西田宗千佳のイマトミライ
第343回
“OpenAI超え”したアンソロピック その成功と課題
2026年6月1日 08:20
5月28日、Anthropic(アンソロピック)は、新たに650億ドルの資金調達を行なった。
これにより評価額は9,650億ドル(約154兆円)となり、OpenAIの評価額である8,250億ドル(約135兆円)を超えた。
同時に最新のAIモデルである「Claude Opus 4.8」を公開した。さらに、サイバーセキュリティ業務向けに少数の組織が利用中の「Claude Mythos Preview」で使われているAIモデルと同じ基盤である「Mythos(ミュトス)級」のAIモデルも、数週間以内に提供できる見込みだという。
特に昨年以降、Anthropicの勢いは強く、OpenAIとの競争が苛烈なものになってきた。両社のモデルは利用者の間でも賢さ・価値について議論を巻き起こしつつ、どちらも利用が進んでいる。
他方で、Anthropicは個人向けと言い難い部分もある。日本でのサービス認知度で言えば、「チャッピー」ことChatGPTを擁するOpenAIの方がずっと上だろう。
今回は改めて、Anthropicの沿革と現状についてまとめてみよう。
OpenAIから枝分かれ
Anthropicが設立されたのは2021年のこと。OpenAIの研究担当バイスプレジデントだったダリオ・アモディが、妹のダニエラ・アモディらとともに起業した。
要はOpenAIからの枝分かれなのだが、そこにあったのは、「より強力なAIモデルはすぐに提供すべきなのか」「AIの長期的な安全性担保はどうあるべきか」という観点だったようだ。
Anthropicの特徴は「憲法(Constitutional)AI」と呼ばれる開発手法だ。これは簡単に言えば、「あらかじめ決めた原則(憲法)に沿って、AIが自分で自分をチェックしながら振る舞いを学ぶ」仕組みと言っていい。
現在も、大量破壊兵器の開発や深刻なサイバー攻撃用コードの生成、児童性的虐待コンテンツの生成や支援など「絶対にやってはいけない」ことのルールが定められ、さらに「なぜそれをしてはならないか」という倫理的側面も含まれる。今年1月には最新版が作られ、公開されているので興味のある方はお読みいただきたい。
また、サイバーセキュリティ確保の面で課題となりうる「Mythos Preview」について、国家も関与しつつ一部の銀行・セキュリティ企業に限定してきたのも、責任を担保するという方針ゆえのことだろう。
このことを「Anthropic以外が安全性を軽視している」と考えるのは正しくない。各社とも、一定の規範や安全対策のもとにAIサービスを提供している。
他方でAnthropicは、原則を厳格に運用している。完全自律型兵器や大規模監視活動での自社AI利用を認めていないのだが、そのために、米国防総省との間で争いにもなっている。現在は膠着中だが、方針を変えたわけではない。
逆に、法的にある種の荒さを感じさせる行動もあった。
大量の海賊版書籍を集めたデータセットから学習をしていたと訴えられ、和解金の支払いとデータセットの破棄で和解した。
ただ「書籍を購入して学習するなら米国著作権法上は合法」と線引きがなされたので、現在は大量の書籍を購入した上でデジタル化している模様だ。アメリカの報道によれば、その中には貴重な書籍も含まれており、扱いが正しいのか、議論が分かれているところだ。
Claude CodeがAIビジネスを変えた
こうした倫理的特性以上に、初期から特徴的であったのが「企業重視」の姿勢だ。OpenAIやGoogle、マイクロソフトは、ビジネスに軸がありつつも、個人向けのサービスにも力を入れている。スマホやPCなど、コンシューマ向けデバイスの価値を高めるサービスも多い。
それに対してAnthropicは、明確に企業向けが中心だ。Claudeも無料版はあるものの、完全な個人向けには注力しておらず、コンシューマ向けのハードウェア製品を作る傾向もない。
初期には安全志向のAIを広く普及させることを目的としていたが、安全性を求める企業の動向を見て企業向け訴求を強めた。
この流れが強くなったのは、ソフト開発にAIが使われるようになってからだ。
特に、2025年2月に「Claude Code」が「リサーチ版」として公開され、開発が進んで賢くなっていくと、ソフト開発者の中で圧倒的な支持を得るようになった。
