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日本の新型宇宙輸送機「HTV-X」とは? 次期ISSを見据えた新技術搭載

太陽電池パドルを広げた状態のHTV-X(模型)(撮影:小林伸)

JAXAの新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」が2025年6月に種子島宇宙センターにお目見えしました。国際宇宙ステーション(ISS)への日本の貢献として物資補給を行なうカーゴシップは、旧HTV(こうのとり)から輸送能力を強化し、さらにISSを離れた後には無人の宇宙実験施設になる機能を持っています。将来はISS後の民間宇宙ステーションや、月周辺への輸送を担う可能性もあるのです。

2024年12月に三菱電機 鎌倉製作所で公開された機体の一部(サービスモジュール)と、種子島宇宙センターで公開された1号機全体の画像とともにHTV-Xの全体像とそのミッションを紹介しましょう。

HTVからHTV-Xへ

HTV-Xとは、JAXAが2009年から9機を運用したHTVの後継機で、宇宙飛行士の生活やISSでの実験に必要な物資を運ぶ補給機です。HTV-Xは与圧モジュール(大気のある密閉されたスペース)と曝露カーゴ搭載部(宇宙空間に曝されているスペース)の2種類の貨物搭載エリアを持ち、輸送できる容量をHTVよりも拡大しました。

出典:2025年6月2日「新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)1号機の開発状況」より

多様な実験機材や物資を運ぶことができるだけでなく、補給ミッションの後にISSを離脱してから最大で1年半、単独で軌道上を飛行しながら各種の無人宇宙実験を実施する機能を持っています。HTVの能力と、日本が1995年に打上げた宇宙実験・観測フリーフライヤ(SFU)の能力を併せ持つ宇宙機になっています。

前面から見たHTV-X 1号機。与圧モジュールの上にサービスモジュールを積み上げた構成となっている。上部の黒い板は熱を遮り曝露カーゴを保護する遮蔽壁(撮影:秋山文野)
中央のPVGF(Power Video Grapple Fixture)はISSに到着したHTV-Xをロボットアームで捕捉するための把手。電力供給も可能になっている(撮影:小林伸)
上部の突起はISSや地上局と通信するためのアンテナ、上から2列目の突起はISSとの距離や相対位置を測定する相対航法センサ(主)、3列目中央は同じく相対航法センサ(従)、3列目の左右は米国のデータ中継衛星(TDRS)との通信アンテナ(撮影:小林伸)
姿勢・軌道制御のためのスラスタ。3台一組のスラスタが二列、機体の4箇所に配置されている。上列スラスタの左側には姿勢制御用のスタートラッカ、その上に太陽電池パドルの展開を撮影するモニタカメラも配置された(撮影:小林伸)
HTVでは機体に貼り付けられていた太陽電池は翼状に広げる太陽電池パドルになった(撮影:秋山文野)
後ろ側から見たHTV-X 1号機の全体像。上端のフレームは1号機の軌道上実証ミッション「DELIGHT」の動作に不具合があった場合に機体を保護するバンパー(撮影:秋山文野)

HTV-Xは全長約8m、直径4.4m、質量は約16トンで、大型の円筒形に羽のような太陽電池パドルを取り付けた形状をしています。宇宙飛行士の生活物資や実験機器などを搭載する与圧モジュール、エンジンや約18mの太陽電池パドルと通信・電力機器、航法・誘導制御機能を集約した「サービスモジュール」、サービスモジュールの上端に位置する「曝露カーゴ搭載部」の3つに大別されます。与圧カーゴが最大4.07トン、曝露カーゴには最大1.75トンの搭載能力を持っています。

HTV-Xへのリニューアルはなぜ?

