西田宗千佳のイマトミライ

第290回

ドコモはなぜ「DAZN」と組んだのか

ドコモがDAZNと組んで「ドコモ MAXで見放題」を展開

携帯電話は誰の生活にとっても必須のものだ。結果として、通信料金は生活に密着した存在でもある。

「ドコモ MAX」など、NTTドコモの新たな料金プラン発表からは、久々に通信料金に変化があるのではないか、という予感がある。良し悪しの評価はあるだろうが、「値下げ一辺倒」ではなくなる可能性が見えてきた。

今回は、先日のNTTドコモの会見から、携帯電話事業の今後を考えてみたい。

まさかの「料金プラン発表」

NTTドコモは4月24日に発表会を開催した。実はこの発表会、前日までは「新料金プランのもの」とは公表されていなかった。あくまでDAZNとの提携による新サービス発表……という話だったのだ。

「なに発表するんですかね」「まさか買収だったりして」「それは流石に。でもドコモ専用の割引とかはありそうですよね」

発表会の少し前、友人のライターと食事しながらそんな噂話をしていたわけだが、翌日には予想がひっくり返り、「そうかバンドル含めたプランか」ということになったわけだ。

料金プラン変更は、実はサプライズだった

今回NTTドコモが発表した「ドコモ MAX」の内容は意外とシンプルだ。要は「色々なサービスがついてお得」という形である。

具体的にはDAZN for docomoが追加料金なしで見られて、Amazonプライムが半年無料になり、Leminoプレミアム加入で半年分無料。国際ローミングは30GBまで無料となり、今年の10月以降は長期契約割引もある。

ドコモ MAXの概要

容量の小さな「ドコモ mini」は、4GBまで2,750円、10GBまで3,850円(ともに割引前)となり、各種映像配信などは付属しない。長期契約割引やローミングもない。

ドコモ miniの概要

これらを「料金が複雑化した」と書くメディアもあったが、それはちょっと違う。複雑なのは相変わらず「割引条件」であり、プラン自体はそんなにごちゃごちゃしていない。

課題があるとすれば、割引が最大限適用された時の価格だけを示し、割引前の価格を示さない「料金提示のあり方」だ。

割引も積み重ねに過ぎないので、理解できないほど複雑なわけではない。だが、自分の料金がいくらか、どの割引が使えるかを把握していないとわからないわけで、「結局いくらか」の見通しは良くない。

この課題は早期に解決されるべきものだ。

値上げを求める通信事業者

現実的な話として、今回ドコモは料金を上げてきた。既存の料金プランから変えなければいいわけだが、今後のベースを変えてきたことの意味は大きい。

安価なirumoを廃止してきたため、もっとも安価なプランでの価格は、550円から2,750円に上がることになった(どちらも割引前)。

また、通信量無制限で7,315円だったeximoがなくなり、ドコモ MAXになることで8,448円となる(同じく割引前)。

一方で、映像配信などのサービスがセットになること自体は悪くない。

特にDAZNは、度重なる値上げで月額料金が4,200円にまで上がっている。「値上げで顧客離脱があるのでは」という声はドコモ側からも聞かれたし、DAZNとの会見でも「高い」というフレーズが何回も使われた。一般に会見では、サービスに関するマイナスワードは御法度。それが何回も使われたということは、DAZN側がそれだけ「どうやって価格を下げずに顧客を集めるか」に苦慮している、ということなのだろう。

それが通信とセットになることで無料になるなら、確かにお得と言える。筆者もDAZNの高さに音を上げているものの1人として、ドコモ契約のプラン変更を検討している。

一方で、スポーツに一切興味がなく、DAZNを見ることもない人には無駄にも思えてしまう。

実のところ、DAZNを外したとしても4,200円割引になることはなく、ローミングや長期割引を考えると、1,000円強の値上げで済んでいるのは「そこまで悪くない」と思う。

とはいえ、DAZN以外の選択肢を求める声もわかる。ドコモとしては「ドコモ MAXはこの組み合わせだけではない」と考えているようで、将来的には別の選択肢も出てくる可能性は高いと予想している。

そこで選択肢が増えると確かに複雑にはなるので、要注意な方向性ではある。

では、なぜドコモは「セットで値上げ」の方向を目指したのか?

