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線状降水帯の予測精度も向上? 次期気象衛星「ひまわり10号」が実現するもの

「ひまわり10号」のイメージ(出典:三菱電機)

今年8月に気象庁は、2029年度(令和11年度)の運用開始を目指していた日本の静止気象衛星「ひまわり10号」が1年先の2030年度(令和12年度)からの運用開始になるとの方向性を示しました。

現在は2機体制で観測しているひまわり8・9号は2030年代には運用終了を迎えます。9号から10号への交代は間に合うとはいえるものの、やや余裕が少なくなりました。気象庁が運用時期を延期した原因は、搭載予定のセンサー「赤外サウンダ」の開発遅れとされています。

気象庁がギリギリまで調整してでも搭載するべき「赤外サウンダ」とはどのような観測機器で、気象予報にどのようなメリットをもたらすのでしょうか。開発の課題と世界の気象衛星の方向性を踏まえて見てみましょう。

静止気象衛星「ひまわり」は、1977年の1号機以降、50年近く宇宙から日本の気象観測を続けてきた衛星シリーズです。高度約3万6,000kmの静止軌道は、地球の自転と同じ速さで衛星が周回でき、地上からはいつも同じ場所に衛星がいるように見えます。この特徴を活かして一定時間ごとに地表を観測することができます。

現行のひまわり8号、9号(同じ機能を持つ姉妹衛星)には、「AHI(Advanced Himawari Imager)」という可視赤外放射計(可視光と赤外線を観測する機器)が搭載されています。イメージャとは地球表面から反射・放射される電磁波を計測する機器で、赤外線まで感度を持つカメラのような機能を持っています。

AHIは可視域3バンド、近赤外域3バンド、赤外域10バンドと合わせて16バンド(16の波長帯が観測可能)のセンサーを持っています。分解能(画像の解像度)は最も高いところで0.5km、そのほか2kmとなっています。カラー化すると解像度は低くなるため、おおむねデジタル画像の1ピクセルが2km四方となっている気象画像が得られると考えればよいでしょう。

気象衛星「ひまわり」が捉えた2025年9月28日の日本を含む西太平洋地域(Credit: JMA)

ひまわり6・7号から8・9号にアップデートされた際に5バンドだった放射計は16バンドに強化され、赤外の分解能も4kmから2kmに向上しました。日本付近を含む東経140度の赤道上空から見えるすべての範囲(フルディスク)を観測する時間は従来の30分から10分に短縮。北から南までなめるようにアジア太平洋地域を観測しつつ、台風などの重要な気象現象を個別にとらえることができます。日本及び台風の進路の領域は機動的に2.5分毎という高頻度に観測することが可能となっています。

ひまわり8・9号は台風を高解像度でとらえることができ、雨や雪をもたらす雲の構造や、霧のように薄い現象、火山の噴煙や黄砂、赤外データから地表面温度や海面水温といった観測情報を提供しています。気象予測にとどまらず、農業や漁業の予測にもそのデータは活用されています。

世界の気象衛星が協調 見えない水蒸気を測る「赤外サウンダ」

これほどまでに重要なひまわりのデータですが、AHI(イメージャ)は雲を上空から観測(撮影)するための機器です。気象現象として捉えられるのは、雲ができてから。その雲がどのくらいの雨をもたらすのかということを知るには、雲になる前の暖かく湿った空気に関する情報も必要です。そこで、ひまわり後継衛星の搭載機器を検討するときに浮上してきたのが、「赤外サウンダ」という新たな種類の観測機器でした。

「サウンダ(Sounder)」とは、もともとは音で水深を測るといった機能を持つ観測機器のことですが、現在は機器の視線方向の科学的な性質をとらえる機器をさします。

衛星搭載の赤外サウンダとは、地表と大気から放射される赤外線を衛星で受ける「受動型」のセンサーです。地面や雲から放射された赤外線が大気を通って衛星のセンサーに到達するまでの間に、一部の波長は二酸化炭素や水蒸気といった大気中の成分に吸収されます。吸収されずにセンサーに到達した赤外線の量を検出することで、ある成分が大気中にどのくらい含まれているのか測ることができるのが基本的な赤外サウンダのしくみです。

