石野純也のモバイル通信SE

第76回

なぜケータイキャリアは「鉄塔」を集約するのか 「JTOWER」と競争変化

インフラシェアリング最大手のJTOWERは、5年で1,000億円規模の投資をしていく方針を明かした

インフラシェアリングやタワーシェアリングを手がけるJTOWERは、6月6日に、向こう5年で1,000億円の投資を行なうことを発表した。ビル内などの屋内設備に加えて、ドコモやNTT東西から取得した鉄塔を活用したシェアリングも広げていく方針だ。

同日には、ドコモなどから取得した鉄塔の1つで、初めて4キャリアが相乗りしたことも明かされている。

同社の鉄塔に4キャリアが相乗りする基地局が、沖縄県に開設された

インフラシェアリングとはなにか

インフラシェアリングとは、複数のキャリアが基地局などの設備を相互活用することを指す。JTOWERの場合、同社の設備を使ってドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルがそれぞれ基地局を設置する。

現状では、建物内の場合、JTOWERのアンテナと共用装置を介し、その先に各キャリアの信号処理を行なう装置を装着することでシェアリングを行なっている。

屋内では先行してインフラシェアリングが進んでいる

これだと、ビルの屋内など中までキャリアがエリア設計する必要なくなり、効率がいい。モバイルネットワークのエリアが必要なビルのオーナーにとっても、4キャリアが別々に工事をするのを避けられるメリットがある。JTOWERでは、こうした屋内設備を680件手がけており、設備をいくつのキャリアでシェアしているかの平均値を示す「テナンシーレシオ」も3に届いている。

屋内設備では、JTOWERの設備を使うキャリアが平均で3社を超えている状況だ

また、JTOWERは20年に屋外のタワーシェアリングに本格参入しており、その際に、ドコモやNTT東西から計7,232本の基地局用鉄塔を取得している。新設のものと合わせて、現在同社が運用している鉄塔は7,362本にのぼる。

ドコモ以外の他キャリアが利用を開始して、シェアリングが始まったのは24年10月。複数キャリアでの利用も「徐々に進んできている」(JTOWER 代表取締役社長 田中敦史氏)という。

ドコモおよびNTT東西から鉄塔を買い取り、インフラシェアリングの運用を行なっている。その数は新規建設と合わせて7,362本におよぶ

エリアから経済圏への競争シフトにより加速

海外で先行していたインフラシェアリングだが、日本では、浸透が遅れていたのも事実だ。大手キャリアが自前で設備を引き、人口カバー率などのエリアが競争軸になっていたためだ。

一方で、JTOWERの田中氏によると、「キャリアの競争領域がネットワーク競争から経済圏競争に大きくシフトした」ことで、インフラシェアリングに対する考え方が変わってきているという。「ネットワークはより効率的にしたいというのが、今のトレンド」だ。

キャリアの競争軸が経済圏に変わり、インフラシェアリングに対する潮目が変わったと話す田中氏

実際、先進国でも、大手キャリアが自身の設備をインフラシェアリング事業者に譲り渡す動きは進んでいるという。JTOWERを傘下に収めた投資ファンドDigitalBridgeのアジア太平洋地域担当マネージングディレクターでJTOWERの社外取締役を務めるウィルソン・チュン氏は、米VerizonがDigitalBridge傘下のverticalbridgeに6,329本のタワーを売却した事例を紹介。DigitalBridgeは、独ドイツテレコムが設立したGD Towerの株式も51%を取得している。

米国やドイツでも、大手キャリアが鉄塔を売却する動きが進んでいるという

ドコモが鉄塔を売却したのも、こうした流れの1つと位置づけることができる。自身で鉄塔を持ち続けるより、JTOWERのようなシェアリング事業者に売却し、そこから設備を借りた方が財務的にも資産が軽くなるメリットがある。他社にエリアで並ばれてしまうおそれはあるが、すでに大手3社の人口カバー率は99.9%を超えているため、デメリットにはなりにくい。

料金値下げからの市場変化 JTOWERの強み

日本で風向きが変わった理由について、チュン氏は「楽天モバイルの参入や5G投資」を挙げつつ、「顧客への料金を下げろという圧力がかかり、キャッシュフローが下がってきた」ことを指摘する。料金値下げによってインフラ投資を抑えざるをえなくなったことや、新規参入事業者が増えたことによって、インフラシェアリングへのニーズが高まり始めたというわけだ。

JTOWERを買収したDigitalBridgeのチュン氏。JTOWERにも社外取締役として参画している

DigitalBridgeがJTOWER株を取得したのは、日本でインフラシェアリング事業が伸びると踏んだからにほかならない。JTOWER創業時の「13年前と比べると、インフラシェアリングの位置づけや求められる役割が大きく変わってきた」(田中氏)と言えるだろう。

日本でも、ここ数年でインフラシェアリングを手がける事業者の新規参入も相次いでいる。21年には住友商事と東急の合弁会社としてSharing Designが設立。22年には、三菱地所がインフラシェアリングへの参入を発表している。東日本旅客鉄道(JR東日本)も、駅構内や駅間のインフラシェアリングを実施することを23年に表明。鉄道沿線の5Gエリアの整備を進めている。

競合は増えているが、JTOWERはどう戦っていくのか。同社の特徴、ドコモやNTT東西から引き取った鉄塔を持っていることに加え、共用のための装置を自社で開発しているところにある。冒頭で挙げた発表の際には、合わせてOpen RAN対応の5G共用無線機を発表している。基地局には、RU(Radio Unit)と呼ばれるアンテナを制御する機器が用いられており、信号の変換を行なう。従来のシェアリングでは、このRUはキャリアが用意しなければならなかった。

JTOWERが新規開発したシェアリング装置。アンテナを制御するRUも搭載しており、Open RANのインターフェイスで各社の装置につなげることができる

そのため、屋内に基地局を設置する場合、最大4キャリアのRUを接続する必要があり、スペースが必要なうえ、消費電力も上がっていた。このUR部分を共用機に統合し、複数ベンダーの装置を接続可能にするOpen RANに対応することで、1台での4キャリアのRUをまかなえるようになる。シェアリングする範囲をより広げていくための装置と言えるだろう。早い時期から大手キャリアとシェアリングを行なってきたこともあり、キャリア品質を満たす装置開発ができるのがJTOWERの強みと言えるだろう。

鉄塔の買収によって、売上高も24年度には158億円まで拡大した。一方で、鉄塔の減価償却や固定資産税などの増加で営業費用がかさみ、利益面では赤字が続いている。先に挙げたDigitalBridgeの買収によって上場を廃止したのも、先行投資を加速させるためだ。田中氏は「非公開化した大きな理由は、事業を成長させるために大きく投資したいから」と語っているが、冒頭で挙げた1,000億円の投資もその一環になる。

安定して伸びている屋内シェアリングに加え、複数キャリアが相乗りした鉄塔をどう伸ばしていくかが今後の行方を左右しそうだ。

鉄塔の運用が始まったことで売上高は大きく伸びた。鉄塔はドコモからの売上げが中心のため、他キャリアにどう広げていくかが課題になる
石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya