプシロンSロケットがまさかの2段モータ地上燃焼試験に続けて2回失敗してしまいます。打上げ機会の見通しはさらに不透明になりました。

JAXAの超小型・小型衛星宇宙実証研究ユニット 小松雄高ユニット長によれば、ロケット開発状況を受けて、打上げ時期調整の検討が行なわれたといいます。

「各実証テーマの機関の皆様に影響についてヒアリング調査した結果、打上げが2026年度以降になると、実証の意義や価値に非常に大きな影響が出るということが判明しました。当初の計画通りに何とか2025年度内の打ち上げを実現したい、ということで手段について検討しまして、イプシロンSロケットから米国のロケット・ラボが提供するエレクトロンによる打ち上げへ変更することになりました」と、イプシロンからエレクトロンへの載せ替えの経緯を語りました。

エレクトロンロケットによるシンスペクティブの地球観測衛星の打上げ(Credit: Rocket Lab)

エレクトロンとは、ニュージーランドの独立系宇宙エンジニア、ピーター・ベックが創業したRocket Lab(本社は米国)が運用する超小型衛星打上げロケットです。ピーター・ベックは青年時代から自作の自転車とロケットエンジンを組み合わせたバイクでダッジ・バイパーとレースに挑むなど、独自の技術を磨いてきた異色のロケットオタク。現在は米国東海岸とニュージーランドの2拠点で衛星打ち上げを行なっています。

ニュージーランド北島のマヒア半島にあるロケット・ラボ専用射場で、2018年に初打上げに成功。地球観測衛星など超小型衛星で50回以上の実績を上げてきました。日本ではレーダー地球観測衛星企業のシンスペクティブやQPS研究所などがエレクトロンを利用しています。

SpaceXの大型ロケット ファルコン9ではサービスしないような傾斜軌道への打上げなどに対応し、独自の評価を獲得しています。革新4号機の載せ替えはJAXAの取り組みでは初めてのことですが、日本との関係が深いことから納得できる選択だったといえるでしょう。

打上げは2025年11月以降に実施される予定です。エレクトロンは搭載能力がイプシロンSより小さいため、RAISE-4に1回、超小型衛星向けに1回の2回を調達するとのことです。革新3号機で、商用の顧客として搭載予定だったQPS研究所のSAR衛星にもさらにもう1機のエレクトロン打上げ機会が提供されるとのことです。

RAISE-4とは

ここからは、お披露目されたプラットフォーム衛星RAISE-4に搭載される技術実証機器とそのミッションについて見ていきましょう。RAISE-4は三菱重工業が開発した約110kgの衛星で、8つの実証テーマ機器を搭載しています。そのうち6テーマはRAISE-3からの再チャレンジ、2テーマは新規開発の機器です。

出典:2025年10月10日JAXA「革新的衛星技術実証4号機概要説明資料」
RAISE-4搭載軌道上実証コンポーネントの取り付け位置とRAISE-4本体(撮影:秋山文野)

NTT「LEOMI」

NTTが開発した衛星IoTプラットフォーム「LEOMI」は、地上に設置された多様なIoTセンサーの情報を収集する機器です。海洋ブイや河川の水位計、山中の野生動物捕獲罠など、普段は人が見に行くことができない地上の場所に設置されたセンサーが計測した情報を、周回する衛星で収集し、地上局と接続したときに地上に送信するという技術です。M2M(Machine to Machine)やD2D(Device to Device)とも呼ばれます。

実施責任者であるNTTの山下史洋さんは、「衛星と地上機器は通常は1対1で通信するものですが、LEOMIは複数のアンテナから異なる信号を基地局に送って、基地局側で干渉を制御することで周波数利用効率を上げる方式の実現を目指します」といいます。また地上のIoT機器の電力消費を抑えるため、衛星から信号を送ることで端末を起動する「目覚ましビーム」など遠隔、無人センシングならではの機能の実現も目指します。

三菱電機「GEMINI」

三菱電機が開発した民生用GPU「GEMINI」は、軌道上でエッジコンピューティング技術を実証する機器です。合成開口レーダー(SAR)などの地球観測衛星の大容量データを軌道上で処理、軽くすることなどを目的としています。

実施責任者の千葉旭さんは、「宇宙用プロセッサーは性能の制約から高い負荷の処理をすることができず、地球観測衛星の観測データをあまり処理をせずにそのまま地球に送ることが一般的でした。観測から伝送に時間がかかり、地上でも送られたデータを処理をするため一連の流れに長い時間がかかるといった課題がありました。そこで、AIでSARのデータから地上の変化を抽出、処理して暗号化するところまで軌道上で実施し、高速な信号処理が可能になるよう、民生GPUの軌道実証をめざしています」といいます。

Pale Blue「KIR-X」

Pale Blueが開発した水を推進剤とした小型衛星向けスラスタ「KIR-X」は、2種類の推進方式をパッケージ化した実証機器です。Pale Blue代表の浅川純さんは、「水を推進剤とした2種類の推進機を1つのシステムに統合した推進系の実証をめざしています。1つは水蒸気を噴射するタイプの“レジストジェット”推進機。もう1つは水のプラズマイオンを噴射するイオンスラスタと呼ばれる推進系です」といい、小型衛星で求められるスラスタ技術に、安全に取り扱える水を利用するシステムの実現を目指しています。

