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"SpaceX"の躍進と民間宇宙ビジネスの未来

NASAの商業補給サービスから生まれたSpaceXのISS補給機「カーゴドラゴン」(©NASA)

成長が期待される宇宙ビジネスは、直近の2022年では世界の宇宙産業の規模が約54兆円、全体の約4分の1が政府予算、約4分の3が民間衛星と打ち上げ関連とされる。官から民へとはいわれるものの、宇宙活動に国家の監督責任が必要となる状況は、1950年代の宇宙開発の始まりから現在まで変わらない。宇宙ビジネスの背景を、米欧と日本を中心に国内法と開発支援の視点からざっと見てみよう。

民間から宇宙サービスを調達する米国

宇宙ビジネスの巨大な成功例としてSpaceXの名前はまっさきに上がるだろう。その背景として、米国の商業宇宙活動を推進する法律の存在がある。

米国では、レーガン政権時代の1984年に「商業打上げ法」を制定し、衛星打上げロケットの商業化と打上げ許認可制度の土台を築いた。名称が似ているが1998年には商業宇宙法が制定され、産業振興を目的としてNASAが民間宇宙サービスの調達を行なうようになった。その中でも大きな成果を挙げたのがCOTS(Commercial Orbital Transportation Services)という民間からの宇宙サービス調達プログラムだ。

地球低軌道を周回する国際宇宙ステーション(ISS)までの物資輸送とクルー輸送を民間企業のサービスから調達するというもので、NASAの立ち位置は「ロケットではなくチケットを買う」と表現される。

スペースシャトルのようにISSと地球を往復する宇宙船・ロケットシステムをNASAが民間に発注するのではなく、民間が開発・運用する宇宙船・ロケットシステムの輸送サービスをNASAが購入するという方式だ。

2006年に最初の選定を開始したCOTSプログラムにより、NASA出身のエンジニアが創業した、キスラー・エアロスペース(後にロケットプレーン・キスラーと名称変更)と共に創業4年目のSpaceXが選定された。同社は最初の小型ロケット「Falcon 1」を開発中で、打上げの実績もなかった。しかし後にキスラーは資金難で破綻し、続いて1990年代にオービタル・サイエンシズが追加選定された。

NASAのCommercial Orbital Transportation Services (COTS)に選定されたISS輸送機開発企業。SpaceXとオービタル・サイエンシズが最終的に輸送機を完成させた(©NASA)

2012年、主力ロケット「Falcon 9」の打上げに成功していたSpaceXがドラゴン輸送船(カーゴドラゴン)によるISSへの物資輸送に民間企業として成功し、2014年にはオービタル・サイエンシズも補給船「シグナス」で成功する。COTSはクルー輸送(有人宇宙輸送)へと発展し、SpaceXとボーイングが民間宇宙船を開発する段階になった。

SpaceXのカーゴドラゴン(©NASA)

2020年にSpaceXが「クルードラゴン」による初のISSへの有人宇宙輸送に成功。ロシアのロケット「ソユーズ」に頼っていた有人宇宙輸送に成功する。

オービタル・サイエンシズは、現在はノースロップ・グラマンに吸収されているが、シグナスの運用は続いている。シグナスはISSの軌道修正(リブースト)機能を持っており、2030年以降のISS退役と制御落下でも重要な役割を果たすとみられる。

一方で21世紀初頭まで米国の宇宙開発の中心的存在だったボーイングは有人宇宙船「スターライナー」の開発が難航しており、2019年の飛行試験以来まだ有人試験飛行を実現していない。

SpaceXの成功が民間宇宙開発を牽引

SpaceXという成功例が現れたことで民間宇宙ビジネスは加速し、小型ロケットの「ベンチャー級輸送サービス(VCLS)」やアルテミス計画における民間月面輸送サービス「CLPS」、有人月面着陸機を開発する「HLS」などの民間宇宙サービス育成プログラムが誕生している。

2024年初頭から相次いだ米国企業の民間月面着陸はこのCLPSの下でNASAの科学探査ペイロードを民間企業が月面に輸送するという内容となっている。これまでの2回の打上げでは完全な成功には至っていないが、月のさまざまな地域へ全体で8回の輸送機会があり、繰り返しチャレンジできる内容となっている。

