石野純也のモバイル通信SE

第79回

民主化された「eSIM」 ガジェオタより20代女性を中心に急拡大

7月14日にテレビCMを開始したトリファ。国内の海外用eSIM事業者として、アプリダウンロード数がトップだという

コロナ禍が明け、海外旅行需要がかつての水準に戻りつつある中、海外eSIM需要が急速に伸びている。この2年間で売上げが15倍に急成長しているのが、スタートアップの「トリファ」だ。同社はパンデミックのさなかの20年に設立。アプリのダウンロード数では、国内1位を記録している。7月14日からは、関東エリアで俳優の上白石萌音さんを起用したテレビCMも開始した。

なぜいま「eSIM」なのか

トリファの代表取締役を務める嘉名雅俊氏は、同社のサービスが選ばれている理由は、次の3つに集約されると説明している。1つ目が、「200以上の国や地域に対応していること」だ。海外eSIMの中には、特定の国や地域でしか利用できないものもあるが、トリファは主要な国や地域を網羅。ローミングとの比較でも、対応数は劣っていない。

2つ目が「最短3分で設定が可能で初心者にも分かりやすいUI、UX」を備えていることだ。実際、同社のアプリを使ってみると、それが分かる。まず国や地域で検索をかけ、容量や日数を選んで購入して、プロファイルをインストールするだけ。上白石さんがトークセッションで語っていたように、設定画面を画像として保存しておける機能などもある親切設計だ。eSIMがなんぞやということを知らなくても、簡単に使いこなすことが可能だ。

旅行好きで知られる上白石さんは、設定方法を画像として保存しておける機能が便利だと語った。確かに、回線がない環境で設定を調べられるのは親切だ

UI、UXとも関連した3つ目の特徴が、「24時間365日の日本人による有人サポート」(同)だという。海外eSIMサービスは、海外事業者の提供するものも存在するが、往々にしてサポートが手薄だったり、日本語が使えても機械翻訳ごしということが多い。トリファは日本の事業者で、かつ日本のユーザーを対象にしているだけに、ここに特化したサポートを提供できるというわけだ。

200以上の国や地域に展開しており、アプリの利用方法が簡単。さらには、サポート体制も充実している

また、「それぞれの国でバックアップ回線を用意しているので、瞬時に対応できる」(同)と、接続の安定性にも自信を見せる。嘉名氏によると、トリファは複数の通信事業者と提携しており、メインの接続先が通信障害になった時や新興国などで特定の通信事業者の通信環境が不安定な時などには、バックアップに切り替える体制ができているという。

国と期間、容量を選ぶだけでよく、シンプルに使える

20代女性を軸に急拡大するeSIM 推し活・美容ニーズで飛躍

海外eSIM市場は、全体でも急速に拡大している。トリファが引用した米調査会社Market.us Scoopのデータでは、24年は20億3,000万ドル(約3,000億円)規模だった市場が、34年には2,607億3,500万ドル(約38兆円)まで拡大するという。トリファが、この2年で15倍にも売上げを伸ばしている事実も、それを裏づける。大手キャリアが取り扱う端末もほぼeSIM対応になっており、受け入れ体制も整った。

急速に拡大している海外eSIM市場

競合になっているのは、海外用のレンタルWi-Fiルーターだ。空港で借りられ、かつ複雑な設定は不要という簡易さが受けているサービスだが、人数によっては価格が高かったり、返却の手間がかかったりという難点がある。実は大手キャリアの海外ローミングも、競争相手はレンタルWi-Fiルーター。そのため、各社ともルーターよりいかに安く、手軽かを訴求している。

その成果が実り、日本でもコロナ禍明けから海外eSIM需要はじわりと拡大している状況だ。海外eSIMというと、モバイルやガジェットに詳しい30代、40代でガジェットが好きな男性が中心に思われるが、トリファの嘉名氏によると、同社のサービスを利用するボリュームゾーンは20代の女性だという。

トリファ自身の売上げも、2年で15倍に急増した

この層は、“推し活”や“美容”などの目的で韓国や台湾など、近隣の国や地域に渡航することが多く、かつeSIMに対応している機種数の多いiPhone率が高い。SNSの口コミなどで、水面下でeSIMが広まっているようだ。実際、筆者も過去に20代のあまりモバイルサービスに詳しくない女性から、「韓国に行くときはeSIMを入れている」と聞いて驚いたことがある。

会社の経費でWi-Fiルーターをレンタルできず、家族旅行ではないため回線をシェアする必要もないという点では、まさにeSIM向き。この条件であれば、費用対効果も高い。こうしたユーザー層の拡大を受け、トリファでも、25年実績でアジア圏の国や地域のeSIMを購入するユーザーが75%まで拡大しているという。

アジア圏で利用するユーザーの割合が非常に高い

冒頭で挙げたようにトリファは、現時点で国内トップのeSIM事業者をうたっているが、海外事業者の参入も多い。例えば、フランスに拠点を構えるTransatelのUbigiは、NTTグループであることを生かし、いち早くアプリの日本語化に対応。円建てでの決済も行なえる。シンガポールに本社を置くAiralo(エラロ)も日本展開を強化しており、24年12月にはMVNOのJ:COM MOBILEと提携。7月には法人向けサービスの「Airalo for Business」を開始した。

無料ローミングとeSIMの戦いに?

また、大手キャリアの海外ローミング無料化も、強力なライバルになりうる。ドコモは、21年に開始したオンライン専用プランahamoで、月20GB(現在は30GB)までの海外ローミングを無料にした。楽天モバイルも、「Rakuten最強プラン」で2GBまでの海外ローミングが無料になる。ソフトバンクは、米国限定で「アメリカ放題」を提供中だ。

これらの無料海外ローミングは、一部キャリアや一部料金プランに限定されていたが、徐々に対象を広げている。6月には、ドコモが「ドコモMAX」で、KDDIが「auバリューリンクプラン」でそれぞれ海外ローミングの無料化を打ち出した。現状ではデータ容量無制限の比較的高額な料金プランに限定されているが、これが中容量プランやサブブランドまで広がれば、海外eSIM事業者のニーズはとたんに縮小してしまうおそれもある。

ドコモは、ドコモMAXに無料の海外ローミングを組み込んだ。ただし、国内では無制限だが、海外では30GBという制限がある

一方で、キャリアの海外ローミングには容量の制限がある上に、使用量は国内分と合算される。ホテルのWi-Fiの速度が不十分な時にテザリングするという使い方をするというような時には、海外eSIMに一日の長がある。

トリファも、最近では大容量プランを購入するユーザーが増えているという。このようなニーズをキャリアが満たすのは難しいため、当面は住み分けが進んでいきそうだ。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya