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火星の衛星からサンプルを持ち帰る 「はやぶさ2」に続く世界初のMMX計画とは?

MMXの軌道図(クレジット:JAXA)

JAXAが2026年度の打上げを目指して開発を進める火星衛星探査計画「MMX(Martian Moons eXploration)」は、火星の衛星から物質を持ち帰り、その起源と太陽系形成の歴史に迫ろうとする大型ミッションです。

月探査や小惑星探査で培った技術を元に、過去最大級の大型探査機を投入するMMXは、日本にとって3回目となるサンプルリターン計画。世界で初めて火星圏の物質を人の力で地球にもたらす挑戦となる可能性があります。札幌で開催された日本最大級の宇宙に関する学会「宇宙科学技術講演会」発表から、来年度の打上げを前に探査機開発と運用の準備が大詰めを迎えているMMXの最新状況をお伝えします。

「MMX」のミッションは小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」に続き、日本にとっては3回目となる小天体からのサンプルリターンミッションです。火星の2つの衛星「フォボス」と「ダイモス」がどのように現在の姿になったのかは複数の説があり、まだ決着がついていないことから、持ち帰った物質を分析することで、火星の衛星がなぜできたのか、太陽系の惑星が今のようになっていった過程を明らかにするのがMMXの大きな目標です。

これまで月を研究することで地球の歴史の解明が進んだように、火星の衛星を探査することで母惑星である火星の起源や進化に迫ることが期待できます。同時に衛星フォボスの表面には、火星から巻き上げられた物質が降り積もっている可能性があると考えられています。

地球に落ちてきた火星由来の隕石は大気圏で地球の物質が混入した可能性がありますが、そうしたリスクのない、純粋な火星の物質を手にできる世界初のミッションとなる可能性を持っています。

MMXミッション:立ち上げから現在まで

MMX探査機は、2026年度に打ち上げられ、約5年間のミッションの後に2031年度に地球に帰還、フォボスから採取したサンプルの入ったカプセルを届ける計画となっています。フォボスを目指した探査ミッションはこれまで3回、旧ソ連が1988年に相次いで打ち上げた「フォボス1・2」、2011年にロシアと中国が共同で打ち上げた「フォボス・グルント」がありました。

このうち、フォボスに到達し観測画像の送信に成功したのは「フォボス2」のみでした。フォボス1とフォボス・グルントは火星圏到達前に機体を喪失してしまいました。日本は2003年に火星探査機「のぞみ(PLANET-B)」の火星軌道投入を断念した歴史があり、火星圏への航行は再チャレンジになります。

新たな挑戦となる火星衛星からのサンプルリターンミッションの構想が本格的に始まったのは2016年ごろでした。当時はまだMMXの名前ではありませんでしたが、2020年の正式な計画スタートから2025年にいたるまで、2020年代に探査機を打ち上げ、火星の衛星から物質を持ち帰るという基本的な構想は一貫して変わっていません。

火星の衛星は「はやぶさ」シリーズが訪れた小惑星イトカワや小惑星リュウグウのように小天体の一種です。ただフォボスは直径が最大で27kmと、直径1km以下だったイトカワ、リュウグウよりかなり大きく、重力は2桁ほども大きいといいます。

このため、リュウグウでのサンプル採取のように探査機が時間をかけて安全にゆっくり降りるといった、小さな重力の環境を活かした探査が難しいのです。そのため大きな推進力を持つエンジンが必要になります。

さらに2種類のサンプル採取装置をはじめ、米欧の協力による観測装置も加えて実に13ものミッション機器を搭載することになっていて、探査機は非常に大型にする必要がありました。

そこで、大型の探査機を「往路」「探査」「復路」の3つのモジュールで構成し、火星圏への航行から帰還まで役割を終えたモジュールを多段式ロケットのように順次切り離して身軽になるというこれまでにない機体設計が考えられています。当初の構想で3,400kg(うち推進薬は2,500kg)だった探査機の質量は、4,200kg(うち推進薬は約2,800kg)に増加し日本の探査機では最大級となっています。

MMX探査機全体のモデル図(クレジット:JAXA)
3つのモジュールに分かれているMMX探査機(クレジット:JAXA)

大型の探査機を打ち上げるには、並行して開発が進められていた日本の基幹ロケットH3の完成を待つ必要がありました。当初は2024年度に打上げを予定していたMMXですが、H3の開発の遅れから2026年度の打上げに変更となりました。火星と地球の距離の条件はおよそ2年に1度良くなるため、延期はどうしても2年単位となってしまいます。

3モジュールが結合された常態のMMX探査機。撮影は2025年7月18日(クレジット:JAXA)

MMXのサイエンス:火星衛星起源論の深化

MMXが火星の衛星を探査するサイエンス上の目標は、火星の衛星の起源(成り立ち)です。フォボスとダイモスという火星衛星の起源は、もともと遠くにあった小惑星の軌道が何らかの理由によって変わり、火星の重力に捕まったとする「小惑星捕獲説」と、原始火星に大規模な天体衝突が起こり、その破片が火星の軌道上でまた集積して2つの衛星が形成されたとする「巨大衝突説」という2つの大きな仮説を軸に議論されてきました。

フォボス近傍での詳細な観測と、物質を持ち帰って分析することによってどちらの説が事実により近いのか確かめようというわけです。どちらの説にも理論上の長所と短所があり、地球からの観測だけでは決着をつけることができません。

