石野純也のモバイル通信SE

第80回

ついにデータ対応したau「スターリンク」にみる日本ケータイ文化の影

サービス開始直後から、その中身を進化させているau Starlink Direct。6月には、対応衛星を倍増させ、圏外の時間を大幅に減らした

4月に、スマホで衛星と直接通信できる国内初のサービスとして開始した「au Starlink Direct」だが、8月までの間にその中身を徐々に進化させている。6月には、軌道傾斜角43度の衛星を200基追加することで、通信品質を向上。対応エリアで圏外になる時間を大幅に縮小することに成功した。こちらは、衛星側のアップデートだが、端末側でも7月末にAndroidがGoogleメッセージ内での画像や動画の送受信に対応している。

残るのは、「夏」とうたわれていたデータ通信への対応だ。すでに猛暑日連発で盛夏を迎えている感はあるが、KDDIによると、8月中にはサービスを開始する予定だという。同社代表取締役社長CEOの松田浩路氏は、8月1日に開催された決算説明会で「夏と申し上げたが遅い夏、学校の夏休みは8月に終わるので、そこまでには何とかできるようにしたい」と語った。

7月末には、Googleメッセージでの写真、動画の送受信に対応した

データ通信と端末側の制御 フィーチャーフォン的なすり合わせ

とは言え、GoogleメッセージやiMessageもパケット通信を行なうデータ通信の1つ。SMSですら、VoLTE導入以降は、データ通信網を使って送受信している。そのため、厳密に言えばすでにごく一部のサービスに絞ってデータ通信はできていると見なすことも可能だ。KDDIの言う「データ通信」とは、SMSやメッセージ以外のサービスにデータ通信を開放することを意味する。

実はau Starlink Directでは、端末側でもさまざまな制御を行なっている。アンテナピクトに特別なマークが出るのはそのためで、iPhoneでは、「衛星経由の緊急SOS」と同じ画面でau Starlink Directに接続しているかどうかを確認できる。端末側でau Starlink Directに接続しているかどうかを検知し、その際に送受信できるデータをメッセージサービスだけに絞っているというわけだ。

現状ではSMSやGoogleメッセージ、iMessageの送受信に対応する。これは、端末側の制御でこれらしか利用できないようになっているという

冒頭で挙げた、Googleメッセージが画像や動画に対応したのも、端末側で「写真と動画の口を開けていただいた」(松田氏)からだ。すべての機種で利用できない背景には、端末側も合わせて対応しなければならないという事情がある。ネットワーク側のスペックに端末側がピタリと進化の歩調を合わせる点は、フィーチャーフォン(ガラケー)時代のサービス開発モデルをほうふつとさせる。

8月中に開始されるデータ通信サービスも、この延長線上にある。松田氏は「何をもってデータ通信の開始かというと、サードパーティのアプリディベロッパーがそれを使えるようになること」としており、天気予報や登山系のアプリ開発者(社)が、「アップデートとともにデータ通信が使えるようになる」という。その時期が、8月の終わりごろということだ。

より具体的には、「OSの方にフラグがあり、アプリのディベロッパーはそういう情報を使ってナローバンドの衛星でも(データ通信を)使うというフラグを立てる」ような仕組みになっているという。そのため、地上の基地局とつながっているときのように、ブラウジングをしたり、動画を見たりといった自由な使い方はできない。あくまでも、対応アプリを使えるという意味合いになる。

松田氏は、端末やOSがネットワークに合わせて対応するサービスを増やしていることを示唆した

au Starlink Directの「ブルーオーシャン」

スマホのように小型で、かつ送信出力も弱い端末と通信すると、どうしても上りのスループットが出ない。また、周波数帯も2GHzのみで帯域幅も限定されているため、多数の端末が一斉に接続すると通信品質が低下しやすい。そのため、制限をかけながら、スペックに合わせて徐々にそれを緩和していくアプローチを取っていると言える。au Starlink Directを利用するユーザーは、あらかじめこうしたアプリを調べてダウンロードしておく必要がある

地上の基地局とつながっているときと同じようにデータ通信できると思っていた向きには、やや肩透かしだったかもしれないが、今よりできることが広がるのは間違いない。また、アプリ開発者にとって、au Starlink Directへの対応はビジネスチャンスになりうる。数百万のアプリを自由に使える地上のネットワークに比べ、au Starlink Directにはブルーオーシャンが広がっているからだ。

夏にはデータ通信に対応するというが、厳密に言うと、一部アプリのデータ通信に対応することになるようだ

au Starlink Directが使われていなければ、対応する意味は薄いが、KDDIによるとすでにユニークユーザー数は100万を超えているという。au Starlink Directを利用できるのが、使い放題MAX+やauバリューリンクプラン、au Starlink Direct専用プランに限定されていることを踏まえると、この数字はかなり高い割合だ。キャンプや登山に出掛ける人が増える夏休み期間を経ることで、この数字がさらに拡大する期待も持てる。

100万人の先に 26年は本格競争時代か?

現時点でのユニークユーザー数は100万だが、衛星とスマホのダイレクト通信が他社に広がれば、この規模はさらに拡大する公算も高い。実際、ドコモは1年後の26年夏に、ソフトバンクも26年内にサービスを開始することを表明済み。現時点ではどの事業者の衛星を使うかは明かされていないが、仮に独占期間が切れたStarlinkになれば、au Starlink Directと同じような形でデータ通信が使えるようになる可能性がある。

利用者数は、7月10日時点で100万人を突破した

25年8月の段階で、衛星経由の“ブロードバンドサービス”を提供するとうたっているのは、楽天モバイルのみ。同社は楽天が出資したAST SpaceMobileの衛星を使い、26年第4四半期に「Rakuten最強衛星サービス」を開始することを表明しており、動画やビデオ通話ができるASTの性能を盛んにアピールしている。裏を返せば、楽天モバイル以外は限定的なデータ通信になる可能性が高いと言えるだろう。

楽天モバイルは、ブロードバンドサービスを想定していると繰り返している。同社の代表取締役社長 矢澤俊介氏は、サービス開始を予告していた26年第4四半期より前倒したいと発言している

KDDI松田氏は登山やハイキング、キャンプなど、特定のシチュエーションに特化したアプリが登場することを示唆していたが、アイディア次第では、ほかにも用途がありそうだ。例えば、中間サーバーでデータに大きな圧縮をかけるブラウザはその1つ。Googleメッセージが動画に対応していることを踏まえると、解像度を大きく落としたショート動画の配信なども考えられる。

ヤマレコの「緊急SOS」機能は、au Starlink Directでの利用を想定している。現状では、ローカルで処理してメッセージを作成し、それをSMSで送る形を取っている。データ通信に対応すれば、こうしたアプリの作り方が変わりそうだ

フィーチャーフォン時代には、同様のやり方で実現していたブラウザアプリや動画アプリがあった。今と比べてはるかに狭い帯域のネットワークを駆使するための工夫だが、こうした発想やノウハウは同じ狭帯域のau Starlink Directでも生きてくるような気がする。ケータイコンテンツは、日本で独自に発展した文化。通信そのものはSpaceXが世界各国のキャリアと組む形で展開されているが、その上に広がるサービスという観点では日本の事業者が“お手本”を示せるようになるのかもしれない。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya