鈴木淳也のPay Attention

第260回

JR東日本が「顔認証改札機」の先に見据えるもの

新潟と長岡の2つの駅間でJR東日本による顔認証改札機の実証実験がスタート

既報の通り、東日本旅客鉄道(JR東日本)は新潟県の新潟駅と長岡駅の2駅間で顔認証改札機の実証実験を2025年11月6日からスタートする。

これは同社が掲げる中長期ビジネス成長戦略「Beyond the Border」で触れられていた「ウォークスルー改札」実現に向けた取り組みの一環として実施されるもの。同社が運行する上越新幹線の2つの駅で新幹線定期(Suica FREXまたはSuica FREXパル)を持つ中学生以上の利用者を対象にモニターを募集しており、2026年3月31日までの実証実験期間に問題の洗い出しや改良におけるヒントを得ることが狙いにある。

実証実験開始前日にあたる11月5日には両駅での改札機の報道公開が行なわれ、実験の狙いやサービスの特徴について説明がなされた。同社が「Suica」を中心に据えた「Suica Renaissance」で示される新しい試みの数々は過去にも記事で紹介しているが、今回はそこで得られた新しい情報を整理したい。

新潟駅の新幹線乗り場に設置された顔認証改札機

顔認証改札機の実際の動作を動画で見る

まずは気になる方も多いと思うので、2つの駅に設置された改札機の動作の様子を動画で確認してほしい。

それぞれの駅には2種類の異なる改札機が設置されており、それぞれ顔認証技術を提供する2社(パナソニックコネクトとNEC)のロゴが改札機に付与されている。特徴や役割も異なっており、長岡駅に設置されたパナソニックコネクト製のものは通行者全体を覆うトンネル型の構造を持つ一方で、新潟駅に設置されたNEC製のものは従来の新幹線用改札機に覆い被せる形の簡易構造をしている。

占有スペースや設置コスト、顔認証で必要になる判定までの距離や光の照射具合が異なっており、2社によって提供される異なる顔認証技術のみならず、機材の設置タイプによる違いもまた実証実験での評価対象となる。

長岡駅の顔認証改札機に記されたロゴ
新潟駅の顔認証改札機に記されたロゴ

動画は4種類用意してある。顔認証改札機のモニター対象者はあらかじめ顔写真の登録が行なわれており、登録済みの顔であると改札機が判定した場合には問題なく通り抜けられるが、未登録の顔を持つ人物が通過しようとすると警告が出てくる。

今回の動画では長岡駅、新潟駅の順に、それぞれ(顔認証)OKとNGの2パターンを用意し、その様子を撮影した。本稿では「顔情報は登録済みだが、例えばうつむいたり手で顔を隠した状態で通過しようとしてNG判定が出る」といった動画を掲載していないが、明らかに顔を隠そうとした状態で改札機を通過しようとしない限り、ほぼOKとNGの判定は問題なく行なえていた。

【【長岡駅】】
長岡駅の顔認証改札機で顔情報登録済みの利用者が通過しようとした場合
長岡駅の顔認証改札機で顔情報未登録の利用者が通過しようとした場合
【【新潟駅】】
新潟駅の顔認証改札機で顔情報登録済みの利用者が通過しようとした場合
新潟駅の顔認証改札機で顔情報未登録の利用者が通過しようとした場合

技術面から顔認証改札機をみる

今回2駅に設置された顔認証改札機では、両者共通で4つのカメラを備え、双方向での通行が可能だ。ただし西日本旅客鉄道(JR西日本)が大阪駅などで行なっている顔認証改札機の実証実験で設置したタイプは2人が左右に広がって同時に通過できるスペースがあったが、今回のものはあくまで同時に通過できるのは1人までで、先に改札機に進入した利用者の処理が優先される。

4つのカメラは片方から歩いてくる利用者を撮影するのがそのうちの2つで、残り2つは反対側の利用者を撮影する。長岡駅のタイプでは2つのカメラは左右に配置され、新潟駅のタイプでは微妙に角度を変えたカメラが進行方向に2つ設置される。

ウォークスルー型の顔認証ゲートの場合、問題点の1つとして「カメラの視界には複数の人物が同時に写るため、どの人物が自身に近付いているのかを判定する必要がある」というのが挙げられるが、駅のように単位時間に大量の乗客が殺到するようなケースでも、近付いてくると判定された人物の顔情報(特徴点)のみを抽出し、それ以外の情報を捨てて処理するといった対策が採られているという。

また、移動速度によっては判定が完了するまでに利用者がゲートでOKまたはNGを出すのが間に合わないといったケースも想定されるが、今回の改札機では手前1~2メートル程度の場所から判定を開始し、それまでに必要な特徴点の情報を捉え、ゲートに侵入するタイミングではすでに判定が完了しているような動作になっている。このあたりの動作は実際に動画で確認してみるといいだろう。

長岡駅の顔認証改札機の中を覗いたところ。手前と奥の中央部分にカメラが計4台あるのが確認できる
長岡駅の顔認証改札機のカメラを接写したところ
新潟駅の顔認証改札機のカメラは「進んでください」の表示の左右にそれぞれ1つずつあり、これは右側から来る利用者の判定に利用される。逆に左側から来る利用者は手前側の装置にある2つのカメラが判定を行い、計4台のカメラが据え付けられている

技術的詳細についてはセキュリティ上の理由から回答できないとJR東日本では述べていたが、いくつかヒントのような情報が得られているので、推察も含めてまとめておきたい。

一般に、顔認証に利用する顔の特徴点情報は、技術を提供するベンダーによってその方式が異なっており互換性がない。そのため、1つの特徴点情報のみを保存しておき、今回のケースのように2つの異なるベンダーが提供する機器で顔認証を行なおうとすると問題が生じる。

今回の実証実験では、約500名参加しているという一般モニター参加者には登録期間中にいったん長岡駅に来てもらい、汎用のタブレット端末で顔写真を撮影し、それを顔認証改札機の判定に利用しているという。モニター参加者は全員、新潟駅と長岡駅間の定期券を持っているので、何かの折に長岡駅にいったん寄ってもらい、その間に顔情報を集めたという形だ。

その写真を顔の特徴点情報の抽出に利用するのだが、長岡駅ではパナソニックコネクト、新潟駅ではNECのサーバが別々に稼働しており(クラウドの可能性もあるが明言はしていない)、それぞれに顔写真の情報を基にした異なる特徴点情報を保持し、いずれかの駅で顔認証改札機を利用者が通過する場合、当該の駅にある特徴点情報の判定を行なう該当駅担当のベンダーのシステムが動作し、問題なければその旨をJR東日本が運用する改札機のシステムに伝え、実際に設置された改札機が動画にあったような動作を行なう。

つまり、実証実験においてはJR東日本そのものは顔の特徴点情報を持ち合わせておらず、顔認証の判定は2社いるベンダーのシステムに任せ、その判定結果のみから改札機を動かしている……というのが動作フローだ。

JR東日本によれば、今回の顔認証改札機での改札の仕組みは、上越新幹線の通常の改札機とは連動しておらず、例えば顔認証改札機を利用して長岡駅に入場した乗客は、新潟駅の通常の改札機を新幹線のSuica定期券を使って出場できない。その逆のSuicaで入場、顔認証を退場を含めて不可能で、あくまで実証実験用に独立したシステムとして組んでいるようだ。

なお、なぜ顔認証の判定に2つの異なるベンダーの技術を採用したかという点だが、JR東日本の規模になると、今後の一斉導入を考えたときに単一のベンダーでは調達が間に合わないケースがあり、複数ベンダーの活用を想定する必要があるとのこと。形状の違いのみならず、将来の調達まで含めた実証実験というわけだ。

顔認証改札機の狙いと「Suica Renaissance」の次

今回、顔認証改札機の実証実験の報道公開では、JR東日本 新幹線統括本部新幹線電気ネットワーク部技術計画ユニットリーダーの恩田義行氏が取材での囲み対応にあたり、実証実験の意義などについて説明を行なった。

恩田氏:今回2カ所の改札機を見ていただいて、ご覧のように長岡駅については改札機を積み上げてお客様が不安を感じないような作りにしています。一方で、新潟駅は日常の生活に馴染むように、通過されるお客様がすんなり入っていけるような、その中でさらに先進的な技術を入れるような形で作られています。6日からは多くのお客様に利用いただき、今後の顔認証改札機の提供に向けた実験をさせていただければと思います。

顔認証改札機の導入については、ずっと社内で検討してきており、昨年12月に「Suica Renaissance」ということで発表し、「タッチするという当たり前を超える」というコンセプトでさまざまな技術を検証してきました。新幹線の場合、多くの荷物を持ったお客様や、たくさんの切符を持っていて改札を通ることになれていないお客様が多いと感じておりまして、そういったお客様には顔認証改札が非常に優位性が高いということで、今回の2駅で実験を実施させていただくことになりました。顔を認証するということで、その認証技術はさまざまな環境下においても確実に動作し、そこを通過するお客様にきちんとそれが伝わることが重要で、今回はそのあたりを検証できればと思います。

JR東日本 新幹線統括本部新幹線電気ネットワーク部技術計画ユニットリーダーの恩田義行氏

JR東日本の説明によれば、実証実験開始にあたってはさまざまな調査を行ない、結果として今回の新潟駅と長岡駅の組み合わせが適しているとなったとのこと。

恩田氏の言うように、日常使いで新幹線を利用してその利用感を検証できるケースというは限定的なシチュエーションだと筆者は考えている。だが新潟と長岡の場合、前者は新潟県で最大人口を誇る都市であり、後者の長岡は中越エリアにおける中核市で新潟県では2番目の規模を誇る。両都市間を通勤通学で行き来する人の数も多く、在来線では1時間以上かかる距離が新幹線では20分程度と3分の1で済むため、新幹線定期券を持つ利用客も多い。条件として、同社が顔認証改札機の利用ケースに合致したのが今回の2駅だったということだろう。

中越エリアの中核都市に位置する長岡駅
新潟県の県庁所在地にある県内最大人口を抱える中核駅の新潟駅

ただ注意点としては、次世代改札としてJR東日本が「顔認証改札機」のみを注視しているというわけではなく、あくまで「ウォークスルー改札」を実現するための技術の1つという位置付けにしている点に気を付けたい。

例えば、同社では10月7日に「国際都市 TOKYO の未来を拓く、広域品川圏の共創まちづくりが本格始動!」というプレスリリースを出しているが、この中で高輪ゲートウェイを中心に5つのJR駅の間でウォークスルー改札の実証実験を開始すると表明している。

ここで提供されるのは顔認証改札ではなく、「“デバイス”を用いたウォークスルー改札」という話も聞いているが、例えば韓国では首都のソウルでBluetooth技術を使ったウォークスルー改札の実証実験が行なわれていたり、世界でもさまざまな場所で新たな試みが進んでいる。UWBの研究が進んでいるという話も一部では聞いており、今後の展開が楽しみだ。

東京の高輪ゲートウェイ周辺5駅では2026年春にウォークスルー改札の実証実験がスタートする
韓国のソウルで行なわれているBluetooth技術を用いたウォークスルー改札の実証実験

このほか、顔認証技術を改札以外の分野にも広げていこうという試みもJR東日本では進んでいる。

恩田氏は「あくまで今回の実証実験は改札機のみ」と前置きしたうえで、「今回はSuicaのIDも確認させていただいて登録しています。決済方面についても現在検討中ですが、やはり駅構内などで顔で決済できることは、お客様にとっても利便性が高いと思います」と述べており、Suica IDを活用してのさまざまなサービスへの応用も含めた検討が進んでいるようだ。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)