通信費はずっと下がり続けてきたが、これはある意味不自然なことでもあった。電気・燃料などのコストが上がり、円安で機材・部材コストも上がっている以上、通信費も上がるのが自然ではある。電気代と違って上がらずにきたのは、政策的に通信費が「値下げされるもの」として狙い撃ちにされてきたためだ。

だが、値下げを主導してきた菅義偉氏の力が弱まり、政治側からの圧力が減ったのは間違いない。

そうなると、物価の上昇に合わせて通信費も上げていきたい……と携帯電話事業者は考える。NTTドコモはその先鞭を切ったと言えるのではないだろうか。

ただ値上げ、と言っても支持は得られにくい。だから別の形でバリューを作るために、ニーズは大きいが価格面で厳しくなってきたDAZNとの協業により、「値上げではあるがバリューを高める」選択をしたのだろう。

通信費だけにして安く、と考える人も多いだろう。実際MVNOはそうしたプランを提供している。

だが世界的に見ると、MNOは「サービスとセットで高付加価値型」を選ぶようになっている。そこで映像配信をセットにするのは、どの国でも定番だ。

通信だけだと価格の叩き合いになりやすい。通信品質や通信エリアは値段をつけにくいので、「品質が良いから高い価格で」という形は成立しづらい傾向にもある。

回線だけの提供で付加価値を求めづらい、という傾向の中では、結局「他の生活サービスとの組み合わせ」というパターンへと進まざるを得ない。映像配信事業者としても、長期安定顧客を得るには通信事業者とのコラボレーションが望ましい……ということなのだろう。

Venueと広告から見るドコモの狙い

一方、ドコモとしては、DAZNとの関係強化には別の狙いもある。

1つは「Venue事業との連携」。Venue(ベニュー)とは「開催地」のような意味で、スタジアムやコンサートホールなど、イベントごとが開催される場所を指す。

NTTドコモは昨今この領域に力を入れており、国立競技場やIGアリーナとも連携している。

ドコモは国立競技場やIGアリーナの運営にも参画

これら会場では通信技術が重要になってきている。電子決済が必須である今、物販やチケット販売には回線事情も重要だし、それこそ、イベントなどの配信が行なわれるなら、それをカバーする回線技術も必須になる。

通信事業を活かすものとしてVenue事業は大切な要素であり、今後も成長の余地は大きい。DAZNのようなスポーツ配信事業者は、本質的にVenue事業と大きな関わり合いがある。だとすれば、NTTドコモは将来の事業のためにも、DAZNとの関係を強化しておく必要がある。

観戦前から観戦後まで、通信とサービスはスポーツに大きく関わってくる

そして2つ目は「広告事業」だ。

映像配信では広告事業が大きな意味を持つようになってきた。

過去には地上波放送との差別化から、「広告が入らないのが配信」というイメージがあったものだ。だが現在は、より安価に、幅広い人々に配信を届けるため、CMを入れて配信するのが基本となりつつある。Netflixも、新規加入者の55%が広告プランを選ぶようになって、2025年以降の収益の伸びも、広告からの収入によるものが大きいと期待されている状況だ。

Amazonプライムビデオも、4月8日から日本で広告入りが基本になった。広告なしにするには、月額390円の広告なしプランに追加加入する必要がある。

DAZNも広告を入れている。その広告開発には、今後NTTドコモとの連携が重要になる。

NTTドコモはLeminoという映像配信ビジネスをしている。有料のプレミアムサービスとしては、それほど存在感は感じられない。だが、無料サービスも加えると、同社にとっては大きな価値となる。視聴にはdアカウントが必要であり、どんなタイプの人がどんな番組を見ているのか……という重要な情報が得られているからだ。その情報は、精度と付加価値の高い広告展開には欠かせないものである。

ドコモの巨大な会員基盤からのデータを欲しいところはたくさんあるだろう。さらに、スポーツでの視聴データが絡めば、付加価値がつく。

放送時代のCMと違い、これからの映像配信でのCMは、「見ている人・見ている家庭に合わせ、価値の高いもの」が求められる。もちろんプライバシー保護は重要だが、「なんとなく価値がある」もダメだし、Web広告のように「価値が低くて見ている人の感情を悪くする」ものでもいけない。

そして、CM自体の視聴状況を商品に反映することもできる。

放送という、正確な情報が取りづらいメディアから、配信という「情報が取れるメディア」に変わることで、広告の背景技術は大きく変化する。

その未来を見据え、アメリカなどでは、「広告モデルによる映像配信」の技術革新が進みつつある。

その日本版を考える上では、ドコモの動きはなかなか興味深いものである。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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