鈴木淳也のPay Attention

第265回

撤退続くスキマバイト レッドオーシャン市場を進む「スポットバイトル」の戦略

師走の数寄屋橋交差点。数年前に比べてだいぶ人出が回復した印象がある

今年10月に「メルカリ ハロ」が突然年内でのサービス終了を発表したことで、さまざまな憶測が挙がっていた。もともとハロの事業状況について詳細を発表していなかったメルカリだが、撤退理由を「市場環境の変化やサービスの利用状況などから総合的に判断した」とのみ述べ、その後の追加情報もなかったことが、憶測に拍車をかけたとも考えている。

3月には同業態への進出を発表していたリクルートがサービス開発中止を発表しており、そうした情報もまたメルカリの撤退の背景に絡んでいるのではないかとも思われる。

通常のアルバイトよりも短期ですぐに働くことが可能で、支払いは基本的に即日。アルバイトを雇う企業側にとっても人手不足で埋めにくいスタッフのシフトを補う手段として注目された“スキマ”バイトの市場は、2018年夏にサービスを開始したタイミーによって形作られ、後にフォロワーがそれに続く形となった。「メルカリ ハロ」もその1つとなるが、2024年3月のサービス開始から2年弱の12月18日にその役割を終えた。

2024年7月に東京証券取引所グロース市場にIPOしたタイミー

タイミーは2024年7月の上場時に開催した会見で競合に関する質問を受けた際、「“スイッチング”コストの高さ」を理由に挙げ、後発組の参入の難しさを説明していた。詳細については後述するが、後発2社が続々と撤退したことで、図らずもこの「“スイッチング”コストの高さ」が証明されたようにも思える。

一方で、昨年12月にほぼ業界最後発で同分野に参入したディップ(dip)は、人材派遣を中心とした「はたらこねっと」、アルバイト求人情報の「バイトル」などで20年以上にわたって積み上げてきた実績を元に「スポットバイトル」を展開し続けており、タイミーが築いた市場に食い込みつつある。

そんなスキマ(スポット)ワーク市場の現在と同社の戦略について、ディップ第三ソリューション営業本部副本部長の森俊介氏に話を聞いた。

まずは短期体験から、長期雇用へと誘導するプラットフォーム

まずはスポットバイトルの現況はどうなっているのか。

森氏:もともとバイトルを運営している会社で、そこのアセットがあるというところから始まり、導入社数も拡大して右肩上がりに成長しています。最近では大手クライアントでの導入が進んでおり、スポットワーク利用が多い物流企業でも導入が進み始めています。

物流企業はもともとスポットワーク需要の大きい業界ではあるのですが、われわれがバイトルで取引が多い業界というのが飲食、小売、サービス業界で、そういった企業での導入が非常に多い。『バイトルがやっているスポットワークサービスだから使いたい』と言っていただける企業が多いかなと思います。

この話を聞く限り、すでにバイトル導入企業が新たにスポットバイトルを追加導入する形で案件が決まっている印象を受けるが、こうした企業にどういうニーズが存在しているのか。

森:最近感じているところでは、飲食や小売の企業で“ウチではない”スポットワークサービスを利用してきて、その中でコストが高くなりすぎているというところ。そして根本的な長期採用をせずにスポットワークを使い続けてしまい、結果としてコストが爆発してその抑制が必要というご相談を相当いただいています。われわれはスポットワークサービスだけでなくバイトルというシフトのサービスがあるので、そこを合わせて提案することで全体の利用を適正化するような提案を行ない、導入いただいているケースが多いです。

感覚的なものですが、割合でいうとシフトが8で、埋まらない残りの2をスポットに充てるというのが適正値だと認識しています。しかし、これがいま狂い始めているのが実態で、見直しにかかっている企業が多く、両者の連携したサービスを持つわれわれに期待されているところだと思います。

もともとスポットワークでやってきた人を長期につなげたいという要望は存在しているのですが、なかなかそれが上手くいっていないのが現状。われわれが(スポットバイトルの導入企業に)ヒアリングするなかで少しずつ事例が出てきたという感じです。

ディップの運営する「バイトル」

一般に、アルバイトを中長期で雇用するのに比べ、スポットワークの世界ではシステム利用料としてのマッチングコストも毎回発生し、1人あたりの雇用コストは全体に高くなる。これが従来のアルバイトを雇う場合と比較してのコスト増の構造につながっている。

そこで森氏の言うように、スポットワークでやってきた応募者を中長期のアルバイトとして再度雇う形に移行できるのがベターな選択肢ということになるが、スポットワークを提供する企業は対となるプラットフォームを持っておらず、この点が強みになるというのがスポットバイトルというわけだ。また、こうした仕組みは雇用側にとってのメリットのみならず、応募するワーカー側にとってもメリットがあるというのが同氏の意見だ。

