西田宗千佳のイマトミライ

第161回

アップル・グーグルは力を持ちすぎ? “サイドローディング”は必要か

「スマートフォンのプラットフォーマーは、ビジネス全体に大きな支配力を行使し過ぎているのではないか」

世界各国では、大手ITプラットフォーマーに対して起きている公正競争に対する規制議論が巻き起こっているが、その内容を一行で表すと、これに尽きるだろう。

日本でも、内閣官房デジタル市場競争本部が音頭をとる形で「モバイル・エコシステムに関する競争評価」が進められ、4月には中間報告も公開された。

iPhoneとAndroidへ事前規制もありえる。政府デジタル市場競争会議

一方、その中に含まれている「サイドローディングを義務付ける」という考え方は異論もあり、議論の余地がある。

今回はその点について少し考えてみたい。

モバイルエコシステムを巡る議論の流れ

「モバイル・エコシステムに関する競争評価」中間報告の中では、アップルとGoogleという2社がもたらす寡占状況は「市場機能によって自然と解消されることが難しい」と懸念されている。

この点については、そもそも議論が分かれる部分かもしれない。確かに寡占状況は強いが、すべてが解消不可能か、競合による競争がないのか、というと、立場によって見方は変わる。少なくともアップルは「競争状況にある」と考えているし、国により判断も揺れている。

一つのきっかけになったのは、2020年に始まった、米・カリフォルニア州でのEpic Gamesとアップルの訴訟だろう。

こちらは2021年9月に判決が出ている。そこではアップルの課金ルールが「反競争的」と認定されたものの、アップルは独占企業とは認定されていない。Epic Gamesは判決を不服として上訴している。この内容についてはアメリカ国内でも賛否が分かれ、議論が続いている。

アップルは昨年のこの時期、日本の公正取引委員会との合意を含め、多数の制度変更を行なった。

中でも大きいのは、日本の公正取引委員会との合意内容に含まれる部分だろう。電子書籍や動画などの「リーダーアプリ」にリンクを用意し、そこからアプリ外での決済へと誘導することを認めるやり方だ。

公正取引委員会との合意内容。アプリストアへの外部リンクによる決済導線を用意することを認めさせる内容だ。

ただ、この内容ですべての課題が解決されたわけではない。支払い方法について、例外なく「アップルを介さない方式」を認めるよう求める動きもある。

サイドローディング強制を求める議論も

そんな議論の中で、もっとも先鋭的な主張と言えるのが「各OSプラットフォームで、サイドローディングを無条件に認めよ」という主張だ。

サイドローディングとは、アプリストアを介さずにアプリをインストールする方法を用意すること。

iPhoneではApp Storeを経由してアプリをインストールすることが義務付けられている。決済や販売がApp Storeを介することで「独占」懸念が生まれるのであれば、App Storeを回避してアプリをインストールできるようにすべきだ……という主張だ。

App Store

ヨーロッパでそうした議論が行なわれているが、日本でも、内閣官房デジタル市場競争本部による「モバイル・エコシステムに関する競争評価」の中間報告書の中で、サイドローディングを強制する方向性が示されている。

内閣官房デジタル市場競争本部による「モバイル・エコシステムに関する競争評価」の中間報告書より抜粋

サイドローディング強制は「悪者に有利」な環境を生み出す

ただ、この方針には反対の声も多い。6月10日まで募集されたパブリックコメントには、サイドローディングに関する課題を指摘するものも多数寄せられたようだ。筆者も同意見だ。

懸念はシンプルなものである。

サイドローディングによって、PCと同じように自由にアプリをインストールできる環境を用意することは、スマートフォンという「マルウェア被害が比較的少ない環境」を破壊してしまうのではないか、ということだ。

