鈴木淳也のPay Attention

第250回

デジタルバンク新時代へ 「みんなの銀行」の苦戦と”実績”

2021年1月に開催された、みんなの銀行のシステム稼働を報告する説明会での一幕。左が現取締役頭取(当時は代表取締役副頭取)の永吉健一氏、右が頭取(当時)の横田浩二氏

ふくおかフィナンシャルグループの完全子会社でデジタルバンク「みんなの銀行」は25年5月28日にサービス開始から4周年を迎えた。7月4日には報道関係者らを集めて直近の進捗を報告しつつ、今後3年に向けた事業戦略の説明を行なった。

同社の主なビジネスモデルとしては、リアル支店を持たない、いわゆる"ネット銀行"としてのB2C向け銀行口座サービスに加え、銀行の機能を他業種などに提供する「BaaS(Banking as a Service)」の2軸があるが、前者は24年に100万口座の大台に乗っており、後者については24年4月から25年3月までの昨年度の段階で7社のBaaS提供に関する基本合意(MOU)と4社のサービスローンチを実現しており、徐々にその枠組みを拡大していることがわかる。

2024年度前期の主要トピック
2024年度に行なわれたBaaS提供のMOUと実際のサービスインに関するマイルストーン

そしてもう1つ、重要かつ直近で最も注目を集めたといえるかもしれないトピックといえるのが、みんなの銀行で稼働する「フルクラウド型銀行システムの外部提供」だ。もともと2022年11月に発表されたものだが、みんなの銀行の基幹システムを開発・運営するゼロバンク・デザインファクトリーとアクセンチュアが共同で開発したフルバンキングの銀行システムであり、Google Cloud上で動作する。既存の金融機関向け基幹システムとは異なり、ゼロの状態からフルスクラッチでシステムが構築されている点が最大の特長となっている。

近年当たり前となりつつあるスマートフォン上での銀行サービス利用を見据えたシステムであり、ユーザーインターフェイスのみならず、個々の機能はマイクロサービスとして独立し、APIで互いに連携するため、ニーズに応じて自在にカスタマイズできる。

こうしたシステム開発はコストとリスクの面からかなりの経営判断があったと想像できるが、足かけ2年以上をかけて獲得した最初の顧客が、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が2026年稼働に向けて準備を進めているデジタルバンキングで、かつ個人向けサービスの新ブランド「エムット」の中核となる銀行サービスだ。

「エムット」の発表を行なうMUFG取締役代表執行役社長グループCEOの亀澤宏規氏
2026年以降はGoogle Cloud上で動作する新デジタルバンキングが同社の銀行システムの中核に

結果として、システムの外部提供の仕組みとしてはいきなり超大物(MUFGは国内メガバンクでは最大手)を獲得した格好となったが、みんなの銀行頭取の永吉健一氏に、その背景にまつわる話題や、同社が次の領域として注力しているB2Bの世界における展望についてインタビューする機会を得たので紹介したい。

システム展開のために大きな"実績"が必要だった

MUFGへの銀行システムそのものの提供について、先方との契約で言えないことも多々あると思われるが、まずは単刀直入に前後の背景について聞いてみた。

みんなの銀行頭取の永吉健一氏

永吉氏:「われわれから積極的にアプローチしたというわけではないのですが、2022年にシステムを外部提供しますということを発表したものの、実際に(このシステムを使って)銀行を作るという人はそう出てこないだろうと考えていました。主に(これから銀行を展開していく)東南アジアを中心に、もともとアクセンチュアさんとの共同開発のIPということもあり、彼らの海外ネットワークを使って個別にコンタクトしていた状況です。ただ、そこで問題になったのが『(みんなの銀行の)ほかの実績はないのか』と毎回言われることで、国内外での実績を作りたいと考えていました。

海外の場合、実際には海外の商習慣に合わせて現地ナイズが必要ですが、この営業を世界にネットワークのあるアクセンチュアさんにお願いしていた形です。システム的には必ずしもアクセンチュアさんがSIerである必要はないのですが、やはり共同開発をしていたこともあり、アクセンチュアさんを含めた方が早い。仮に仕様が変わってもすぐに対応できるため、デジタルバンクに適した設計ができます。完全にゼロから自力で導入するのは難しいかもしれませんが、われわれ自身がそうであるように、もともと内製化に向けたプロセスに進めるよう考え、それを実証していますので、新しい銀行が小さくスタートするのに適したシステムだと思います。

