鈴木淳也のPay Attention
第275回
次世代Suica、UWBウォークスルー改札はどう実現されるのか
2026年5月15日 10:26
既報の通り、JR東日本は5月14日に「TAKANAWA GATEWAY CITY」で開催された「GATEWAY Tech TAKANAWA 2026」の報道公開において、同社が開発中のウォークスルー改札は、UWB(Ultra Wide Band)技術を用いた仕組みが“本命”だと明言した。
同社では上越新幹線で顔認証改札の実証実験を行なったり、ミリ波を用いたウォークスルー改札の技術展示を行ったりと、長年にわたりさまざまな技術の検証を行なってきた。
JR東日本マーケティング本部 Suica・決済システム部門 システムユニットの今井健太氏によれば、「首都圏で必要とされる速度を出すには、われわれの知見ではUWBが最適と考えている」と述べており、実質的に「Suica Renaissance」でうたわれる都市部向けのウォークスルー改札の技術はUWBに収れんしたと考えていいだろう。
筆者自身も次世代の決済技術の本命として長年UWBを追いかけてきたが、この技術を取材のメインに据えたのは2023年10月にさかのぼる。当時、麻布台ヒルズで開催されたFime Japanの創立10周年記念パーティに参加した際(FimeはNFC RFの検証サービスを提供するベンダー)、参加者の1人だったソニーの標準規格まわり担当で、NFC Forum幹部でもある人物との雑談で「最近の(ソニーでの)活動は(NFC Forumよりも)UWBに力を注ぎつつある」と聞いたことがきっかけだ。いわく、NFCがセキュアエレメント(SE)とアンテナを直結させてスマートフォンOSとは独立して動作が可能になっているように、UWBについても同様の仕組みを実装していくという取り組みとなる。
以後、情報を収集するたびに、このUWBまわりで活動する各社の状況が次々と明らかとなった。JR東日本の活動もFiRa Consortiumへの参加など、最近になり活発化していたことを把握していたが、今回ついに「(次世代Suicaの)本命」というキーワードが飛び出したことで、その道筋がはっきりとしたという状況だ。
UWBウォークスルー改札の動作メカニズム
さっそく技術面からUWBウォークスルー改札をみていく。
今回、高輪ゲートウェイで展示されていたものはあくまでデモンストレーション用の仕組みで、「“タッチレス”でも改札を通過できる」「反応が速く正確」という2つのポイントを体感可能にするもの。2027年春にも広域品川圏で開催される実証実験や、それ以後にJR東日本の各駅に展開されるウォークスルー改札機の本番環境とは異なるものと考えていいだろう。
今回のデモンストレーションでの技術的ポイントは「改札機がデモ用のスマートフォンとの“距離”を常に捕捉している」「“一定ポイント”に近付いたタイミングで通過判定を行なう(フラッパーゲートを開く)」という2点にある。
改札機の中央上付近にある黒い“出っ張り”がUWBモジュールであり、これがスマートフォンとの“距離”をUWBで常に計測しており、一定距離に達した段階でデータ通信を開始し、“認証”が完了した段階で改札機に指示を出してフラッパーゲートを開放するという流れだ。現状で、通過判定の閾値はUWBモジュールがある付近に達したタイミングとみられるが、このあたりは動画で確認してほしい(「ピッ」という音が鳴る)。
これが今回のデモンストレーションを離れて本番環境ではどのように動作するのか? 主に3段階のフェイズに分かれている。
1段階目はスマートフォンで“UWBを起動”するフェイズとなる。UWBを常に起動状態にしておくと出力によるがバッテリを消費し続けるといった複数の問題が考えられる。そのため、例えば駅の入り口付近などにBluetooth(BLE)ビーコンを仕掛けておき、この信号を読み取ったスマートフォンが自動的にUWB機能を“キック”して、UWBによる通信可能状態に移行する。
2段階目は改札機による位置の捕捉だ。改札機側はUWBの通信に対して常に待機状態になっており、UWBの機能が有効化された“デバイス”が近付いてくるのを検知する。現状では半径5~10m程度を想定しているというが、改札機からこの範囲内に進入した“UWBが有効化されたデバイス”を通信対象として捕捉する。以後、このデバイスが「改札を通過する」と判定できるエリアに入ってくるまで捕捉を続ける。
捕捉したデバイスが「改札通過エリア」まで進入すると、第3段階に移行して当該デバイスとのUWBによるデータ通信を行なう。これは「入場に必要な切符や有効な支払い情報を持っているか」「もし残高での支払いであれば充分な残高があるか」といった判定を行なう通信となる。JR東日本によれば、第3段階への移行は“改札機に差し掛かった付近”を想定しているというが、ここからフラッパーゲートの開閉判断を行なう段階までに必要なデータ通信を終わらせる。
