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小惑星衝突から地球を守る! "プラネタリーディフェンス"の今

Credit: ESA - Science Office

小惑星や彗星といった小天体が地球の軌道と交差する中で大気圏内に入り、衝突することがあります。隕石として宇宙の歴史を知る手がかりになることもありますが、6,550万年前の恐竜絶滅の背後には、ユカタン半島沖に衝突した推定約10kmにもなる小天体による地球環境の激変があったとされています。

約5万年前に、現在の米アリゾナ州に衝突した隕石は直径30~50m程度とそれほど大きくはありませんでしたが、密度の高い鉄隕石だったことから直径1.2km、深さ200mにおよぶ「バリンジャー」クレーターを生成しました。周囲数km以内の生物は衝突時に死滅してしまい、最大22kmの範囲を不毛な荒野に変えてしまったと考えられています。

約5万年前、直径約30m、重さ10万トンの鉄ニッケル隕石が秒速12~20kmで衝突して形成されたバリンジャー・クレーター。発見された隕石の一部は「キャニオン・ディアブロ隕石」と呼ばれる(Credit: USGS / Photographer David John Roddy)

1908年6月30日、シベリア上空で直径約40mの天体が高度10km付近で爆発し、ツングースカ地域に被害をもたらしました。人口のまばらな地域だったことから人的被害はほぼありませんでしたが、約2,000km2にわたって樹木がなぎ倒されるなど、隕石の影響を科学的に調査した事例となりました。

2013年には、ロシアのチェリャビンスク州へ直径17m程度の小惑星が飛来しました。地表に到達する前に上空でバラバラになりましたが、市街地だったため1,500人もの負傷者が出るという被害がおきています。

天体衝突は、それが大きな天体であれば地球規模の災害となり得ます。また小さくとも密度の高い一枚岩のような物体、または人口密集地に落下すれば大きな被害をもたらすでしょう。

20世紀以降は天文学や観測技術が発達し、地球に接近する小天体の軌道や天体の形状は衝突よりもはるか前に詳細にわかるようになってきました。こうして見つかった天体の衝突を未然に防ぎ、地球を守る活動を「プラネタリーディフェンス(惑星防衛)」と呼んでいます。

プラネタリーディフェンスの活動によって地球と軌道が近く衝突の可能性を持つ地球近傍天体「NEO(Near Earth Object)」はこれまで35,000個ほど発見されています。もしも衝突可能性のある天体が見つかれば、国際的に協調して対策することが求められますから、国連が主導する国際的な協力の枠組みが組織されています。

プラネタリーディフェンスの取り組みが活躍した小惑星2024 YR4

今年1月、2024年12月に新しく発見された小惑星2024 YR4が2032年12月22日に地球に衝突する確率が1%以上ということが公表され、ニュースでも大きく取り上げられました。一時は衝突確率とされる数値が3%以上になったこともありましたが、その後2月にはほぼその危険はないと言える確率まで下がっています。この2024 YR4の発見から追跡に活躍したのがプラネタリーディフェンスの国際的な枠組みでした。

NASAが支援するATLAS望遠鏡が発見した小惑星2024 YR4 credit: NASA/JPL Center for Near-Earth Object Studies

2024 YR4は2024年12月27日にチリにある「Asteroid Terrestrial-impact Last Alert System(ATLAS)」という望遠鏡で発見されました。ATLASは「小惑星地球衝突最終警報システム」と訳されることもありますが、どちらかといえば「最新」警報システムというほうが適切なのではないかと思います。

いずれにせよ、発見された小惑星が40~90m程度の大きさで、NASA ジェット推進研究所内のNEO研究センター(CNEOS)はこの小惑星が地球と衝突する確率が1%以上あると判断したことから「International Asteroid Warning Network (IAWN)」を通じて世界の天文台にさらなる観測を呼びかけました。

IAWNとは、2014年に国連宇宙空間平和利用委員会の決定に基づいて設置されたプラネタリーディフェンス連携組織で、地球に接近・衝突する天体を発見して軌道を確定し、地球衝突の可能性を持つ場合に予測に務めることが目的です。

天体観測ができる高度な天文台施設を持つ機関が中心で、NASAはもちろんESA(欧州宇宙機関)や日本も参加しています。20mを超える大きさの天体の地球への衝突確率が1%を超えた場合にはIAWNを通じて各国が観測を強化することになっており、2024 YR4は実はこのルールの下で初めて見つかった強化観測対象だったのです。

世界的に観測を行なうのは、小惑星の軌道というものが発見当初は非常に不確実性が多く、予測が変化しやすいためです。

2024 YR4は当初1%以上だった衝突確率が2月に入って2.8%または3.1%に「上がった」と報道されました。ですがこれは小惑星がより危険な存在になったためではなく、観測によって軌道の不確実性が減り、より絞り込まれたためです。

仮に予測される軌道が当初100万通りあったとしましょう。このとき、地球に衝突する可能性を持つ軌道が1万通りであれば、衝突確率は1%ということになります。その後、観測によって軌道の予測が10万通りに絞り込まれたとして、その中に衝突可能性を持つ軌道が3,100通りあるとすれば、衝突確率は3.1%ということになってしまうのです。

CNEOSが作成した軌道が絞り込まれていく画像を見みれば、当初は非常に広い範囲に広がっていた小惑星の軌道が狭まっているものの、同時に地球からはそれていくことがわかるのではないかと思います。

1月31日から2月23日まで、観測によって2024 YR4が2032年に通過する範囲が狭まり、地球衝突の確率が下がっていく様子(credit: NASA/JPL Center for Near-Earth Object Studies)

観測を続けた結果、2024 YR4が2032年12月に地球に衝突する可能性は2月後半の時点で0.004%まで下がりました。3月にはジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測が行なわれ、天体の大きさは約60mとより詳しく推定されています。

ウェッブ望遠鏡は赤外線で観測するセンサーを備え、可視光とは別の側面から表面の様子を推定することができました。この小惑星の表面には細かい砂はあまりなく、こぶし大より大きな岩石が表面の大部分を占めていると考えられています。

「はやぶさ」「はやぶさ2」を経験した日本は小惑星探査先進国

2024 YR4の事例は、IAWNの枠組みが協力してNEOの観測にあたった実例となりました。この小惑星はもう危険とはいえませんが、今後また衝突可能性を持つ天体が見つかった場合にはどうすればよいのでしょうか。

IAWNと同時に、国連の決定で衝突回避の方法を検討する「Space Mission Planning Advisory Group(SMPAG)」が設置されました。この組織には各国の宇宙機関が参加しており、もちろん日本も入っています。

プラネタリーディフェンスの活動には、「どんな天体がいつどこからやってくるか」を知ることが重要です。どんな天体、つまり大きさや構成する物質、密度や歴史的な成り立ちなどを詳細に調査するには、小惑星に接近して詳細に観測するのが一番。そして日本は、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」の経験を2回も持っている世界でも数少ない国です。

さらに「はやぶさ2」は2026年7月に小惑星「トリフネ」、2031年7月には小惑星1998 KY26という2つの小惑星を探査する目標で拡張ミッションを進めています。どちらもNEOに数えられる小惑星ですから、新たな知見が蓄積されることになります。

そのほか米国は彗星の物質を持ち帰った「Stardust」、小惑星探査機「OSIRIS-REx」、小惑星衝突実験「DART」といった小天体探査の経験があり、欧州は彗星探査機「ROSETTA」が小さな子機を彗星の表面に着陸させたという実績を持っています。中国も小惑星探査機によるサンプルリターンを計画しています。

「はやぶさ」の観測から、イトカワは固い岩のかたまりではなく、大小さまざまな岩や砂が重力で緩やかに集まってできた「ラブルパイル天体」であることが確かめられました。「はやぶさ2」が探査した小惑星「リュウグウ」も同様にラブルパイル天体であることがわかっています。これはプラネタリーディフェンスにとって大事な情報であると共にやっかいな問題を含んでいます。

もしNEOが地球に衝突する可能性が見つかった場合には、これを回避するいくつかの方法があります。小惑星のサイズがある程度より小さければ、「キネティックインパクト」というある程度の質量を持った探査機などを衝突させて地球からそれるように軌道を変えるという方法があります。

ただ、ラブルパイル天体の場合はインパクトでバラバラになった天体がいくつかに別れて地球に接近してくることも考えられ、やみくもにただぶつければよいというわけにはいきません。そこで、SMPAG設置から8年後の2022年、実際に小惑星に探査機を衝突させ、どのように軌道が変化するのか観測する実験が行なわれました。NASAの「DART」探査機です。

DARTは、直径約780mの小惑星「ディディモス」に約580kgの探査機を秒速6km/秒で衝突させ、軌道の変化を調査するというものでした。ディディモスは、直径約160mの小さな小惑星ディモルフォスを伴う二重小惑星で、衝突実験前に2つの小惑星の中心間の距離は1.2km、衛星ディモルフォスが母星を周回する時間は11時間55分でした。DART衝突によって小惑星同士の距離が少し縮まり、ディモルフォスの周回時間は33分も短くなったのです。

