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秒速5.3kmの一発勝負 「はやぶさ2」はトリフネをどう撮影したか

光学航法カメラ(望遠)によって観測された小惑星「トリフネ」(©JAXA・東京大学・千葉工業大学・東京科学大学・産業技術総合研究所・パリ天文台・カナリア天体物理研究所)

「はやぶさ2」拡張ミッションは、2026年7月5日に小惑星トリフネ(98943 Torifune)のフライバイ探査を実施し、成功。搭載する4つの科学機器がすべて観測データの取得に成功しました。7月6日の三桝裕也チーム長、サイエンス担当の吉川真准教授、JAXA宇宙科学研究所の藤本正樹所長の成果報告からミッションを振り返ります。

ミッション成果を報告する三桝裕也チーム長(撮影:秋山文野)

はやぶさ2のトリフネへの最接近時刻は2026年7月5日18:30(日本時間)、誤差±1秒でした。もともと狙っていた時刻ちょうどを±1秒で通過できたと考えられています。相対速度は約5.3km/sで、想定と大きな違いはありませんでした。最接近の直前に行なった軌道制御の際に探査機の姿勢が安定しきらなかったため、最接近距離は7月6日時点では確定しておらず、今後の解析で求める予定です。

現時点で地上に降りているのは取得データの一部のみです。残るデータは時間をかけて今後ダウンロードし、全てのデータが揃うのは今年末の見込みです。しかしながら、小惑星中心から800mを通過という目標の達成度を、サイエンス成果の画像が物語っています。

フライバイ運用中の管制室の様子(©:JAXA)

サイエンス観測の結果

ONC-T(望遠の光学航法カメラ)はトリフネを2026年6月20日からフライバイ1秒前まで撮影しました。7月5日18:29:59撮影された最高解像度画像は、まるで初代「はやぶさ」がランデブーした小惑星イトカワのようです。2つの小惑星はよく似ていますが、トリフネのほうがくびれ(首の部分)がより深くなっています。

光学航法カメラ(望遠)によって観測された小惑星「トリフネ」。この動画は7月5日、トリフネに最接近する時間最接近直前の一連の観測をつなげたもの(©JAXA・東京大学・千葉工業大学・東京科学大学・産業技術総合研究所・パリ天文台・カナリア天体物理研究所)
中間赤外カメラ TIR によって観測された小惑星「トリフネ」。はやぶさ2の最接近予定時刻の約10秒前から 0.25秒毎に撮像した画像を動画にしたもの(©JAXA・前橋工科大学・千葉工業大学・会津大学・北海道教育大学・産業技術総合研究所)

この姿から、トリフネは「コンタクトバイナリ」と呼ばれる2つの天体が接触し合体した姿であることが分かりました。時間が経つと首の部分が埋まっていくことから、くっついて比較的新しい段階ではないか、との議論も出ています。

事前の予想でトリフネはS型と呼ばれる炭素が少なく岩石質の小惑星と考えられており、見た目がイトカワに近いように見えます。はやぶさ2が最初に探査した炭素質の小惑星リュウグウの黒さとは対照的です。

表面に「ボルダー」(岩塊)が多数見え、ラブルパイルと呼ばれる岩石が集まった構造であることが示唆されています。見えている部分にクレーターはあまり目立ちません。事前の地上観測では、細長い形だろうとしかわからず、細長さという予想通りとはいえこれほど明瞭に二分割されていることが見て取れるのは予想外だったとのことです。

予想されていた小惑星トリフネの予想による模型を手にする吉川真准教授。地上の観測では「細長い」ということしかわからず、くびれを持ったコンタクトバイナリの姿に驚いたという(撮影:秋山文野)

TIR(中間赤外カメラ)は7月5日18:29:58(速報値)にサーモグラフィ画像を撮影しました。色の違いが温度差を示し、白っぽいほうは高温、黒っぽいほうが低温を示していますが、温度の絶対値はこれから詳細が確定するとのことです。トリフネからの距離は約10kmで撮影されました。

中間赤外カメラ TIR によって観測された小惑星「トリフネ」のサーモグラフィ画像(©JAXA・前橋工科大学・千葉工業大学・会津大学・北海道教育大学・産業技術総合研究所)

TIR(中間赤外カメラ)はリュウグウに続きトリフネで2回目の小惑星観測に成功し、日本が積み重ねてきた小惑星の赤外観測の実績にさらに厚みを加えました。

このTIRは、欧州の小惑星探査機HERAに改良型を提供しています。さらに2029年4月に小惑星アポフィスを観測する日欧協力ミッションRAMSESにも同型のカメラが積まれます。つまり同じ仕様のカメラで、リュウグウ→トリフネ→(HERAで)ディディモス・ディモルフォス系→(RAMSESで)アポフィスと、多数の小惑星を連続して観測できることになります。同一の機器による観測からデータを比較しやすく、小惑星同士をより精密に理解できる意義があります。

NIRS3(近赤外分光計)は、フライバイの20分前〜5分前、および4秒前〜2秒前にデータを取得することができました。近赤外線スペクトルから、物質・鉱物の同定につながる大きな成果になり得、トリフネの素性を明らかにしてくれるでしょう。

トリフネと探査機との精密な距離をはかる重要な役割を果たすことができたのがLiDAR(レーザ高度計)です。最接近の4分前から1秒に1回レーザーを照射し続け、最接近4秒前と3秒前に、それぞれ約20km・約15kmの測距値を取得しました。高速フライバイでのLiDAR測距成功はおそらく世界初と考えられています。

トリフネ撮像はどれほど難しかったのか

三桝チーム長はONC-Tの1撮像あたりの露光時間を「およそ5ミリ秒」と説明しました。これに秒速5.3kmという相対速度と「カメラを振ることができない」(姿勢固定)という条件が組み合わさると、ONC-T撮像の難しさの本質が見えてきます。

ONC-Tの全視野⾓は6.32度、CCDサイズは1,024×1,024ピクセルです。姿勢を固定して臨んでいるため、カメラを振って被写体を追う「流し撮り」ができません。トリフネはS型と見られるリュウグウよりは明るい天体とはいえ、時速約1万9,000kmで6.32度しかないのぞき窓のような視野を一瞬で通り過ぎてしまいます。

さらにサイエンスの成果を最大化できるように小惑星の細長い面が最も大きく見えるタイミングで接近する必要もありました。たった一度きりの通過の中で「ONC-Tの視野にトリフネがベストの角度でしっかりと入っていて、かつ流れきっていない」、このタイミングをあらかじめ予測し、そして5ミリ秒の時間で撃ち抜いた――これがフライバイ通過の難しさの肝だったと言えるのではないでしょうか。

プラネタリーディフェンス技術の実証

トリフネのフライバイの目的に、小惑星の軌道を変更する技術の獲得があります。至近距離を高精度で通過させる技術を獲得することで、小さな天体に探査機を衝突させられることを示しました。もしも地球に衝突する可能性を持つ小天体が見つかったときに、探査機を衝突させて軌道を変える方法の技術獲得につながります。

ただしトリフネはインパクト方式の対象としてはやや大きく、はやぶさ2は小型であることから探査機を衝突させても軌道はほぼ変わらないと考えられています。あくまでも誘導航法制御を実証し、いざというときに方法論を選べる基礎を築いたと考えられます。

はやぶさ2チームは、航法誘導に関わった協力者としてNASA ジェット推進研究所(JPL)、NEC、富士通、日本スペースガード協会、松江工業高等専門学校の名前を挙げました。NECネッツエスアイ、SEC、SED等多数のメーカーが運用を支えたことにも謝意を示しています。JPLの深宇宙通信施設ディープ・スペース・ネットワークは運用のみならずサイエンスデータのダウンロードを現在も続けています。

今後のはやぶさ2は、イオンエンジンによる軌道制御を再開し、次の計画である2027年12月の地球スイングバイに向けて動き出します。設計寿命を超えて稼働しているイオンエンジンの状態は心配されるところではありますが、最後の目的地1998 KY26到着に向けてミッションを続ける計画です。

小惑星トリフネ画像を前に吉川真准教授(左)、三桝裕也チーム長(中央)、JAXA宇宙科学研究所の藤本正樹所長(右)(撮影:秋山文野)
秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)