森:ワーカーさんの中には『長期で突然就業するのが怖くて不安がある』という方もいて、どんな仕事でどんな人が働いているのかが分からないという不安を持たれているようです。実際にバイトルを見ていただくと分かるのですが、実際に自分でもできるかという不安を抱えているとき、その応募先がスポットバイトルを使っていると『ここで体験できます』ということで、スポットバイトルへと飛べるようになっています。実際にまずはそこで体験いただき、それができたので長期で働こうかという形に誘導できるのがわれわれの最大の強みになっています。

ディップ第三ソリューション営業本部副本部長の森俊介氏

7年前に突然出現した市場はレッドオーシャン

話を市場分析の部分に移すと、ディップではスポットワークという市場をどのように捉えているのだろうか。後発組が続々とドロップアウトしていく現状を鑑みる限り、将来有望なブルーオーシャン市場というよりは、非常に競合が厳しいレッドオーシャン市場のようにも見える。

森:スポットワークというのはご存じのようにタイミーさんが始められ、7年前くらいに突如できた市場です。その後拡大して現在に至るわけですが、もともと“スポットワーク”的な市場ニーズはあり、当初は派遣などで賄われていたものです。タイミーさんはその派遣の領域をリプレイスしにいったと言えるかもしれません。スポットのニーズというのは、飲食であれ小売であれ、サービス企業ではやはり繁忙期というのがある以上は存在し、これだけ多く利用されるようになったのです。

ただ、すでに利用はある程度“上までいっている”とは思っており、正直すでにブルーオーシャンではなく、完全なレッドオーシャンの市場になっているでしょう。もしスポットワークという市場だけで勝負するのであれば完全なレッドオーシャンですので、これからは新規を開拓するというよりは、おそらく既存の利用をリプレイスしていくことになります。

過去の求人市場がそうだったように、圧倒的に強い企業がいる市場にわれわれのような新しいのが出てきて、紙が中心だったアルバイト募集の世界がWebの市場になって、そこからシェア争いになるという歴史を繰り返すのかと思います。

ただ、そのときにはすでにスポットワークというサービスだけで価値を与えるのではなく、あくまで採用の1つの手段として、トータルソリューションをどれだけ提供できるのかが、この市場で勝つために必要で、われわれとして一番目指さなければならないと考えています。

後述するが、ディップではバイトルとスポットバイトルのプラットフォーム連携のみならず、採用に関するDXやマッチングAIなど、さまざまな課題解決ソリューションを抱えており、総合力で優位に立つというスタンスだ。では、ライバルが撤退を発表するなか、その後に市場でどういった影響があったのだろうか。まず「メルカリ ハロ」撤退後の影響について聞いた。

森:われわれの取引先の企業でもメルカリ ハロさんを利用されているところがありましたので、そこがなくなるということでご相談いただいたり、実際に切り替えますという話をいただきました。もともとメルカリ ハロさんは大手顧客が多かったということもあり、われわれのバイトルで掲載いただいている企業の方々と重なっていましたので、その点でプラスではあります。

リクルートの事前撤退についても聞いてみたが、こちらは既存事業への集中という見解のようだ。ただ、それに加えて現在業界で課題になっている「キャンセル」の話題や、労務管理の問題など、スポットワーク特有のリスクファクターにも触れており、この点が判断に影響した可能性に言及する。

この「キャンセル」についてはディップが今年10月に開催した決算会見の説明資料でも触れられているが、事業主都合でのキャンセル問題のことだ。雇用マッチングサービスにおける労働契約成立の“スキマ”を狙い、労務開始までのタイミングに事業者側がキャンセルすることで未払い賃金が支払われないという話で、スポットバイトルではこの問題解決に向けた取り組みをアピールしている。

決算会見の説明資料で触れられたスポットワークの「キャンセル」問題(出典:ディップ)

もう1つは先ほども触れた「“スイッチング”コスト」における「労務管理問題」だ。いわゆる「年収の壁」問題とも言われるもので、2025年の政策決定に大きな影響を与えた。

「年収の壁」はいくつか存在し、その1つは「社会保険」における「106万円の壁」だ。年収が106万円を超えると社会保険加入義務が発生し、年収がいきなり目減りしてしまう。このほか「配偶者控除」や「所得税」などが発生する段階があり、これが労働時間の抑制につながっていたというのが、労働人口減少による人手不足問題における「年収の壁」が抱えていた課題だ。

