鈴木淳也のPay Attention

第287回

MUFG「預金3000万円で無料プラチナ」の狙い 「相続」強化とネット銀対抗

2022年撮影の三菱UFJフィナンシャル・グループ本店所在地(東京都千代田区丸の内2-7-1)の看板。なお、ビル建て替えのため2024年に本店所在地は移転(丸の内1-4-5)している

三菱UFJ銀行は預金残高に連動した富裕層向け会員サービス「エムット Excellent Club」とデジタル相続プラットフォーム「エムットそうぞく」を8月26日に発表した

キーワードは「金利ある時代の銀行預金の行方」で、メガバンクや新興の携帯キャリア系ネット銀行を中心に巻き起こりつつある預金争奪戦の最新の動きとなる。

今回はこの銀行預金と口座開設をテーマに、この業界で何が起きているのかをまとめたい。

メガバンクの預金流出先はネット銀行、その理由

“富裕層向け会員サービス”と銘打っている点から、最近競争が激しくなりつつある「最上位クレジットカード」やメガバンクでの競合である「Olive Infinite」などが比較対象に挙がるかと思うが、実際にはもう少し“内向き”の事情があるようだ。

発表会レポートでも触れられていたが、同行は個人向けで約3,400万口座、預金残高で87兆円と国内最大規模の顧客基盤を持っている一方で、“金利のある”預金獲得時代に預金流出の危機に直面している。三菱UFJフィナンシャル・グループ執行役務リテール・デジタル事業本部長兼グループCDTOの山本忠司氏は会見の質疑応答で次のように語っている。

「問題意識として、私たちは国内銀行一番(の預金規模)ですが、相続のときに資金が流れがちになってきています。これまでは相続のときに圧倒的にインリーチ、つまり私たちにお金が入ってくる流れが続いており、特に地方から入ってくるお金が非常に多かった。地方銀行に預けていらっしゃた方が、お子さんが東京とか大阪に出てきて、その相続で私たちのところにお金が集まってきていたのですが、今は、逆に私たちの方からネット銀行に流れる傾向が強くなっています。まだ出る方が多いという意味ではないのですが、かなり危機感を持っています」(山本氏)

日本国内最大の預金残高を持つ三菱UFJ銀行。ちなみに表のA銀行が三井住友銀行、B銀行がみずほ銀行だ
質疑応答で預金の行方について説明する三菱UFJフィナンシャル・グループ執行役務リテール・デジタル事業本部長兼グループCDTOの山本忠司氏

どういったネット銀行に資金が流れているのかについて山本氏はコメントしなかったが、複数の調査報告などを見る限り、給与受取などのメイン口座を持ちつつ、目的別で1つまたは複数のネット銀行口座を使い分けているケースが多いようだ。

ネット銀行の用途としては普段使い(決済)やカード引き落とし、送金を中心に、金利の高い銀行に残高を置いたり、あるいはNISA等の投資にまわすといった具合だ。

そのため、ポイント還元含めて普段使いの利便性が高い楽天銀行、ドコモSMTBネット銀行、PayPay銀行などが選ばれやすく、あとは連携条件があるがauじぶん銀行、あおぞら銀行、SBI新生銀行なども金利面で選ばれやすい傾向がある。現在国内4大携帯キャリアはすべて傘下にネット銀行を持つことになったが、これに加えて証券などの投資向けサービス連携が強いところが、メガバンクにとっての資金流出先候補になっているとみられる。

今回、「エムット Excellent Club」と合わせてMUFGから発表されたのが「エムットそうぞく」だが、相続のタイミングでの資金流出を食い止めるためのサービスとなる。

山本氏によれば、相続の際に三菱UFJ銀行に口座を持つ相続人はほぼそのまま当該口座で受け取りを選択するという。

一方で口座を持っていない人の場合、相続手続きで遺族はすでに疲れ切っており、最終的に入金口座を確認する段階で三菱UFJ銀行の口座を提案しても面倒になり、普段使いのネット銀行に送金指示……という流れになってしまう。

