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ゼロ円終了・スターリンク、決済はカードが戦場 2022年のテック業界(1)
2022年12月20日 08:20
2022年も残すところわずか。連載「西田宗千佳のイマトミライ」の西田氏と「鈴木淳也のPay Attention」の鈴木淳也(J)氏を迎え、携帯電話や決済、ビッグテックなど、2022年にホットだった話題を振り返りながら、2023年に起こることを前・後編に分けて考察します。
前編は携帯電話業界やハードウェア、決済関連についての話題をお伝えします(聞き手:Impress Watch 臼田勤哉 執筆:甲斐祐樹)。
対談は12月5日に実施。19日時点の情報に基づき追記しています。
通信障害で見えてきた携帯電話ショップの在り方
編集部:例年、通信業界の話題で対談を開始していますが、今年は楽天モバイルが月1GB未満であれば無料で使える「ゼロ円」をやめたこと、それからKDDIの大規模障害が大きなトピックだったかと思います。お2人の印象はいかがですか。
西田:ニュースとしてはその2つが大きいですね。また、KDDIの障害でeSIMでもう1回線をバックアップとして持とうという話題が上がってきたときに、(KDDI回線を利用している)Povoが注目されるという皮肉なところもありましたが、実際にPovoは2.0になって非常に良くなった。
鈴木:大きな話題がなかった中で、気になるのは携帯電話ショップの行方ですね。ショップの統廃合が進み、身分証確認もいわゆるeKYCが取り入れられていますが、身分証確認は本当にオンライン上だけで大丈夫なのか、これまで身分証確認やヘルプデスク的な役割を担っていたショップは今後どうなっていくのかという端境期に来ているというのが個人的な印象です。今後ショップに絡んだ事件も増えてくると思うので、このあたりは今年を起点に見ていきたいなと考えています。
編集部:2021年からの流れですが、ショップがサポートを本格的に有料化という話題もありました。機種変更でLINEを移行するときにお店でお金を払いましょう、といった方向性になってきているように見えます。
西田:ショップという話では、KDDIの障害時に多くの利用者がショップに押しかけてものすごい混乱が起きていたという報道がありましたが、東京都内を見ている限り、ショップの貼り紙を見ておとなしく帰っていくという人もいて、店頭での混乱というのはそこまでではなかったのかな、という気はしています。ショップに対してクレームをつけるタイプの人や、手取り足取りサポートが必要な人がいる地域と、そういう人たちがあまりいない地域では、ショップの役割が天と地ほども違うということが改めて明確になったのかなと。
鈴木:サポートが必要な人とそうでない人の差が非常に激しいということと、その窓口としてのショップが本当に負担になっているのか、それとも戦略的にショップを使って何かするのかというところが、まだちょっと見えていないかなという印象がありました。
西田:私の仕事場の近くにある携帯電話ショップは一般的な店と旗艦店のような特殊な店舗の2つがあるのですが、旗艦店は確かに携帯電話事業者が考える理想みたいなものが見えるけれど、コスト的にそれを広く展開はできないので、携帯電話ショップのあり方がバランスの取れない状態にあるのかもしれないという気はしますね。
ゼロ円終了した楽天モバイルとラストワンマイル
編集部:7月以降に楽天モバイルの無料施策が終わって、他の事業者の草刈り場になるというトピックもありました。マイナスを背負っていた、楽天モバイルが収益化に踏み切った反動が大きいわけですが、この秋以降は純増にも転じましたが、楽天モバイルの今後についてはどう見ていますか。
西田:今年というより去年と今年で大きく違うと思っていて、去年は三木谷さんがもっとたくさん加入してくれて、無料を辞めてもユーザーが残ってくれると思っていたし、無料期間でもクレジットカードの連携などで収益がもう少し出ると考えていたんでしょう。ところが去年の後半くらいに加入したユーザーは本当に0円で運用している人が多くて、楽天経済圏にもそれほどお金を落とすわけでもない「0円だから」加入したという人が予想以上に多かった。だからこそ縮小均衡にはなるけど、引き締めをして形を変えましょうという話になったんだと思うんですね。
だけど今度はいわゆる第4極として大きな携帯電話事業者になるのがだいぶ難しいと言うことを認めざるを得ないことになってしまう。そのあたりをどうバランス取っていくのかはちょっと難しいので、どのくらいの規模で落ち着きたいと思っているか、というのが見えにくくなったと思っています。
