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増え続ける通信衛星、足りない周波数 世界と日本で進む新技術
2026年9月10日 08:20
近年、衛星の打ち上げ、とりわけ低軌道衛星コンステレーションの増加に伴い、衛星通信で利用する周波数資源のひっ迫が課題になっています。ブロードバンド衛星の通信容量拡大も進むなか、Ku帯やKa帯より高い周波数で、より広い帯域を利用できるQ/V帯への関心が高まり、各国で衛星コンステレーションの申請や機器開発が相次いでいます。本稿では、世界で進むQ/V帯の利用計画とその技術的な特徴、日本で進められているNICTや宇宙戦略基金の研究開発について解説します。
ブロードバンド衛星が使用する既存の周波数帯
ブロードバンド通信衛星コンステレーション「Starlink」の登場まで、衛星通信は主に高度約3万6,000kmの静止軌道を利用する静止衛星通信が一般的でした。広域に通信サービスを提供する静止衛星が高速データ通信を提供する場合、多くがマイクロ波の一種で高速データ通信が可能な「Ku帯」または「Ka帯」と呼ばれる周波数帯を利用していました。
Ku、Ka帯を上回るミリ波の帯域を衛星通信に利用する取り組みが始まったのは1995年のことです。米国の軍事衛星「Milstar 1」と「Milstar 2」の間で60GHzの「V帯(V-band)」と呼ばれる帯域を使用して衛星間の通信実験が行なわれました。ただし、これは60GHz帯が酸素の吸収帯にあたることから地上で傍受される危険が少ないという性質を利用したもので、宇宙空間に限定した用途でした。
2000年代に入って米国でV帯が民生用として利用可能になると、商用衛星通信の世界でV帯を利用する動きが始まります。2017年ごろにはSpaceXやボーイングなど複数の企業が通信衛星コンステレーションでV帯の利用を表明していました。Starlinkはいち早く7,500機の衛星でV帯を利用する申請を米連邦通信委員会(FCC)に提出しています。実際にV帯を使用したブロードバンド衛星の実用化に本格的に乗り出したのもStarlinkが先駆けとなりました。
周波数資源の利用増加と課題(調整の長期間化)
V帯の40~75GHz帯域の中で、民生用の衛星通信には酸素の吸収帯に当たらない50GHz前後が利用されています。人口の多い都市部でもバックホール回線を提供できるなど広帯域ならではのメリットがあります。
また、Ku帯、Ka帯を利用する衛星数と通信容量が増えたことで、利用できる周波数と軌道の国際調整が複雑になってきました。そこで、V帯、特に33~50GHzで「Q帯」と重なる「Q/V帯」の帯域を、地上のゲートウェイ局と衛星間の「フィーダリンク」に利用することで、Ka帯をユーザー向けのブロードバンドサービスに集中させることが可能になります。
限られた周波数資源を最大限活用して、ユーザーが求めるブロードバンドサービスを実現するためにQ/V帯が注目される流れがこの10年の間に高まっているのです。
とはいえ、Q/V帯には降雨減衰に弱いという大きな弱点があります。特に豪雨の場合には、信号強度が急減して通信レートが低下、最悪の場合はリンク断というサービスの可用性に関わる問題となります。
対策として、地上のゲートウェイ局を分散させて悪天候を避ける「サイトダイバーシティ」や、アップリンク側の電力を調整して降雨減衰の影響を軽減する「フェード軽減技術」など新たな技術開発も必要になります。
世界の主なQ/V帯利用衛星コンステレーション構想
Starlinkの採用後、注目度が高まるV帯は数多くの衛星通信コンステレーションで採用されることになりました。現在、V帯利用を表明している各国の主な通信衛星コンステレーションをリストアップしてみましょう。
先行する米国に加えて、機能の異なる複数のコンステレーションでV帯利用が進む中国、規模が巨大な韓国などが目を引きます。日本もまた、国際競争の中でV帯利用にしっかり乗り出しています。すでにITU-R(国際電気通信連合無線通信部門)には多数の衛星通信コンステレーション申請が提出されており、日本の周波数権益確保という政策的な意味もあるでしょう。
日本は、「OPTI-K-V」と呼ばれる通信衛星コンステレーションの構想で周波数利用の国際調整を始めています。OPTI-K-Vは衛星総数が1,700機以上、うち約580機の構成案を1案選択するという形で進められており、日本の衛星利用ではこれまで見たことがない大規模な衛星網となっています。日本ではまだ衛星通信でQ/V帯の実利用の経験を持っていないため、急速に技術開発が進められています。
