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「DeepL」の驚くほど自然な翻訳に迫る。失敗しない使い方

ビジネスでもプライベートでも、「外国語」「翻訳」で困っている人は多いだろう。この翻訳の精度について、最近話題となっているのが「DeepL」というツール。Twitterなどでも「Google 翻訳よりもかなり自然」とか、「精度の高さに驚いた」という声が多く、注目を集めている。

新型コロナウイルスの影響で、海外への渡航はまだしばらく難しい状況が続き、異なる言語を母国語にする人々と直接顔を合わせてコミュニケーションを交わす機会も減る。仕事などで、海外と頻繁に連絡を交わす必要がある人々には、対面による空気感、アイコンタクトやボディランゲージが使えなくなる分、メールやSNSのメッセージにより外国語のテキストを書いて、相手に意思や要望をなるべく正確に伝えることが求められる。優秀な「外国語自動翻訳ツール」は多くの人の助けになるだろう。

今回はPCアプリやWebブラウザで手軽に利用できる無料の翻訳ツール「DeepL(ディープエル)」を試しながら、ビジネスシーンで“失敗しない”外国語自動翻訳ツールの上手な使い方を考えてみたい。

ブラウザベースで簡単・無料の「DeepL」

DeepLは世界遺産の立派な大聖堂が立つドイツ・ケルンに拠点を構えている。独自のディープラーニングをベースにしたAI(人工知能)システムを開発する企業が、2017年に公開した機械翻訳システムを社名と同じDeepLと名付けてローンチした。

同社はDeepLを発表する前に独自の訳文検索エンジンを搭載するオンライン辞書の「Linguee」を開発・公開している。語彙や慣用句、フレーズ単位で翻訳文を検索して、最適な翻訳例を導き出すアルゴリズムが、DeepLの特徴である精度と柔軟性に深く関わっていることはLingueeと、両方のサービスを使ってみると明らかだ。

2017年に誕生したオンラインの外国語自動翻訳ツール「DeepL」

現在、DeepLはWindows/Macに対応するアプリになっている。まだモバイルアプリ化はできていないため、スマホやタブレットで使う場合はブラウザから「https://www.deepl.com/」にアクセスして利用する。今のところ無料で使えるオンラインサービスだ。

別途BtoB向けの有料版サービス「DeepL Pro」も開発されている。こちらにはTRADOSなど翻訳支援ツールにDeepLのエンジンが組み込めるプラグインや、開発者向けにDeepLをベースにしたアプリケーションをつくるためのAPIへのアクセスなどが揃う。現在各言語への対応を拡大中だ。日本にも早く公開されることを期待しよう。

BtoB向けの機能が充実する有料版「DeepL Pro」は日本ではまだ利用できない。年間利用料金は239.88ユーロ(約29,000円)。

無料版のDeepLにもまだ、所々に日本語未対応の“作りかけ”のサービスがあるものの現状でも十分便利に使える。日本語と相互に翻訳できる言語は英語のほか、仏語・独語・西語・中国語など11の言語に渡る。

原文のテキストボックス側にある「文書の翻訳」を選択すると、Word、Powerpointで作成したドキュメントを読み込んでファイル単位のバッチ処理翻訳ができるようだ。日本語で作成した企画書や請求書のファイルを、そのまま短時間に英語の文書に変換できて便利そうだが、残念ながら日本語ドキュメントの読み込みにまだ対応できていない

驚くほど自然で速い自動翻訳。Mac版アプリも試す

DeepLの翻訳サービスの使い勝手については、デバイスの種類に関わらず最もシンプルに使える無料ブラウザ版を基準に紹介したい。

画面の左側に「原文の言語」を入力すると、右側に「訳文の言語」が表示される。原文のテキストボックスには直接文字をタイピングしてもいいし、エディタ等で書き終えたテキストをコピー&ペーストして一気に翻訳をかけてもいい。

オンラインのツールなので、ユーザーが利用するネットワークの品質や原文の文字量にも依ると思うが、ここまで書き進めてきた約1,300文字の本稿をDeepL翻訳にかけてみたところ、5秒もかからずに翻訳が生成された。訳文はテキストボックスからコピーして任意のエディタに貼り付けたり、テキスト形式のファイルとして出力もできる。

iPad ProでDeepLを試す。サービスが公開されているURLにアクセスしてブラウザベースで利用できる
スマートフォンでも使い方は同じ。ユーザーインターフェースもほぼ統一されている

原文のテキストボックスに文字を直接打ち込むと、ほぼリアルタイムに翻訳変換される。このスピード感を活かして、例えばLINEが新規に公開した「画面シェア」サービスのように、PCの画面をネットワーク経由で会話相手に共有して、互いにDeepLの画面を見ながらデジタル筆談で会話が交わせそうだ。DeepLのエンジンを組み込んで、UIを使いやすくブラッシュアップしたチャットサービスが出てくることにも期待したい。

DeepLのAIシステムによる機械翻訳の質は驚くほどに“自然”だ。ネイティブスピーカーでも素直に意味が飲み込める対訳を瞬時に導き出す。

筆者はふだんオーディオ機器のレビューをよく書いてる。特にヘッドフォンやイヤフォンの「音質」を雰囲気で伝えるために、よく詩的でクサい表現を使うことがある。外国語に変換すると意味不明になりそうな原文でも、書いた本人が納得できる表現に翻訳して落としこんでくれる。

メジャーな翻訳ツールのGoogle翻訳よりもDeepLの精度が優れていると、筆者が感じる最大のポイントはここにある。aikoやtofubeatsのようにアルファベット表記のミュージシャンの固有名詞だけでなく、Original Loveのように意味を持っているバンド名・アーティスト名も正しく“そのまま”にしてくれる。

詩的な日本語をむやみに散りばめたテキストも、DeepLはそれなりに様になる英語に翻訳してくれた

特にビジネスシーンではこちらの意図をできる限り相手に正確に伝えたい。訳文をチェックする時も慎重になりすぎるくらいがちょうど良い。例えば日本語から外国語に変換したテキストを、再び原文側に移して日本語に翻訳をかけてダブルチェックを間に挟む使い方をおすすめしたい。英語は正誤の雰囲気までならつかめるけれど、オランダ語やポーランド語など馴染みのない言語にDeepL翻訳を使わなければならない場面で役に立つ。

Mac版のDeepLアプリも試した。こちらではMacBookに内蔵するマイクによる音声入力機能が使える。macOSとのつなぎ込みはまだ道半ばのようで、やはり音声の誤認識が時折発生する。

そして「句読点」が自動で入らないためフレーズが冗長になっていく。誤変換も音声操作で修正したいが、それも難しい。音声入力に合わせたインターフェースの改善点を洗い出す必要がありそうだ。

しかしこの点はDeepLが自社でリソースを注ぎ込むべき所とは考えていないだろう。「応用としてこんなことができる」という例を外部デベロッパに示すためのショーケース的に用意したアプリなのだと思う。既に公開されているDeepLのAPIを、サードパーティーが上手に活用しながらアプリやハードウェアに活かしていくことになるだろう。

Mac版のDeepLアプリ。こちらも無料で使える。インターフェースはブラウザ版とほぼ同じ
Macのマイクを使った音声文字入力からの自動翻訳機能がある。精度はまだこれからブラッシュアップが必要なレベル

外国語教師に上手なDeepLの活用術を聞いた

いくらDeepLの機械翻訳が高精度だからとは言え、ビジネスシーンの役者はあくまで「人」である。ちょっとした表現ミスや認識の齟齬が、言葉の言い回しや各々の文化風習の違いによって生まれる場合がある。外国語自動翻訳ツールを活用する際に注意すべき諸点について、都内で20年間フランス語教室「エスパス・ア・ゴゴ」を運営する講師のエリック・デュプイ氏に訊いてみた。

