西田宗千佳のイマトミライ

第344回

RTX SparkからAIエージェントデバイスまで マイクロソフトのAI・ハードウェア戦略

RTX Sparkを発表する、NVIDIAのジェンスン・フアンCEO

6月1日、NVIDIAはPC向けの新プロセッサー「RTX Spark」を発表した。

RTX SparkはゲームやAIの動作を前提としたハイエンドプロセッサーであり、NVIDIAとしては13年ぶりに投入する、PCのためのプロセッサーとなる。

6月2日からは台湾・台北市でテクノロジーイベント「COMPUTEX 2026」が開催されており、それに合わせた発表でもある。RTX Spark搭載のPCは秋頃から、複数のPCメーカーを介して発売になる予定だ。

RTX Spark搭載PCを持つフアンCEO

同時に、アメリカ・サンフランシスコでは、マイクロソフトの開発者会議である「BUILD 2026」が行なわれていた。マイクロソフトはここでWindowsの刷新についても発表しており、RTX Sparkもここと大いに関係がある。

サンフランシスコでは「BUILD 2026」が。基調講演はサティア・ナデラCEOが登壇した

ただし、AIとWindows PCの関係は、RTX Sparkの存在だけで語れるわけではない。

今回は、RTX Sparkの狙いと価値、そしてマイクロソフトのAI戦略について考えてみよう。

RTX Sparkとはなにか

RTX Sparkは、CPUコアとしてArm系を使い、GPUにNVIDIAのBlackwell世代のものを組み合わせたSoCだ。

簡単に言えば、アップルの「MacBook Pro」や「Mac Studio」に搭載されているSoCであるMシリーズの「MAX」「Ultra」といったハイエンドSoCの対抗馬である。

CPU・GPUで共有する「ユニファイド・メモリー」構造を採用し、そこに大量の広帯域メモリーを接続する……というやり方は、特に機器内で大規模言語モデル(LLM)を動かす「ローカルLLM」に向いている。

特に現在は、ローカル環境で「エージェンティックAI」を動かすニーズが拡大している。

AIではLLM自体の処理のため、容量の大きなメモリーをGPUから使うことが求められる。同時にエージェンティックAIでは、CPU側の処理性能と利用可能なメモリー量も重要になる。AIに処理を割り振って目的を達成するための指示役となる「オーケストレーション」層で、CPUの価値が高いためだ。

本連載の中でも何度か述べてきたが、クラウドの側もエージェンティックAI向けに、GPUだけでなくCPUも含めた投資を拡大している。

クラウドでのエージェンティックAI利用にはコストがかかり、自由度も低くなりやすい。一方で、AI処理まですべてローカルで行なうこと、処理をできる限り速く快適なものにするには、相応に性能の高いプロセッサーが必要になる。

マイクロソフトは、PCにおける性能・コスト・発熱・デザインのあり方を変えようとしてきた。その1つの取り組みが、CPUコアの選択肢として、x86だけでなくArm系を推すという動きだ。

特に個人向け市場については、自社ブランドのPCである「Surface」シリーズで、x86系ではなくArmを主軸にする展開を続けている。2024年に行なった担当者インタビューでは、明確に「Appleシリコン以降のMacとの競合」を重視していた。

今もPCとしては、x86とArm系の双方が展開されている。だが、従来からある「x86系CPU+ディスクリートGPU」というデスクトップ中心のソリューションだけでなく、小型PCやノートPCなどでも対応可能なものを求めていた……ということなのだろう。

マイクロソフトもRTX Spark搭載製品として「Surface Laptop Ultra」の発売が予定されているし、他のメーカーからは、ミニPCに近い製品も出てくる。

ミニPCタイプの製品も予定されている
マイクロソフトはSurfaceブランドの「Surface Laptop Ultra」も準備中

RTX Sparkは「再定義」ではなく「選択肢拡大」

他方で、RTX Sparkが「PCとAIの世界を変える劇的な存在か」というと、「確かに重要な存在だが、今までにないほど劇的なもの」というわけではない、と筆者は考えている。「AIを再定義する」というような表現は、ちょっと過大なものだ。

理由は複数ある。

1つは、すでにRTX Sparkに近いものは存在している、ということだ。RTX Sparkは、NVIDIAが昨年発表した「DGX Spark」のWindows版に近い。性能もかなり類似しているし、ミニPC的なサイズであることも同じだ。

中央にあるのがDGX Spark

DGX SparkはUbuntu(Linux)をベースにしたOSで動いており、いわゆるPCとしてではなく、「AIを動かすための専用コンピュータ」という趣だった。AI専用に使いたい人にとってはこれでいいが、一般向けとは言い難い製品だ。

RTX SparkはDGX Sparkの設計を応用し、Windowsへの対応を進めたものと言える。ゲームなどでも使えるのは大きな違いだ。

ただ逆にいえば、RTX Spark搭載製品は高価になる、というのも間違いないことだ。

DGX Sparkは70万円から90万円で売られている。128GBのメモリーを搭載したRTX SparkベースのPCも、それに近い価格になるだろう。

エージェンティックAIをすぐに使いたいなら、DGX SparkやMacなど、複数の選択肢がすでにある。それこそ、x86系プロセッサー+VRAMを大量に搭載したGPUという組み合わせでもいい。RTX SparkベースのPCでしかできないことがあるわけではない、と考えていい。そこにさらに選択肢が加わるという話は大きいのだが。

また、かなり高価なPCになるということは、誰もが買うような製品ではないということでもある。

ローカルLLM+エージェンティックAIは魅力的だが、より安価なPCでも快適に動かないと厳しい。ユニファイドメモリー16GBで動作するローカルLLMモデルも増え、一般的なPCでの実用性も上がってはいるが、大半の人にとっては「エージェンティックAIはクラウドで動くもの」になる。どのAIプラットフォーマーも、そのことはよくわかった上でビジネスをしている。

