西田宗千佳のイマトミライ
第320回
Netflixのワーナー買収とOpenAIディズニーの提携 「巨大垂直統合」の時代
2025年12月15日 08:20
ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD、以下ワーナー)の買収を巡る動きが激しい。
12月5日、Netflixはワーナーの映画・スタジオおよび配信部門を買収すると発表。
一方で12月8日には、パラマウント・スカイダンスがワーナーを全部門まとめて敵対的買収に入る、と発表した。
Netflixによるワーナーの買収が完了するまでの間にパラマウント・スカイダンスによる株式買い付けがどこまで進むのか、予断を許さない。
映画会社を巡る話としては、OpenAIとディズニーが提携し、動画生成AI「Sora」でのキャラクター生成について、3年間のライセンス契約を交わした、というニュースもある。
両者は全く無関係のように見えて、そうとも言えない。どちらも「ハリウッドの生態系変化に対する対応策」ではあるからだ。それはどういうことなのかを考えてみよう。
ワーナーはなぜ身売りするのか
まずワーナーの件から。
今回の騒動は、長年に渡るワーナーの統合劇の果て、といっていい。
ワーナー・ブラザースは1923年に創業以来、ハリウッド大手の一角を占めてきた。幾度も経営体制に変化はあったが、今に続く大きな変化は、1990年に起きたタイム社とワーナーの合併による「タイム・ワーナー」の誕生から生まれた。
映画制作に加えケーブルテレビ部門やアニメ部門強化など、消費者の手元に映像が届くまでの「垂直統合型」に変わる。
しかしその後25年間は迷走が続く。
2001年、当時強い力を持っていたインターネット企業であるAOLとタイム・ワーナーが合併、「AOLタイム・ワーナー」になる。しかしAOLの経営が急速に傾き、社名はまた「タイム・ワーナー」に。さらに2016年にAT&Tがタイム・ワーナーの買収を発表。同社はAT&Tグループのメディア事業を担う「ワーナーメディア」になった。
だが、2022年にはAT&Tがワーナーメディアを売却してメディア事業からの撤退を決定、ワーナーメディアと共にAT&Tからスピンオフした、ニュースネットワーク部門であるディスカバリー社と合併、ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD)」になった。
さらにWBDもそのままでは維持が難しいので、全体での身売り、もしくはスタジオ部門とニュースネットワーク部門を分離しての身売りが模索されてきた。
映像配信の「規模」に勝てない映画会社
特にこの10年では、映像配信にどう取り組むかが大きなテーマになっている。
2010年代に入ってNetflixの配信事業が立ち上がり、大きな価値を持つようになった。当初各社は、映像配信はレンタルビデオ程度のビジネスだと考え、コンテンツの配信ライセンスを提供する形が採られてきた。
だがNetflixがオリジナルコンテンツ制作路線を拡大、「自社でしか見られないコンテンツ」で顧客を集めるようになると、映画会社は次のように考えるようになる。
「他社にコンテンツを貸し出すのではなく、自社でサービスを提供すれば強い接点が生まれ、NetflixやAmazon Prime Videoに価値を奪われずに済むのでは?」
その結果、各社は映像配信事業者を立ち上げる。
ディズニーは「Disney+」を、パラマウントは「Paramount+」、ユニバーサルは「Peacock」を作り、そして、ワーナーはケーブルテレビのプレミアム局であるHBOを母体に「HBO Max」が生まれた。
だが、これらはNetflixやAmazon Prime Videoほど利用者を集められずにいる。
すでに大手のサービスを使っている人々から見れば、特定の映画会社に特化したサービスへの追加加入にはなかなか振り向けない。
比較的規模が大きいDisney+を除き、持続的なサービス拡大には苦労している。
ネトフリとパラマウントがワーナーを求める理由
ここまでくればおおむね事情は見えてきただろう。