フランス語学校、エスパス・ア・ゴゴの講師であるエリック・デュプイ氏に外国語自動翻訳ツールを利用する際の諸注意を聞いた

ビジネスシーンで使われる言語は圧倒的に英語の方が比率が高いことは承知している。今回フランス語の講師に登場してもらった理由は、筆者のまわりに英語を母語として日本語にも精通する友人がいないことがひとつと、フランス語には日本語と同じ「丁寧語」の表現があるため、DeepLの精度に踏み込んだアドバイスがもらえるだろうと考えたからだ。ちなみにデュプイ氏は日本語も達者だ。

今回DeepLが初見だったというデュプイ氏も、機械翻訳の精度とスピード感は「十分にビジネスシーンで使えるレベル」と太鼓判を押している。

海外のビジネスパートナーにメールを送る際には、「お世話になります」「おつかれさまです」に代表される日本語独特の挨拶を書き添えたくなるが、これらの挨拶表現は海外のビジネスシーンや日常生活に存在しない。これを承知の上であえてメールにしたためてみると、DeepLの場合、文脈で判断してこれをかなり書き手の意図に沿った文言に翻訳してくれた。

日英翻訳で試すと「お世話になります」は「Thanks for your help, 」となり、フランス語では「Merci pour votre aide, 」としてマッチする訳ができた。デュプイ氏も「なるほど」と膝を打った。DeepLの場合、ディープラーニングの技術をベースに前後の文脈から適切な翻訳を抽出するため、ある程度できあがった文書を翻訳にかける方が精度の高い訳文を生成してくれるようだ。例えば「お世話になります」をそのまま一言だけ翻訳にかけると「It's a pleasure to be of service.」となり、やや意図がピンボケしてしまった。

日本のビジネスシーンではお約束である「お世話になります」「おつかれさまです」に代表される挨拶は多くの外国の言語、文化風習には存在しない。にもかかわらず文脈の流れを判別してDeepLは適切な翻訳を提案してくれた
デュプイ氏いわく「ごちそうさま」という表現、あるいはそれを食後に伝える習慣そのものが西洋にはあまりないのだといいう。DeepLでフランス語に翻訳してみたところ「メルシー・ボク(どうもありがとう)」となった。ちなみにフランス語には「いただきます」に相当する「Bon appetit!(ボンナペティ)」がある

頼りすぎはトラブルの元に。機械翻訳の気を付けるべきポイント

機械翻訳の“落とし穴”として以下の点にも気をつけたい。

ひとつは「主語」の使い方だ。日本語はよく主語が曖昧な言語と言われる。「特に相手にわびを入れる際の連絡は、誰のミスなのか主語を明言しないと海外のビジネスパートナーに誠意が届かないリスクがある」とデュプイ氏が指摘する。メール等で文書を書く際には、個人「Je=I=私」の考えていることなのか、あるいは企業「Nous=We=私たち」としての対応なのか、原文を書く時点から明確にするよう意識するべきだという。

日本語の場合、行為の主体をぼやかして相手に伝えることも多いが、外国語で伝える場合は「誰」が行ったことなのか主語を明快に伝える必要がある。訳文の方が「私」なのか「私たち」なのか、主語が正確に翻訳できているか確認しておきたい。

日本独特の「和製外国語」のトラップにもはまりがちだ。例えば「ノートパソコン(Laptop PC)」や「ビジネスマン(Business Person/People)」「タッチパネルディスプレイ(Touchscreen)」など、日本人が外来語だと勘違いしてよく使っている言葉も和製外国語だったりする。DeepLは和製外国語の判別まではできないため、そのまま英単語にしてしまう。訳文も一見すると違和感がない。ところがそのまま相手に送ると意味を取り違えられる場合があるので要注意だ。

