西田宗千佳のイマトミライ

第321回

スマホ法ついに施行 日本市場をより良くするために必要なこと

12月18日から「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」が施行された。メディアでは「スマホ新法」と呼ばれてきたが、公正取引委員会は「スマホ法」と呼称しており、こちらの呼び方が定着していくのだろう。

スマホ法の施行は、本質的に言えばゴールではなくスタート。ここからどのように法が解釈され、状況に応じた運営がなされていくかが重要になる。

だが、関係者の所感としても、報じてきた側の印象としても、「ようやく一段落」という気持ちがあるのは事実だ。

では、どういうかたちに落ち着いたのか? その過程を少し振り返ってみよう。そこからは、プラットフォーム規制が「スマホ新法」になり、そして「スマホ法」としてどうなっていくのかを考えるヒントがある。

スマホ法でなにが変わるのか

まず、スマホ法でなにがどう変わるのかまとめてみよう。

まず、ブラウザや検索エンジン、地図アプリなどのデフォルト設定を見直し、利用者の手による設定が基本になる。すでにAndroidにもiOSにも「チョイススクリーン」が導入されている。

iOSでのブラウザ選択画面
Androidでのブラウザ選択画面

より大きな影響があるのは、アプリ決済について「外部決済」「サードパーティー製ストア」の提供が必須となることだ。

Androidでは以前より外部ストアが提供されており、アプリストア内での外部決済も可能だった。

ただし、アプリストア内外部決済についてはゲーム以外に制限されていたし、ウェブへ移動して決済することもできなかった。

今回スマホ法に合わせこのルールは見直され、アプリ内外部決済はゲームを含めたすべてのコンテンツで可能になり、さらに、ウェブへ移動しての決済も許可される。その場合、決済手数料は20%に下がる。

Google Play Storeでのルール変更

アップルはさらに制限が緩和される。

通常決済の手数料は最大30%から26%に下がり、アプリ内外部決済・ウェブ経由外部決済ともに可能となる。

また、サードパーティーストアも運営可能になる。そこでは「コアテクノロジー手数料」としてアップルは5%を徴収するが、決済手数料などはない。

iOS向けApp Storeでのルール変更

アップルの場合、外部ストアも含め一度アップルへアプリを申請、セキュリティやプライバシーなどの課題をチェックする「公証」というプロセスが導入される。

また、すべてのアプリに対象年齢を定めることが必須となる。13歳未満のユーザーが利用する場合には外部ウェブサイトでの課金リンクは使えず、18歳未満のユーザーが課金機能を利用する場合には、保護者の同意が必須になる。

なお、これらの決済価格、特に外部決済利用と外部ストア利用については、実際には「運営する企業の判断による利用料」が追加される。だから、「Androidの外部ストアだと3割値段が下がる」わけではないし、「App Store向けのウェブ経由の決済なら15%安くなる」わけではない。クレジットカード決済や利用者データの管理などには一定のコストがかかるので、下げ幅はその分下がる、と考えていい。

アップルの場合、今までどおりApp Storeで配信する際の最大手数料率が販売価格の30%から26%に下がったため、価格は「これまで通りか、もしくは下がる」ことになる。

Amazonはすでに外部決済を導入し、アプリ内からウェブへのリンクへ飛んで電子書籍を購入可能なかたちへと変化している。現状はiOSのみだが、追ってAndroidでも可能になると見られる。

EUとも違う「日本的穏当路線」、Epicは反発

一方で、アップルがウェブ経由決済で手数料を15%徴収することや、外部ストアでの提供時に5%のコアテクノロジー料を設定していることなどについて、Epic Gamesは強く反発している。

彼らとしては、そうした設定が従来との差を小さくしないと本質的な競争は起きない、と主張したいのだろう。

彼らの主張もわかる。

ただ、「公証」プロセスの存在はコストが必須となるし、他の部分でも、運用ルール自体は各社と公正取引委員会が話しあった運用ルールの中で成立しているものだ。

なぜこのような運用ルールになったかといえば、安全性やプラットフォーマー側の主張との間でバランスを取り、「現行のプラットフォームの消費者の利点を削ることなく、決済の自由化という課題に対処するため」という部分がある。

今後さらに運用ルールの変更はあるだろうが、「安全性」「利便性」「自由度」という3つのバランスが重要であることに変化はない。

その中では、EUのDMA(Digital Markets Act,デジタル市場法)を睨みつつも異なるバランスに落ち着いてきた、という部分がある。

スマホ法はいかにしてできたのか

スマホ法につながる法整備のきっかけになったのは、2021年2月に制定された「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(通称:デジタルプラットフォーマー規制法)だ。

2010年代後半に入り、大手ITサービスやECサービスのプラットフォーム化が拡大、それらの上でビジネスをする人々に対しての独占性や不透明な取引慣行の影響が問題視されはじめていた。

