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メタバースと半導体。ハードが無いとサービスで勝てない? 2021年を振り返る(2)

2021年も残すところわずか。連載「西田宗千佳のイマトミライ」の西田氏と「鈴木淳也のPay Attention」の鈴木J氏を迎え、携帯電話や決済、ビッグテックなど、2021年にホットだった話題を振り返りながら、2022年に起こることを前・後編に分けて考察します。

後編はメタバースやビッグテックとハードウェア、2022年の注目トピックなどについての話題をお伝えします(聞き手:Impress Watch 臼田勤哉 執筆:甲斐祐樹)。

西田宗千佳氏(左)、鈴木淳也氏(右)

前編:携帯料金値下げの功罪とカードの復権

対談は12月14日に実施。24日時点の情報に基づき追記しています。

メタバースは「ようやく形になった」。ビジネスの本格化は5年後?

--2021年はいわゆるGAFA、ビッグテックもさまざまなトピックがありました。一番思い出しやすい話題としてはFacebookがMetaに社名変更しましたが、メタバースについては西田さんいかがでしょうか。

Facebookの新社名は「Meta」。メタバース実現へ

西田:最近「メタバースとはどういうものか」という取材依頼が多くて、そのくらい注目されているのだと感じますが、実際に何かが変わったわけでもないので、あまり騒ぐのもどうなのかな、と思っています。メタバースは来年も変わらないのかな、というのが正直なところですね。

メタバースそのものは1960年代から続く概念ですが、それがようやく形になってきたように見えるレベルで、理想のメタバースになるのは2030年以降ではないかと思います。

今のメタバースは1995年頃のインターネットみたいなもので、ようやくWebができてここでビジネスができることがわかったという段階。メタバースも同じで、人がコミュニケーションして仮想空間で暮らす世界ができて、これがうまくつながることで大きなビジネスチャンスが待っていることはわかった。

ただ、1995年のインターネットというと極論すればホワイトハウスとNASAくらいだったのが、それから5年くらいでAmazonが登場してECサイトが立ち上がるなど、ある程度これはビジネスになるということがわかる時期がきた。メタバースも同じような感覚で、5年あればある程度ビジネスになることがわかる時期が来る。

さらに10年後はインターネットでいうネットバブル崩壊の頃で、その頃にはきちんとビジネスが成立していて、普通の人もメタバースを使い始めている時期になっているのだと思います。

今の段階でメタバースで何ができるかというと、ゲームだったり人と話せたり会議ができたり、そういう1つ1つができているに過ぎない。その1つ1つは重要だけれどつながってはいないんですね。それらがつながって情報や商圏が移っていく、決済して物を渡す、ということができるようになると「メタ」、上位概念としての世界になるのでしょう。

Horizon Workrooms

なぜFacebook(Meta)がメタバースをやろうとしたかというと、SNSは文字ベースのメタバースなんですね。だから空間ベースのメタバースを作るならばやらなければいけないことはわかっていて、それには時間がかかる。だからまずは走りだそうという時に、会社名を変更する必要はないんだけど、Facebookの評判が欧米で悪いので、名前も変えて新しい方向に行きます、ということになったのかと邪推しています。

--Metaへの社名変更以降、急にメタバースが世を賑わせるようになりました。

西田:何か新しいことがあったわけではないんですよね。それは今までも起きていたことで、キャッシュレス決済もPayPayのような象徴的なサービスが登場すると、今までは気にしなかった人が目にして注目するようになる。

メタバースもVRの頃から変わってはいなくて、VR界隈の人たちは「世の中を変える技術だ」と以前から盛り上がっていたけれど、そうじゃない人にもFacebookがやっているなら大きなビジネスになるだろう、という認識が生まれてきた。そうやって話題になることで山師的な人も出てきたりしていて、そこは問題だと思いますが、メタバースが注目されるためには何か象徴的な存在が必要だったんだろうと思います。

大きなトピックの無かったVRハードウェア。Appleの動きに注目

--そういえば、VRのハードウェア面ではあまり大きなトピックがありませんでした。

西田:VIVE Flowが発表されましたが、あれはメタバース向けではなくてリラクゼーションデバイスなんですよね。ああいうデバイスがメタバースにあればいいなと思いますが。

メガネ型の「VIVE Flow」

2022年のVR関連ハードウェアでは、次世代のPS VRがあるかどうかでしょうか。Oculus Questの次モデルは2022年発表、2023年発売、といったところでしょうか。

--この数年来、メタバースは新ハードウェアがでると注目されるという感じでしたが、今はその状況から独り立ちしたようにも見えます。

西田:これは難しい問題で、確かに話題としては独り立ちした感がありますが、結局3Dグラスを装着して空間でメタバースを見るならデバイスの進化が必要なんですよね。今のOculus Quest 2は楽しいけれどまだまだ重くて装着は辛い。メタバースとハードは、鶏が先か卵が先か論でいえばハードが先、というのはこれからも変わらないと思います。

PCとインターネット回線とサービス、どれが先なのかと言えばPCと回線が先、というのと一緒で、メタバースもデバイスが先である必要がある。そういう意味で大きな変化は2年ぐらい先で、逆に言えばサービスを作るにはハードがなくても構想はできるし投資できるので、そこが切り離されているのではないでしょうか。

--Facebookが社名をMetaに変更したことで、メタバースがMetaのもののように捉えられていますが、他の企業もさまざまなアプローチをしています。大手ビッグテックで注目に値する企業はありますか?

西田:Appleがどうするのかでしょうか。AppleがARかVRかわからないけど何か作っているのは公然の秘密で、Appleがやれば大きな影響を与えるのは間違いない。スマートウォッチもApple Watchが出たことで「スマートウォッチとはああいうもの」になった。そういう力業が割とできる会社です。

一方、Facebookの社名変更は「(メタという)一般名詞をつけるなよ」というのが本音なんですが、Meta社は「メタバースを構成する重要な要素はインターオペラビリティ(総合接続性)だ」と言っているんですね。これは今まで囲い込み戦略だったFacebookにはあり得ない話で、仮にMeta社が一番大きな存在になっても、相互接続性が最初から概念としてあるのは大きい。

鈴木:OculusもFacebookアカウントじゃないとログインできないのが問題ですよね。

西田:それも2022年にはなくなると言われていますね。一方でVRハードウェアは台湾や深センからいろんなベンチャーが登場して業界をリードしていたが、今やハードだけではドライブできないのが明確になってきました。

これはMP3プレーヤーと一緒で、当初は音楽配信機能を持たないシンプルなものを中国メーカーが売っていたけれど、最終的にはサービスと連携したものになってきている。これと同じことがVRでも起きていて、サービスが一緒になったヘッドマウントディスプレイでないといよいよ残れない時代になってきた。結局はハードを手がけている会社が強くて、だからMicrosoftもAppleもMetaもハードを持っている。

--ハードウェアを持たないとサービスを構築できない時代になってきた。

西田:それがスマートフォンから得た教訓ですね。ハードウェアの開発部隊がいて、独自のチップを作れてAIや大規模サービスの開発能力がある、それがビッグテックのコンポーネントになっていて、どの会社も共通している。ビックテックではないけれど、企業の規模的にハードウェアを持っていないのはNetflixくらいではないでしょうか。

MicrosoftのSurfaceシリーズ

新SurfaceシリーズとWindows 11世代のPC

鈴木:Amazonだけが、どこを目指しているのかわかりにくい部分はあります。

西田:Amazonはやっていることが違っていて、自分のサービスを快適にするためにハードを提供している。AlexaというAI技術は先進的だけれど、Alexaを搭載したEchoは先進的ではない。ハードで金が取れないのはわかっているからハードで儲ける気がさらさらなくて、それは見ているものが違うんですね。

ロボット・見守り・健康・Echo Show 15。新しいAmazonデバイス

半導体の独自設計に踏み出すビッグテック。中国はどう動くか

--ハードウェアといえば、大手が半導体を独自設計するというのも今年のトピックでした。Googleも自社チップなどをPixelシリーズに搭載してきました。

西田:トレンドでしょうね。QualcommやIntelやAMDに依存し続けると個性のあるハードが作りにくい。それが比較的規模が小さいハードでも感じるようになってきました。

Pixel 6シリーズに搭載している「Google Tensor」

鈴木:ただ、そこに乗るとサイクルが短くなるというメリットもあります。QualcommのQRD(クアルコム・リファレンス・デザイン)というのがあるが、あれだとQualcommがチップを出荷するのと同時に製品を投入できる。それに比べて自社設計はどうしてもスピードが遅くなります。