衛星やロケットといったハードウェアだけではない。衛星データ、特に地球観測衛星のデータ利用は民間からの調達が大きく、2022年には米国家偵察局が光学地球観測衛星を開発、運用するマクサー、Planet、ブラックスカイ・グローバルの3社から最長で10年間、10億ドル規模の衛星画像を調達する「EOCL」契約を結んでいる。こうした資金は各社がさらに高度な衛星を開発する費用となり、さらに高解像度、高頻度で撮像できるシステムが整っていくという好循環を生む。

米国の政府による民間宇宙サービスの調達は、宇宙産業を育てる意味合いが含まれている。ただし、選定された企業がすべて成果を挙げられるわけではない。小型ロケット分野のVCLS契約では、ニュージーランド発のロケット・ラボが米国に拠点を設けて選定され、NASAの衛星をヴァージニア州から打上げることができるようになっている。一方でヴァージン・オービットやファイアフライエアロスペースなど他の選定企業は失敗が相次いで苦戦し、SPAC上場で資金を調達したものの事業から撤退する例も出てきている。

衛星開発の進展と打上げロケットのバランスが課題となる欧州

欧州22カ国が参加する欧州宇宙機関(ESA)の民間宇宙産業育成でこれまで成果を挙げてきたものに、衛星通信に関する産業育成プログラム「ARTES」がある。ESA参加国の衛星通信企業はARTESに含まれる各種のプログラムに応募することができ、開発費の50~100%の予算をESAが負担するというものだ。これまで通信衛星の高度化や衛星搭載AISの普及、量子暗号衛星の開発などにつながってきた。

政府資金による宇宙産業育成の分野では「技術成熟度(TRL:Technology Readiness Levels)」という9段階の指標で技術の発展を測る。ESAの将来宇宙輸送準備計画における宇宙輸送分野の技術成熟度(©ESA)

ロケット開発の分野では将来宇宙輸送準備計画(FLPP)という支援の枠組みがあった。FLPPから複数の小型ロケットベンチャーが登場し、スペインのPLDスペースが2023年に試験飛行に成功している。

ただし、世界的にユーザーを獲得している地球観測衛星「Copernicus(コペルニクス)計画」の分野に対して衛星打ち上げロケットが追いついていない部分もある。欧州の主力ロケットはフランスに本拠があるアリアンスペースが運用する大型液体ロケットArianeシリーズと小型の固体ロケットVEGAシリーズだが、Arianeシリーズは、Ariane5から6への移行に時間を要している中で、VEGAシリーズのロケットが数回打上げに失敗している。

直近では、エアバスが開発した小型・高分解能の地球観測衛星「プレアデス・ネオ」を搭載したVEGA-Cロケットが打上げに失敗。フランス国立宇宙研究センター(CNES)とエアバス共同の地球観測衛星計画「CO3D」や、Copernicus計画の衛星の打上げなどに影響が出ている状態だ。

日本も資金を大幅に拡大して宇宙ビジネスを育成

日本は米国や欧州の例を参考にしつつ、2008年に国内宇宙法である宇宙基本法と宇宙基本計画の整備を進めた。宇宙基本計画に伴う「工程表」は今後に計画されている政府系の宇宙事業を一覧にしたもので、何年ごろに何の衛星をどのロケットで打上げるのか、という計画を示すことで宇宙ビジネスに参入する事業者が将来を予測できるという意味合いがある。

2023年には宇宙基本計画を見直し、2020年に4兆円だった市場規模を、2030年早期に8兆円に拡大していくことを目標に、民間宇宙ビジネスへの資金面がさらに強化された。

JAXA法の改正により、JAXAが民間企業を支援できるようになり、JAXAが「自らが必要な宇宙技術を民間企業に作ってもらう」という流れが加速している。これまで進められていた宇宙探査イノベーションハブでは、1月20日に月面着陸を達成した小型月着陸実証機「SLIM」に搭載され、月面で探査機の撮影に成功したタカラトミー開発の小型ローバー「LEV-2(SORA-Q)」やSONYの光通信機器などが実用化されている。