編集部:楽天モバイルの9月末時点の契約者数は455万だそうです(MNO。MVNOを含めると518万回線)。
西田:他の3事業者と比べると桁1つ違うので、それを同等まで持っていくのは難しいのでは、というのが見えちゃったのかな。
鈴木:おそらく両方でしょう。加入者を増やすのも大変だし、収益モデルで収益化するのも難しい。有料化したとしても収益カーブを描くのは時間がかかるので、今やらないと間に合わなかったという状況ではあると思うんです。
ではこれからどうするかというと、聞いている範囲では、新しい決済サービスを展開するときに、お店向けの端末と一緒に楽天回線を売るというB2B的な売り方で開拓していくというのが1つの手のようです。
西田:改めて楽天も、他社と同じように単にコンシューマ向けの携帯電話としてわかりやすく回線を売るのではなく、別のミックス型のビジネスをやっていかないといけないという話にはなってきたんでしょう。
鈴木:おそらく三木谷さんもそういう計画はしていたんですが、なかなかうまくいかなかったんじゃないかな。B2Bも市場開拓って大変で、回線を増やすためにモジュールを売ってビジネスしていこうというのは既存事業者がやってきたわけで、そこで楽天が新たに市場作れるかというのはなかなか難しい。だから自らなんとか探しているのが今の状況かなと。
編集部:コンシューマ向けも3社で厳しい競争だった市場に楽天が入ってきたわけですが、最近は他の各キャリアもまさに法人を強化してB2Bに向かっていますよね。そこにコンシューマに強い楽天が絡まざるを得ないというのは、B2Bにそこまで成長余地を感じているというところなんでしょうか。
西田:まさに楽天経済圏をビジネス価値として考えたときには、個人の契約を増やすというよりは店舗側がどう利用してくれるのかを見るのは当然の話です。ソフトバンクはそれをYahoo!、LINE、ソフトバンクのセットでやろうとしていたけれど、まだそこまでうまくいっていない。
鈴木:加盟店の問題も難しくて、西友からウォルマートが抜けた後に楽天が組んだことで他と組みにくくなったという、こっちを立てればあっちが立たず、みたいな状態になっています。彼らもいろいろやろうとした結果裏目に出ていることも結構あって、なかなか大変ですね。
編集部:経済圏が大きくなると、戦略的にどちらかを立てるともう片方が立たなくなるのはありがちかもしれませんね。他に大きな話題としては、KDDIの障害問題から出てきた緊急時のローミングという話題もありました。
西田:その議論はバランスが悪いなと思ってます。個人に複数回線を持たせるとか、ローミングでカバーしてもらうという話になっていますが、それより先にちゃんとWi-Fiを使ってもらって、緊急通報としてLINEも使おうという形のほうが筋がいいなと。そのあたりをもう少し議論して欲しいと思いましたね。
鈴木:一方で(オリンピック開催予定だった)2020年に向けてWi-Fiを整備したけれど、今はそのピーク時と比べて何割か減っているというニュースもありました。
編集部:鉄道系各社もWi-Fiを止め始めていますね。
西田:数年前に(ソフトバンクの)孫さんが「つながらない公衆Wi-Fiにお金をつぎ込むよりは4Gネットワークを整備したほうがみんな幸せになる」ということをどこかの決算で言っていて、当時はそれが正論だと思っていたんですが、もう少し家庭での利用も含めて、安定的な回線としての固定網プラスWi-Fiというのは見直してもいいんじゃないかという気はするんですよね。
鈴木:今時は家庭用のWi-Fiも、5Gルーターを介してWi-Fiというパターンも増えてきていますね。
西田:モバイルルータをラストワンマイルとして使って家の中にWi-Fiを置くことをWi-Fiと言っちゃう場合は世の中的に多くて、若い層にとってもWi-FiってWi-Fiルータのことだと思っていたりもするので、固定回線をもう少しうまくいろんな家庭に引くっていう方法論は、もう1回見直さなきゃいけないんじゃないかっていうのはありますよね。
鈴木:もうADSLもVDSLもなんとかして欲しいなっていう状況ではありますね。
スターリンクやiPhone緊急通話など「衛星通信元年」
編集部:今年のトピックとしてスターリンク(Starlink)やiPhoneの衛星通信を使った緊急通話など、衛星を使った通信サービスにも注目が集まり、楽天やソフトバンクも投資に力を入れるという話があるなど、衛星通信元年のようなトピックがいくつかありました。注目のきっかけの一つが戦争というのは少し皮肉ではあるものの、宇宙通信の可能性が顕在化した年でもあると思います。