自社開発は好きな機能をつけられるけれど何年か先を見据える必要があって、それには企業にも体力と設計能力がいる。そうではない会社は(他社のチップに)乗るしかない。ビジネスモデルが逆なんですよね。

西田:OPPOがどうなるかは分水嶺ですね。スマートフォンとして数は出しているが、長期的にそこまで大きい会社なのかなと思われてました。しかし、イメージングですがチップを独自開発してきた。独自開発に踏み切らずサイクルするモデルと、数がある程度取れたからチャレンジするメーカーとの敷居がそこにあるのかなと思います。

OPPO、6nmのイメージングNPU「MariSilicon X」

鈴木:シャオミみたいにスピード優先の企業もあります。OPPOはハイエンドモデルも出していてAppleに近づきつつあるので、そういう冒険をしてみよう、というのも当然あるかもしれません。

--ファーウェイは米国の規制によって各国で苦戦しています。

西田:その間隙を縫ったのがOPPOでした。ファーウェイが元気で5Gのフラッグシップモデルをバンバン出していたら、OPPOもそこまで攻めていないでしょう。

ではアメリカやヨーロッパ、日本でこれから中国メーカーが本当にスマートフォンを売っていけるかというと、低価格のバリューゾーンはあるけれどハイエンドは伸ばしにくいのではないでしょうか。

鈴木:OPPOが売れているといっても数としてはAppleには全然届かない。彼らのメインは中国とアジアです。

西田:日本でも中国メーカーは携帯電話キャリアに売り込みたいでしょうが、ちょっと前まではまだ目があったものの今はメインストリームのトップに立てるかというと厳しい。MVNOやオープンマーケットのスマートフォンをいかに押えるかという世界に入ってきた。国別に戦略が変わってきた。

鈴木:キャリアに一度扱ってもらっても次のシリーズから扱われないこともあります。Pixelがそうですね。一方でバルミューダはそこそこ売れている。

西田:製品の販売数がある程度決まっていればビジネスとしてはそこそこ損はしない。

鈴木:ビジネスモデルの勝利ですね。

BALMUDA Phone

バルミューダの「BALMUDA Phone」はどんなスマホ?

地味ながらモダン化が進んだWindows 11

--今年を象徴するといえば、Windows 11が登場しました。何か変化を感じましたか?

西田:「UIが変わりました」という感じですね。Windows 11にブランドの名前を変えなければいけなかったのかはともかくとして、ポートリプリケータで外部ディスプレイをつなぐと設定を覚えていたり、高解像度の環境で安定表示が安定したりと、モダン化は進んでいます。

ゲームのために高速化といった要素はありますが、普通のビジネスPCの人にはほとんど変化がない。モダンなマシンで周辺機器を接続していたり、GPUを使っている人ほど変化を受けやすいOSだと思います。

「じっくり世代交代」していくWindows 11

鈴木:地味だけどTPMやセキュリティチップインサイドなど、セキュリティも向上していますね。世代を少しずつ変えてモダン化が進んでいますが、でも表に出る話ではない。

Windows 11で必須になった「TPM 2.0」って何?

西田:Android対応がリリースされていれば少しは違ったかもしれませんが、それがあったとしても凄い便利かといわれるとそこまでではない。どちらかと言えば、Google PlayがWindows上でGoogle Playのゲームを展開するほうがゲーマーにとってはインパクトが大きいですね。それはマイクロソフトがAndroid対応するのを知っての後出しだとは思いますが。

マイクロソフトとしても自分のストアに乗らないのは腹が立つかもしれないけど、Windowsの上で動いてくれればいいと割り切っている。

鈴木:マイクロソフトはストアのマネタイズを諦めていますよね。

ZホールディングスとLINEの統合はまだ整理の段階

--日本のビッグテックでいうとZホールディングスとLINEの統合がありますが、その後騒がれたのは個人情報管理の問題でした。この統合はいったい何だったのでしょう。

ヤフー×LINE統合は「GAFA対抗」ではない。新生ZHDが変えること

LINEの情報管理問題が示した課題。LINE“だけ”に頼るDXで良いのか

西田:統合で本当はもっと積極的な営業展開をしたかったのだと思いますが、営業の基盤となるLINEが思ったより大変で、一度精査しないと積極的なことが何もできないのだ、という理解をしています。

個人情報の問題については、情報を売ろうとしていたわけではなくて、ただチェックをしていないだけというガバナンスの問題ですが、そこに国の対立や差別といった問題が紐付きすぎています。