2023年秋には中小企業イノベーション創出推進基金(SBIR)フェーズ3資金を活用して、文部科学省が宇宙輸送分野で4社、スペースデブリ対策の分野では民間企業3社が選定された。衛星データ利用分野では、経済産業省で3社を選定。技術を持った企業が公的な資金を得て開発に挑めるようになった。

インターステラテクノロジズはSBIRフェーズ3「民間ロケットの開発・実証」分野の1社として選定され、メタンを燃料とする衛星打上げロケット「ZERO」の開発を行なう(画像提供:インターステラテクノロジズ)
アストロスケールはSBIRフェーズ3の「スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証」に採択され、軌道上から運用が終了した衛星などを除去するシステムの開発・実証を行なう(画像提供:アストロスケール)

SBIR資金の大きな特徴は、複数年度での利用が可能になっていることだ。単年度評価である他の宇宙事業の支援、例えば内閣府による「課題解決に向けた先進的な衛星リモートセンシングデータ利用モデル実証プロジェクト」の場合、単年度で実績を出す必要がある。

プログラムに夏ごろに採択されて年度末には成果を出さなくてはならないため、農林水産業のようにシーズンが決まっているものと実証のスケジュールが合わないといったことが起きてしまう。複数年度にわたるプログラムならば腰を据えて開発できる。

一方で、着実に成果を挙げるための制限も設けられている。プログラムには「ステージゲート審査」という期限ごとに一定の評価基準を設けて段階的に支援金を支出する方式となっており、選定された企業が脱落していくことも当然ありうる。

SBIRフェーズ3の宇宙輸送の場合、第1段階の事業期間は2024年9月まで、交付上限額は3社が20億円、1社3.2億円となっている。4社のうち最終年度の2027年度までに2社に絞り込まれる見込みだ。JAXAの技術支援という伴走はあるものの、選定されれば安泰というものではない。

出典:経済産業省 第1回宇宙産業小委員会資料「国内外の宇宙産業の動向を踏まえた経済産業省の取組と今後について」より
出典:経済産業省 第1回宇宙産業小委員会資料「国内外の宇宙産業の動向を踏まえた経済産業省の取組と今後について」より

こうした政府資金を活用して民間宇宙ビジネスを育成する流れを強化し、2023年秋には「10年間で1兆円」とされる「宇宙戦略基金」の構想が発表された。

2024年度に始まる公募では、合計で3,000億円、総務省が240億円、文部科学省が1,500億円、経済産業省1,260億円を提供する。支援対象となる分野は「輸送」「衛星等」「探査等」の3つとなっていて、さらに具体的な技術開発テーマの設定にあたっては宇宙技術戦略(「宇宙輸送」「衛星」「宇宙科学・探査」「分野共通技術」)でリストアップされたテーマと足並みを揃える。現在3省庁で当初の公募テーマを審議中となっており、新年度には発表される予定だ。

JAXAは、それぞれの分野の公募事業者(民間企業だけでなく、大学などアカデミアも含む)に対して「委託」または「支援」のかたちで資金を補助する。JAXAが中心となる評価組織を作り、事業者の選定や開発プログラムの選定、評価などを行なう。

ただし、誰もがSpaceXになるわけではなく、選定した民間企業が開発に失敗することも当然ありうる。

英国は1970年代から途切れていた小型衛星打ち上げロケットの開発を復活させようとヴァージン・オービットと契約したが、最初のイギリス国内からの空中発射に失敗して事業が失速、同社の事業は破綻した。そうしたリスクを織り込んで、選定対象を複数にするといったリスクマネジメントも必要になる。

民間宇宙ビジネス育成は世界的な流れだが、実証機会の少なさや技術成熟度の低さから成果を出せないことは決して珍しくない。その中でJAXAは、中核的存在としてこれまでの研究開発に加えて外部のマネジメント業務という非常に大きな負担を背負うことになる。日本で民間宇宙ビジネスを支援する最大の策は、JAXAを強化して人員、予算を安定させることだともいえる。

秋山文野