AIはネットで多数のソースコードやコーディング規則を学習しており、「生成AIでソフトが作れる」ことは初期から想定されていた。事実、断片的にソフトを作ることはできたのだが、Claude Codeがリリースされ、2025年中に進化していくことで一気に普及していった。
理由は、AIに命令すればあとは自律的にアプリケーション開発を行なってくれるようになったからだ。「AIがコードを書く」だけでなく、環境を整備し、設計し、動作を確認し、ソフトが完成する。
Anthropicだけでなく、多数の企業が「AIでのソフト開発」に取り組んでいったが、Claude Codeが状況を変えるきっかけの1つであるのは間違いない。
結果として、多数の開発者・企業がClaudeを導入し、月額200ドルの「Claude Max」や大企業向けの「Claude Enterprise」mClaude APIを利用するようになった。
以下はAnthropicが3月に公開した統計だ。日本の場合、23.9%の利用者が「Computer and Mathematical(コンピュータと数学)」に利用しているとされており、他の用途を圧倒している。
「AIが書いたソフトを信頼していいのか」という話もあるが、もはやその段階は過ぎた。必要な場合には人間が適切に監査すればよい。むしろ、その時だけ必要な「使い捨てる」ソフトを作るニーズも生まれた。
今や筆者のようにソフトウェアエンジニアではない人間ですら、「自分だけが使う、自分のニーズのためのソフト」を作るようになったくらいだ。
ソフト開発はAIに収益性をもたらす大きなきっかけになった。
そして、ソフト開発で実証された「エージェンティックAI」は、企業内のあらゆる作業へと拡大していく。
多数の企業がAnthropicとの提携やMythos Previewの早期導入を求めるようになった。
Anthropicの売上は2026年第1四半期になって急増した。第1四半期で48億ドルだった売上は、第2四半期には109億ドルに達するという見通し。2028年まで難しいと見られていた「黒字化」を達成したとされる。
ソフト開発とエージェンティックAIのニーズは圧倒的であり、AI投資には収益化の可能性がある……というところまでやってきたと見ることができる。
OpenAIはClaude Code対抗に「Codex」を作った。完成度は筆者のようなコーディングの素人でもわかるくらい高い。ソフトウェアエンジニアの間でも、CodexとClaude Codeを比較・併用する人が多い。
またGoogleも開発基盤である「Antigravity」をバージョンアップし、AIによるソフト開発基盤としてのアピールに余念がない。
現在のAI時代を生み出すきっかけになったのはOpenAIだが、収益化に向けた競争の軸になったのはAnthropicである、と筆者は考えている。
演算資源への投資は当面続く
一方で、急激なニーズの増大は、Anthropicに「計算リソース不足」を招いた。
2026年春に入ってから、「Claudeは演算力不足で能力を落としているのでは」と言われることが増えた。それが事実かは別にして、Anthropicの想定を超える演算量ニーズが生まれていたのは間違いない。
SpaceXからデータセンターとして「Colossus 1」を借り受けることで巨大な演算資源を得て一息ついているが、Anthropicは毎月12億5,000万ドル(約2,000億円)をSpaceXに支払うことになっている。それだけ膨大な出費をしても、現状とこれからの演算ニーズに応えるには心許ない。
エージェンティックAIは、単体の生成AIジョブと比較し、軽く10倍以上の演算資源を必要とする。推論だけでなく、仕事を割り振る「オーケストレーション」にCPU+大容量のメモリーを必要とする。
各社の投資や競争も、もはや変化してしまった。GoogleがAI関連に4年前の6倍、1,900億ドル投資するのも、こうした背景があるからだ。
Anthropicの成功はAIのニーズでどう企業が収益を得るかを明確にしたが、一方で、演算資源への投資が当面続くことも確実なものとした。その結果として、現在のメインメモリーやストレージの不足も、当面続くことになる。