話が若干脱線しますが、LINEの個人情報流出に関する最終報告書の中で、LINEが韓国製であることを隠そうとした結果この流れになったのでは、という指摘がありました。それは一理あって、そうやって韓国製であることを隠すような言い方をしないと日本市場で強いアレルギーがでるくらい、感情の悪化が存在していた。そしてそこに手をつけられないまま日本最大のIT企業になってしまって、その問題に直面することになったのが今年、ということでしょう。

今は社内の精査をして、ガバナンス整理が終わってほとぼりがさめたら、本格的に中小のDXなどに手を出していくのでは、と思います。

「経済安全保障へ配慮できず」 LINEの情報アクセス問題で最終報告

--これから日本のテック界を動かしていくという期待に対して、謝罪が続いてしまいました。

西田:統合してもすぐにできることは少ないですよね。

鈴木:LINE Bankも控えていますがそれは来年以降の話で、LINEの隠し球が出る前に不祥事ばかり明るみに出てしまった。経営統合によってLINE PayもPayPayに統合されてサービスの存在感が消えてしまい、マイナスイメージが続いた印象があります。

--Zホールディングス(ヤフー)とLINEは対等、と言いながら実際には吸収のようにも見えます。

西田:LINEのビジネスで強いのはコンシューマで、それをZホールディングスの中で活かそうとすると、コンテンツもカニバっているし、メッセージングも法人向けではカニバっている。短期的な統合のメリットを見せなければいけなかったのに、不祥事の結果アピールができなくなってしまい、「体制が変わってこういうことをやりたい」というのが言いたげだったけど実際にはやれなかった。

僕自身が期待していたのは、日本のSMB(小規模ビジネス)をオンライン化して価値を高めようとしていたところで、それが今年の後半から来年にかけて起こると思っていたけど動けなくなったのかな。

--Yahoo!ショッピングにLINEの公式アカウントを持たせて、出店者が店のLINE公式アカウントからメッセージやキャンペーンを送ったり、という施策がようやく出てきていますね。ヤフーだけではできなかった、LINEを使ったソーシャルコマース的な施策が進んでいるようですが、まだ大きなインパクトには見えないですね。

LINEギフト、セブンや一休などに拡大。「ソーシャルギフトをカルチャーに」

西田:やはりペイメントと結びつかないと価値が出ないですよね。

鈴木:ZホールディングスもLINEも個別で尖ったものはあって、まとまらなければいけないのにバラバラに動いている。SMBをDX化するという話もありますが、最近ではフードデリバリー事業からDX化が進むという事例もあって、いろんなところからDX化、IT化できることがわかってきた。LINEとヤフーが統合してできるところからSMBのDX化をやっていこうとしている間に、いろんなところから侵入されていて、強みを生かせないまま個別撃破でやられてしまう可能性もある。それが見えてきたのが今年のトレンドだと思います。

西田:ZホールディングスとLINEが統合という話が出た2019年頃は、フードデリバリーといっても出前館がありますね、くらいだったのが、コロナ禍の影響でフードデリバリーはいろんなことができるなというのが見え始めてきて、SMBを支えるインフラの条件がこの2年くらいで変わってきた。そこにZホールディングスが従前から対応できていたかというとそうではなかった。

鈴木:フードデリバリーからのDXはいろんなところが狙っていますね。一方で、出前館はDXの部分ができていないのにそのまま拡大してしまった。本来やらなければいけないところをやれないまま、人力で強化していて、IT化したいのにできていない。ビジネスが単体で浮いている印象ですね。

2つ折りはスマートフォンの新しいトレンド。課題は価格

--今年買った物で印象的なものはありますか。

西田:パカパカ(Galaxy Z Fold 3)ですね。自分で購入して勉強になりました。とても使いやすいとは思いますが、画面の縦横比はこれじゃないな、というのは長く使ってみて結果的に思いました。

Galaxy Z Fold 3

Galaxy Z Fold 3は折った時に細長いのですが、広げて2ページで使うときに、1ページが縦に細いと使いにくい。開いたときに紙に近い、見開きで白銀比(1:√2)になっていると使いやすくて、横にするとその画面比なのですが、Galaxy Z Fold 3はあくまで電話として使うことを想定しているのでしょう。

広い画面は使いやすいし、折りたたんで持てると落としにくいし、折りたたみが悪いということではないのですが、好みの問題として縦横比が違うな、という感想です。

--なぜ折りたたみのスマートフォンが出てきているのでしょうか。

西田:2つの理由があって、1つはスマートフォンの差別化ですね。サムスンはサムスンディスプレイというディスプレイメーカーを持っているので、そこで差別化ができる。ディスプレイを折りたたみできる技術を持っているのは2、3社程度ですから。

もう1つは、ハイエンドのスマートフォンには何かギミックが必要ですが、そのギミックとしてカメラではもう差別化ができないというか、カメラでの差別化は方向性がわかっている一方で、差別化の方向性がまだ見えていないのが2つ折りということでしょう。

一方で、2つ折りは開発難易度が上がるので、サムスンのような力業でないと作れない。結果として2つ折りを出したのがサムスンとマイクロソフトだけです(対談の収録の翌日、OPPOも2つ折りの「Find N」を発表)。

2022年、加速する「二つ折り」スマホの市場

サムスンががんばっているので目立っていますが、それにしても24万円は高すぎますね。これも2年間使うと半額で買い取ってくれるという携帯電話キャリアの施策があるから買えましたが、やはり20万円台はちょっと購入を考えてしまう金額です。これが十数万円台になってくると買えるのですが。

日本語の書き起こしが話題のPixel 6

--鈴木さんはいかがですか。

鈴木:Pixel 6 Proですね。カメラ性能は圧倒的で言うこと無しです。翻訳機能は遊びですが、レコーディングと撮影を1台でこなせるので取材で活用しています。

Pixel 6 Pro

西田:Pixel 6は書き起こしも注目です。最近、取材はPixelで録音して書き起こしを使うようになりました。

--書き起こしがこの2年くらいで進化しました。特に日本語の性能が上がっています。

西田:日本語の認識率そのものはそこまで変わっていなくて、一番進化したのはノイズ耐性や声の大きさの違いをきちんと集約してくれるところ。昔はきれいな音声でないと書き起こしの結果はボロボロでしたが、Pixel 6はざわざわした発表会でもなんとかしてくれる。そこは技術が進んだと思いますね。

鈴木:昔から西田さんはマイクロソフトの書き起こしとかを使っていましたね。

西田:マイクロソフトの書き起こしはよくできているのですがノイズ耐性が低かった。いま日本語で一番いいのはGoogleですが、欠点は話している人を切り分けられなくて1つのしゃべりになってしまうところ。なので1つのインタビューが終わった後にチェックすると話の切れ目がわからなくて、それが認識の精度を下げていたりする。

Pixel 6 Proのレコーダー

「日本語音声自動文字起こし」が実用的 Pixel 6とGroup Transcribeを比較

--Googleの書き起こしはテクノロジーとかにさほど興味がない人でも、見せると驚かれますね。

西田:英語の精度はGoogleも上がっているのですが、話者を分割してくれるという部分ではOtterがいい。日本語でPixel 6がいいのは録音とテキストが同期していることで、後からテキストで検索して何を話していたかが聴ける。

書き起こしはテクノロジーを追いかけていた人には普通かもしれませんが、そうではない人にはインパクトのある技術だと思います。だけどGoogleもPixel 6の書き起こしがこんなに一般の人にインパクトがあるとは思っていなかったでしょう。

大きな変化が無い一方で囲い込みが進んだiPhone

鈴木:一方でiPhoneがピンと来ませんでした。

西田:よくはなっているけど継続進化の中の1つですね。去年は5G対応やデザインリニューアルもあってわかりやすかったのですが。今年のiPhoneで一番よくできているのが、シネマティックモード(ビデオを撮影し、後からフォーカス送りを加えて、映画のように仕上げられる機能)ですが、それも映像を知っている人じゃないとわからない。

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ただそれはAppleもわかっていて、iPhoneは隔年で買っていくもの、という位置付けにしたいのでしょう。今年の変化として、買い方についてはハイスペックモデルをキャリアから分割で買うようになって、Appleも下取り前提の販売方法になってきた。ハイエンドを2年周期で買ってね、そのときはうちから買ってね、という囲い込みが進んでいます。

ただ、この囲い込みの本質は本体回収にあって、リサイクル率を上げてパーツのコストを下げる、という意味もあると思います。これは自動車にも似ていて、中古の自動車はそのまま販売されることもあるし、パーツとして再利用されることもある。スマートフォンはそれが2~3年で起きていて、これはPCではできなかったビジネスモデルですね。