日本で進むQ/V帯の要素技術開発
日本では、2022年ごろからNICT(情報通信研究機構)を中心にQ/V帯の利用技術開発が進められてきました。
衛星コンステレーションやHTS(ハイスループット衛星)の増加に伴って、衛星間通信だけでなく、衛星と利用者を結ぶサービスリンクにも、地上のゲートウェイと衛星を結ぶフィーダリンクにも大量の周波数資源が必要になる――という予測を基に、Q、V帯のみならずさらにそれ以上のW帯の利用に向けた開発が始まっています。
NICTの研究開発のポイントは「Q/V帯のデジタルビームフォーミング(DBF)送受信技術」、「Q/V帯の高性能送受信機器」、さらにその先の「W帯衛星搭載機器」の3分野となっています。単に高い周波数の電波を送受信できるようにするだけでなく、実際の衛星通信システムとして高効率に利用するところまでを視野に入れています。
中でも重要なのがDBFの技術です。多数のアンテナ素子を個別にデジタル制御することで、通信ビームの方向や形を柔軟に変え、地理的に離れた場所で同じ周波数を繰り返し利用できます。Q/V帯という新しい周波数資源を開拓するだけでなく、空間的な周波数再利用によって、その帯域をさらに効率よく使うための技術です。
2025年には、研究に参加する東北大学が衛星搭載用のアンテナシステムの試作に成功しました。NICTの計画では、2026年度末までに、帯域2GHz以上、64素子のQ/V帯DBFアンテナとデジタル信号処理部からなる送受信機を開発し、64素子アンテナとして動作を検証することを最終目標としています。周波数効率についてもさらなる効率化を目指しています。
Q/V帯特有のRF機器も開発対象となります。高い周波数では、Ku/Ka帯に比べて低雑音増幅器(LNA)や周波数変換器の性能確保が難しく、同じ受信性能を得るためには大きな送信電力が必要になりやすいのです。このためNICTの研究では、V帯用LNAやQ/V帯周波数変換器の低雑音化・低消費電力化、Q帯用の固体電力増幅器(SSPA)や進行波管増幅器(TWTA)の高効率化も対象としています。
NICTの研究は、「Q/V帯が使える」という段階から、「衛星に搭載し、大容量通信に実際に使える機器とアンテナを構成する」段階へ技術を進める取り組みと位置付けられるでしょう。研究計画では2026年度に実証可能な仕様を考慮し、宇宙実証モデルによる宇宙環境耐性の確認も想定されています。
宇宙戦略基金では「研究」から「商用化」へ
この流れをさらに実用化側へ進めるのが、宇宙戦略基金第三期の技術開発テーマ「Q/V帯等通信機器の開発・実証」です。Q帯(33~50GHz)、V帯(40~75GHz)を「衛星通信における技術開発競争の主戦場」と位置付け、明確に製品化・商用化を志向して支援するプログラムとなりました。
対象になるのは、ハイパワーアンプ、ローノイズアンプ、周波数コンバーターといった衛星搭載機器に加え、地上設備も含みます。高周波数帯で大きな問題となる降雨減衰への耐性や、高精度のビーム制御なども開発対象として想定されています。
地上の研究だけでなく、衛星搭載の実証までを対象としていて、5年程度で実際に衛星通信機器を開発し、事業終了後には2年以内に商用展開を目指すことが優先目標となっています。
宇宙戦略基金のQ/V帯開発はこの8月に公募が始まったばかり。支援規模も大きく、総額は約93億円、1件あたり最大93億円で1~2件程度を想定し、打ち上げ・軌道上実証費用も含まれます。実質的に、日本で衛星通信にQ/V帯通信機器を開発できるプレイヤーが明らかになる公募だといえるかもしれません。
また通信衛星の周波数利用調整は、実際に衛星が打ち上げられる2年以上も前から国際調整が行なわれます。2030年前後に宇宙実証を進めるのであれば、今から利用を表明しておく必要があると考えると、ITUへの申請は技術開発支援と足並みが揃った動きだと考えることができます。
衛星通信のQ/V帯利用が進む中で、2027年後半に開催が予定されているITUの世界無線通信会議(WRC-27)ではV帯への公平なアクセスが議題に上がっています。これはQ/V帯の利用が競争状態に入りつつあることを示しているでしょう。
日本でもQ/V帯は将来研究という段階を過ぎつつあり、NICTが進めてきた要素技術開発に続いて宇宙戦略基金ではフライトモデルと軌道上実証、そして商用化までが政策目標となったといえるのではないでしょうか。