NASAによるDART探査機の小惑星への衝突イメージ。Credit: NASA
DART探査機が撮影した小惑星ディディモス。Credit: NASA

DARTの衝突によってディディモスから砂やチリなどの物質が宇宙に放出され、これがロケットのように推進力となってディディモスの軌道を変えていきました。クレーターができて小惑星の形状も変わっているはずですから、ディディモスの最新の状態を詳細に調査しなくてはなりません。

そこで、パートナーであるESAは2024年秋にディディモスを観測する小惑星探査機「Hera」を打上げました。Heraには日本の「はやぶさ2」チームが開発した赤外カメラ「TIRI」が搭載されており、温度変化から小惑星の様子を詳しく知る役割を果たします。

小惑星探査機「Hera」
「はやぶさ2」搭載の中間赤外カメラ「TIR」が観測した小惑星リュウグウ表面の熱の分布(Credit: JAXA, 足利大学, 立教大学, 千葉工業大学, 会津大学, 北海道教育大学, 北海道北見北斗高校, 産業技術総合研究所, 国立環境研究所, 東京大学, ドイツ航空宇宙センター, マックスプランク研究所, スターリング大学)

ウェッブ宇宙望遠鏡が2024 YR4を観測したのと同じように、赤外線の観測から小惑星の温度変化、つまり太陽光による温まりやすさ・冷めやすさがわかります。一般的にラブルパイル天体のような内部に隙間の多い小惑星は温まりやすくて冷めやすく、反対に一枚岩のような天体は温度が変化しにくいことがわかっています。

赤外線の観測から、ディディモスはラブルパイル天体なのか、そうした天体ならばどのようにインパクトを与えればうまく軌道をそらすことができるのか、という手がかりがつかめるようになるのです。Heraは2026年後半にディディモスにランデブーする予定です。

2029年はプラネタリーディフェンスの年

DARTを通して生まれた宇宙機関の協力関係は、新たなプラネタリーディフェンスに向けた小惑星探査の機会につながっています。

2029年4月13日に、直径340mの小惑星「アポフィス」が地球から約32,000kmの距離を通過します。衝突の危険はありませんが、静止軌道よりも内側をこれほど大きな小惑星が通過するのは観測史上で初めてのことです。

小惑星のほうから近づいてくるわけですから、探査機にとっては行きやすく千載一遇の観測チャンスだといえるのです。欧州では肉眼で観測できる機会もあるとみられ、アポフィス観測は世界中でプラネタリーディフェンスを意識するきっかけにもなるでしょう。

そこでESAは2028年打上げ予定の「RAMSES」という探査機を計画しています。アポフィスのそばを高速で飛行しながら観測する計画で、Heraと同じように日本も協力する検討を進めています。

2025年11月に計画の正式決定となる予定ですが、探査機開発や研究者同士の協力はすでに始まっています。4月には東京大学に「はやぶさ2」やDARTミッションで協力した研究者らが集まり、RAMSES実現に向けたワークショップを開催しました。韓国やインドもアポフィス探査に関心を示していて協力が実現する可能性もあります。

そして国連は、2029年を「国際惑星防護年」とすることで基本合意しました。天体衝突という脅威に向けて、2029年が始まりの年として記憶されることになるかもしれません。

4月6日東京大学で開催された公開講演会「天体衝突から地球を守る-地球防衛の最前線」。「はやぶさ2」や「Hera」、「NEO Surveyor」を始めプラネタリーディフェンスに関連するミッションに関わる研究者らが集まった。

早期発見

2024 YR4の発見から、衝突予測の2032年までの時間は8年でした。国際協力で軌道をそらす準備を進めるには、ちょっと短い時間です。10年、30年、50年と発見から衝突まで時間の余裕があればあるほど対策しやすくなるため、とにかく早く発見することが大事です。

NASAは2027年打上げを目指して、プラネタリーディフェンス専用の宇宙望遠鏡「NEO Surveyor(NEOサーベイヤー)」を打上げる計画です。赤外線で観測する望遠鏡ですからNEOの存在だけでなく、その大きさや組成、自転の状態などを詳細に調査することができます。

これまでのNEO観測では、太陽の側から来る天体を発見しにくいという弱点がありました。NEOサーベイヤーはラグランジュ点のひとつL1点で観測する予定で、太陽の側にもより広い観測可能な範囲があり、NEOを見つけやすくなっているのです。

140mを超えるNEOの90%以上を15年以内に発見するという目標があり、「第1に早期発見、第2に早期発見、第3に早期発見」というプラネタリーディフェンスの大目標を前進する強力な力になるでしょう。

NEO Surveyor(Credit: NASA)
NASA 2022年6月22日「Update on Planetary Defense」より
秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)