PCは高くてなかなか買い換えないですが、メーカーが買い取ってくれて毎月1万円くらいでハイエンドモデルを使えるというサービスがあってもよかった。iPhoneで成立している販売方法はそれに近いですね。

鈴木:マイクロソフトもSurfaceがあるのにAppleほどうまくはいっていませんね。

西田:PCをどうやって使うかという浸透度の問題でしょう。PCは買い切り、スマートフォンはバッテリー寿命が切れたら買い換え、という意識があるのではないでしょうか。

マイナンバーカード活用はモチベーションが重要

--今年追いかけた動きで印象に残ったトピックはありますか。

鈴木:マイナンバーカードの活用ですね。来年の話にはなりますが、マイナンバーカードに免許証が入ったりといろいろ話題がある中で、どのように実装していくのか。機種依存の問題もある中で、サポートを含めてどうやってどのように採用するか、そして使う側がどこまで対応できるのかは今後も見ていきたいと思います。

「マイナンバーカード」のいまとこれから。マイナポイント2も

西田:僕も今年はさすがにマイナンバーカードを取りましたが、多くの人にとってマイナンバーカードはどういう意義があるかわからない。確定申告は楽になるけど書類手続きをがんばればいいんでしょ、というところに、ワクチン証明書が取れたり、行政サービスを紐付けていろいろ手続きが楽になったり、そういった形がやっと見えてきた。

デジタル庁の事務方トップの石倉洋子さんにインタビューしたとき、デジタル庁で一番ダメだったこととして「UX・UI」を挙げていたのですが、「その中でも一番だめなのはマイナンバーカードだった」と話していました。ユーザーがどう使うかを考えた実装がされていないという昔の行政の作り方なんだけど、それがゆっくりとでも解消されていくのが来年以降なのかな、という感じですね。とても難しいと思いますが。

鈴木:マイナンバーカードはメリットが見えないからモチベーションが出ない。ポイントで釣らないとメリットもない。

西田:キャリア決済がポイントで釣るのと構造は一緒ですね。

鈴木:普及しようという号令だけあってその先を見ていない。

西田:マイナンバーカードが保険証になるという話も、100%とは言わないけれど8割くらいの病院で使えれば嬉しいところを、現実は10%程度。それと同じようなことがこれから続くなら厳しいでしょうね。ワクチン接種の証明がどうなるのかは見ものだと思います。

鈴木:ハイテクにしすぎると導入が難しくて、保険証もレセプトコンピュータを導入して投資が厳しいところに、マイナンバーカードの投資もするのかというと病院も嫌がる。それを考えずに導入を進めている部分がありますね。

西田:あとは証明書とカードの期限についてはなんとかして欲しいですね。

鈴木:でも5年なのでだいぶマシになりました。前(住基カードの電子証明書)は3年でしたから、確定申告で2~3回しか使えない。

ユーザーシナリオを見据えたデジタル化を

西田:そういう意味では、ワクチン接種の証明書も、これからどういう仕組みで民間で運用していくのかいまひとつわからないんですよね。

鈴木:国としては仕組みは用意しました、どう使うかは民間次第、という丸投げですね。

ワクチン接種証明書をスマホで発行した。本当に5分で完了

--接種証明アプリにクーポンを付けて成功する自治体もあれば、東京都のように1%というところもあります(TOKYOワクションの登録者数は36.6万人/12月24日時点)。

鈴木:サンフランシスコに行ったときは飲食店にコピーと写真を見せればよかった。それくらい緩くないとだめでしょうね。

西田:年明け1月のCESでは、海外から行く人はワクチン接種証明を見せる必要があるけれど、そのやり方を教えると10月に言われてからまだ連絡がありません。それは国ごとに紙だったりデジタル化だったりがバラバラで、アメリカ以外の国の対応が決まらず放置されているのでしょう(12月20日頃に対応方法が公開。CES参加用バッジ受取時に紙などの証明書を提示。会場では参加バッジを提示する)。

鈴木:ヨーロッパの仕組みは手動で、紙の証明書を写真に撮って送ると向こうが登録してくれました。アメリカもその仕組みをやろうと思ったらできるのでしょうが、CESの規模でそれをやるとパンクするのでしょうね。

西田:お店でも本当は4人制限を超えるために使おうという話がありましたが、今の流れだと、見せてくださいといっても難しい。

鈴木:インセンティブがなさすぎるんですよね。決まりを守ったからどうなるんだ、という。

西田:現場との乖離はコロナ問題ではみんなそうですよね。COCOAの不具合も、バグチェックばかり指摘されるけれど、問題の本質は医療関係者向けの「HER-SYS」という仕組みが前提で開発されているのに、肝心のHER-SYSの運用にトラブルがあって、保健所での利用が定着するのに時間がかかっていたんです。

HER-SYSの運用で手間取っているのに、保健所にコロナ陽性の連絡が来ても負担が増えて手が回らない。だから誰も登録しないから使われなくて、バグチェックも行なわれない悪循環に陥っていた。厚生労働省はそれを管理する能力も余力もなくて、政府もそれを考えられなかった。それが可視化されたのが今年の頭でした。

マイナンバーにしても何にしても、現場でどう使われているのかというユーザーシナリオが考えられていないという根本的な構造問題ですね。

2022年のCESはコロナ禍でどうなる?

--2022年の話題にいきましょうか。鈴木さんは来年注目しているものはありますか?

鈴木:iPhoneに搭載されるstate IDで、運転免許証がiPhoneに搭載されるなど実装が進むのかなと思っています。デジタルカードキーなど、自動運転はなくてもデジタル化は進む。ホテルのチェックイン時にデジタルキーが自動的にダウンロードされるとか。

西田:ホテルのキーは昔から話は合ったけどようやく実用的になってきました。

鈴木:今までiPhoneはNFCが搭載されていなかったので、Bluetoothで実装する特化型になっていましたが、それが汎用化してきた。

西田:ホテルとしてもロイヤリティプログラムと紐付けられるのでモチベーションも高いし、今までの設備投資よりやりがいがある。

鈴木:APAホテルでもQRチェックインに対応していますしね。

--それが汎用的なサービスになりうるのでしょうか。

西田:ホテルのロイヤリティプログラムでアプリ予約していると、チェックインも終わっていて部屋に行くだけでそのまま入れるよう、というのが当たり前になるでしょう。

--例年だとテック系のニュースはCESから始まります。昨年はバーチャルのみだったCESが今年はリアルでも開催されますが、コロナ禍というご時世や入国時、帰国時などの隔離といった問題もありますが……

海外渡航のいま(隔離編)。14日→10日間への自主隔離短縮とその実際

西田:アメリカで入国後7日間の自主隔離ルールが出る可能性がありますが、それが出なければ行くつもりです。こんなに混乱したCESを見られる機会は二度と無いので、戦場カメラマンのつもりでいこうと思っているのですが……(対談後の社会情勢を踏まえ、CES取材を断念)。

2022年のCESのどこに注目するか、というとさっぱりわからないというのが正直なところです。

鈴木:事前に情報が出てこないんですよね。今までは12月頃になると翌年の話題が出てきていたのですが。

西田:出展内容がまだどの企業も決まっていないし、CESを運営するCTAも「企業が集まる」としか言えない。おそらくOLEDと液晶の戦いがあるだろうし、コロナ禍を迎えてヘルステック関連で何かあるだろう、という印象はあるけれどそのくらいですね。あとはトヨタのEVがCESにどのくらい影響があるか。

鈴木:EVと言えばAutonomous Vehicle(自動運転)はどうですか?

西田:実はここのところCESでは話題になっていないんです。自動運転は特定の会社がしっかり手をかけてやるもので、技術を売るだけの会社が手を出せる領域ではなくなってきている。自動車としての出展はありますが、コア技術として出展しているのはNVIDIAくらいで、注目度は下がっています。この先、自動運転に手を出せるのは本当のコアテック企業だけという状況になっていて、展示会レベルの注目度ではないですね。

一方、自動車全体では自動車がエコシステム化していて、ナビやセキュリティ、ホーム連携、アメリカだと衛星ラジオといった連携の話題はあると思います。そこが海外から見る風景とは少し違うのかなという気はしました。

・2021年を振り返る(1):携帯料金値下げの功罪とカードの復権
・2021年を振り返る(2):メタバースと半導体。ハードが無いとサービスで勝てない?

対談をほとんどそのまま収録したポッドキャスト(β版)も配信中。記事の元になった対談の模様をほぼフルバージョンでお届けします。

製品・サービス名や時系列の説明などが間違えている箇所もありますが、ご容赦ください。