西田:いわゆるLEO(低軌道衛星)を使った通信ビジネスは以前からありましたが、思っていた以上にSpaceXががんばってくれたので、スターリンクが正直一人勝ち状態です。他のLEOを使った通信網に比べると品質やカバー量は文字通り桁違いで、マーケティングな認知度でも全然勝負にならないレベルになっている。SpaceXのやり方はクリエイティブで画期的なことがあったわけではないと思っているので、イーロン・マスクがうまいなとは本当に思いますね。
一方で自宅にスターリンクを置くというのはアジアでは若干ナンセンスで、日本や韓国、台湾など比較的距離が短いところであればスターリンクである必然性はあまりないわけですよね。だからいま一番市場として大きいのはアメリカとヨーロッパで、特にアメリカやカナダのような広大な敷地をカバーするにはスターリンクのようなシステムが必要だなというのはとてもよくわかります。
ここから先ちょっと面白いと思っているのが、理想的な衛星ネットワークができあがると、海中ケーブルよりも宇宙を通ったほうがレイテンシが早いという時代がやってくるわけですね。そうすると格闘ゲームを遊ぶときに固定回線を使うよりもスターリンクのほうが早いとか、飛行機でインターネットを使うのにスターリンクが必要とか、生活の中のどこかのパートでスターリンクのインフラを使うことが当たり前になってきそうな気がします。
先日ラスベガスでiPhoneの衛星緊急通報を試したんですが、結構面白いんですよ。衛星をつかんだら、数十秒で空を横切っちゃうので、それを手で追いかけながらテキストメッセージを送らなければいけないという、今まで体験したこともない通信をするはめになったんですが。一方、そういうものが手の中で使えるようになっているとうのは事実で、これから大きな波になるのかなと感じたし、少なくともアメリカではそこに対してお金が回り始めているんだなという印象は持ちましたね。
また、ラスベガスくらいずっと晴れていて空が開いている場所では衛星が簡単につかまるのでいいのですが、日本の例えば森の中とかはちょっと無理じゃないかな。とはいえ我々にとって衛星の通信って衛星放送とか衛星中継くらいでしか見なかったけれど、それがもう少し身近になる未来は間違いなく来たなと思います。
編集部:確かに手のひらのスマホで衛星を追いかける体験って普通はやったことがないですね。
西田:自宅に初めてスカパーのアンテナを立てたときって、すごく設定が大変で面倒だったのですが、テクノロジー的にやっていてドキドキする、というのはいいことかなと。これからスターリンク以外にも楽天と米AST SpaceMobileや、Amazonの「プロジェクト・カイパー(Project Kuiper)」なども立ち上がろうとしているので、そういったところは見ててもいい時代なのかな。
鈴木:予備回線としてはいいけど都市部向けのインフラではないですね。例えばヨーロッパで高速鉄道に乗ると街を出た瞬間にまったく通信できない状態になるので、列車で使えるかどうかは別として、そういうエリアじゃないところは平野部が多いので使えるかなという風には考えています。
西田:キャンプ場に携帯電話の基地局を設置するのはコストの割に利が少ないですが、そういった施設や地域を持っている人に対して衛星インフラを持っている人が売りにいくパターンになるのかなと。
編集部:なるほど。スターリンクはクルマに搭載できる「Starlink for RV」も出していますね。
鈴木:アンテナ立てるよりメンテナンスしやすいというのもありますね。先日KDDIが初島での取り組みを公開しましたが、島って構造的に真ん中が盛り上がっているので携帯電話の基地局を数カ所立てないとカバーできないけれど、スターリンクならコストも削減できていいのかなっていう気はします。
西田:携帯電話の電波を強く発信するのって、そもそもエネルギー的に無駄なんですよ。携帯電話ネットワークの6割か7割が基地局の出力で、その出力に電力を使っている。なので大きな基地局で遠くまで電波を飛ばすよりも、人が少ない場所ではスターリンクを使って電波の出力を抑えていくことにして消費電力を減らしていかないとサステナビリティにならない。
先日出席したAWS(アマゾンウェブサービス)のイベントでも、携帯電話の基地局や5Gのバックボーンネットワークに絡んでいけるから、消費電力をてこに参入していく発言していました。そういうところを考えると、衛星とどうミックスするかというシミュレーションも絶対必要になってくるので、いろいろ可能性は広がるのかなとは思いますね。
スマートフォンはミッドレンジが主戦場