先ほどの動画にもあるように、最終的なゲートの開閉判定は改札機の中央付近で行なわれている。つまり歩いてきて改札機に差し掛かったあたりから中央に到達するまでに歩いた(移動した)時間が「処理時間」となる。
Suicaにおける処理時間は200ミリ秒以内とされているが、つまり改札機の長さの半分の移動時間が200ミリ秒以内であればUWBウォークスルー改札はSuicaの処理速度を満たせるというわけだ。
JR東日本の改札機のレーンの長さは約2mで、この半分の1mを200ミリ秒で通過したときの速度は時速18km。これはトップクラスのマラソン選手の最高時速のペースに近い。「Suicaの処理速度でなければ都会のラッシュ時の人流は捌けない」とは定番のアピール文句だが、よほどの全力疾走で改札機に突入しない限りは問題ないと考えていいのではないか。
“距離”と“位置”
本稿ではあえてUWBウォークスルー改札における改札機とデバイスの位置関係を“距離”と表現しているが、実運用時に“距離”だけですべての判定を行なうべきなのかは、まだ議論の余地がある。
位置計測におけるBluetoothとUWBの違いについては別誌の記事で解説しているが、Bluetoothでは両者の位置関係をRSSI(Received Signal Strength Indicator)という信号強度で判定しているのに対し、UWBは赤外線(Ir)深度センサーなどと同様のToF(Time of Flight)方式を用いている。Bluetoothの利用する2.4GHz帯はISMバンドと呼ばれて他の通信方式とも共有しているため混信が多いほか、電波の性質的に2.4GHzは“回り込み”が発生し、また反射波の影響から、距離が離れたり障害物があるほどRSSIによる“距離”測定の誤差は大きくなる。
一方で、UWBは非常に広い帯域にわたってパルスと呼ばれる短い信号を送信し、電波が光と同じ性質を持っていることを利用してその正確な戻り時間を計測することで“距離”の判定を行なう。Bluetoothと比較して混信の心配が少なく、その仕様上から対象との正確な距離が誤差数cm以内で測定できる。“リレーアタック”と呼ばれる中継攻撃対策も含め、UWBでは位置情報も含めたより安全な通信(認証)手段として、比較的初期にはその応用として自動車のスマートキーでの利用から技術の見直しが進んだことが知られている。
ただ、UWBそのものは“距離”の測定に限定されるため、測定対象となるデバイス間の距離しかわからない。もし実際に空間のどの位置にデバイスが存在するのかを知りたい場合、測定ポイントを増やした、いわゆる「三点測定」が必要となる。
このあたりは実装の問題となるが、スマートフォンのような小さいデバイス単体でこのような“位置”測定を行おうとした場合、複数のアンテナをデバイス内に搭載しなければいけない(「マルチアンテナ」と呼ばれる)。実装難易度も上がり、コストも上昇するため、おそらく一般的なスマートフォンではアンテナが1つの「シングルアンテナ」が中心となるだろう。
そのため、「三点測定」を実現するには今回のケースでいえば改札機側で複数のアンテナを立て、特定のデバイスに対して最低2カ所から“距離”測定を行なう必要がある。これにより、2次元上のおおよその“位置”が測定できる。こうすることで、例えば複数のUWBウォークスルーゲートが並列で並んでいた場合、「どのレーンをデバイスが通過したか」という部分で取り違えが発生しにくくなる。今回のデモンストレーションではまだこのあたりの実装は行なわれていないため、今後の研究開発が必要だ。
このシングルアンテナとマルチアンテナを体験できるデモが、今回のUWBウォークスルー改札の体験会では別途用意されていた。
ソニーが技術開発したもので、シャープAQUOSのスマートフォンに専用のアタッチメントを付けることでマルチアンテナを実現し、決済端末とスマートフォンの位置関係と向きを合わせながら、指定エリア内でスマートフォンを画面に対して正面に向けた状態で“スワイプ”動作をすると支払いが行なえるというもの。
特に向きと位置関係についてはスマートフォン側でつねに把握している必要があり、それを実現したのがマルチアンテナのモジュールというわけだ。逆に言えば、今回UWBウォークスルー改札のデモに用いられたAQUOS端末はシングルアンテナであり、先ほどの三点測定の仕組みが改札機側に必要ということの証左にもなっている。
既存Suicaとの後方互換性とFeliCaチップの存在
ここでウォークスルー改札の通過が可能なUWBの仕組みがどのようにスマートフォンに実装されるのかについて触れたい。
冒頭に説明したように、このプロジェクトの発端は「セキュアエレメントとUWB(コントローラ)を直結する」という取り組みにある。現状のNFCで実装されている仕組みをそのままUWBにも適用しようという試みだ。
