トピック

アマゾン「プロジェクト・カイパー」始動 スターリンクとの違いは?

Credit: United Launch Alliance

2025年4月28日(日本時間4月29日午前8時)、Amazonは同社の通信衛星メガコンステレーション「Project Kuiper(プロジェクト・カイパー)」の運用衛星27機を搭載した「KA-01(Kuiper Atlas 1)」ミッションの打上げに成功しました。KA-01ミッションはカイパー衛星の運用機最初の打上げとなり、これから3,232機の小型衛星によるブロードバンド通信網へと発展していく計画です。大型の衛星コンステレーションによる通信網ではAmazonは3番目となりますが、その位置づけとスターリンクなど先行するサービスとの違いを見てみましょう。

計画始動からこれまで

2019年7月、Amazonは太陽系外縁部で小天体がリング上に分布している「カイパーベルト」にちなんで「Project Kuiper(プロジェクト・カイパー)」と名付けた全3,236機の通信衛星によるコンステレーション計画を発表しました。

衛星を高度590km(784機)、610km(1,296機)、630km(1,156機)の3つの「シェル」というグループに分け、専用のアンテナ端末を利用して北緯56度から南緯56度までの世界中でサービスする計画です。サービスは衛星578機が打上げられた時点から開始となり、これは高度630kmの軌道シェルの衛星数の半分にあたります。

米国の連邦通信委員会(FCC)は、「カイパーが提供しようとするブロードバンドサービスは、米国の消費者に利益をもたらすものである」として2020年7月30日に事業を認可しました。Amazonは100億ドル(2020年当時で約1.1兆円)の投資を表明して計画を開始します。プロジェクトの責任者ラジーヴ・バディヤル氏が元SpaceXのスターリンク事業の責任者だったこともあり、低軌道衛星ブロードバンドサービスの新たな競争が始まったとみなされました。

カイパープロジェクトの始動にはいくつか条件がつけられており、ひとつは衛星の設計の詳細を提出してスペースデブリ対策の計画書を提出することです。もうひとつは、認可から7年後の2026年7月30日までに計画衛星数の50%にあたる1,618機を打ち上げることでした。これは世界で衛星コンステレーションが増加しているために、衛星が利用する周波数を確保する激しい競争が起きていることが背景にあります。

Amazonの申請当時、SpaceXのスターリンクは12,000機、OneWebは約680機、ボーイングも1,000機の衛星コンステレーションを計画していました。世界には300以上の衛星コンステレーション計画があり、周波数配分の調整にあたる国際電気通信連合(ITU)の機能には多大な負担がかかっています。そこで各国の通信当局(米国ではFCC)は衛星コンステレーションが計画倒れになって混乱が生じないように規制することが求められており、米国の規則では認可から7年以内に半数の衛星を打上げることを事業者に要求しているのです。

認可を得たAmazonは衛星開発と「カスタマー・ターミナル・アンテナ」の詳細を年内に発表します。Kaバンドという高速の帯域を使用し、直径12インチ(30cm)のフェイズドアレイアンテナ、スループットは最大400Mbpsだというスペックは、まだ本格サービス開始前のスターリンクを上回る可能性がありました。

ただ、7年間で1,600機以上にもなる衛星をどのようなロケットで打ち上げるのかという計画はすぐには明らかになりませんでした。Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏はブルーオリジンという宇宙開発企業を起こしロケットを開発していましたが、このときはまだ小型の弾道飛行ロケット「ニュー・シェパード」が飛行試験を行なっていた段階で、衛星打上げロケットの「ニュー・グレン」は打上げを実現していませんでした。

翌年の2021年4月にようやくULAのAtlas Vを9機契約したことが発表され、また11月には小型ロケットの企業ABL Space SystemsのRS1ロケットでプロトタイプ衛星(KuiperSat-1とKuiperSat-2)を2022年第4四半期に打上げる目標が発表されます。開発中のロケットも調達し、猛烈な勢いで衛星を打ち上げる姿勢が見えてきました。

期限に間に合うようロケットを調達していたためか、計画は何度も変更されます。2022年4月には衛星打ち上げポートフォリオを一新し、Vulcan Centaur(ULA):38回、Ariane 6(Arianespace):18回、New Glenn(Blue Origin):12回+オプション15回と、Atlas Vをあわせて77回もの打上げを一気に調達しました。

衛星を分離する専用の機構も開発し、計画倒れと思わせないための手を打っていることが明らかになってきました。ただ、ABLとの契約は続行するもののプロトタイプ衛星打上げ予定は変更されます。およそ半年後、プロトタイプ衛星の打上げはVulcan Centaurに変更となり、NASAのCLPS計画の月探査機を打上げるアストロボティックのペレグリンと相乗りが発表されました。

