石野純也のモバイル通信SE

第77回

「金を使って取り戻す」からMAX・銀行で反転攻勢 ドコモ前田社長に聞く

ドコモの前田氏が、新料金プランや銀行買収、ネットワークなどの戦略を語った

ドコモが6月5日に開始した「ドコモ MAX」は、料金プランに「DAZN for docomo」を組み込み、通信とサービスのトータルでお得感を打ち出している。値上げになるユーザーはいるものの、DAZNに魅力を感じたユーザーが契約を急ぎ、出足は同社の計画を上回っていたという。

いち早く新料金プランを打ち出したドコモだが、同社は社長に前田義晃氏が就任して以降、攻めの姿勢を強めている。ahamoの30GB化では先陣を切り、他社も対抗を余儀なくされた。そんな前田氏に、ドコモの料金戦略やネットワーク戦略を聞いた。

シェア奪還の1年 「金を使って取り戻す」

就任以降、ahamoの30GB化や料金プラン改定などを矢継ぎ早に行なっている前田氏。攻めの姿勢については、「結果論として、そう見えているところはあると思うが、社長就任時に課題が多かった」と明かす。

その1つが、顧客基盤の強化だ。ドコモは、「長いことシェアを減らしていたので、少なくともそれをどう止めるのかは早期に実現しなければならなかった」。

そのための策として、「お金も使って競争力を取り戻すことをやった」という。他社との競争の中で、「料金を下げる、端末価格を下げる、あとは販売チャネルにお金を投じるということは今でもやっている」といい、「これでなんとか拮抗、あわよくばちょっと増やす」状況になった。ahamoの30GB化や端末価格の値下げ、量販店などの販売強化が、これにあたる。

ドコモの24年度決算を見ると、販促強化などのコストを大きく積み増していることが分かる。結果として、MNPではプラスに転じた

ただ、値下げやキャッシュバックなどの競争は、「片方がさらに攻勢をかけてお金を増やすと、もう片方も増やさなければならない。この中で顧客基盤を強化し続けるのは、かなり辛いのも事実」だという。

「同じくお金を投じるなら、どういう価値を提供できるのかというところにダイレクトに影響するところにお金を使いたい」というのが前田氏の考え。これを反映したのが、ドコモ MAXだったという。

反転攻勢の「ドコモ MAX」 スポーツの価値とその後

「今回の(ドコモ MAXの)ように、データ容量と価格だけではない価値の提供方法がある。我々は料金プランという言い方ではなく、サービスプランという言い方をしている。そういう考え方や戦略にチャレンジしたいということで勝負をした」

単なるデータ容量と料金で選ぶのではなく、そこにコンテンツなどの価値を乗せていく方針に転換した

ドコモ MAXなどの新料金プランを導入したもう1つの理由は、昨今の物価高やインフレなどに対応していくことがある。前田氏は、「パートナーも含めて持続的にリターンを得ながら成長していくのが、相当難しくなりつつあるのも事実。一定程度、料金を上げていかなければいけない前提には立っている」と語る。ただし、「単純に価格を上げるのではなく、構造をどう変えていくのかとセットになる」といい、既存の料金プランをそのまま値上げする考えはないことを明言した。

価値をセットにしたドコモ MAXで、DAZNを全面に押し出したのは、「スポーツから始めたのは、差別化しやすい部分だった」からだ。「その中に、サッカーにしろ野球にしろバスケにしろ、たくさんのファンがいて、ファンが見たいと思っているコンテンツを取りそろえている」ことが重要だったという。

まずはDAZNを全面に押し出したドコモ MAX。この分野は、他社と差別化しやすい部分だったという

ただし、ドコモとしては、DAZNだけで終わりにするつもりはないという。前田氏は、「まずはスポーツから始めたが、この構造自体はスポーツじゃないところにもある。そこにも広げていくことは考えている」と明かす。

では、DAZN以外のコンテンツが追加された時に、ドコモ MAXはどうなっていくのか。この点をどのようにしていくかは、現在検討中だという。

「分かりやすいのは、どんどん価値が積み上がっていき、価格が変わらないことだが、それがビジネススキームとして成功するのかどうか。スポーツはちょっとという方々に、そこを入れ替えられるようにする方法もあるが、分かりやすい方がいい。ニーズがあるところだとエンタメやコンテンツがクローズアップされるが、組み込むものはその時その時で出てくるので、タイムリーにやれた方が面白いと思っている。

かたやエンタメだけでなく、銀行(住信SBIネット銀行)の買収の話もあったので、ポイ活のような話になるかもしれないが、金融サービスとのセットで、エンタメ以外の価値を提供するプランを考えていくのもおもしろいと思っている」

ドコモ MAXには、DAZN以外も追加していく方針。どのように価値を足していくのかは目下検討中だという

ドコモに「銀行」が必要な理由

前田氏が語るように、住信SBIネット銀行を子会社化する目的の1つがこれだ。

銀行は、「金融サービスの中で一番基本的なものだが、我々だけが持っておらず、他行を使っていただいていたが、ここにある種のコストを払っていた」。傘下に銀行があることで、「その部分を原資にしてお客様に還元できる。決済や支払いを紐づけると、還元機会はどんどん作っていけるので、全体としてのお得感は増していく」。

一方で、銀行が持つ金融商品とのシナジーにも期待を寄せているようだ。分かりやすいのは、他社も展開している住宅ローンと通信のセット。前田氏も「住宅ローンは強いので、我々の他のサービスとの連携で金利優遇することなどは、もちろん考えている」と話す。

「住宅ローンは、それなりのお金が毎月引き落とされるので、預金量を増やす効果もある。それを広げていければメインバンク化していただけるきっかけにもなる」。

5月には、住信SBIネット銀行の買収も発表された

ドコモは通信品質を改善できるのか 秘策は「別班」

ただ、いくら魅力的なコンテンツや金融サービスがあっても、それらを満足に使える通信品質がなければ本末転倒になってしまう。ここ数年、ドコモは都市部を中心にした通信品質が低下しており、ユーザーからの不満が噴出した経緯がある。前田氏就任以降、その改善には大きく力を入れるようになった。

実際、「全国で20%、都市部で70%ぐらい、5Gの基地局を増やしているし、パラメーターチューニングもかなり徹底的にやっているので、プラスに働いているところは出てきている」という。

これによって「Sub 6の基地局数は今年度で他社並みになってくる」ことに加え、「700MHzの転用のところも少し足りていないので、並行して今年度進めていく」。これらの対策を積み重ねた結果、「他社とそん色ない状況が今年度末に作れるのではないか」という。もっとも、基地局は計画から建設までに1年以上かかることもある。

「時間がかかる部分がある」というのは、前田氏も認めるところ。前田氏には、「これを何とか前倒ししたい」という思いもあったという。

5Gの基地局数を増やし、パラメーターチューニングも行なうことで、徐々に品質は改善している。これに加え、高トラフィックエリアにはより密に基地局を設置する

それを実現するための「秘策」が、ドコモ社内で「別班」と呼ばれている取り組みだ。これは、特にトラフィックが高いエリアに、密に基地局を配置していく取り組みを指す。

では、それをどこに置くのか。前田氏によると、「電話ボックスや電柱など、NTTグループの協力を得ながらそこを基盤化していく」という。

通常の対策に加え、スピード重視の対策も加えていく。ドコモ社内では、これを別班と呼んでいるという。名前の由来は自衛隊の秘密組織とされる部隊で、TBSのドラマ「VIVANT」でも脚光を浴びたあの別班だ

実際、別班はすでに稼働しており、「都内だとある駅の電話ボックスの上に基地局を取り付けたところ、そこのトラフィックをだいぶ緩和できた」という。元々ドコモは、「基地局の打ち方が大きくエリア化する発想」が強かった。一方で、「今の電波の飛び方や、容量を取らなければいけないことを考えると、スモールセルで対応しなければならない」。

電柱や電話ボックスなど、NTTグループの資産をフル活用している

どちらかと言えばマクロ局を中心とする発想の強かったドコモだが、他社のように、スモールセルの基地局を密に配置していく方針に転換した格好だ。

前田氏も、「各社がやっているように、道路沿いに打っていくことも含め、もっときめ細やかに対応する必要があるということは統一見解になった」と考え方が変わってきたことを明かす。

この基地局が増えてくれば、ドコモの通信品質に対する評価も変わってくるだろう。その時には、コンテンツや金融などをセットにしたサービスプランの真価が今以上に発揮できるかもしれない。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya