鈴木淳也のPay Attention

第259回

関東の鉄道11社、“タッチ乗車”で相互直通へ その期待と残された壁

銀座線の車両。なお銀座線は他社と相互直通しない独立路線のため、今回の記事の話題には微妙にふさわしくないかもしれない

既報の通り、関東の鉄道11社はクレジットカード/デビットカード等を使っての“タッチ乗車”(タッチ決済乗車)で会社間をまたいでスムーズな移動を可能にするため、2026年春以降のサービス開始を目標に共同事業協定を締結したことを発表した。

関東地方では都区部外に延びる鉄道網を持つ各社が都心部に乗り入れる際、地下鉄を介して互いに接続し、車両を相互に融通し合う相互直通運用が行なわれている。そのため、ある会社の鉄道の車両に乗ったまま地下鉄に入り、別途改札機を通過せずにそのまま別の会社の路線に抜けていくといったことが簡単に可能となっている。

全国共通の交通系ICカードを使った場合、最初の入場時と最後の出場時の2回“タッチ”するだけで移動経路分のすべての運賃が差し引かれ、最終的に鉄道会社間でここで取得した運賃が分配されて精算が行なわれる。

この仕組みの実現には改札外乗り換えを含む複雑な運賃計算を行なう必要があるが、これを三井住友カードが提供する公共交通機関向けサービスの「stera transit」と、QUADRACの「Q-move」の組み合わせで実現するべく、鉄道会社11社と前述2社、そしてJCBとオムロンソーシアルソリューションズ(OSS)を合わせた15社連名でのプレスリリースが発表されたというのが一連の経緯だ。

相互直通運転の例。浅草線の人形町駅だが、京急の車両が乗り入れて終点の三崎口まで運行される

関東エリアにおける現状の“タッチ乗車”

共同事業協定で名前の挙がっている11事業者は次の通り。一部は2つの会社をまとめて紹介しているが、これらは互いに線路が接続されて直通運転が行なわれている。

各社のリンク先の案内を見ても分かるように、多くの会社ではすでに一部または全駅での“タッチ乗車”に対応しており、少なくとも前述のプレスリリースで示された2026年春ごろにはさらに多くの駅で利用が可能になるとみられる。

ただし、現状では各社の“タッチ乗車”のシステムは独立して存在しており、会社間をまたいで利用できない。

例外は東急電鉄の駅からみなとみらい線の駅の間を移動したときと、都営交通の駅と京浜急行電鉄(京急)の駅を移動したときで、後者の場合、浅草線の浅草駅で“タッチ乗車”で入場し、そのまま直通列車で京急の羽田空港駅まで移動したとしても問題なく出場ができる。これは両社間で空港直通列車を想定した運用が行なわれているためだ。

逆に、現状では同一会社線を乗り継いできたとしても、“タッチ乗車”で改札を出場できないケースがある。

例えば都営交通の三田線で目黒駅まで移動しても、そのままでは改札機を使って外に出られず、有人改札で別途精算を行なう必要がある。これは複数社にまたがる路線が同一駅を共有している場合に起こる現象で、目黒駅の場合は同一の駅施設を東急、東京メトロ、都営交通の3社で共有しており、実質的な駅管理会社は東急となっている。そのため、東急の駅から乗車した場合ではない限り、このような形で出場時に改札機での自動処理が行なわれないというわけだ。

東京メトロの場合、こうした他社との境界となっている他社管理の駅は9つ存在しており、(現状ではまだ24時間前売り券限定ながらも)これらの駅では“タッチ乗車”による入出場はできない。

目黒駅の改札機。東急管理駅のため、東京メトロや都営交通の路線で“タッチ乗車”を使ってこの駅にやってきても、写真の改札機では出場できず、有人改札に行く必要がある

さて、ここからが本題だが、共同事業協定のプレスリリースで触れられていなかった部分について整理したい。

東武鉄道が“タッチ乗車”の全面導入へ

参加11社の中でも、「東武鉄道」はまだ“タッチ乗車”を開始していない。しかし、今回のプレスリリースで相互直通を前提とした“タッチ乗車”での共同事業協定を結んだことで、同社も導入に向けて動き始めていることが判明した。この件について同社広報に確認したところ、次のような回答を得ている。

「東武鉄道では“タッチ乗車”の全面導入に向けて検討を進めており、開始時期や対応駅などはまだお知らせできないが、時期が来たら改めて告知したい」(東武鉄道広報)

なお、プレスリリースでは2026年春“以降”のサービス開始をうたっているが、このタイミングでサービスインできるかも未定と東武鉄道では説明している。その場合、他社路線から“タッチ乗車”でやってきた乗客が東武の駅で出場しようとする可能性があるが、そのときの精算処理についても後日改めて報告するとしている。

東武鉄道は伊勢崎線(スカイツリーライン)で東京メトロの日比谷線と半蔵門線、東上線で東京メトロの有楽町線と副都心線に相互直通している。特に副都心線は東急東横線などを介して相模鉄道(相鉄)やみなとみらい線にそのまま接続されるため、経路移動がより複雑になる。相互直通における要の1社ともいえるため、東武にはうまく連携を進めてほしいところだ。

日比谷線に相互直通で乗り入れる東武車両

主要ながら欠けた1社……京成電鉄

関東エリアでは私鉄主要会社の1つである京成電鉄だが、今回のプレスリリースには名前を連ねていない。同社は成田空港にアクセス可能な路線を持つ1社であり、もう一方の羽田空港へのアクセス路線を持つ京急とは浅草線を介して相互接続し、空港間を快速運転で直接結ぶアクセス特急の運行も行なっている。