NASAの火星探査機Mars Reconnaissance Orbiterが撮影した衛星フォボス(Credit: NASA/JPL-Caltech/University of Arizona)
NASAの火星探査機Mars Reconnaissance Orbiterが撮影した衛星ダイモス(Credit: NASA/JPL-Caltech/University of Arizona)

小惑星捕獲説の根拠は、フォボスとダイモスのどちらも地球の月に比べるとサイズが非常に小さくて形もいびつであること、また表面の物質が何でできているかを示す、光の反射のスペクトルが炭素質の物質から成る小惑星に似ていることにあります。ただ、別々の場所からやってきたはずの2つの小惑星が、どちらも火星の赤道に近い整った軌道上を回っているのはなぜかという疑問があります。

巨大衝突説は、太古の火星に衝突してバラバラになり、吹き上げられた天体の破片が火星の軌道上でまとまっていったという説です。これならば2つの衛星の軌道が整ってよく似ている理由を説明することができます。

ただ、2つの衛星は火星にぶつかってきた天体と、衝突で噴出した火星のマントルの混合物からできていることになるはずです。理論上の材料と、実際に観測した火星衛星の反射スペクトルが一致しているか、という点にはまだ疑問があります。

このように議論の余地がある火星衛星の成り立ちですが、さらに近年の研究では、それぞれの説の可能性を高める新たな理論モデルが加わり、起源論はより深化してきました。巨大衝突説の場合、ぶつかってきた天体が氷の多いものであれば、反射スペクトルを説明できるのではないかとされています。

一方で大きな変化があったのは、捕獲説の弱点であった軌道の問題を解消する新たな理論モデルです。ひとつが「潮汐破壊を経由する捕獲説」。火星に接近した小天体が潮汐力(天体の重力が別の天体の形を変形させる力)でバラバラに分裂し、破片がいったん火星の赤道面に沿ったリングになってから、衛星として集積するという説です。

もう一つは、「一時捕獲を経由する捕獲説」。太陽の影響で火星の周辺に一時的に捉えられた小天体が、改めて火星の重力にしっかり捕獲されて軌道が変わっていったというものです。火星だけの力ではなく、不安定な一時捕獲を経由したことで軌道の整った天体だけが衛星として残ったといったところでしょうか。

こうした新しいモデルから、火星衛星の起源は単に「捕獲か巨大衝突か」だけでなく、捕獲説だった場合に「潮汐破壊を経由したのか、無傷で捕獲された天体なのか」といった形成シナリオの細部まで判別する必要性が明らかになりました。そして、衛星を構成する物質の性質を決定的に決めるのはMMXが持ち帰るサンプルというわけです。

打ち込み式とガス噴射式:2つのサンプリング機構

MMXミッションでは、はやぶさ2実績の約2倍となる10g以上のサンプルを採取するために、採取装置は日本だけでなくNASA提供も合わせて2種類を搭載することになっています。

日本側のサンプル機構「C-SMP」は川崎重工業が開発を担当しています。C-SMPはコアラーと呼ばれる筒状の装置をフォボスの表面に打ち込み、スコップで物質を採取するしくみ。フォボス着陸のチャンスは2回ある予定で、はやぶさ2の実績のおよそ2倍にあたる10gのサンプル採取を達成する目標です。

MMXの機体構成(クレジット:JAXA)

さらに、NASAの提供するニューマチックサンプラー「PSMP」が加わります。開発は米ブルーオリジンの子会社で、火星ローバー「キュリオシティ」の試料採取機構開発にも参加したハニービー・ロボティクスです。

ニューマチック(空気圧式)とは、窒素ガスでフォボス表面の物質を巻き上げる仕組みで、採取装置の先端がフォボス表面にぴったりと接地していなくてもサンプルを採取できるという利点があります。コアラー方式のバックアップとしても意味を持つわけですが、採取する物質の量をコントロールできないため取れ高は容器に入るだけ、ということになります。

2025年2月に民間企業として初めて月面での着陸・探査ミッションをすべて達成したファイアフライ・エアロスペースのブルーゴースト探査機にはこのハニービー・ロボティクス製サンプル採取機構が取り付けられており、装置が接地していなくても窒素ガスの噴射で物質を取り入れられるという性能を月で実証しました。CSMPとPSMPの協力で、MMXが大漁旗を掲げて地球に帰還できるといいですね。

MMXミッションのスケジュール

MMXのミッションは、打上げから往路(約1年)、火星圏滞在(およそ3年)、地球帰還とカプセル放出(約1年)となっています。

探査機開発と並行して、ミッションの中で最も重要なクリティカル運用(タイムクリティカルイベントやワンチャンスイベント)を実際の運用時間に合わせて模擬するリアルタイム統合(RIO)訓練、フォボス表面のどこに着陸し、どのような試料を採取するかを決定する着陸候補地点選定(LSS)訓練といった運用の準備が始まっています。

神奈川県相模原市のJAXA宇宙科学研究所内には、MMXのための新たな管制室も準備されているとのこと。来年に向けていよいよ火星圏への旅が始まることを実感させます。

  • 2026年:打上げ、地球から火星圏へ航行
  • 2027年:往路モジュール分離。火星周回軌道投入(MOI)を実施し、フォボスへランデブー
  • 2027年~2029年:フォボス全球観測と着陸地点選定、2回の着陸運用とサンプル採取、ローバー放出
  • 2029年~2030年:フォボス、火星の観測とダイモスのフライバイ観測
  • 2030年:火星周回脱出(MOE)、地球への帰路へ
  • 2031年:試料を収納したサンプルリターンカプセル(SRC)を地球に再突入させ、地上で回収
秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)