高橋電機製作所「TDS-PPT」

高橋電機製作所が開発した「TDS-PPT」は、キューブサットと呼ばれる超小型衛星向けに開発された小型・低価格の推進装置です。3U(30✕10✕10cm)の衛星の3分の1程度のスペースに収めることができ、推進剤にPTFE(テフロン)を使用します。

開発者の高橋徹さんは、「今後ますます増えていくと思われる小型超小型衛星向けに高性能で低価格を実現可能な電気推進装置です。スラスタの燃費に相当する“比推力”が高くそれでいてシンプルな構成ですので超小型衛星向きだといえます」としています。

アクセルスペース「D-SAIL」/サカセ・アドテック「HELIOS-R」

小型地球観測衛星を開発、運用するアクセルスペースは、小型衛星のミッションが終わった後に、衛星を軌道から早期に離脱させて大気圏に再突入させる機器「D-SAIL」の実証を行ないます。

アクセルスペースの倉田稔さんによれば、「運用終了後の衛星が軌道上に存在する期間をさらに軽減するため、デオービット(軌道離脱)機構のシステムの検証を行ないます。衛星の運用終了後に幕面を展開して、軌道上に存在するわずかな空気の抵抗を利用して大気圏に突入させる装置です」と説明します。

帆のように膜面を広げるD-SAILの開発に協力したサカセ・アドテックは、衛星向けの膜面展開構造物に発電・アンテナ機能を加えた展開システムを開発しています。広げた膜面にはシート状の薄膜太陽電池と5Gアンテナ、地球観測の技術のひとつである干渉計アンテナが取り付けられています。

実施責任者の酒井良次さんによれば、「箱の中から大きな、発電機能を持つ膜面展開構造物を展開させる実証を行ないます。将来の低コストな小型衛星向け大電力・大容量5G通信などを実現する機器になります」といいます。

革新4号で初チャレンジのコンポーネント

マッハコーポレーション「CF-CAM」

革新4号向けに新たに開発されたマッハコーポレーションの耐放射線地球観測カメラ「CF-CAM」は、福島第一原子力発電所の廃炉処理用カメラとして採用された、原子炉周辺の観測が可能な高い放射線耐性を持つカメラの技術を応用して開発され、宇宙の放射線に耐える機能を持っています。開発には福島県の航空宇宙産業の育成支援を受けています。

マッハコーポレーション技師長の野口一秀さんは、「福島県に貢献するという思いから、このカメラで福島県を撮影するミッションを計画しています。我々のカメラは何十年と宇宙の放射線に耐えるので、実は一般的な衛星の寿命である5年、10年が経過してもまだまだ運用できます。主ミッションの後にチャンスがあれば、もっと撮影を続けたい」と意気込みを見せています。

三菱重工業「AIRIS」

三菱重工業のAI物体検知システム「AIRIS(アイリス)」は、地球観測システムの一種で、海を観測して船舶を宇宙から検知する機能を持っています。軌道上で観測データを処理して軽くしてから地上に下ろすというコンセプトは三菱電機のGEMINIと共通点があります。

実施責任者の益川一範さんによれば、「これまで画像データを地上に下ろしてから処理することが一般的でしたが、船舶等の場所を検知して、必要なデータのみをダウンリンクするシステムとなっています。さらにデータを地上で再学習して、それを衛星に送ってオンボードAIチップを更新するという一連のサイクルの実証も行なう予定です」といい、ミッションを重ねると学習が進むシステムの実現を目指しています。

RAISE-4のミッション

8つの実証機器を載せたRAISE-4衛星は、2025年11月25日から12月24日までの期間にニュージーランドから打上げられます。目標軌道は高度540km、軌道傾斜角98度の太陽同期軌道で、打上げ後2カ月間の機能確認を経て、13カ月のミッション(合わせて15カ月のミッション期間)を実施します。

搭載された実証機器には1週間単位で平等に時間配分があるということですが、機器の性質によって細かな調整が行なわれています。「KIR-X」「TDS-PPT」、2種類の小型衛星向けスラスタは、意図的にRAISE-4衛星のボディの縁近くに取り付けられています。

スラスタの推進方向が衛星の重心を貫くようになっていないため、エンジンを噴射すると衛星は回転を始めることになります。実はこれが実証の肝の部分。衛星のサイズに比して実証用スラスタはそれほど大きなパワーを出せないため、わざとスラスタ噴射で衛星を回転させることで、回転量から推進力を計測することになっているのです。

衛星には姿勢を制御するリアクションホイールが搭載されているため、実証後には姿勢を元に戻すことができます。また、アクセルスペースのD-SAILは衛星の軌道離脱装置ですから、ミッション期間の最終盤に膜を展開する、いわば締めくくりの実証となります。

出典:2025年10月10日JAXA「革新的衛星技術実証4号機概要説明資料」

相乗り超小型衛星

革新的衛星技術実証4号機は、本来はRAISE-4と8機の超小型衛星(キューブサット)の相乗りミッションでした。搭載ロケットの変更に伴い、8つの衛星、名古屋大学の「MAGNARO-II」、米子工業高等専門学校の「KOSEN-2R」、早稲田大学の「WASEDA-SAT-ZERO-II」、未来科学研究所の「FSI-SAT2」、東京科学大学の「OrigamiSat-2」、大日光・エンジニアリングの「Mono-Nikko」、青山学院大学の「ARICA-2」、日本大学の「PRELUDE」は2026年1月から3月までの間に、もう1機のエレクトロンロケットで打上げられることになります。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)