Netflixはワーナーの持つ作品群と、HBO Maxの会員基盤を欲した。当面HBO MaxとNetflixの統合はしないとアナウンスしているが、一緒になれば他の映画会社・配信事業者よりも大きな存在になるのは間違いない。
パラマウント・スカイダンスとしても、Netflixや他の映画会社に対して有利な地位を築くには規模の経済しかなく、巨額での統一を求めていた。実際、Netflixの発表まではパラマウント・スカイダンスが有望、と言われていたのだ。
結局この買収はどう転んでも「特定企業の影響力拡大」につながり、独禁法に触れないかどうかの審査が必須になる。
Netflixは配信事業で世界トップ。事業統合が起きると、配信で他社が追いつくのが難しい規模になってくる。配信事業者が映画会社を買うと、映画を劇場でかけるよりも配信を優先にするのでは……という懸念も出てくる。
パラマウント・スカイダンスの場合、規模面は大きくなるが映画産業自体はそのまま続く。
そして、パラマウント・スカイダンスはトランプ政権との結びつきも強い。
同社のトップはデヴィッド・エリソン。オラクル創業者であるラリー・エリソンの息子であり、ラリー・エリソンはドナルド・トランプ大統領の支持者で関係が深い。
これらのことから「下馬評ではパラマウント・スカイダンス」とされてきたが、ワーナーが選んだのはNetflixだった。
買収額の問題も大きいだろうが、「映画部門はそのまま。映画館での上映は残す」「HBO Maxも短期に統合しない」といった部分も評価されたのかもしれない。
ただそれでも、映画業界からのNetflixに対する疑念や、市場独占性が高まるのでは……という業界の懸念は強く存在する。
パラマウント・スカイダンスはそれを1つの拠り所として、敵対的買収という手段で状況をひっくり返そうとしている。
統合議論にちらつくトランプ大統領の姿
前出のように、パラマウント・スカイダンスが有望と言われてきた背景には、トランプ大統領との関係がある。
Netflixによる買収が決まった後、トランプ大統領は「私が関与する」とコメントした、とされる。すなわち、Netflixによる買収への危惧を表明したことにもなる。
ここには2つの背景がある。
1つは、パラマウント・スカイダンスによる買収があった場合、映画部門だけでなくニュースネットワーク部門も含まれること。そこには、トランプ大統領に批判的な「CNN」が含まれる。
トランプ大統領は「報道に偏りがある」としてCNNに圧力をかけたいと公言している。パラマウント・スカイダンスにまとまれば、エリソン親子を通じてCNNへの圧力をかけやすくなる。
2つめは、「アメリカ映画の勢いが落ちている」ことだ。
かつて、世界の映画興行収入は、9割近くをアメリカ作品が占めていた。
だがThe Numbersの調べによれば、2024年の興行収入のうち、アメリカ作品が占める割合は69.5%にまで下がっているという。
ここには、中国やインドがコンテンツ輸入から自国作品を消費する流れに移りつつある、という影響もあるし、日本などでいわゆる「洋画」のヒットが減っている影響もあるだろう。
一方で、世界中で消費される作品をハリウッドだけが作るという体制から、韓国・日本などのアジア、ヨーロッパの復権など、「世界的調達体制」の拡大も見えている。そして、Netflixはその最先鋒でもある。
Netflixのコンテンツにはいまだハリウッド作品が多く、実際にはハリウッド抜きでは成立しない。だからワーナーに対しても強いリスペクトを持って臨んでいる。そもそもNetflixはアメリカ企業であり、利益からの税をアメリカに納めている。
だがそれでも、アメリカ中心主義のトランプ大統領から見ると、「アメリカ映画を破壊する存在」に見えているかもしれない。
ただ、トランプ大統領の動きはそもそも読めない。そして、規制当局が合併を許さない、というモデルを除くと、Netflixとワーナーの統合を直接的に阻む要因も少ない。
現状はどちらに転ぶのかはわからない状況だ。
そして、どちらの場合でも、「巨額の買収費用をどう埋め合わせていくか」という問題があることに変わりはない。