赤外サウンダを衛星に搭載する取り組みは1970年代にすでに進められており、1990年代に入ると米国の気象衛星「NOAA」シリーズなどの衛星に搭載されるようになりました。観測できる波長(バンド)の種類を向上させたハイパースペクトル化も進み、気象予測を高度化できるセンサーとして普及してきました。

ただ、NOAA衛星は地球を南北に周回する極軌道衛星のため、1日に数回しか観測することができません。そこで、1日を通してある地域を継続的に観測することができる、静止気象衛星に赤外サウンダを搭載しようという動きが出てきました。

極軌道の衛星で運用された実績があるとはいえ、高度約820kmのNOAA衛星に対して、高度3万6,000kmの静止衛星の軌道は大きな距離の開きがあり、衛星に届く光(赤外線)の量は少なくなります。

十分な精度を持った観測ができるようこの課題を克服することを踏まえて、世界気象機関(WMO)は「2040年WMO統合地球観測システムのビジョン」(2019年)という文書で、2040年までに地球を取り巻く最低5機の静止気象衛星に「IR hyperspectral sounders(ハイパースペクトル赤外サウンダ)」など新たな高機能センサーを搭載するよう呼びかけました。

WMOの中核となる静止気象衛星は、現在5つの国と地域が運用しており、日本は東経140度の太平洋上を担当しています。これを受けて2019年に立ち上がった気象庁の有識者会議「静止気象衛星に関する懇談会」は、次期静止気象衛星にハイパースペクトル赤外サウンダを搭載することを推奨しました。

世界的な協調観測に貢献する意義ももちろんですが、日本で近年ますます激しくなる線状降水帯や台風による豪雨災害に対して気象予報の精度を上げるという大事な意味があります。

「広範囲を常時繰り返し観測できる静止衛星からのデータも取得できれば数値予報の精度向上が期待できる」という懇談会の提言を受け、2023年に「ひまわり10号」を整備しハイパースペクトル赤外サウンダを搭載することが決まったのです。

ひまわり8・9号のAHIを受け継ぐ可視・赤外イメージャ「Geostationary HiMawari Imager: GHMI」と、新たにハイパースペクトル赤外サウンダ「Geostationary HiMawari Sounder: GHMS」を搭載するひまわり10号は2023年に開発がスタートしました。

衛星全体の取りまとめは三菱電機、GHMIとGHMSは米国で気象衛星のセンサーを開発してきた実績のあるL3Harris Technologiesから購入します。長波長赤外と中間赤外の2つの波長帯を1,500チャンネルに細かく分けて観測でき、地上を4.2km四方の解像度でデータ化できます。当初の予定では、2029年度に衛星の運用を開始する予定でした。

出典:2025年2月14日静止気象衛星に関する懇談会「ひまわり10号の整備状況等について」より
出典:2025年2月14日静止気象衛星に関する懇談会「ひまわり10号の整備状況等について」より

世界では、中国がいち早く2016年に打ち上げた気象衛星「風雲4号A」に静止衛星搭載赤外サウンダ「GIIRS」を採用しました。地上分解能は16kmと比較的荒いのですが、静止搭載型としての実績をいち早く積み上げています。

欧州も早くから検討を開始し、「第3世代静止気象衛星(MTG)」シリーズに分解能約4kmの赤外サウンダ「IRS」を搭載。計画はやや遅れたものの、2025年7月に初のIRS搭載衛星「MTG-S」が打ち上げられ運用を開始しました。

赤外サウンダ開発で歴史を持つ米国は意外にも検討に時間がかかり、次世代気象衛星「GeoXO」シリーズにハイパースペクトル赤外サウンダを搭載して2030年代はじめに打ち上げる計画です。

日本が採用した「GHMS」と同等のハイパースペクトル赤外サウンダを搭載して2025年夏に打ち上げられた欧州のMTG-S衛星(右)。左はイメージャ搭載のMTG-I(CREDIT:ESA/Mlabspace)