編集部:通信の話題はこれくらいにして、スマートフォンについて。ハードウェアに関しては、目立ったトレンドがなく、カメラは相変わらず良くなっていて、2画面や折りたたみといったあたりも少し盛り上がっているものの、「次のトレンド」と言えるほど大きなトピックはなかったかなと思います。お2人は気になったトピックはありますか。
西田:スマートフォンは難しかったですね。半導体の進化が今年は足踏みしていて性能を上げるのが難しい上に、性能を上げたとしてもカメラの性能が上がるだけではみんな飽きてきている。そしてミドルクラスでも十分なカメラが搭載されるようになってきて、ユーザーも満足するようになってきたので、メーカーもミドルクラスに力をかける感じになり、そうすると盛り上がりが薄い、という悪循環に陥ったのかなという気はします。
鈴木:結局いくら良いカメラを詰んでいても、スマートフォンのカメラには限界があるんですよね。だから満足いくレベルではミドルレンジで十分というのは確かにその通りだなと。ハイエンドの機能も徐々にミドルレンジの機種に落ちてきていて、2年前のハイエンドモデルの機能は今のミッドレンジで使えるようになっている。そういう意味でミッドレンジがボリュームゾーンになるのはある意味仕方ないのかなと思っています。
西田:そして次の基軸になりそうな2つ折りとかって、まだ作るには高すぎるんですよね。2つ折りのGalaxy Flip 4みたいな商品が5、6万円で作れるようになったら、それはみんな買い換えると思うんですよ。でもあれを作るのは最低10万とか15万円の製品になっちゃうのが今の限界で、あれが劇的に下がってくる目処が立っていないと考えると、当面はミドルクラス中心で、ハイエンドはカメラでっていう流れは続くんじゃないかと予想しています。
鈴木:機能を載せていくとコストが上がるという非常にわかりやすい構造なので、満足できるバランスを取るというと現状のミッドレンジくらいでみんなのニーズは満たせるだろうということで、あの形に落ち着いているんですよね。
編集部:iPhoneもSEが売れ筋だったり、Androidも4、5万円くらいのクラスが結構動いていたという話が多く聞かれました。
西田:AndroidでもAQUOSを買った人は次もAQUOSを買うみたいなブランド固定の流れが若干あるようで、ビジネスとしては手堅くなるけれど業界としては膠着傾向に行くので面白くないかな。
鈴木:逆に言うと突拍子もない機能を入れて大胆に変えてしまうと、それが気に入らなかったときにユーザーが他に移ってしまうという危険性もあるので、どのメーカーも冒険はできなくなっている。
西田:一時期のPCと同じですよね。昔はHDDと光ディスクが付いた“ツースピンドル”のA4型といわれるPCが、はんこで押したように同じデザインで、みんなが同じ製品を買っていた。それは、モバイル性能が上がって13インチくらいの薄型ノートがみんな買えるレベルに落ちてくるまでは変わらなかったじゃないですか。そんな感じの変化が次に見えてくるまでは、今のミドルクラスが「代わり映えはしないけど定番」っていう時代が下手すると5年くらい続いちゃうんじゃないかなって気はしますね。
鈴木:大胆なデザインが成功したって見られるまでは動かないんですよ。ここ10年くらいで見るとアップルが意外とそれをやっていて、さっき言っていたツースピンドルを比較的最初に止めたのってアップルなんですよね。そうすると「あ、それでいけるんだ」とみんながわかって。スマートフォンもそれと一緒なのかなと。
西田:だからひょっとするとiPhoneが低コストに2つ折りできたとか形状を変えたときとか、そういう時に次のステップがやってくるのかもしれないです。本当は他のメーカーがそれをやるのが美しいんですけど、他のメーカーがそれをできるかというと、なかなか難しいのかなという気もしますね。それができるのはサムスンくらいしかないんだけど、サムスンは2つ折りで失敗とまでは言わないけれど若干イマイチなところに突っ込んじゃったのでどうなのかな。
鈴木:おそらくサムスンはパネルを出しているメーカーなので、あの2つ折りをコモディティ化したくはあまりないんですよね。製品が高価なほうが彼らは嬉しいので、そういう事情もあるのかなという。
iPhoneはUSB-Type-C対応で変わるか
編集部:プレミアムな生活必需品であり、コモディティにはならないというポジションは確保したいという感じですかね。そういう意味ではハードウェアの競争や新機軸みたいなものは来年以降もあまり期待できないのかな。変化という意味で少し気になるのは、EUのUSB Type-C(USB-C)義務付け、イコールiPhoneの「Lightningやめなさい」という問題です。来年以降の変化のきっかけになるんでしょうか?
西田:個人的にはそろそろLightningは変えて欲しかったので、変えること自体は肯定的なんですが、USB-Cに固定っていう風に法律で決めちゃうと、USB-C以外のいい規格が出てきたときにどうなるのかは気になりますね。アップルも来年いきなりコネクタもいらないよワイヤレスだよ、とはいかないと思うので、普通にUSB-Cにするんでしょう。
先日AppleTVの新モデルをレビューしたんですけど、以前はリモコンの充電器がLightningだったのが、最新版ではUSB-Cに変わったんですよ。そうやって普通にそろっと変わっていくんだと思いますが、だからといってそれが大きな付加価値というわけではなく、ユーザーもコネクタの統一を買い換えの契機にすることは多分ないでしょうし、ユーザーの動きは小さいのかなと思いますね。
鈴木:ユーザーにとってはありがたいし、コストも安くなるでしょう。一方で壊れやすくなるかなと個人的な感想もあるんですが、そのぶん買い換えのきっかけになるかもしれないし、それも含めてLightningを使い続けるのではなく、そのあたりがフレキシブルになるのかなと思っています。
編集部:歓迎する声はある一方で、競争上は難しい話でもありますね。基本的にはいい話だとは思うのですが。
西田:動画を使っているユーザーには(転送速度が速いので)一番いいはずですね。
鈴木:転送速度や充電といった諸々の点で、Lightningはちょっとテクノロジーが古いという印象はあるので。
決済は経済圏の戦い。「カード」がトレンドに
編集部:続いて決済関連の話題に移ります。PayPayや楽天、ドコモなど携帯キャリアが絡みながら、大きな経済圏を作っていくという流れは今年もあまり変わっていない印象があります。鈴木さんは今年振り返っていかがでしたか?
鈴木:最終的に携帯電話キャリア4社の戦いみたいな感じになってますよね。一方でポイントについては、「Tポイント」が三井住友系の「Vポイント」とくっつくという話はあるけれど、どちらもまだ何も決まっていないということでまったく先が読めない。なんとも言えない状態ですが、来年以降そのあたりは変わってくるのかなと。
ただ、加盟店がどういう風にこの情勢を見ていくのかというのは、各社悩んでいて。どう追従するかを牽制し合っている。結局「経済圏」は人によって使い方が変わってくるので、あなたの店はどういう客を望んでいるんですかという話なんですね。それによってマルチ決済端末にした方がいいとか、どこかと独占契約を結んだ方がいいとか、あなたの顧客に合わせて選んでくださいっていうのが実質的な今の答えかなって思いますね。
編集部:相変わらずPayPayはどんどん伸びていた印象があります。
鈴木:なかなか難しいところで、ソフトバンクの宮川さんはPayPayはまだ伸びる余地があるのでそのあたりを見極めたいと言っているんですが、もう伸びる余地ってどんなにがんばっても2、3割くらいで、それだけでは上限が見えている。
では何をするかというと付加サービスをどうするということで、彼らが今やっているのはグループ連携。その1つがカードビジネスの強化で、もう1つはこの先出てくる保険商品ですね。彼らは3段階構想っていていますが、1つめは手数料、2番目がサービス、3番目が金融サービスの連携というように積み上げていく中で、彼らはいまその2段階目の後半にさしかかっていて、その2段階目をどう成長させるのか。PayPayもある程度伸びは止まっているので、今後数年かけて徐々に伸ばしていくっていう風には考えています。
編集部:クレジットカードの強化はキャリア各社が強化してきた印象があります。そのあたりはいかがでしょうか。
鈴木:(キャッシュレスにおける)クレジットカードの決済比率は9割を超えていたのですが、それが徐々に下がって今は85%くらいまで来ました。今後も下がるとは思いますが、それでも8割ぐらいはキープしているので、「クレジットカードがないと取りこぼす」。だからカードを強化するというのが1つ。
また、クレジットカードも発行しただけではだめで、どうやって使ってもらって自分の経済圏に引き込んでいくかが重要です。そのために魅力的なサービスやポイント還元を組み合わせて、自社の経済圏に誘導していく必要があります。それを強化するのがPayPayのゴールドカードだったり、メルカードなんですね。他の決済事業者もクレジットカードをからめてどのように自社の経済圏を強化するかという話は、今後1年かけて徐々に出てくる話かなと考えています。
なぜ「カード」を強化するのか UI/UXと「若者」
編集部:今年はカードが主戦場だということが確認された年だという印象がありました。一方、この3、4年の「コード決済がんばります」という流れは一体なんだったんだという気もします。なぜクレジットカードが必要になったんでしょう。
鈴木:これはメルペイの事例が一番わかりやすいんですけど、彼らは無料施策は採らずに必ず手数料を取ってくるようにしたので、加盟店を増やすと売り上げが増えるというビジネスは成り立っているんです。加盟店を増やせば増やすだけ売上が増えていくのはわかったから自らビジネスを強化したいというのが1つ。
もう1つ、彼らは単にカードを出すだけでは面白くないって言うんです。クレジットカードは何十年も前からある古いビジネスで、Apple Payが出てきてスマホ連携という話が出てきていろいろ新しくなってきたけれど、与信の仕組みは古くからのシステムをそのまま使っている。彼らはAI与信のような新しい仕組みを持ち込みたいという思いがあり、ずっとその仕組みを育ててきてようやくクレジットカードが出せたそうです。クレジットカードを出すだけではなく、Fintechの新しいサービスとしてやっていきたい、というのが1つのポイントかなと。
編集部:ユーザーから見るとただのクレジットカードだけれど、裏側で独自性を出せるようになってきたからこそ、いまクレジットカードということなんでしょうか。
鈴木:クレジットカードって一方通行で、カードが届きました、使いました、で終わりなんですよね。そして明細が来てびっくりするという。これが普段どこで使ったという通知が来たりとか、カードの使い方を含めてスマートフォンと連携できると非常にわかりやすいですよね。
またアップルの話になるんですが、いまこれを結構やっているのはApple Cardですね。彼らはすごくiPhoneとの連携を重視し、UIを使いやすくしていて、学生とかをファーストユーザーとして取り込もうとしています。学生は与信がないので本来リスクのある相手なんですが、それを積極的に取ってきたというのは、一度このUI/UXに慣れたユーザーは他のサービスには移れないという思惑がある
メルカリや新興のカード事業者も同じアイディアを持っていて、UI/UXって若者をつなぎ止めようとしていたのがポイントだと思います。これが顕著なのがLINEですね。
LINE Bankがなかなか立ち上がらなくて、Zホールディングスの会見で「UI/UXを強化していてその準備が整っていない」と来年以降に延期してしまったんですが、彼らはUI/UXを非常に重視して銀行サービスを作り直したいと言っています。そういったところが新世代の決済サービスなのかなと考えています。
西田:気になっているのはクレジットカードはスイッチコストが大きいサービスなので、UI/UXが良いということが、外のユーザーにわかりにくいという課題があると思うんですね。Apple Cardはアップルというブランドもあるし、ナンバーレスのカードがまだ珍しい頃だったのでアメリカでもUI/UXを目立たせることができたと思うんですけど、日本において金融サービスがUI/UXでユーザーをどう引き入れるかという方法論はどうなっているんでしょうか?