だからこそ、低価格なPCも重要だ。アップルのMacBook Neoが成功したのは、単純に安いからではなく「質感がよく、性能的にもそこまで悪くない」からだ。AIについても「クラウドで使う側」に回るなら、工夫は不要だし不満も感じないだろう。

今回のCOMPUTEXでは、Qualcommが発表した低価格PC向けプロセッサーである「Snapdragon C」搭載のPCも展示されていたという。300ドル(約48,000円)以下をターゲットとしている。

またDell Technologiesは、もっとも安価なモデルで599ドルとなる「XPS 13」シリーズを発表している。こちらはインテルのx86系プロセッサーを採用した製品で、もっとも安価モデルなだとメモリーは8GBから32GBとなる。

MacBook Neo対抗、と言われるが、どちらかといえば「MacBook Air対抗のモデルに対し、MacBook Neoクラスの価格に対応できるモデルを追加した」製品に思える。

PC市場はメモリーとストレージ高騰の煽りを受け、特に2026年は厳しい結果になるのではと見られている。

その中で、単価を上げるハイエンドモデルと低価格モデルの両方が出てくるのは、ある意味で状況を反映したものと言える。

特に低価格モデルについては、Windowsでもメモリー8GBの製品が復活しつつある。正直あまりお勧めはしたくないが、Windows 11の最適化が進むことを期待したい。

エージェンティックAI向けにWindowsも改良

マイクロソフトはWindows 11の改修を進めている。その中には、メモリーが少ない環境でのパフォーマンスの改善やエージェンティックAI動作の重視などが含まれている。RTX Spark向けのWindowsもテストが進められている状況だ。

特にエージェンティックAIへの最適化については、オープンな自律型AIエージェントとして人気が高い「OpenClaw」への対応も進む。

BUILD 2026には、OpenClawのオリジナル開発者であるピーター・シュタインベルガー氏も登壇、Windowsへの対応強化をアピールした。RTX Sparkの存在も、OpenClawの人気と切り離して考えるのは難しい。

OpenClawのオリジナル開発者であるピーター・シュタインベルガー氏

また、企業内でも安全に動作させられる基盤を整えたのが大きい。OpenClawをベースに、マイクロソフトのサービス群と連携して使いやすいエージェンティックAIである「Microsoft Scout」も発表している。企業内でのエージェンティックAI利用の中核となる技術だ。

エージェンティックAIである「Microsoft Scout」も発表

マイクロソフトの戦略として、今年は明確にOpenAIへの依存度が低くなったのが面白い。クラウドのサービス事業者として、OpenAIやAnthropicなど、フロンティアAIを提供する企業との連携が増えるのは当然なのだが、過去のOpenAI一本足打法とは完全に異なる状況になっている。

特に注目したいのは、マイクロソフトの独自フロンティアAIモデルである「MAI」シリーズだ。MAIはマイクロソフトが、他社モデルの回答を真似て学ぶ「蒸留」を一切していないことを公言している。MAIを基盤にしていくことで、他社に依存しないAI環境を作っていく。

独自開発のフロンティアAIである「MAI」シリーズ

同時に、PCなどの中だけで処理を完結する場合の小型モデルである「Aion 1.0」シリーズも発表した。これは、クラウド上のエージェンティックAIに依存しないことで、コストや秘匿性を上げていく上で重要な存在になる。低い性能のGPUやNPU、CPUなどでの処理を念頭にした、新しい小型モデルだ。

Windows 11上でのAI利用も、今後はクラウドだけでなく、Aionをベースにしたものに変わっていくのだろう。以下の記事では翻訳に注目して説明されているが、Aionシリーズ自体にはもっと広い可能性がある。

この辺を見ても、マイクロソフトが「他のトレンドセッターに依存せず、自社OSと自社クラウドの中でいかにAIの価値を高めるか、という戦略が存在することが見えてくる。

Project SolaraではQualcommやMediaTekとも連携

今回のBUILDでは、エージェンティックAIの動作を前提としたハードウェア開発プロジェクトである「Project Solara」も公開された。

エージェンティックAIの動作を前提としたハードウェア開発プロジェクトである「Project Solara」

スマホのように小型で5Gにも接続する「社員証的なカードデバイス」やAmazonの「Echo Show」にも似たデスクトップ製品のデモのほか、スマートグラスやレジスターのような姿も見える。

多様な形のデバイスを想定

これらはコンシューマ機器というよりも、企業の中で使われる業務用機器を想定したプロジェクトだ。簡単に開発して導入できる「ターンキーソリューション」(鍵を回すようにすぐに使える、という意味)である、と強調されている。

様々な業務向け機器を想定しており、コンシューマ向けではない

Project SolaraはマイクロソフトのAzure上で動くMicrosoft 365やAIソリューションと連動するのが前提。だが、OSのコアはオープンソース版のAndroidである「AOSP(Android Open Source Project)」ベースであり、プロセッサーパートナーはQualcommやMediaTekである。つまり、Arm系+Androidをベースとした開発基盤を軸に、マイクロソフトのクラウド+AIという形で作られる。

パートナーとして、Qualcommのクリスティアーノ・アモンCEOとのビデオも

こうした通信+低コストのジャンルではQualcommやMediaTekと組み、一般的なPCではインテル・AMDとの関係を維持しつつQualcommとの関係を拡大、ハイエンドではNVIDIAとの関係も強化する。

PC、そしてマイクロソフトの関わるエコシステムの巨大さゆえに、ハードウェアパートナーはかなり幅広いものになっているわけだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41