政府側でも段階的な緩和を模索しており、政策の目玉の1つとなっている。

こうした「年収の壁」を突破することで新たな税負担が発生し、企業の労務管理の負担が増加しないよう労働時間を管理するというのが「労務管理」の肝と呼べる部分なのだが、タイミーではこのための仕組みを採用企業に提供しており、実際に壁を突破するという段階で事前にブロックする機能がある。ところが、労働者がタイミーではないサービスを使ってスポットワークを行なった場合、合算処理に必要なデータが得られずブロック機能が働かないため、これが「“スイッチング”コスト」の発生につながり、結果として競合へとサービス利用が流れるのを防ぐというのがタイミーが24年の上場会見で説明していたことだ。

上場会見で事業説明を行なうタイミー代表取締役の小川嶺氏
労務管理における「“スイッチング”コスト」の高さを強調する

これについて森氏も「“スイッチング”コスト」の存在は認めているものの、必ずしもそれが永続的なものでないことを強調する。

森:同じだけのマッチングサービスが存在して、かつそちらの方が色々な観点で採用に使えるソリューションがあるとしたら変えられると考えています。いままではスポットワークという概念だけで話が進んでいましたが、それが変わるタイミングがここからかなという感触はあります。実際に、われわれに切り替えていただいている企業もありますので。

DXとAIで顧客の課題を解決する

一説によれば、タイミーの同分野でのシェアは9割に達しているといわれ、これは寡占というよりは独占に近い状態だ。一方で、競合がそれに勝つためには少なくともそれ以上のものを提供できるのが前提になる。利用コストなどもそうだが、ディップが強みとしている採用やDXにまつわる統合ソリューションがそれだ。

森:われわれの強みですが、まずワーカー側の利用視点でユーザーファーストの企業という点で、サービス設計上、そういった機能を多く抱えています。競合との比較では情報量がとてつもなく多いことも特徴で、募集先の写真の枚数や文字数が多いだけでなく、動画などが用意され、最終的にはどれだけ相手を正しく新鮮にイメージを想起できるかが差別化になるかなと思います。

実際、普通の求人広告を作るよりも何倍もの工数をかけることをずっと続けてきていますので、その上にバイトルやスポットバイトルがあり、付加価値になっています。

そして、われわれは採用のDXをやっていますので、AIなどを活用したうえでお客様にとって使いやすく、いろいろな形のツールを使って採用の課題を解決できればと。ディップでは6月に『ソリューション体制』という新しい社内組織を新設し、各業界ごとに統括してよりお客様に深く入り込むことで課題解決していく体制になりました。そのツールとしてスポットバイトルを活用していくことになると思います。

ソリューション体制の1つの狙いは、顧客の声をよく聞き、そのニーズや課題の抽出、そしてトレンドを早期に把握することにある。ITツールを提案する側が見落としがちな視点だが、ニーズや課題は細かく散在しており、それは業界によっても異なる。営業の形で小まめに意見を聞き、戦略に反映していくことが重要だ。おそらく、最初の方で触れたコスト関係に雇用側がシビアになっている話題もその過程で得られたもので、特に昨今ではインフレの影響で原材料費が上がるなか、いかにコストを圧縮していくかという過程で費用を圧縮しつつ採用を効率化するかという流れにつながったのだと考える。

スマートフォン利用者向けにデザインされたスポットバイトルの紹介ページ

ツールを駆使したDXの話だが、ディップでは「コボット」という仕組みを提供している。採用や労務管理などHRM(人事管理)に特化した特定機能を提供するツール群で、例えば最初に提供された「面接コボット」は面接予約に特化したものとなっている。従来は応募から面接日時設定までを店長が電話やメールで逐次調整していたものが、面接日時の設定までを自動調整してくれるチャットボットとなっている。

また「コボット」はHRMのみでなく、集客ツールである「集客コボット for MEO」やCRMとして機能する「常連コボット for LINE」などのシリーズもある。例えば飲食店などの場合、本来は採用だけでなく売上増加のための施策も求められるが、そのために活用できるのがMEOということになる。売上が増えれば人が必要になり、採用のためのサービスが必要になるということで、両者をセットにすることに意味がある。最終的な強みは「採用」にまつわる部分であり、これを固めるためのDXツール群という位置付けだ。

最終的に、このように現場の声を聞きつつ、ワーカーと事業者の両面で大規模な顧客基盤を抱えることで膨大でユニークなデータが集まり、それをAIによる高い精度でのマッチングに活用していくというのが「dip AI」となる。試みとしてはまだまだこれからだと思われるが、レッドオーシャンと言われるなかでも人手不足のなかでスポットワークの市場の潜在的成長性は残っており、既存のアセットを活かしてディップは市場を開拓していくことになる。

ディップの提供するサービスやツールを組み合わせた採用サイクルの例
dip AIはユニークな採用マッチングAIを目指す

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)