鈴木淳也のPay Attention
第261回
沖縄の離島に押し寄せるキャッシュレス化の波
2025年11月10日 08:20
先日だが、沖縄県の石垣島まで東京から日帰りで往復してきた。10月23日からスタートする西表島と由布島を結ぶ水牛車のデモンストレーション取材が目的だ。
本来であれば石垣島経由で西表島へとフェリーで渡り、今回の施策に携わった3社(三井住友カード、JCB、琉球銀行)ならびに現地で観光振興にかかわる人々へのインタビュー取材を行なう予定だったのだが、あいにくの荒天で離島フェリーの運航が危ぶまれたため急遽取材会は中止され、午前中は空港オンライン会見、午後は離島ターミナルに近い琉球銀行八重山支店でフェリー移動ができなかった関係者らを集めての小規模な取材会を実施……といった形で、終日石垣島でスタックされる形となってしまった。
島内の移動もままならならず、現地の周辺取材もロクに行なえなかったのだが、筆者が以前2019年に同島を訪問してから6年近くが経過し、限られた範囲ではあるものの離島でのキャッシュレス決済事情の変化を垣間見ることができた。
6年前から様変わりした石垣島のキャッシュレス事情
2019年の訪問時の様子は本連載でも紹介しているが、沖縄エリアを地場とする琉球銀行が伸びるインバウンド需要をにらんでクレジットカード等のアクワイアリング事業を強化しているという話を聞いて、現地のキャッシュレス事情を調べにいったというのがその背景だ。琉球銀行の担当者にインタビューをしつつ、沖縄本島南部が中心になるものの、確かに現地でクレジットカード等に対応した飲食店や商店が増えていることを実感できた。
ただ、前回取材した19年時点では、現地の公共交通機関はまだ現金利用が中心で、使える交通系ICカードも現地専用の「OKICA」が利用できるのみ。当時のインバウンドはフェリーで接岸してくる外国人旅行客を主なターゲットにしていたということで、その恩恵を受ける店舗が率先してキャッシュレス対応を行なっていた程度であった。
あわせて離島のキャッシュレス事情を取材するべく、石垣島にも足を運んでみたわけだが、こちらは本島以上に現金主義の世界だった。バスはすべて現金取り扱いのみ、空港のフードコートや石垣島の目抜き通りと呼べるエリアにおいても現金を除けば沖縄で利用が多い楽天EdyやWAONの2種類の電子マネーに対応しているのがせいぜいだった。観光客向けの土産物屋の一部でクレジットカードの取り扱いがある程度で、まさに現金で生活がまわっている状態だったといえる。
それから6年。再訪した石垣島は、様子がガラリと変化していた。午前中はオンライン会議のために空港に籠もっていたが、朝食のつもりでフードコートで注文した八重山(やいま)そばはクレジットカードで支払えるようになり、空港と離島ターミナルを結ぶカリー観光のバスはクレジットカードのタッチ乗車が可能になっていた。
財布に日本円の現金が2,000円しか入っていない筆者には、ATMへと駆け込む必要がなく、ありがたい話だ。
バス移動を経て到着した離島ターミナルでは、キャッシュレス決済専用のフェリー券販売カウンターができており、自販機も含め、ターミナル内の店舗も問題なくキャッシュレスでの支払いに対応していた。
そして琉球銀行八重山支店での会見が始まるまでの待機場所として、昼食にハンバーガーショップを選んだが、こちらも以前の現金または楽天Edyのみという状態から、非常に多くの種類のキャッシュレス決済手段に対応していた。
現金の街にキャッシュレスの波がやってきた
本来は西表島に渡って由布島を前に水牛車をバックにした記念セレモニーが行なわれ、その取材をする予定だったわけだが、代わりに急遽用意された琉球銀行八重山支店の会見場において、サービス提供の背景の説明が行なわれた。
石垣島に唯一ある地方銀行の支店名が「八重山支店」となっていることからも分かるように、同行にとって八重山列島で唯一の支店となっている。ほかに離島の支店としては久米島支店と宮古支店があり、残りはすべて沖縄本島にある。つまり、銀行の金融サービスを必要としている時や、ATMで現金を預け入れ、あるいは下ろす際などは、石垣島ではない他の離島の在住者はいちどフェリーで石垣島へと渡って支店を利用し、またフェリーを使って帰宅することになる。
フェリーが生活の一部というわけだが、荒天で海が時化ればフェリーの運航も止まるわけで、銀行利用が理由で帰宅できずに石垣島にスタックする可能性がある。現金が生活の一部である一方で、こうした不自由が存在する。
だが八重山エリアにもキャッシュレス化の波が訪れる。
琉球銀行 代表取締役頭取の島袋健氏によれば、沖縄におけるクレジットカードのタッチ乗車は徐々に広まりつつあり、八重山エリアでは2023年に西表島のバスでの導入を皮切りに、2024年3月には同エリアの路線バスと船舶への一斉導入が行なわれている。
沖縄本島でも前年での路線バスへの導入をはじめ、2025年3月には沖縄モノレールでの利用が可能になり、旅行者の利便性が大きく向上した。
だが興味深いのは、このバスでのタッチ乗車は本来インバウンドを含む日本の他地域からの旅行客の利用を想定していたものが、蓋を開けてみるとバス利用者の半数がタッチ決済を使用しており、しかもその約半数が沖縄在住の島民によるものということで、この利用率は全国でもトップクラスに高い状況だという。西表島から整備が進んだことからも分かるように、本来は観光客をターゲットとしていたサービスが、実際には普段使いの現地利用者がその多くを占めていたというわけだ。