そこで、公正取引委員会が実態を調査し、経済産業省・公正取引委員会・総務省の3省庁により、具体的な規制のあり方が議論された。その結果施行されたのが「デジタルプラットフォーマー規制法」(21年2月)だ。

そこからアプリストアを中心としたスマートフォンのエコシステムへと視座が進んだ。

2023年6月、内閣官房のデジタル市場競争会議が「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」を取りまとめ、事前規制を含む新たな法制度の検討が始まった。

当初の議論はかなりEUのものに近く、サイドローディングについても「一切の妨げなく」という方向性だった。他社決済へ移動する際の警告スクリーン表示のあり方などについては、「安全性よりも公正競争重視」という部分が少なくなかった。そのことは、何度か本連載でも記事で意見を述べてきた。

その中で、EUによるDMA施行下でのアプリストア運営が見えてくると、そのかたちから「日本型の規制はどうあるか」という議論も進んだように思う。

まず必要なのは決済の自由度拡大と透明化だ。

料率を勘案すると、外部決済を可能にしたとしても10%・20%と値下がりする例は少なく、どちらかと言えば、ゲーム会社を含めたサービスを運営する企業側の利益率拡大が中心である、ということも見えてきた。消費者的に言えば利点が少ない、といえるかもしれないが、産業振興にはプラスだ。

ルール確定の過程で「うまく立ち回った」アップル

アップルはたびたび、「ルールの流れによってはEUのように、一部機能が日本で提供されなくなる可能性がある」と警告をしてきた。これはある種の圧力ではあるが、その結果として、「そういう流れは困る」という意見が可視化されていった部分があるのは間違いないだろう。

それに対してGoogleなどは、スマホ法の運用ルールについて、アップルほどひんぱんにはメッセージを発することがなかった。

もちろん、公正取引委員会とのコミュニケーションは密にとっていたようだが、アップルのように「強い外向きのメッセージ」を出すことは少なかった、と言っていい。

それは、スマホ法において制限を受けるのが主にアップルであり、Googleにとってはむしろ有利な部分があったからかもしれない。ウェブブラウザにしろ検索エンジンにしろ、オープンな選択が可能になったとき、オルタナティブとしてまず選ばれるのはGoogleだからだ。

スマホ上でのビジネス活性化を目指し、クアルコムジャパン合同会社・グーグル合同会社・Facebook Japan合同会社・Garmin Internationalが「オープンデジタルビジネスコンソーシアム」を設立して意見を主張したものの、率直に言えば、現状では主張に具体性が乏しく、各社共通の強い主張が見えない。今回のガイドラインへの影響は小さかったように思える。

ただし、12月16日、シャープがオープンデジタルビジネスコンソーシアムに入会したことを発表しており、ようやく日本メーカーの姿も含まれることになった。

ハードウェアエコシステムを含めた改善要求はこれから本格化してくる、と考えていいのか、それともそうではないのか……。

ビッグテックは関係を評価 今後の変化には「声を上げる」ことも重要に

どちらにせよ、今回の展開については、アップル・Googleともに、公正取引委員会との関係に一定の評価をし、満足感もあるようだ。

ビッグテックとの間で単純な対立・規制構造を作らず、まずは課題である「課金構造の自由度アップ」に注力するというあり方は、おそらく正しかったのではないか。

その中で、アップルがデフォルトの決済手数料を最大26%に下げてきたことは、すべての消費者にプラスと言える。アップルとしては、他の決済手段に逃げられることを嫌っての選択と思われるが、うまい落としどころだと感じる。

Googleはチョイススクリーンで有利な立場を得て、アップルは自社決済からの離脱を防げる施策を手に入れ、アプリサービスの事業者は一定の決済自由度を得た。その先で、外部決済事業者というビジネスモデルも立ち上がってくるだろう。

ただ、今後の運用の中で「より自由度が必要な部分」も出てくるだろう。AIが中心の時代になれば、対象となる企業も変わってくる可能性が高い。今後の運用ルール変更においてEpic Gamesの不満をストレートに反映すべきか、という話は別にしても、見直しが前提となるのは間違いない。

ただ実のところ、ここまでの実感として、スマホ法規制に関して「消費者側の声や注目度」を感じたことは少ない。

結局のところ、消費者に直接的な利便性を生み出したのは、法的規制による強制開放ではなく、GoogleがAirDropを独自実装した話のようにも思う。

法が定めたルールの影響を事前に予測するのは難しいものだ。機能や金銭面での明確な変化が見えないと、法規制に興味が持てない部分もあるだろう。

しかし、「こういう部分で閉鎖性がある」「こういう部分が不透明である」「でもこういう機能が使えなくなるのは困る」といった声を上げることは重要だ。

そしてそのことが、日本のスマホ市場をより風通しのよいものにしてくれるだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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