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SpaceXがつくる「星の街」 拡張続けるスターシップ打上げ基地の全貌
2025年4月18日 08:20
2025年3月6日、SpaceXはスターシップの8回目の飛行試験(Flight 8)を実施しました。1段ブースター「スーパーヘビー」は正常に飛行し、テキサス州のSpaceX射場「スターベース」に帰還しました。発射塔での3回目のブースターキャッチ回収にも成功し、機体回収と再利用の実績が積み上がってきています。
一方で、2段スターシップは飛行中にラプターエンジンが停止し、9分30秒後に通信が途絶、バハマ諸島付近で爆発し飛行試験は終了しました。この失敗により、残骸落下の影響を避けるために航空機240便が欠航、24便が着陸地を変更するといった大きな影響が出ています。1月に実施された7回目の試験(Flight 7)も同様に2段スターシップの失敗で終わっていた中でのことでした。
3月31日、連邦航空局(FAA)は7回目の飛行試験の事故調査が終了したこと、地上での人的被害はなかったものの、バハマのイギリス領タークス・カイコス諸島で車両に軽微な被害があったことを発表しました。
スターシップ機体の推進系(エンジンとその周辺機器)部分で想定を超える振動が発生したことが失敗の原因だったといいます。SpaceXは再発防止策として11箇所の改良を行ない、これは8回目の飛行試験の機体にはすでに反映されていたということです。
このことから、Flight 8の機体はFlight 7とは別の原因で打上げに失敗したということになります。SpaceXはFlight 7からスターシップをブースターと同じようにスターベースに帰還させて発射塔でキャッチする試験を行なう計画でした。ですが、7回目、8回目共にスターシップの飛行が分離後まもなく失敗したことで、帰還とキャッチの段階に進むことができずにいます。
スターベース帰還は9回目試験以降に持ち越されることになりますが、8回目の失敗の原因調査が終了するまでFAAからの飛行許可は降りないと考えられ、イーロン・マスクCEOの求める速いペースでの実証は難しいと思われます。
スターシップ打上げ基地「スターベース」のこれまで
SpaceXがスターシップの開発を急ぐ背景には、スターリンク衛星の打上げやNASAのアルテミス計画での月面着陸機「HLS」の実現(現状では2027年末の目標)、火星探査など実ミッションを早期に実現したいという目標があります。
有人宇宙船「クルードラゴン」開発の経緯から、SpaceXの目標と実現との間には数年の遅れが発生するとも見られています。飛行試験を高速化し、実ミッションを実現するためにSpaceXはスターシップ専用の射場を建設し、この射場での打上げ計画を通じて開発ペースの計画を明らかにしてきました。これまで公開された情報から、スターベースの発展と将来を見ていきましょう。
「Starbese(スターベース)」とは、テキサス州キャメロン郡のメキシコ湾に近いボカチカビーチ付近にあるSpaceXの専用ロケット射場です。連邦航空局(FAA)の文書では「Boca Chica Launch Site」とも呼ばれ、スターシップの製造施設でもあり、将来は2地点間飛行の発着場になることが計画されています。
スターベースの開発は2014年から始まり、当初はFalconシリーズの打上げも行なう予定でしたが、現在はスターシップ専用となっています。スターベースの建設は2018年ごろから本格化し、2019年にはスターシップの試験機「Starhopper」の試験が行なわれました。2020年からラプターエンジンなど要素別の試験も始まっています。
スターシップの打上げ施設としてスターベースの稼働が本格化したのは2021年春で、夏には高さ146mの発射塔の工事が始まり、2022年にはFAAのスターベースに関する環境影響調査の最初の段階が終了し、SpaceXはラプターエンジンの燃焼試験やスターシップ/スーパーヘビーの打上げ許可を獲得しました。
2022年の申請段階では、スターシップの機体は高さ50m、直径9m、6基のラプターエンジンを搭載し、1,500トンの推進剤を搭載するという設計でした。スーパーヘビーブースターは高さ71m、直径9m、ラプターエンジンは37基、推進剤搭載量は3,700トンでした。このスペックで、年間にスターシップの弾道飛行を5回(日中4回、夜間1回)とスーパーヘビーの打上げを5回(日中4回、夜間1回)計画し、付近への通行規制に必要な時間は年間で500時間でした。5回の試験飛行をそれぞれ約4日間かけて行なう計画だったことがうかがえます。
こうして2023年4月、スターシップの本格的な飛行試験が始まり、スターベースは米国の新たなロケット射場としてさらに注目されることになりました。ただ、2023年の試験ではエンジンの熱で射点が大きく損傷する問題が起きています。修復には約1年を要し、2024年3月にスターベースはふたたび打上げ施設として使用できるようになりました。
エンジンの熱の課題を克服するために大量の放水を行なって冷却するシステムが導入されていますが、打上げ後の排水が周囲の環境に入ることがあります。周辺の湿地帯保護の観点から、排水の処理に対する疑問の声も上がっています。
2024年9月の第6回スターシップ飛行試験では、発射塔の真価が明らかになりました。発射塔は「Integration Tower」の名の通り、スターシップとブースターの統合と打上げの拠点となります。それだけでなく、飛行後に射点へ帰還した1段ブースターを空中でキャッチする回収施設としての役割を持っています。