沖縄の現地事情に少し触れると、本島と離島を含めて地元の交通手段の中心は車であり、もともと公共交通機関に対するニーズは少ない。これは日本の他の地方都市でも似たような現象がみられるが、沖縄もまた然りというわけだ。
沖縄本島で利用できる交通系ICカードのOKICAの利用率は半数程度とされているが、この現地事情を鑑みてOKICAの利用者は島民全体でみればそれほど多くない。普段公共交通機関を利用しない人々が路線バスやモノレールを利用する場合、その選択肢として出てくるのは、現金またはクレジットカードのタッチ決済になるという流れだ。
銀行がデビットカード(ATMカード)やクレジットカードを発行する際に、国際ブランドを冠した非接触のタッチ機能が付いてくる。すでに手持ちのカードがそのまま公共交通にも利用できるというのが大きいのではないかというのが、琉球銀行を含めた関係者らの分析だ。
そして今回、本来であれば現地でセレモニーが行なわれるはずだった由布島の「水牛車」だ。西表島から浅瀬を通してつながっている由布島の間を移動する公共交通機関で、クレジットカードのタッチ乗車がこの手の公共交通機関に採用されたケースは世界初という(当然かもしれないが)。
もともと自然豊かな西表島だが、対岸の由布島も豊富な観光資産を抱えており、島袋氏によれば西表島を訪れる年間30万人の観光客のうち、その3分の2が由布島を訪問するという。今回の水牛車への対応により、石垣空港から離島ターミナルへと移動してフェリーで西表島へ渡り、由布島を含めた現地の観光を楽しむすべての過程で、クレジットカードのみでの移動が可能となった。
まだ個人店など、まだキャッシュレス決済に未対応のところもあるかと思うが、琉球銀行によれば現在八重山エリアで同社がアクワイアリングを行なっている加盟店だけでも約600店舗あり、加えて他にも決済サービスを提供する事業者が多数同エリアに入り込んでいることと合わせ、かなりの店舗でキャッシュレス決済が利用可能になっているとみられる。
実際、2019年の石垣島訪問時はキャッシュレス決済に一通り対応していたのはファミリーマート店舗くらいだったが、移動範囲が狭かったとはいえ今年(25年)の訪問では一度も現金を使っていない。非常に大きな変化だ。
インバウンドの影響も無視できない。前述のように、琉球銀行がアクワイアリング事業を強化したきっかけの1つは主にフェリーで本島に寄港する外国人旅行客への対応だった。同事業が本格化した2017年から2018年にかけては本島がその中心だったが、コロナ禍を経て円安などの影響もあり、それまで主要な観光地を訪れるだけだった外国人の足が周辺の離島にまで及ぶようになった。
琉球銀行によれば、ちょうど当時は政府の施策でキャッシュレス決済比率上昇のために補助金支給や支援事業が実施されたこともあり、合わせてインバウンド増加の波に合わせて本島のみならず、周辺の島しょ部においてもキャッシュレス化が一気に進んだと分析している。
石垣島でこの頃問題になっていたのは、公共交通機関で現金しか利用できないことだった。大量の外国からの観光客が押し寄せるにもかかわらず、例えば空港バスの運賃が「520円」など中途半端な金額だったこともあり、1万円札など両替したての日本円を持ち込む観光客がバスの入り口で長蛇の列を作った結果、その会計処理に手間取って定時運行ができなくなるなど、無視できない弊害が出てきた。
また会計を現金で行なったとしても、石垣島以外の離島の場合は預け入れる金融機関もなく、現金処理が問題となる。キャッシュレス化はこれら問題を一気に解決できる手段でもあり、さまざまな要因が重なって離島のキャッシュレスを推進することとなった。
JCB加盟店本部加盟店営業統括部部長代理の安藤祥次氏によれば、沖縄におけるJCBの海外会員の利用は他所の2倍と極めて高く、そのうちの7割が台湾からの来訪者だという。JCBが海外会員にインバウンド利用における各種キャンペーンを展開していることが知られているが、距離的に台湾とかなり接近している沖縄で、その台湾からの旅行客が積極的にキャッシュレス決済を活用しているというのも興味深い。
「明らかに、ここ(八重山エリア)に住んでいる人の環境がここ5年くらいで変わっているかもしれない。日本人で東京から飛行機でやってくる人だけでなく、急に何百何千人といった人たちが降り立つような街に変わった。キャッシュレスというものが格段に増えたのも確か」と三井住友カードTransit本部長の石塚雅敏氏はコメントしている。
「この地域でいえば、やはり観光客の力が大きいと思っており、市街地には外国から船が入ってくる。そうすると、東京でも那覇でもなく、ATMがないところからいきなり多くの観光客を抱えた船がやってきて、その人たちが買い物をしようと思ったら、もうキャッシュレスしか手段がない。そういう人たちがたくさん来るなかで、お店側が『(キャッシュレスは)使えません』と言うと、観光客としては『もう結構です』と言うしかない。お店の人たちがそこで売上を得るためにはキャッシュレス化が必要な手段ということは、すごく理解が進んだと考えている」(三井住友カード 石塚氏)
これまでキャッシュレスの波には比較的縁が薄いと思われていた離島においても、人流の変化がその意識を大きく変えることになったようだ。