そうして交渉を続けていて、海外で早く極大の実績を作りたいよねと言っているなか、MUFGさんから『デジタルバンクを検討したいのでシステムの提供が可能なのか』というご相談をいただいたわけです。もちろん、彼らもいろいろ(他社を含めて)検討しただろうし、実際にどういった交渉があったのかは存じ上げません。リサーチのうえ選んでいただいたと思うのですが、1つ重視されたのは"実績"なのかなとも考えています。われわれのシステムは稼働してから特に障害とかトラブルもなく"ラップ"を刻んでいるので、お眼鏡にかなうところまでいったのかなと。

みんなの銀行で稼働する「フルクラウド型銀行システム」

1点筆者が勘違いしていたのは、先日のエムットの発表会において「われわれ自身すでにBaaSを提供しているわけで、別に新デジタルバンクの導入でBaaS市場に乗り出すわけではない」とMUFG側がBaaS事業に対するスタンスを説明していたが、みんなの銀行のシステムを用いることでこの事業を強化するのだと考えていたことだ。

永吉氏:MUFGさんがBaaSを行なうために、今回のわれわれのコアバンキングを使うというよりは、いかにデジタルな仕組みで新しいサービスを作れるか、提供できるかみたいなところに動機を置かれていたと思います。別にBaaSをするのに優れたシステムというのは、私が聞く限りでは特にないので。

どこに重点を置かれているのかという話でいえば、どちらかといえば僕たちは個人向けのサービスにしても、例えば住宅ローンもマイカーローンも定期預金も外貨預金もないので、MUFGさんがいまプレーンに展開されているサービスで足りないものがいっぱいあるんです。とはいえ、やはりそういうサービスをマイクロサービスとして、いまあるベースのものにどんどん組み込んでいくことがしやすいシステムというのはあるので、そういうところをご評価いただいたのかなと。

業務プロセスというのが銀行の一番の課題で、今までは人間が伝票を見てオペレーションしないと融資が実行できないとか、(みんなの銀行のシステムでは)そういったものがすべてデジタルで完結するような思想設計で作られています。例えば、みんなの銀行にはない住宅ローンなども、必要であればいままでの業務プロセスを踏襲して何でも新しい次元ですぐに作れるわけです。

内製思想の話にもあったが、拡張性に優れたコアで軽量のシステムがあり、これを基盤に自身の銀行システムを自在に拡張し、ユーザーのニーズに合わせてカスタマイズ(パーソナライズ)していけるというのが、ここでのシステム外販におけるポイントだったというわけだ。

とかく、長らく基幹システムを運用してきた金融機関は、自身のサービス提供のためシステムの建て増しを続けており、構造は複雑化している。メインテナンスの面からも不利であり、サービス提供のスピード感も落ちてしまう。おそらく、国内最大級のシステムと顧客基盤を持つ三菱UFJフィナンシャル・グループではそれをよく理解しており、新デジタルバンクへの顧客基盤の移行過程で、余計なものを削ぎ落としてシンプルで軽量なシステムに乗り換えていこうと考えているのだろう。

永吉氏がプレゼンテーションの中で示した従来の銀行の基幹システムとみんなの銀行のシステムのイメージ図での比較例。やはりマイクロサービス型のアーキテクチャを用いたシンプルさが特徴となる
直上の図の拡大

このほか、BaaS事業における競合環境についても話を聞いた。

永吉氏によれば、提供先となる事業会社の課題感やニーズは千差万別であり、業界に存在するいろいろなBaaSプレイヤー自身の強みがそれらにフィットするかが重要だという。

想定するライバルは、先日NTTドコモによる買収でその傘下に入ることが決まった住信SBIネット銀行(NEOBANK)やGMOあおぞらネット銀行などが挙げられるが、プレイヤーとしては3-4社程度。どこが秀でているというわけでもなく、実際に選ばれた理由はそれぞれのBaaSが持つコアアプリ(金融サービス提供に必要なパッケージ)だけを見ているわけではなく、必要な機能をAPIで切り出したり、あるいは顧客基盤や住宅ローンなど実際に利益につながるサービスへの送客が可能かといった部分が判断基準になっていると永吉氏は強調する。

みんなの銀行の場合、「金融収益を確保するためというよりは、A2Aのようなアカウント送客や顧客のLTV(ライフタイムバリュー)の向上、自社の本業の貢献に寄与できるかといった部分が中心となっている」(同氏)とのことだ。