HTV-Xの開発が決まったのは2015年、ISSの運用を2024年まで延長することが日米間合意で決定したときでした。日本からISS計画への貢献として、旧HTVを2機追加し、将来の宇宙探査につながる発展的な内容を盛り込んだHTV-Xを開発することになったのです。

2017年10月にプロジェクトがスタートし、本格的な開発が始まりました。HTVよりも輸送能力を拡大するだけでなく、日本の宇宙開発を発展させるために必要な技術実証の機会を増やすことが目標に組み込まれています。

さらに2030年に予定されているISSの運用終了後には、「ポストISS」、米国では「Commercial Low Earth Orbit Destinations(CLD)」と呼ばれている民間の宇宙ステーションへ物資を運ぶ役割も見据えています。将来の国際宇宙探査に向けて、月近傍の宇宙ステーション「ゲートウェイ」への物資輸送も視野に入れています。

サービスモジュールの全体像(撮影:小林伸)

開発には、与圧モジュールを取りまとめる三菱重工業とサービスモジュールを開発する三菱電機に加え、国内多数の企業が関わっています。

与圧モジュール開発に参加しているのは、三菱プレシジョン(制御装置)、光製作所(与圧モジュールの加工)、ササクラ・エーイー(防音装置)、IHIエアロスペース(カーゴ搭載ラック、推進系・構造系・曝露カーゴ搭載部も担当)、エイ・イー・エス(HTV-Xと搭載機器間の通信装置)、八十島プロシード(空調ダクト)、宇宙技術開発(運用技術)など。

サービスモジュールの開発に参加しているのは、三菱電機ソフトウェア(ソフトウェア・運用管制システム)、ジーエス・ユアサ・テクノロジー(バッテリーセル)、日本飛行機と大起産業(サービスモジュール構体)、NEC(相対航法センサ)、三菱電機ディフェンス&スペーステクノロジー(制御装置・電源機器)、明星電気(機体モニタカメラ)など。相対航法センサはHTVで使用していた海外製に加えて、国産化も進められました。

拡大した輸送能力

ISSへの輸送能力は、旧HTVから貨物の質量が4→5.82トン(45%アップ)、貨物容積は49→78m3(60%アップ)と大型・大容量化しています。与圧モジュール(旧与圧部)の能力はそのままに、搭載するカーゴへの電力供給機能が追加されました。

冷凍・冷蔵しなければならないデリケートな資材や、実験用マウスなど輸送中にケアしなくてはならないカーゴも運ぶことができるようになりました。これまではマウスの輸送は米国のSpaceXが運用していたドラゴン補給船のように限られた輸送機に頼っていたのですが、HTV-Xのおかげで日本もライフサイエンス実験に貢献できるようになるわけです。

JAXA HTV-Xプロジェクトチームの伊藤徳政プロジェクトマネージャ(撮影:小林伸)

機体レイアウトは大幅に見直され、HTVでは与圧部・非与圧部(曝露部)・電気モジュール・推進モジュールの順に搭載されていたものが、HTV-Xでは曝露カーゴ搭載部・サービスモジュール・与圧モジュールという順番の構成になりました。

従来はカーゴ搭載部と衛星としての機能部分に分けた構成だったものが、機体中央にサービスモジュールを挟んだ構成になったわけです。

過去の構成は一見シンプルなようですが、HTV6号機では太陽電池パネルやスラスタ、配管などがモジュールをまたがって取り付けられていた複雑なレイアウトだったために、推進系の不具合が発生して全体を組み立てた後に再分解しなくてはならなかったという苦い経験があったといいます。レイアウト変更で製造組み立ての時間を削減しているのです。

従来は機体の中央に位置していた曝露部が上端の「曝露カーゴ搭載部」へと変更されたことで搭載性も向上しています。これまで船外実験装置など大型のカーゴはHTVの機体の中に入るサイズに限られていましたが、レイアウト見直しによって機体の外側に取り付けられるようになり、HTV-Xの機体サイズよりも大きな装置を搭載できるよう自由度が高くなりました。

また与圧モジュールは機体下部(ロケットに搭載した場合)にあることで、打上げ直前まで機体最下部のISS結合用共通ハッチから出入りして貨物を搭載することができるようになります。これもデリケートな資材や生きたマウスなどの搭載に寄与しているのです。

日本の宇宙機の中でも大型の補給機を打上げるために、HTV運用時にはH-IIAの1段エンジンを2基取り付けた専用のH-IIBロケットを使用していました。HTV-XではよりシンプルにH3ロケット24形態(固体ロケットブースターを4本使用)で打ち上げが可能になります。フェアリングだけは通常の国産のH3用ではなく、H3-24形態に合わせた海外製の特別仕様品になっています。

HTV-Xでは、ISSに係留する期間がこれまでの約1カ月から最大6カ月と長くなりました。短期間で貨物の積み下ろしをしなくても、余裕を持って作業できるため、宇宙飛行士のスケジュールにもゆとりを持つことができます。

与圧モジュール内は常に空気を循環させるファンの音がする環境ですが、防音カバーや3Dプリンタで製造した吸音性を持つ空調ダクトなどを使用し、「図書館並み」という静音性を実現して宇宙飛行士の生活環境を快適に保っています。

軌道の無人実験プラットフォーム

HTV-Xの最大の変化は、ISS離脱後に最長で1年半にわたって宇宙実験を実施できるということでしょう。

JAXA HTV-Xプロジェクトチームの若月孝夫ファンクションマネージャ(撮影:小林伸)

HTV-X技術の母体のひとつである宇宙実験・観測フリーフライヤ(SFU)は、軌道上で約10カ月にわたって飛行しながら、宇宙科学や工学の実験を10以上も実施することができました。

HTVでは、機体にスペースデブリ対策の基礎技術である「導電性テザー」の実験装置を取り付けてISS離脱から地球の大気に再突入するまでの期間に実験を行ないました(装置の不具合のため実験は一部実施)。

HTV-Xでは、SFUのような実験専用の機能と、HTVのような再突入する宇宙機の利活用という要素を併せ持ち、将来の宇宙開発に役立つ工学実験を計画しています。

出典:2025年6月2日「新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)1号機の開発状況」より。

HTV-X 1号機では、ISS離脱後に約3カ月にわたって1号機は超小型衛星放出と機体の精密軌道決定、大型アンテナの展開・ペロブスカイト太陽電池セルの実証という3つの技術実証ミッションを実施する計画です。

最初に実施されるのが超小型衛星放出機構「H-SSOD」による超小型衛星の放出です。HTV-XはISSが周回する高度約400kmの軌道からさらに100kmほど上昇し、ISSから距離を取って実験を行ないます。

超小型衛星放出はISSからも行なっていますが、衛星の寿命が1年以内と短いという制約があります。高度500km程度であれば地球の大気の影響がほとんどなくなるため、ISSから放出するよりも衛星の寿命を伸ばすことができます。1号機では、日本大学理工学部の奥山圭一教授らが開発した地球低軌道環境観測衛星「てんこう2」を搭載する予定です。

機体側面の太陽電池パドルのすぐ下に超小型衛星放出機構(H-SSOD)を搭載する板状のデッキが設けられている(撮影:秋山文野)

HTV-Xの機体下部には3台の衛星レーザ測距(Satellite Laser Ranging/SLR)用小型リフレクタ「Mt.FUJI(マウントフジ)」が取り付けられています。

マウントフジは地上から照射されたレーザー光を発信源と同じ方向に反射する機能を持ち、衛星の位置を正確に知ることができます。増加する衛星が軌道上にどこでどのくらい展開しているのか? という状況を知るSSA(宇宙状況認識)に貢献する装置です。

これまでにもALOS-4(だいち4号)などJAXAの衛星や、H3ロケット試験機2号機で打上げられたキヤノン電子の超小型衛星CE-SAT-IEにこのマウントフジが取り付けられており、軌道上での位置の把握に協力して混雑する軌道の交通整理に欠かせない機能となっているのです。

HTV-X 1号機のMt.FUJI取り付け位置(上)とカバーで覆われたMt.FUJI(撮影:秋山文野)
Mt.FUJIの本体(Credit:JAXA/MHI)

宇宙で発電して地上へ送電「宇宙太陽光発電」構想

技術実証ミッションの終盤には、軽量大型平面アンテナ「DELIGHT」と次世代宇宙用太陽電池セル「SDX」の試験を行ないます。

DELIGHTは展開すればHTV-Xの曝露カーゴ搭載部よりも幅広になる機器ですから、大型の搭載物に適したHTV-Xの機能を最大限に活用するものだといえるでしょう。

DELIGHTの将来には、高度約36,000kmに大型の太陽電池プラットフォームを展開して発電した電気を地上へ送信する「宇宙太陽光発電(SSPS)」という技術構想があります。

宇宙太陽光発電のプラットフォームは1基で原子力発電所1基に匹敵する電力を生み出すことができ、遮るもののない宇宙で24時間発電が可能ですが、プラットフォームのサイズは一辺がkm級の巨大な宇宙構造物となります。

歴史上こうした構造物を実現した例はまだなく、ロケットに搭載できるサイズに畳んだアンテナを自動的に宇宙で広げ、プラットフォームを形作る技術を育てていく必要があります。

またSSPSだけでなく、宇宙からくる電波を受信する大型電波望遠鏡を軌道上に作るといった可能性も開くのです。DELIGHTとセットで低コストかつ寿命末期でも発電量を維持できる太陽電池セルは、宇宙の電源として欠かせない技術のひとつです。

DELIGHTの安全用バンパー(上)と畳んだ状態で一部が見えているDELIGHT(下)(撮影:秋山文野)

月・火星探査時代を見据えたプラットフォーム

HTV-X 2号機では技術実証ミッションで将来の民間宇宙ステーションへの対応にも役立つ自動ドッキング技術の実証を行なう予定です。2030年にISSが退役した後には、NASAが推進するCommercial LEO Destinations(CLD)と呼ばれる民間の宇宙ステーションが活動するようになる方向性です。

HTV、HTV-XはISSに接近すると宇宙飛行士がロボットアームで機体を把持してドッキングさせる方式でした。しかしSpaceXの補給船「カーゴドラゴン」は自律的にドッキングする方式を実現しており、宇宙飛行士の労力を必要としないという点で省力化が実現しています。CLDの時代には、補給船の自律化はますます必要になると考えられ、ISSが稼働しているうちに技術を獲得しておく必要があるといえます。

月軌道にゲートウェイのような宇宙ステーションを配置する構想は現トランプ政権下で廃止の方針が打ち出されていて不透明ですが、何らかの形で月軌道の宇宙ステーションが実現するとすれば、省人化技術はますます求められることになるでしょう。

HTV-X 3号機では安全保障に役立つ技術実証ミッションが予定されています。2024年に防衛省は、極超音速滑空兵器(HGV)の探知・追尾等の対処能力の向上に必要な技術の実証ミッションを予定して赤外線センサ等の設計、試作及び性能を確認するための試験をIHIエアロスペースと契約しました。

HGV探知にあたっては、赤外線で地球表面を観測し、さまざまな熱源の中でHGVを識別する技術が必要になります。背景画像とよばれる地球上で自然に放射される熱源のデータベースをあらかじめ作成することも必要です。

HTV-Xの技術実証ミッションでは、地球表面の背景画像を季節や時刻などの条件を変えて220シーン程度撮影する予定で、また模擬物体の観測試験も予定されています。ISSを離れたHTV-Xは衛星のように日本の地上局と直接通信が可能ですから、安全保障に向けた技術実証にも向いているといえます。

HTV-Xは、ISSという日本がこれまで貢献してきた宇宙活動を支える技術となるだけでなく、将来の民間宇宙ステーションや月・火星探査時代も見据えて活躍する宇宙のプラットフォームとなる存在です。打上げ日は2025年の後半になるとみられ、8月にISSへ出発する油井亀美也宇宙飛行士が捕獲、ドッキングを担当する予定です。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)