買収が発表されても、Netflixやパラマウントの株価は良い方向には動いていない。株式市場はどちらもリスクがあると考えているのだ。
ディズニーは「時間短縮」と「顧客との接点」を買った
ここで、ディズニーの動きを見てみよう。
冒頭で述べたように、ディズニーはOpenAIに投資し、引き換えとしてOpenAIのシステム利用権を得る。そして、Soraではディズニーのキャラクターを使えるようになる。
これはSoraで出力されるものがディズニー公式になる、という話とは全く異なるものだ。あくまで「出力しても違法な利用ではなくなる」というだけで、その出力はあくまで出力した個人が利用するもの。アメリカの場合フェアユースがあるので利用可能範囲は広くなるが、「出力されたものを使って商売をしていい」という話ではない。
むしろ、「ディズニーキャラクターに酷似した画像・映像が出力できる他のサービス」については、「ディズニーは許可を与えていない」と明確に警告できるようになった。
12月10日、ディズニーはGoogleへと、「自社の著作権を大規模に侵害」「GoogleのAIサービスは、ディズニーの知的財産にタダ乗りするように設計されている」と書簡の中でコメントしている。
以前はOpenAIにも反対していたように見えるディズニーだが、ここに来て変化したのは、結局のところ「技術の流れは押し止められない」からだ。
いくら反対しても、データを学習して生成する企業は現れる。映画会社、中でもディズニーが持つキャラクター資産は圧倒的に魅力的であるからだ。
訴訟をしてガードレールを作らせて……という流れを確定するまでには時間がかかる。その間にどこかが「著作権をあまり考慮しない生成サービス」を作って海賊版が拡散してしまう可能性は否定できない。
だとするなら、外部からは態度が豹変したように見えても、期限付きであっても「ちゃんとした契約」を交わし、その先で自社も生成AIを活用する方向に舵を切った方が有利になる。
ここで重要なのは、作品づくりに生成AIを使うことと今回の提携は「そこまで大きく関係しない」ことだ。ディズニーほどの企業なら、映画や配信で流す作品で、生成AIが作ったものをそのまま使うことは考えづらい。というよりも、我々に見えないだけで、内部での作業には生成AIを使っているだろう。
だが、「顧客との接点」として生成AI、特に動画機能は有用だ。
現在のプロモーションでは、ソーシャルメディアやウェブ広告に流すコンテンツが重要になってきている。その中にはいわゆるUGC(ユーザーが作ったコンテンツ)もある。
ソーシャルメディアでの生成AI利用は急速に進む。フェイクの問題などはどんどん深刻になるが、キャラクターを使った動画が流れてくるのを消費者が求めているのは間違いない。
だとすれば、その接点となるサービスには自ら関わり、ある程度管理することで利用した方が有利だ。
今回の合意のもとでも、映画作品における俳優の姿や声は使わない、とされているので、許諾して利用される場合、Soraの中になんらかのガードレールが用意されると見て間違いはない。だとすると、「公序良俗に反する」「そのキャラクターが絶対にしないこと」などの生成は排除し、コントロールを効かせて提供することになるだろう。
ソーシャルメディア上での露出をそうやってコントロールできるなら、今回の提携には大きな意味がある。
映画会社の仕事は作品を作るだけではない。それを消費者に届け、人気キャラクターでマーチャンダイズを行ない、作品との継続的な接点を設けてさらに次の作品へとつなげることも重要だ。
ウォルト・ディズニー・カンパニー・アジア・パシフィック プレジデントのルーク・カン氏は、「映像配信には接点としての価値がある」と筆者に語った。
映画会社における「垂直統合」とは、そうした部分での総合的な価値のことも指す。
だから、ワーナー買収の件とOpenAI・ディズニー提携の件は、まったく異なる話をしているように見えるが、実は「垂直統合型の映画産業がなにをしようとしているのか」という視点で見ると、同じ軸の上にある話なのである。