最近は英語の場合、面識のある相手であればビジネスメールでもカジュアルな書き方がわりと許されているように思うが、やはりフォーマルな文章では“丁寧語”のニュアンスが正しく翻訳できているか大事なポイントになる。例えばフランス語では「よろしくお願いいたします」のひと言が、「veuillez accepter mes toutes considerations」とけっこう回りくどい言い方になるが、DeepLは上手にニュアンスをくみ取ってくれる。全文が完成したら、相手にメールを送る直前に先述した原文への“訳戻し”をかけてダブルチェックの手順も踏んでおきたい。

欧州の言語には丁寧語表現がある。送られてきたテキストを自動翻訳にかけた後で、少し違和感を感じる箇所があれば丁寧語の表現箇所だったということもよくある。DeepLはなかなか巧みに意訳してくれた

受け取った外国語のメールをDeepLで日本語に翻訳すると、読んでもニュアンスが伝わらない箇所が散見される場合がある。例えばこちらのフランス語の一文、「auriez vous l'obligation de bien vouloir me repondre rapidement」は、日本語に翻訳すると「(この件は)私からなるべく速やかにお返事しましょうか」となるが、DeepLにかけると「あなたは私に迅速に答える義務があるのでしょうか」となった。少しかみ合わない翻訳が発生する場合、単語の前後に入るスペースや改行コード、そしてスペルミスが影響を及ぼしていることがあるようだ。

くだけた口語表現にもちゃんと付いてくる

より近しい間柄である仕事のパートナー、友人には話し言葉に近いラフなボキャブラリーを使ってメールを書くこともある。デュプイ氏は「DeepLは教科書にない、活きたフランス語の単語も文脈を理解しながら正確なニュアンスに訳してくれる」と評価している。でもやはり機械翻訳システムのクセに慣れるまでは、くだけた表現が使いたくなる気持ちをぐっとこらえて、原文としてフラットな日本語を書いたうえで翻訳にかけるべきだと思う。思わぬ拍子にとんでもない誤訳に変換されている場合があるからだ。

例えば「もしかするとワンチャンいけるかも」という一文は「Maybe I can make it,」となり、“ワンチャン”を半ば無視したような形で無難にまとめたが、「うま!これまじヤバい」は「It's delicious! This is really bad」になってしまった。

くだけた日本語をDeepLで英語に変換してみた。「美味い」というつもりで書いた「ヤバい」が「Really Bad」になってしまったが、「(笑)」も「LOL/laugh out loud」に意図を汲んで翻訳してくれる

同社にはLinguee検索エンジンの開発から培った強力な文脈推測のアルゴリズムがある。DeepLが話題の流れを把握しながら自然な翻訳文を引き当てられる強さの核心は、どうやらここにも深く結び付いているようだ。

上質なAI翻訳エンジンを活かしたUIやプロダクトの登場に期待

反面、単発のフレーズや単語単位での翻訳精度にはGoogle翻訳など他社のサービスと比べて大きな差は感じられない。従って、音声入力によるリアルタイム通訳アプリ等に組み込まれた場合、今のままではDeepLの真価が十分に発揮できない可能性もある。あるいは話者が区切りの良いところまで話を続けてから、音声からのテキスト変換により貯めた文書単位で翻訳をかけて答えを返す音声対応の「逐次通訳」アプリならば即戦力になるかもしれない。

今回協力を仰いだデュプイ氏は、「外国人には漢字と平仮名、片仮名が入り交じる日本語を“読む”ことが困難と訴える人も多い。Google翻訳のカメラ入力はとても便利な機能だと思う。将来、DeepLの翻訳エンジンをカメラとつなぎ合わせて使いやすいインターフェースにまとめ上げたデバイスが誕生すればぜひほしいと思う」と語ってくれた。

今後DeepLの知名度が上がるほど、より深く高度に同社のAI翻訳エンジンを組み込んだスマホやワイヤレスイヤフォン、眼鏡型ウェアラブルデバイスなどの登場にも期待を寄せる声が高まりそうだ。