スマホにもマルウェアがないわけではない。スパイウェアも存在する。App Storeを回避して無理やりマルウェアをインストールする方法もゼロではない。

ただ「蔓延している状況か」と言われれば違う。特定の個人を狙って、多くのコストをかけて狙うことは不可能ではないが、「低コストかつ大量にマルウェアを拡散させる」のは難しく、そうしたことが原因のトラブルも起きてはいない。

アップルには毎週、10万点以上のアプリがApp Storeに提出されているという。そこに、500名以上の専任担当者を雇用して審査を行なっている。審査に時間がかかることなどから不満の声もあるが、「アプリを審査してマルウェアの混入をできるだけ防ぐ」ことは有効に作用している、と判断していい。

その上で、先日アップルは、秋に公開される「iOS 16」などに、標的型の攻撃を防ぐ機能を搭載する、と発表している。

サイドローディングを認める場合、こうした努力を回避可能にしてしまう、ということになる。公正競争のためとはいえ、安全であった環境を壊してしまうのは問題なのではないか。

「それは極論だ」という意見もあるだろう。

だが、ここで危惧すべきは、サイドローディングを可能にすることがユーザーよりも「マルウェアを作る人々」に有利に働く可能性がある、ということだ。

今、iPhoneやAndroidの上でマルウェアを作るには、審査を通り抜けられるよう、バレにくいものを精巧に作る必要があり、そうしたものを作るにはコストがかかる。ビジネスとしてのマルウェアは、低コストに大量の情報を集め、(言葉は悪いが)カモをひっかけることが主眼である。審査は100%の精度ではないが、非常に高い精度であるのは間違いなく、それが悪事を働く人々にとって「割に合わない」状況を生み出している。

サイドローディングを解放すること、特に、ウェブから簡単にアプリをインストールできるような状況を生み出すことは、現在のバランスを崩し、PC以上に大きな被害をもたらす可能性がある、ということに他ならない。

話はAndroidについても同様だ。

Google PlayはApp Storeに比べ審査が甘い、とされているが、それでも、マルウェアを作る人々に対する防壁として機能しているのは間違いない。Androidではサイドロードもできるが、利用者が明示的に使えるよう設定する必要がある。この場合だと、危険性は「無条件でのサイドローディング」よりは小さい。

Google Play

重要なのは「決済の公平性」

その上で、筆者はこう考える。

公正競争上、バランスを保てない可能性があるのは否定できない。是正すべき部分はある。昨年以降、App Store以外での決済を認め、アプリ上からの導線を用意できるようになったのは、1つの変化ではある。

問題は「決済」に集中している。

OSを作れる会社も、それを巨大なプラットフォームとして運営できる会社も限られていることに変わりはない。そこで「自国にないから」とゴネても、現実的に、作れるわけでも運営できるわけでもない。

アプリストアの持つ「決済」機能がプラットフォーマーに集中しているから競争上の問題が生まれるわけで、「必要であれば外部で決済ができる」仕組みを整えればいいのではないか。

今はまだ、完全に自由ではない。リーダーアプリ以外のゲームなどでも外部決済は認められて然るべきだし、ウェブアプリなどの活用はもっと広がってもいい。そうした動きを阻害しないよう、プラットフォーマーと交渉する必要はあると考える。また、単に「外部決済が使える」ようにするだけでなく、外部決済とアプリストア決済が並列なものとして扱われるよう、プラットフォーマーに求める必要もあるだろう。

だが、そこで無理にサイドローディングを認めさせる必要はない。ユーザー側が色々と「自分の意思に基づいて」サイドローディングできるようにするなら……とも考えるが、そのレベルなら無理に可能にする必然性も薄いように思う。Androidは、設定変更によるサイドローディングができるし、Google Play以外のストアもある。そのエコシステムを求める人はAndroidを選び、サイドローディングの一切ない環境が欲しいならiOSを、という選択肢はあっていい。

無理を通すのではなく、「より消費者にとって価値の大きな結論」を目指すのが望ましいことであり、そのためには、サイドローディングにはこだわらないのが得策だと思うのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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