B2B2Bの市場を狙う

同社によれば、2025年3月時点で125万口座を達成、ユーザー属性としては約7割が10-30代のデジタルネイティブ世代にあたる。また地理的なユーザー分布はほぼ日本国内の人口分布に類似しており、これまでグループ企業の福岡銀行をはじめとした「ふくおかフィナンシャルグループ」の傘下銀行らが九州を地盤として、比較的高い年齢層と地域分布の偏りがあったという難点を克服するという、「当初想定していた通り」(永吉氏)の成長を実現している。

一方で、以前にも一部で「親会社がみんなの銀行の赤字状況を問題視している」と報道されたように、黒字化に向けた比較的明確なロードマップを求められてもいる。

みんなの銀行の現状について

マーケティング予算の限られる中小のネット銀行にとって、一時的なキャンペーン施策などで一気にユーザーを獲得することは難しい。そこで鍵となるのがBaaSなどを経由したサービスのB2Bによる外部提供で、こうした仕組みを通じて口座や預金の増加、ひいては手数料やローンを含む各種サービスの提供を通じてのビジネスが黒字化に向けた大きな軸となる。BaaSと呼ばれる仕組みを通じたサービスの外部提供にはいくつかのパターンがあるが、みんなの銀行が強みとするのはパートナー企業のニーズに応じて柔軟にAPIを開発し、それを利用して先方のサービス拡充やDXを支援する仕組みだ。

永吉氏が提携例として挙げるのが、更新系API連携による「ピクシブかんたん決済」だ。Pixivで作品を販売できる「BOOTH」というマーケットプレイスのサービスがあるが、同サービスはここに決済機能を提供する。クレジットカードなどの取引とは異なり、銀行口座の直取引となるため入金サイトが短く、かつ取引がデジタルデータとして記録されるため、確定申告などを見据えた取引の記帳も楽になる。Pixivは個人クリエイターが多く、これらをA2A(Account to Account)のサービスでユーザーとつなぎ、資金化サイクル短縮の支援に寄与できるという。

Pixivのケースでは企業にサービスを提供することで間接的に末端顧客を得るB2B2Cの形だが、将来的には似たような方式で法人顧客も獲得していくことを考えている。つまり法人口座を積極的に獲得していくという話だが、その営業ツールとして機能するのが「B2B2B」となる。Pixivはクリエイター向けマーケットプレイスというECだったが、ERPやHRMなどクラウドサービスを提供する事業者を経由することで、より幅広い法人顧客へのアクセスを可能にしていく。

BaaSでどのようにビジネスを拡大していくのか、みんなの銀行の狙い
B2B2CならびにB2B2Bでパートナーを経由して末端の顧客や法人へとアクセスを拡大する

もう1つ永吉氏がトレンドとして挙げるのが、地域BaaSの試みだ。「九州にはふくおかフィナンシャルグループ傘下の金融機関が多く、リアル銀行とのカニバリゼーション(競合)の問題から積極展開ができず地場の強みを活かせないという意見がある、それは違う」。実際には、BaaSの仕組みを活用して既存のリアル銀行では解決できなかった課題をサービスとして提供することで解決することが可能だという。

例えば、九州をはじめ各地域には地場に根付く有力なグループ企業があるが、グループの各企業がいざIDやロイヤルティプログラムなどで連携しようとおもっても、それぞれがバラバラに動いていて有機的な連携ができないといった問題が存在する。

永吉氏が例として挙げるのが鉄道会社で、運輸事業のほか、ショッピングセンターやホテルなど、さまざまな事業を展開しているものの、それぞれの連携が弱いケースが多い。ここにID機能を提供するBaaSが介在することで、グループ内での相互連携を実現したエンドユーザー向けサービスが提供可能になる。

永吉氏はもともとふくおかフィナンシャルグループでiBankマーケティングという事業を推進しており、ここで「Wallet+」という銀行ウォレットの"ホワイトレーベル"と呼べるサービスを提供していた。Wallet+は参加銀行が自身の銀行サービスを利用するためのバンキングアプリとして活用可能な仕組みで、オンラインバンキングのみならず、さまざまな情報を提供するツールとして機能する。

みんなの銀行ではBaaSによるコアバンキング機能の切り出しにより、同社BaaSを利用するパートナー各社が自社のサービスを金融と結びつけて素早く展開可能な"ホワイトレーベル"的なプラットフォームとして機能することを想定している。

地域BaaSを想定した動き
永吉氏がみんなの銀行参画前に中心になって推進していたiBankマーケティングの「Wallet+」

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)