先ほど自動車のスマートキーでのUWBの応用事例を紹介したが、セキュリティを担保するうえでセキュアエレメントの存在は重要であり、内部で実行される暗号化通信やセキュアな情報管理の仕組みの恩恵をUWB上でも受けられる必要がある。
下図はスマートフォン上でNFCとUWBの両実装が進んだことを想定した概念図だが、メインOSとは独立してセキュアエレメントがICチップ内に存在し、これがUWBとNFCの両コントローラにそれぞれ接続され、アンテナを介して外部との通信を可能にする。この図からも分かるように、現状のNFC対応スマートフォンの仕組みをそのままに、実質的にはUWBコントローラに対して同様の“パス”を通すことでウォークスルー改札利用に必要な仕組みが実現できる。
理屈上は同様の認証情報や支払い情報、あるいは残高情報を共通のセキュアエレメント内に共有しているため、そのときどきで支払い方法をUWBとNFCで切り替えることが可能だ。
ここからがポイントとなるが、JR東日本によれば現状の計画ではこのセキュアエレメントの部分にFeliCaチップを採用するという。今井氏によれば、「Suica Renaissance」では既存Suicaのアップグレードを計画しており、今回のUWBウォークスルー改札もその延長として、後方互換性は維持されるとの考えだ。前述のような2つの通信方式でセキュアエレメントを共有するアーキテクチャを採用する以上、後方互換性を考慮すればSuicaのベースになっているFeliCaを採用せざるを得ないということでもある。
ただし、これでは例えば外国人が日本訪問時にFeliCa未対応のスマートフォンを持ち込んだ場合、UWBウォークスルー改札は使えないことになる。「その点については今後検討の余地がある」(今井氏)とのことで、ウォークスルー改札についてはType-Aのような違うアーキテクチャのセキュアエレメントの使用も考慮するなど、多少の柔軟性が求められるのではないかと考える。
一方で、FeliCaチップを残すことは単純な後方互換性のみならず、別のメリットも出てくる。例えば、郊外から東京都心部へと通勤する乗客の場合、会社付近ではUWBウォークスルー改札を利用し、地元駅では通常のSuicaで“タッチ”による乗降を行なうなど、入出場で違う支払い方式の組み合わせが可能になる。
この場合、モバイルSuicaの残高をUWBウォークスルー改札も含めて差し引く仕組みが必要となるが、「Suica残高の差し引き処理や2万円が上限となっているチャージ制限など、Suicaを超えるを目標に技術的制限を取り払って利便性を向上していく」とも今井氏は述べており、本当の意味でSuicaをアップグレードしていく意思がJR東日本にはあることを強調する。
「Suica」というブランドは今後も残るものの、Suicaペンギンが引退するタイミングと合わせ、その内容は大きく刷新されていく。
スマートフォン時代の終わり
最後に余談だが、Suicaを超えた先にある世界の“デバイス”事情について触れたい。本文中で“スマートフォン”ではなく、あえて“デバイス”と表記した部分が複数あるのだが、これが意図するのは「“スマートフォン”ではない“デバイス”によるUWBウォークスルー改札利用」もあるという話だ。
距離数cm程度というNFCに比べ、UWBは最大で数十メートル程度の距離でも問題なく通信できる点で有利だが、一方でデメリットとして「広帯域を高出力の電波で占有する」という問題から国によって特に屋外での利用に法規制がある(日本では解決する目処が見えているようだが……)。加えて、NFCに比べると「駆動にバッテリが必要」という問題がある。
もっとも、出力を抑え最低限の通信しか行なわないようにすれば、「AirTag」のようなボタン電池でも1年近く稼働する“デバイス”も存在する。将来的にUWBウォークスルー改札の利用に“スマートフォンは不要”ということも考えられる。
JCBを含め、小売の決済の世界においてもUWBの広がりが見込まれるが、この際にも“スマートフォン”は必須ではなく、代替となるUWBを発信できる“デバイス”の利用が広がるかもしれない。つまり、スマートフォンは今後も便利なツールである一方、決済用の“デバイス”として必ずしも必須ではないかもしれないというのが筆者の考えだ。
先日、「Stripe Sessions 2026」の取材で米カリフォルニア州サンフランシスコに滞在した後、帰りの飛行機で偶然にも冒頭で紹介した「UWBでの取り組み」を教えてくれたソニーの人物にばったり出くわした。移動の間の雑談で「スマートフォンを使わないUWB決済の世界」について触れた。先方も同様のアイデアを持っていたようで、グラスであれ、さまざまなウェアラブル“デバイス”で同様の仕組みを実装できても利便性のうえで不思議ではないと話していた。
Suicaを超えた世界というのは意外とすごく開けていて、広大な世界なのかもしれない。