同時にAmazonは米ワシントン州に新たな衛星製造施設を建設し最大で1日4機の衛星製造を始めます。この衛星にはクリプトンを推進剤とする「ホールスラスタ」という小型の電気推進エンジンを備え、スペースデブリ対策として他の衛星やスペースデブリの接近時に回避する機能と、7年間の運用終了時には1年以内に軌道から離脱して大気圏に再突入する機能を提供しています。こうしたスペースデブリ対策の計画をFCCに提出し、これも了承されました。

Kuiper衛星に搭載される電気推進スラスターの一種ホールスラスタの試験画像。ウクライナ戦争の影響で価格が高騰するキセノンではなく、クリプトンを推進剤としている(Credit: Amazon)

2023年には、制御チップからAmazonが自社開発したユーザー端末のアンテナの構想が発表されました。通信速度が最大400Mbpsとなる個人・スモールビジネス向けモデル(重量約2.3kg以下、400ドル未満)、通信速度最大100Mbpsの超小型モバイル型(18cm四方程度で重量450g)、最大1Gbpsの企業向けモデル(48×76cm程度)の3つのモデルとなります。

ユーザー端末アンテナのモデル図と住宅への取り付けイメージ(Credit: Amazon)

2023年8月には、契約していたULAのAtlas Vに2機のプロトタイプ衛星を搭載して打上げられることになりました。ABLスペース、ULAのVulcan Centaurから搭載ロケットが2回変更されたことになります。これはVulcanの開発が遅れていたことが背景にあり、貴重なロケット契約を使ってでも衛星を早く打上げなくてはならないという判断が働いたようです。

このころ、Amazonの取締役会から、カイパー衛星の打上げ契約をブルーオリジンやULAに絞り、米国で最も高頻度打上げの実績を持つSpaceXに依頼しないのは誤った経営判断であるとの物言いが付けられました。FCCに要求される期限が近づく中で、衛星ブロードバンド事業ではライバルでもあるSpaceXに打上げを委託する契約も発表されます。

Credit: Amazon

2023年10月、についにAtlas Vでプロトタイプ衛星が打上げられ、衛星の機能を確認すると共に衛星同士の光通信機能の実証が行なわれ、1,000kmの距離で100Gbpsの通信を確立することに成功しました。成功を受けて、量産衛星も光衛星間通信の機能を持つことが発表されます。

2024年は、運用衛星の打上げ開始とサービス開始の年になるはずでした。しかし衛星打上げに調達したVulcanは年初の打上げで発生した不具合からスケジュールに遅れが生じ、New Glennは2024年末の1号機打上げが翌2025年までずれこみ、Ariane 6は夏に1号機の運用開始とロケット側の開発スケジュールの影響で2024年中の運用衛星打上げは実現しませんでした。

すでにFCCの要求した7年間の期限は後半に入っており、リスクが顕在化してきました。その中で2025年4月2日に予定されていた最初の運用衛星打上げが、天候の影響などで4月28日にずれ込みつつもついに行なわれたのです。

4月28日の運用衛星打上げは、穏やかな天候の中で予定通りの時刻にフロリダ州のケープカナベラル空軍基地からAtlas V 501形態で実施されました。

Atlas V 501は5本の固体ロケットブースターを持ち、地球低軌道に6.7~8.2トンの搭載能力を持っています。カイパー衛星の質量など詳細なスペックは非公開ですが、ロケットの搭載能力と今回の搭載衛星数27機からすると、衛星は1機あたり200~300kg程度だとみられます。

衛星の投入軌道は高度450kmで、ロケットからの分離後にスラスターで加速し高度630kmの運用軌道まで移動します。また、世界の天文学者から懸念の声が上がっている衛星コンステレーションが天文観測に与える影響を考慮し、太陽光の反射を低減するフィルムで衛星をコーティングしているといいます。2回目の運用衛星打上げ「KA-02」ミッションもAtlas Vで予定されています。

SpaceXとの競争と衛星打上げの期限

本格的に打上げが始まったプロジェクト・カイパーはこれから、先行する低軌道ブロードバンド衛星網のスターリンク、OneWebと並んでサービス展開を目指すことになります。

とはいえAmazonはSpaceXのスターリンクとの競争を強く意識しつつ、同時に競争を避けて住み分けている部分もあるようです。これを衛星の軌道傾斜角とサービス対象地域の観点から考えてみましょう。

軌道傾斜角とは、赤道(0度)に対して衛星の軌道の傾きを表す角度です。軌道傾斜角が90度であれば、赤道に対して直角になり南極や北極に通信サービスを提供することが可能になります。軌道傾斜角は実質的に、通信衛星がどの緯度までサービスを提供する計画かということを表しているのです。