鈴木:逆に言えば昔から使い慣れている人を移すのは無理で、だからこそ若者なんですね。これからクレジットカードを作る新規ユーザーを育てていくと、今度はクチコミとかで広がっていく。Revolutとかもクチコミで広げて若年層に広がったという成功モデルがあるから、そういった所を狙っているのでしょう。
実際メルカリとかの話を聞いていると、メルカードの利用者は女性や若者が多いんですね。これまでのクレジットカードに馴染めなかった人たちを取り込んでいるということで、そこを徐々に広げていくのがスタートポイントなのかなと。
まだ見えぬ「銀行」の動き。タッチ決済(NFC)は「交通」に向かう
編集部:経済圏の競争としては金融が主戦場になりそうですが、一方で、銀行関連のトピックは昨年よりも印象が薄かったですね。銀行もこの「経済圏」の話に絡んでくるのかなと思っていたんですが。このあたりは何か理由があるんですか。
鈴木:単に新銀行が出なかった、というシンプルな話ですね。一方、銀行は必ず絡むんですよ。例えば「給与デジタル払い」は、今の仕組みだと必ず銀行を絡ませないといけない。なぜかというと(〇〇Payのような)資金移動業って100万円の制限があるし、銀行でなければ預金アカウントを作れなくて、支払いオンリーにしか使えない。なので銀行サービスは必ずどこかで関わってくるんです。今後金融サービスを使っていく過程で銀行はいずれクローズアップされるので、いまは地方銀行も含めて作戦を練っている最中なのでしょう。
編集部:確かに地銀でもいい感じのアプリが出ていたり、時代が変わってきている雰囲気は感じられますね。決済関連ではクレジットカードのタッチ決済も当たり前になったのかなという気がしています。
鈴木:正確な数値は事業者が出していないので実際どれくらい広がっているのかはわからないんですが、発行カード自体はタッチ決済への切り替えが進んでいるので、2、3年以内には日本でもヨーロッパと同じように9割以上という水準になるのかなと思います。
編集部:タッチ決済といえば、公共交通系でもクレジットカードのタッチ決済導入のニュースが多かったですね。今年大きな変化の兆しが明らかに見えてきたかなと思いますが。
鈴木:今年はまだ始まりに近いですね。いままでキャッシュレスを入れたくても入れられないところが徐々に入れ始めましたという段階。聞いている範囲だと空港の連絡バスとかが大きくて、空港に来て現金を持っていないという時に払えて、1,000円近い金額を現金で払うのが結構大変ということで、カードの人気が高い。
次はやはり都市交通ですね。九州や関西で導入が始まっていますが、来年以降のポイントは大手が徐々にはじまるのかが注目だと思っています。
編集部:関東だとSuicaなど交通系ICが普及している中で、タッチ決済の狙いはインバウンド対応になるんでしょうか。
鈴木:インバウンドもそうですし、将来的に考えたときに交通系ICがどこまで使えるかというのもあります。一度導入すると5年、7年、最近はもっと長いサイクルで入れ替えができないので、そのくらい先を見据えたときに選択肢の1つとして当然入れておくべきだという。SuicaやPASMOがすぐになるなるというわけではなく、併存するときの候補として1つ残っているのかなと。
西田:昔と違ってエッジ系のキャパシティがどんどん上がっていくので、15年前ならQRコードでの決済は難しい事情もあったけれど、いまではそれもかなり問題は無くなってきた。この先を考えたときに今まで決済のスピードや独立性に重きを置いていたものが、どんどんネットワーク側に重きを置いても問題ない時代がいよいよやってきているということだとは思います。
鈴木:「Suicaはローカル処理だから早い」とよく言われるけれど、ほかならぬJR東日本が東北地方からクラウド化を進めていて、そういう仕組みができることを彼ら自身が証明している。技術的に不可能ではない時に既存のシステムとどう置き換えていくかというフェーズに入ってて、だからSuicaは将来的に残っても技術的にはまったく違うものになっている可能性もあるかもしれないんです。
西田:切符が完全な紙の、いわゆる「硬券」と言われていた時代から裏が黒い磁気に変わるまでのスパンは、戦後からカウントすると25年くらいなんですよね。そう考えるとSuicaが始まってからもう20年なので、そろそろ変わっていく時期でもある。
鈴木:Suicaの寿命は意外と長くて、それだけSuicaがいいテクノロジーだと思うんですが、それが本当に今後10年、20年と見たときにどうなっているのか。そしてそれ以外の応用を考えたときにSuicaだけで足りるのか。
例えばSuicaって今は決済の上限が2万円とかいろいろ問題はある。将来的にもっと応用分野を増やしたときにSuicaの仕組みそのものを変える必要があるかもしれない。JR東日本にとってSuicaは主要ビジネスなので、これを維持しつつどうやって変えていくかを考えている段階だとは思います。
編集部:代々木駅などで始まる実験も、これから何が起きるのかを彼らも見極めようとしているのでしょうか。
鈴木:まさにそうですね。これから徐々にだけれどある意味全域に入れていかないといけない仕組みで、今のところ相互乗り入れは考えていないといっているけれど今後は考えなければいけないとすると、他の鉄道事業者との連携も必要です。
逆にQRっていわゆるMaaSの仕組みと相性がいいので、切符の代わりをスマートフォンで全部できてしまう。入場券とかそういうものも含めた交通システムそのものを変える仕組みで、そのあたりを今後10年かけてどう彼らがブラッシュアップしていくのか、ということでしょう。
後編はこちら。