先ほどの説明にあるネット銀行の使い方を鑑みれば、ネット銀行口座のみを所持する利用者は少なく、ここで「三菱UFJ銀行に口座を持っていない人」というのは、メイン口座が他のメガバンクなのか、あるいは地方銀行ということになる。

複数ある口座のうち、ネット銀行への入金を望んでいるのは、そちらの方が前述の理由で利便性の面で上だったり、金利面で優位だったりするからだろう。

富裕層向けサービスと合わせて提供が発表されたのがデジタル相続サービス

このような状況でMUFGのようなメガバンクが打てる対策は2つあり、1つはメイン口座としての地位を確立すること、2つめはネット銀行と直接競合できるようなサービスを確立することだ。

人生の段階として、学校関連の費用やお年玉などの管理でゆうちょ銀行口座を持つケースが多い。全国で郵便局を介して利用でき利便性が高いが、実際に就職時や大学進学時に銀行口座が必要になった段階でメガバンクまたは地方銀行に口座を持ち、これが人生のメイン口座となるケースが多いと思われる(筆者もメイン口座1は就職時の富士銀行→みずほ銀行だったりする)。

メイン口座は先方から指定されるケースもあるが、ここで三菱UFJ銀行に口座を作るメリットを打ち出せれば、数ある選択肢で選ばれる確率が高くなる。以前は明確に若年層をターゲットにした優遇サービス(スーパー普通預金のステージ優遇など)やデビットカードキャンペーンが展開されていたが、年齢制限を理由にした優遇は特に見られないようだ。

一方でEco通帳や給与振込口座としての利用で提携先ATM利用手数料無料などの優遇条件が適用されるなど、条件が簡易になっているので使いやすい。

もう1つはネット銀行との直接競合が可能なサービス確立で、“サブ口座”としての地位を確立することだ。

MUFGでは2026年度内(つまり2027年春)にデジタルバンクの稼働を開始する。みんなの銀行が利用しているシステムの“ひな型”を用い、Google Cloud上で新システムを稼働させるものだが、これにより従来の重厚長大化した基幹システムを脱却し、24時間365日動作可能なシステムに移行して“バッチ処理”の世界を脱却する。

コスト削減効果によるネット銀行に並ぶ金利優遇や高ポイント還元が可能になるほか、API接続によるグループ内サービス連携によるリアルタイム分析やサービス提供、マイクロサービス化による機能の柔軟な拡張や追加、加えてGoogleらとの提携による“AIバンキングサービス”の提供など、メガバンクが抱えていた“くびき”を抜け出す。

今はまだ途上にあるが、「エムット Excellent Club」はそのグループ内連携の過程で登場したサービスであり、その点で注目に値する。

金利ある時代の預金獲得を目指して積極攻勢に出るMUFG。近年では初となる新規支店出店を果たした「品川駅前支店高輪出張所(エムットスクエア高輪)」

「エムット Excellent Club」は本当にお得なのか?

「エムット Excellent Club」が発表されたとき、筆者のFacebookへの書き込みでいくつか「3,000万円も銀行口座に寝かせておく人がいるか? この金額ならもっと別のより良い運用方法がある」といった趣旨のものを複数見かけた。

書き込んでいた人たちは比較的資金に余裕のある人たちで、おそらくすぐにでも適用条件を満たせると思われる。ただ、このように考えるのは比較的意識の高い人たちで、実際のところ資金をそのまま銀行口座に預けたままにしておく人も少なくない。

例えば、2026年3月末時点での家計金融資産の47.2%が現預金だ(参考資料)。日本経済新聞の2025年12月17日の報道によれば、日本の家計の金融資産に占める現預金の比率が18年ぶりに50%を割り込んだとあり、欧米各国の数字(10〜30%台)に比べると非常に高い。新NISAなどの効果があるとはいえ、まだまだ日本は銀行預金に依存する比率が高いといえる。

理由としてはいくつか分析されているが、「エムット Excellent Club」に該当する3,000万円以上の金融資産を持つ層の多くは60〜80代のシニア層であり、大きなリスクを取った利殖に興味がないうえ、老後資金としての安全資産として手元にすぐに動かせる資金を残しておきたいという意図があるようだ。

特にこうした資金は退職金や相続等で得た資金がそのまま口座に入金されているケースが多く、余計にリスク回避志向が強いのだと考えられる。つまり、「どうせ寝かせたままになる資金なら、それだけでメリットを享受できるサービスはありがたい」の形で自動付与(招待制だがオプトアウト方式)というサービス設計も、こうした思考を汲み取った結果と思われる。

資金循環統計における家計の金融資産(出典:日本銀行)

もう1つ「エムット Excellent Club」で重要なのが銀行口座残高のみならず、「資産運用残高1,000万円以上」という判定条件だ。

預貯金を三菱UFJ銀行内にキープしてもらいつつ、さまざまな金融サービスを提案するといった付加価値提供も可能だが、一方で資産運用残高の方はよりハードルが低くなっている。

MUFGによれば、次年度以降はグループ内合算での金額になるということで、実質的なハードルはさらに低い。これであれば、投資意欲の低い3,000万円以上の預貯金を持つシニア層のみならず、その基準に満たない若年層も含めてターゲットに入る可能性がある。

これにはもう1つ別の狙いがあり、グループ内でバラバラに存在している「アカウント(口座)」の“名寄せ”を促進する効果がある。

経営統合やグループ再編、買収などによりMUFGのグループ内にはさまざまなサービス企業が存在しているが、それぞれが独立して運用されていたということもあり、利用者が意図しない限りサービス連携が難しいという状況があった。

これは現在も進行中の課題であり、会見でもこの問題に対する認識と、その解決に時間がかかることは言及されていた。だが「エムット Excellent Club」を介してグループ内のサービス連携が進むことで“名寄せ”が容易となり、全会員数のわずか数%程度ではあるものの、おそらくは良顧客に対してグループ全体の視点からサービスを積極展開できる素地が出来上がることになる。

「エムット Excellent Club」の「資産運用残高1000万円以上」という判定条件はグループ内合算で行なわれる
2027年度前半には共通IDと「エムットポイント」の提供が予定されているが、デジタルバンク化によるコスト削減効果と合わせ、グループ内サービス連携を活かした施策となる

そして富裕層向けカードとして見た「エムット Excellent Club」のプラチナカードだが、直接の競合になるとみられる三井住友FGの「Olive プラチナプリファード/Infinite」と比較した際の条件は似ているが、同じような資産規模を対象にしながら、その志向はある意味で両極端といえるかもしれない。

「Olive プラチナプリファード」の判定条件はMUFG同様に口座残高3,000万円以上で年会費無料となり(三井住友銀行の普通預金口座とSBI証券の口座にそれぞれ500万円の残高が必要)、Olive口座残高に応じてクレカ積立やVポイントの還元率がアップする仕掛けがある。加えてOlive残高5,000万円以上で「Olive Infinite」の年会費無料特典があり、SBI証券の資産運用を絡ませつつ、高ポイント還元やさらなる上位カード提供によるサービス拡充など、よりアクティブで高い資産を持つ層にアピールする内容になっている。

クレジットカードとしても使えば使うほど還元効果が高まるようになっており、これは前述のエムットにおける資産保全を目指す層とは対極にある。

Olive Infiniteでの特典の例

まとめると、三井住友FG側は「Olive」というブランドで若年層を積極的に開拓しつつ、グループ内またはパートナーのサービスを活用することでよりメリットを享受でき、富裕層に対してはより手厚いサービスや還元で報いるということで、おそらくは20〜60代あたりまでの働き盛りの層がメインのターゲットになっている攻めの戦略だ。

対するMUFG側はまず現預金という60〜80代向けの資産防衛があり、そこからデジタルバンクや付加サービスで対象層を徐々に拡大していくという守りを中心とした周辺攻略というポジションとなっている。

MUFG山本氏が言うように、預金流出に関してまだマイナスにはなっておらず防衛側が必ずしも不利というわけではないが、一方でシステムの大胆な更新やグループ内連携強化ということでメガバンクの中でも内部再編については最も積極的な金融機関であり、その効果が来年度以降にどう出てくるのかが楽しみだ。

「エムット Excellent Club カード プラチナ

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)