カイパー衛星の軌道は軌道傾斜角が56度で、北米ではカナダのブリティッシュコロンビア州からマニトバ州までの主要地域、アラスカ半島などアラスカの一部まで、欧州ではデンマークや英国スコットランドまでの地域をカバーできます。

南半球では、チリの最南端までと人が住んでいる地域はすべてカバーしています。これより極域に近い、北米ではアンカレッジやフェアバンクスを含むほとんどのアラスカ地域にはサービスを提供することができません。

2020年8月にFCCはNGSO衛星向けに「国内カバー要件」と呼ばれるアラスカや北極圏への接続を要求する規則を撤廃したことから、Amazonは人口の少ないアラスカにサービスを提供しなくてもFCCの規制にかからないようになっています。

一方でスターリンクは当初は軌道傾斜角53度と北半球の大都市を含む主要地域を対象にサービスを始めましたが、2021年には軌道傾斜角70度と97.5度の衛星の打上げを開始し、アラスカのフェアバンクス(北緯64度)、アンカレッジ(北緯61度)や、欧州ではノルウェーやフィンランドの最北端、ノルウェー領のスヴァールバル諸島を含む北極圏までサービスが可能になりました。

人口が少ない地域にサービスを提供するには衛星を打上げ・維持するコストが課題になりますが、船舶向けのサービスを打ち出して地球全体をくまなくサービスすることを重視したスターリンクと、コストを抑えて人口の多い地域に集中しているカイパーとの戦略の違いが見えてきます。

プロジェクト・カイパーはAmazonの中でKindleやEcho、Fire TV、eero、Ringなどのテクノロジーデバイスを担当するデバイス&サービス部門の一部に入っています。すでにコンテンツ事業やEC、AWS事業を展開しているAmazonからすれば、カイパー衛星はサービスへのコネクティビティを提供するハードウェア群のひとつと位置づけることができるでしょう。

この点では、まったく新たな通信事業者としてユーザーを獲得しなくてはならなかったSpaceXよりもユーザーに届きやすいといえるかもしれません。ガバメントクラウドを含むAWSに対して接続する手段を提供することからAWS拠点との連携も進めており、地上設備をすでに持っているという点もSpaceXより有利だと言えるでしょう。

Project Kuiperの地上局。AWSとの連携も進めている(Credit: Amazon)

一方でOneWebとは、対象とするユーザー層が異なります。OneWebは現在、欧州の通信大手Eutelsatの傘下で公共向けなどを中心にサービスを進めており、個人・企業向けのプロジェクト・カイパーとは住み分けています。

最大のリスクは衛星打上げの期限

プロジェクト・カイパーにとって最大のリスクは、依然としてFCCの期限までに衛星を打ち上げることでしょう。あと1年3カ月で残り1,589機の衛星を打上げる必要があり、これは月あたり105機以上となります。

ブルーオリジンのNew Glennならば1カ月に2回の打上げで達成できますが、今年1月に初飛行したばかりのロケットがすぐに2週間に1回のオペレーションに到達するのはたやすいことではありません。

SpaceXは2019年5月のスターリンク運用衛星の打上げ開始以来、8,250機の衛星を打上げ(2025年4月14日時点)、年あたり1,375機、1カ月あたり115機というペースを獲得しています。そのSpaceXにしても開始当初は年に数回だったところから現在の毎週ペースまで6年かけて加速してきているわけです。

衛星打上げペースを加速するためのコストもかさんできている可能性があります。テックニュースサイトのGeekWireは、宇宙産業アナリストの推計としてAmazonのプロジェクト・カイパーに対する投資額は当初表明した100億ドルを超え、165億ドルから200億ドルに膨らんできている可能性があると指摘しました

これは外部からの推定値であり確認された額ではありませんが、2022年に契約した77回の打上げ契約とSpaceXに対する追加3回、合計80回の打上げ費用を合わせると、およそ1.1兆円となる可能性があります※。このほかに衛星生産の費用や運用コストがかかってくるわけですから、計画当初の想定を超えている可能性はあると見てよいのではないでしょうか。

※Falcon 9以外のロケットは打上げ費用を公開していないため、報道に基づく推定金額で計算しています

FCCの7年ルールの背景には、周波数を押さえる目的で実際には衛星を打上げない「ペーパー衛星」と呼ばれる活動を規制する目的があります。Amazonの場合は遅れてはいても打上げは実施しているわけですから、実績を説明して期限延長の申請をする可能性はあるでしょう。

FCCは期限までに衛星を打上げられなかった場合にはそれ以上の衛星打上げの許可が取り消される可能性について言及しています。万が一の場合、Amazonは当初の計画よりも少ない衛星で運用しなくてはならない可能性があるわけですが、まずはサービス開始の目標である578機のマイルストーンにいつ到達するかという点を注視していく必要があります。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)