だが今回の発表でも分かるように“タッチ乗車”での連携には参加せず、“タッチ乗車”で移動可能なのは浅草線と京成押上線との接続駅である「押上(おしあげ)駅」までとなっている。

“タッチ乗車”への対応意向を含むいくつかの疑問を京成電鉄に確認し、次のような回答を得た。

「現状で京成電鉄では“タッチ乗車”の導入計画はなく、お客様が“タッチ乗車”でこちらの駅へ来られた場合、入場駅を自己申告のうえで現金または交通系ICでの精算をお願いすることになる」(京成電鉄広報)

京成と押上駅で相互直通している都営交通の場合、“タッチ乗車”未対応とうたっている駅、例えば「押上駅」においても有人改札の窓口で「タブレット端末」と非接触クレジットカードが読める「リーダー装置」が用意されているため、申告のうえで“タッチ乗車”による入出場が可能だ。実際、このような形で都営交通ではすべての路線の全駅で有人処理を含む形で“タッチ乗車”に対応しており、浅草線や新宿線を頻繁に利用する筆者も毎回活用している。

ただし、他社との連絡専用改札は通過できず、都営交通と東京メトロの間で実施されている「両社間で乗り換えを行った場合に運賃から70円を割り引く」といったサービスも利用できないため、行き先を吟味したうえで利用する必要がある。

京成本線経由で浅草線を介して京急の羽田空港に乗り入れる京成電鉄の車両。成田空港と羽田空港を直接結ぶ編成ながらも、アクセス特急とは異なり速達性を重視せずローカル輸送の側面が強い

話を元に戻すと、こういったタブレット端末を用いた簡易の出入場システムを導入する予定があるかを京成に確認したところ、現状で改札機を含めて導入意向はないという。クレジットカードでの乗降情報を確認する手段がないため、自己申告での精算処理ということのようだ。加えて、他社の駅で“タッチ乗車”することで入場記録を作った乗客がこのような形で精算処理を行なうことで、すでに記録された“入場情報”を取り消すことも京成の駅ではできないわけだが、これについては「他社の改札で処理をお願いすることになる」(京成電鉄広報)という。

同社では成田空港アクセス特急の「スカイライナー」で顔認証での乗車が可能なサービス「Sky liner e-ticket Face Check in Go」を開始しており、上野駅、日暮里駅、空港第2ビル駅、成田空港駅の4駅での乗降時のみ利用できる。

同社としては成田空港アクセスを希望する乗客は同サービスの利用、またはインバウンド対応として駅窓口でのスカイライナー券購入を求める方針のようだ。スカイライナー券の購入はクレジットカードでも可能なため、主に外国人対応としては“タッチ乗車”よりもこれらを推していくこととなる。

JR東日本は“タッチ乗車”に対応するのか?

最後はJR東日本だ。同社は東京メトロとは東西線と千代田線を介して接続しており、相互直通運転を行なっている。特に千代田線の地上区間はJR常磐線の緩行線として運用されており、互いに補完関係にある。

JR東日本は以前より“タッチ乗車”の導入には消極的であり、むしろ交通系ICカードの「Suica」の機能強化「えきねっと」を介したQRコード乗車券の推進など、距離を置いた形でのサービス刷新を進めている。

今回の11社による共同事業協定に同社の名前はないが、このプレスリリースが出されたタイミングで東武ならびに京成と同様に、JR東日本にも“タッチ乗車”に関する質問を送ってみた。

JR東日本の回答は以下の通りだ。

「現時点では(“タッチ乗車”のサービスを)導入する計画はありません。関東大手公民鉄各社が『クレカタッチ決済』の導入を検討されていることは承知しており、問い合わせ頂いた相互に直通運行を行なっている鉄道事業者とは、日ごろより、運行及びサービスに関する必要な情報の共有や調整を行なっております。10月29日にプレスリリースされたサービスにつきましては、関係の事業者より詳細な内容等を教えていただいたうえで対応について調整を行なっていきたいと考えております。なお、『クレカタッチ決済』の利用可能エリア(会社・路線・駅)については、利用者にご不便をかけることのないよう、サービス導入事業者よりしっかり周知頂きたいと考えております」(JR東日本広報)

高輪ゲートウェイ駅に設置された新型改札機。交通系IC以外にもQRコードによる乗降が可能

筆者が取材の過程で独自に得た情報でも、やはりJR東日本では“タッチ乗車”の導入意向は引き続き持ち合わせていないという。情報源のうちの1つによれば、同社は特にさまざまな種類のクレジットカードが改札に入ってくることで手数料交渉が困難になることを嫌っており、stera transitの利用料やクレジットカードの国際ブランド側が決める手数料のルールにより、JR東日本側でこうした事象を制御できなくなることを避けたいようだ。

一方で別の情報源によれば、今回の共同事業協定には名を連ねていないものの、相互直通運転を行なっている各社とは交渉の席を持っているともいう。

前述の京成の話にあるように、相互直通で大量の乗客が毎日のようにJR東日本を含む会社間をまたいで移動しているわけで、2026年春以降は運用上の問題が出てくることが想定される。おそらくJR東日本としても問題があることは認識しており、何らかの解決策を提示してくるのではないかというのが筆者の希望を交えた推測だ。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)