静止気象衛星に関する懇談会の有識者メンバーである東京大学大気海洋研究所の今須良一教授は、「これまでの極軌道衛星では、情報は非常に優れているけれども1日に2回しか観測できず、即時性の求められる天気予報には足りませんでした。静止衛星ならば、同じセンサーで1時間に1回、15分に1回といった細かい間隔で観測できるようになります。ひまわり10号に乗る赤外サウンダがこれまでと決定的に異なる点です。そしてある場所の水蒸気の3次元的な分布がわかることで、トータルで降る雨の量を精度よく予報できるようになる。これが最も大きな効果だと思います」とひまわり10号開発の意義を強調します。

「3次元的な水蒸気を15分という短い時間で把握できる。それを入力データとして天気予報のモデルを動かすことによって、雨の量の予測精度が上がることが期待されます」(今須教授)といいます。

静止衛星搭載赤外サウンダの実用化によって、雨雲の素となる大気に含まれる水蒸気の量を面的に、広範囲に把握できるようになり、急速に発達して豪雨をもたらす線状降水帯の気象予報を高度化することができるようになるわけです。

この機能をベースに、豪雨災害の可能性がある場合には市町村単位で半日前から避難などの対応が可能になる情報を提供したり、台風の進路を予測して鉄道や航空機の的確な計画運休が可能になったりといった効果が見込めます。

静止衛星搭載のハードル

期待の大きなGHMSですが、開発には時間を要し、運用開始が2030年度に1年後ろ倒しとなることが今年8月に明らかになりました。気象庁はその理由を「赤外サウンダの十分な性能を確保する作業に時間を要する見込みとなったため」と説明しています。

「基本的には、すでに稼働している欧州のMTG搭載IRSと同等の性能をベースにしているため、開発が難しいということはないはずです。ただ、日本の衛星センサーの開発時の性能試験は、海外と比べてかなり厳しいのです。米欧のものをそのまま作って持ってきても、日本の性能試験ではなかなかパスしない、改良が必要となる部分が見つかるといったこともあり得ます」と今須教授は指摘します。

その背景には、日本とL3ハリスのある米国との気象衛星センサーに関する背景事情も関係しているかもしれません。

米国は2030年代から2050年代まで世界全体をカバーする、6機の静止衛星による次世代気象衛星「GeoXO」を開発する計画でしたが、予算とスケジュール管理に課題があり、衛星の数を4機に減らした計画になっています。

予算の引き締めを理由にハイパースペクトル赤外サウンダの開発メーカーに名乗りを上げた2社の競合があったり、第2次トランプ政権になって、搭載予定だった大気汚染物質の観測センサーがキャンセルされたりと計画変更が相次いでいます。

過去から米国は気象衛星のセンサーに関する国内での意見の食い違いから計画中止を繰り返してきた経緯がありますが、「日本はユーザー(気象庁)の要求がはっきりしていて計画にブレが少ない、と米国で評価されている」(今須教授)との見方もあります。それだけセンサーの性能への要求水準も高く、試験に時間がかかるともいえそうです。

時間がかかることで、現行のひまわり8・9号からの移行には不安要素はないのでしょうか? ひまわり9号の設計寿命は2029年となっていて、そのままだと2030年打ち上げのひまわり10号との間にギャップが生じる懸念があります。

ただ、近年の静止衛星は設計寿命を超えて活躍を続ける傾向にあります。運用期間を左右するのは衛星の軌道を制御するために必要となるエンジンの推進剤です。2025年2月の懇談会では、ひまわり9号の残っている推進剤で2034年まで運用が可能との報告がありました。不測の事態がない限りは、運用期間をオーバーラップさせて交代できると考えられます。

これまで極軌道衛星のデータで培ってきた、赤外サウンダの情報を気象予報に盛り込む技術的な基礎はすでに整っていて、あとは衛星の開発・打ち上げ待ちという状況となっています。先にMTG衛星を打ち上げた欧州でひまわり10号の運用開始に備えてデータ処理技術を磨いている研究者もいます。着実に衛星の開発が進み、無事に打ち上げられる日が待ち遠しいですね。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)