通称「メカジラ」と呼ばれるタワーは一対のロボットアームで帰還後の1段ブースターを空中でキャッチすることに成功しました。回収後に整備して次の打上げに備えて射点へ設置する役割も持っています。
スペースシップ、ブースターが共にスターベースから打ち上げられ、飛行してまたスターベースへ帰還し、発射塔で回収されて整備、次の飛行へというSpaceXが目指すシステムのあり方がスターベースの開発にも反映されているのです。
スターベースに第2射点を建設
スターシップ飛行試験と並行して、スターベースの拡張工事も進んでいます。2024年から、SpaceXはスターベースの新たな開発計画を公表し、FAAから環境影響評価を受けていました。
2025年1月まで行なわれた評価では、スターベースの海側にある現在の発射塔と射点を「Orbital Launchpad A」とし、300mほど内陸側に「Orbital Launchpad B」、つまり第2射点を建設すると説明されています。
衛星画像で見ると、2024年以降は第2射点に新たな発射塔が建設されていることがわかります。現在はすでに、射点Aに近い高さまで発射塔が完成しつつあるのです。スターシップ開発設備としてこれまでの「メガベイ」に加え、「メガベイ2」という建屋の建設も進んでいます。
これに伴って、スターシップの機体と飛行計画も増強されています。スターシップは高さ70m、直径9m、9基のラプターエンジンを搭載し、2,650トンの推進剤を搭載する大型化を予定しています。またスーパーヘビーブースターは高さ80m、直径9m、ラプターエンジンは35基、推進剤搭載量は4,100トンです。
新たなスターシップは、スーパーヘビーの軌道上への打上げ計画は年間25回(日中22回、夜間3回)と大幅に増え、スターシップもスターベースへと帰還することになっています。
付近への通行規制に必要な時間は500時間と変わっていないことから、25回の試験飛行で通行規制を大幅に短縮する計画であることがうかがえます。SpaceXは、これまでの飛行試験から打上げ時の周辺への熱の影響を計測した実測値に基づいて、スターシップ/スーパーヘビーの機体を増強しても周囲の環境への影響はむしろ小さくなると主張しています。
SpaceXがNASAのアルテミス計画で月着陸船としてスターシップの役割を果たすには軌道上での推進剤補給ミッションなども含めて高頻度、多数の打上げをする必要があります。そこで2026年までにより大型化の機体開発施設「ギガベイ」を建設する予定です。
ギガベイは、増強型のスターシップ/スーパーヘビーの組み立てや改修に対応し、メガベイと比べて作業スペースやクレーンの能力が大幅に増強されているといいます。2018年には海岸の空き地だったスターベースは、次々と施設が建設され、スターシップ開発から打上げ、整備、また打上げというサイクルを加速させようとしています。
スターシップの高頻度打上げには、スターベースだけでなくフロリダの拠点も加わろうとしています。Falcon 9とFalcon Heavyの打上げは現在フロリダ州のケープカナベラル空軍基地またはカリフォルニア州のヴァンデンバーグ空軍基地から行なわれていますが、SpaceXはフロリダ州にもスターシップ事業を拡大し、ケネディ宇宙センターの一角にもギガベイ開発施設の建設を始めました。
2025年中にはケネディ宇宙センターの発射施設 39A(LC-39A)にスターシップ発射台が完成する計画となっています。こちらも環境影響評価が必要ですが、これが終了すれば2025年後半にはフロリダからスターシップの打上げが見られるようになるでしょう。
スターベースは「市」に発展か
SpaceXの目指すスターシップの事業と、拠点であるスターベースの発展は強く結びついています。2024年12月、スターベース周辺のSpaceX所有地に住んでいる従業員からキャメロン郡に対し、この場所を「市(一般自治体)」に編入するための住民投票の請求が起こされました。
といっても編入先の自治体がすでにあるわけではなく、新たな市を創設しようというものです。この場所には、すでに500人弱のSpaceXの従業員が住んでおり、キャメロン郡との合意のもとで道路の管理や学校、医療施設などの公共の機能をSpaceXが提供しているといいます。
コミュニティを正式な自治体化することで、こうした機能が法に沿って管理できるようになる、というのが申請の理由です。住民投票の申請は2月に許可され、5月3日に予定されている投票で過半数が賛成すれば「スターベース・シティ」が誕生する可能性があります。
イーロン・マスクCEOはSpaceXの本社を現在のカリフォルニア州からテキサス州へ移すと表明しており、新市は名実共にSpaceXの企業城下町となるわけです。テキサス州では、1959年に砂糖生産企業のインペリアル・シュガー・カンパニーがサトウキビ農園と製糖工場周辺の土地を自治体化したシュガーランドという街があります。シュガーランドはヒューストンの近郊都市として発展し、大企業の誘致などによって人口も増え続けています。
SpaceXがスターベースを拡張し、市の建設でテキサス州に根を下ろし、同地を宇宙事業と共に発展する場所にしようと本気であることは確かでしょう。一方で、SpaceX従業員で構成され市長もSpaceXの代表である市ができることで、環境保護の取り組みが適切に行なわれるのか、という疑問もまだ存在するのです。