西田宗千佳のイマトミライ

第349回

アメリカ化するサッカー W杯から見える「テクノロジーによる変化」

現地観戦したアルゼンチン対カーボベルデ戦。延長でアルゼンチンがゴールした瞬間の写真

「2026 FIFAワールドカップ」(以下、W杯)もそろそろ佳境を迎えようとしている。来週20日午前4時には決勝戦が行なわれ、全日程を終了する。残るは4試合だけだ。

今回はありがたいことに、取材などの巡り合わせもあって現地で2試合を観戦できたうえ、W杯運営の舞台裏も見ることができた。詳しくは以下の記事をご参照いただきたい。

この記事でいろいろ書いてはいるのだが、本連載ではまた別の切り口から語ってみたい。

それは「サッカーというスポーツの変化とテクノロジー」についてだ。

アメリカ化・エンタメ化を進めるサッカー

筆者はサッカーファンだ。すべての試合をくまなく観ていると言えるような熱心さはないが、それでもお気に入りのチームはあるし、日本代表戦は欠かさず観てきた。W杯の試合も、全試合リアルタイムとは言わないが、毎回可能な限り観戦している。W杯がアジアで開催されることは少ないので、自然と時差との戦いになるわけだが。

今回のW杯は、よく行く国であるアメリカがメイン開催国ということもあり、幸運な巡り合わせで現地で2試合を観戦することができた。1試合目は6月23日のヨルダン対アルジェリア戦。そして2試合目は7月3日のアルゼンチン対カーボベルデ戦だ(ともにアメリカ時間)。

ヨルダン対アルジェリア戦。リーグ突破がかかった白熱した試合に

どちらも素晴らしい試合だった。特にアルゼンチン対カーボベルデ戦は、W杯の歴史に残る名試合だったと感じている。

アルゼンチン対カーボベルデ戦はまるでアルゼンチンのホームのようだったが、カーボベルデがギリギリまで追い詰めた

放送・配信と現地観戦で30試合くらいは観た計算になるのだが、今年のW杯はいままでと違う、と感じる。良くも悪くもだ。

特に現地で感じたのは「サッカーのアメリカ化」である。試合の前後に盛り上がるのはどの国・どのスタジアムでも同じだが、ショーアップの方向性は、やはり現地アメリカに向けたものだと感じる。

アメリカはW杯開催のタイミングで、毎回のように「サッカーへのクォーター制導入」を主張していた。ご存知のようにサッカーは前・後半制だが、クォーター制にすると、テレビ放送などでCMが入れやすくなるし、途中から見始めた人も入りやすくなる。

ただ、これまでは伝統的にサッカーが持っていた「前・後半」というリズムを崩すことから否定されてきた。

今回そこに「ハイドレーションブレイク」という形で前・後半の間に区切りが設けられた。Jリーグでも飲水タイムは導入されているが、1分程度で、すべての試合が対象ではない。確かに現地(特にマイアミ)は暑く、選手を守るためにも必須のものではあったと思うが、これまで難しかったことを別の切り口から導入したことになる。現地で観戦していると、テレビなどの中継で見る以上にプレーが途切れていて、「実質的クォーター制だな」と感じた。

中継では映っていないと思うが、現地でのハイドレーションブレイク中はスクリーンでスポーツ飲料のCMが流れ、ちょっとしたショーも行なわれる。3分間の中断を完全に「エンタメ化」していた。

ハイドレーションブレイク中のスタジアム。選手だけでなくピッチにも「給水」
ハイドレーションブレイク中にはチアによるショーも。それはサッカーか? という気持ちもあるが……

エンタメ化という意味では、中継映像の変化も興味深い。ピッチ内での試合中の映像はそこまで大きく変化していないが、選手に迫るカメラでは、明確に被写界深度が浅い映像が使われている。要は選手にだけフォーカスし、奥がボケた映像だ。

こうした映像はドラマチックな演出を狙ったもので、最近はスポーツ中継でも増えている。

ただ、日本の中継撮影ではあまり見かけず、アメリカ系の中継で多い。最近の例で言えば「ワールドベースボールクラシック 2026(WBC)」の中継で、日本側(日本テレビ)が東京ドーム内で撮影したものはいつもの映像に近かったが、選手に迫るいくつかのカメラは、明確に被写界深度の選択が違っていた。配信権を取得したNetflixが持ち込んだカメラによるもので、気がついた人もいたのではないだろうか。

サッカーでも「UEFAチャンピオンリーグ」などで導入され、今回のW杯でも同様。F1でも見るようになった。

この種の映像は、映画のような効果を持ち込むために用いられたもの。発祥はアメリカン・フットボールリーグである「NFL」の中継だ。W杯の場合、前回・カタール大会(2022年)でも見かけられたが、今回は特に多い。

観客席を撮影する公式カメラマン。一眼+レンズを持ち、背中に背負った機材でワイヤレス伝送している

また、審判が耳につけた「レフリーカム」での映像も目立つ。こちらは今大会からの本格導入だ。カメラには手ぶれ補正技術は入っておらず、可能な限り軽いものになっている。それを受け取った後にソフトウェア的な処理でブレを補正、視聴者に届けているわけだ。これもまた、テクノロジーの恩恵である。

レフリーカムのブレ防止の効果を説明したビデオ

アメリカという「スポーツエンターテインメント・ビジネス」が盛んな地域でのW杯であるからこそ、「中継に向けたビジネス」を強く志向した形へと変わってきたのだろう……というのが、筆者の見立てだ。

テクノロジーによる「判定変化」の意味とは

そしてもう一つ、今回のW杯の特徴と言えるのが「レフリー・アナウンス」だ。

現在のサッカーでは、ボールに入ったセンサーや、映像を使った「VAR(Video Assistant Referee)」による判定が増えている。結果として、判定が時間を巻き戻して適用されるシーンも増えてきた。

ヨルダン対アルジェリア戦でVARによってゴール判定が行なわれた時のスタジアムのスクリーン

今回のW杯からは、そうした判定の内容について、審判自身が直接語りかけて説明するようになっている。これが「レフリー・アナウンス」だ。

2023年の「FIFA クラブワールドカップ」「FIFA 女子ワールドカップ」で試験導入したのち、今回より正式に競技規則を変更し、導入することになった。

目的は判定の透明化だ。なにが起きたのか、なぜそうした判定をしたのか、といったことを明確にするためだ。VARなどの技術導入はそのためのものだし、導入したのであれば「なぜこの判断が下ったか」を説明する必要がある。

FIFA(国際サッカー連盟)の審判委員会会長であり、国際審判としては伝説的な人物でもあるピエルルイジ・コッリーナ氏は、筆者も参加したマイアミでのグループインタビューの中で次のように答えている。

FIFA・審判委員会会長のピエルルイジ・コッリーナ氏

コッリーナ氏:テクノロジーを導入する目的は、ピッチ上で「正しい判定、事実に基づく判定」を下すことです。

しかし残念ながら、人々は時に、事実よりも、自分たちの「感情的な判定」を優先してしまいがちです。これが、私たちが直面している最大の課題かもしれません。

ファンが抱く最大の誤解は、「テクノロジーを使えば、サッカーにおけるすべての問題に完璧な答えを出せる」と思い込んでいることです。

でも、実際はそうではありません。

他のスポーツ、例えば自転車レースなどであれば、ゴールラインを数ミリ越えたかどうかをテクノロジーで簡単に判定し、答えを出せます。しかし、サッカーは「フィジカルコンタクト」のスポーツです。

ピッチ上で選手同士が「押した」「引っ張った」という行為、あるいは「ハンドの反則が意図的なものであったかどうか」といった主観的な事象は、どんな高度なテクノロジーを使っても判定することはできません。

そこには必ず、人間による解釈が必要になります。

「テクノロジーがあるのだから、すべての疑問に答えを出せるはずだ」という誤解は確かにありますが、それでも私たちは大きな一歩を踏み出しました。過去に何十年も議論を巻き起こし、問題となってきた重要な事実判定の多くを、テクノロジーによって解決できるようになったからです。

例えば、1966年のワールドカップ決勝(イングランド対ドイツ)のゴール判定について、人々は60年経った今でも議論を続けています。

今後はそのようなことは起こり得ません。

私たちは今や、ボールがラインを越えたかどうか、選手が体のどの部分でボールに触れたかといった物理的な事実を、テクノロジーによって100%正確に知ることができるのです。

少し時間がかかったとしても、誤った判定を下すよりは、正しい判定を下す方がはるかに重要です。判定のために1~2分待つ方が、60年間にわたって議論と不満が残り続けるよりはるかに良いはずです。

これは確かに納得できる部分がある。

審判もミスを犯す。VARなどが導入される前には、そのミスも含めて「主審の判断は絶対」とされてきた。それが技術によって変わるなら、審判の役割も変わってくるということなのだろう。

実は「レフリー・アナウンス」も、野球やアメリカン・フットボールのようなアメリカのスポーツではお馴染みの仕組みである。新しい技術を導入して合理性を高めつつ、判定の理由にも透明性を担保する……というのは、いかにもアメリカ的な手法ではある。しかし、スポーツがテクノロジーによる判定を受け入れていくなら、この方向性が正しい。

しかし、コッリーナ氏のいうように「もう議論がなくなる」かというと、そうではないだろう。

7月11日に開催されたイングランド対ノルウェー戦では、イングランドの同点ゴールについて、「ボールが空中を移動するカメラのケーブルに当たって軌道が変わった結果では」という議論が出ている。当たったのであれば、ルールに照らすと試合を止め、そこからドロップボールの後に試合再開となる。

スタジアムの上を動く「スパイダーカム」。写真はサンフランシスコ・ベイエリア・スタジアムのもの

しかし今回は、ボール内のセンサーがぶつかった証拠を示していないことからVARは行なわれていない。

最終的には主審の判断とはいえ、テクノロジーが関与しても「絶対」はない。絶対はないからこそ主審が説明するのだろう。その過程には必ず議論があり、サッカーファンの間で長く語られるものになる。ここは、コッリーナ氏の言う通りにはならないのでは……と思うのだ。

試合数は40年前の2倍。拡大するW杯を支えるテック企業

今回のW杯に技術の影が見えるのは、大会の規模自体が巨大であることと無関係ではない。

今回から、W杯本戦への参加国は48に増えた。結果として試合数は104試合もある。1986年(マラドーナの「神の手」「5人抜き」があった伝説の大会だ)には52試合(参加国24)、2002年日韓大会で64試合(参加国32)だったので、規模拡大は明白だ。しかも今回は、3カ国16都市・4つのタイムゾーンにまたがっている。

次の2030年大会は、W杯開催100周年を記念したものになる。スペイン・ポルトガル・モロッコを中心に、ウルグアイ・アルゼンチン・パラグアイでも記念試合が行なわれる。3大陸6カ国・5タイムゾーンに拡大される予定だ。「参加国をさらに64へ増やす」という話も出ているが、報道を見る限り、今回の「48」で進む可能性が高そうだ。

広大な地域でW杯を展開するということは、それを支えるシステムも巨大になる、ということに他ならない。スタジアム数が増えればスタッフの数は増え、中継の設備も大規模にならざるを得ない。

今回、レノボはW杯の公式テクノロジーパートナーを務めている。単なる広告パートナーではなく、W杯自体を運営するために必要な技術的側面をサポートする役割だ。VARなどの判定技術や通信技術は別の企業(ソニーやベライゾンなど)が担当するが、配信や運営をコントロールする「テクノロジー・コマンドセンター」などの構築と運営、レフリーカム技術などを提供している。

レノボは今回のW杯で公式テクノロジーサポーターを務めている
W杯の舞台裏を支える「テクノロジー・コマンドセンター」(写真提供:FIFA)

システム構築くらい、と思うかもしれないが、今回のW杯では、全部で2万5,000台のデバイスが用意されたという。以前だと、こうした巨大なイベント向けにデバイスを用意すると、そのうち25%が「いつの間にかどこかに消えていた」ということもあるそうだ。

W杯という事業を巨大な「企業」と捉え、デバイス管理・システム管理など、大手企業が使うものを提供する形で構築が行なわれている。技術に関わる人々だけで1,200名から1,300名だそうなので、まさに「W杯という事業」であり「企業」だ。

W杯運営のために、多数のPCを管理する技術も必須になる(写真提供:レノボ)

デバイスを提供したり資金を提供したりできる企業は多いが、システムから技術までをトータルでサポートできるところはそうではない。レノボはFIFAを継続的にサポートしている他、F1でも同じような役割を担っている。

こうした大きなスポーツイベントはマーケティング価値も大きなものだが、それだけではないだろう。巨大なスポーツイベントを共に運営すること自体が、巨大なビジネス的価値を持っているということだ。

ここまで巨大化したW杯は商業的にならざるを得ず、スタジアムに来られない人々に対する中継の価値を高めていく必要がある。巨大化を懸念する声もあるだろうし、どこまでも高付加価値にできるものではない。とはいえ、少なくとも2030年までは規模が拡大傾向であり、いかに「サッカーの価値を変えずに巨大化に対応するのか」という話が課題になってきそうだ。

そこでは良くも悪くも、技術自体も重要なパラメータであるのは間違いない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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