西田宗千佳のイマトミライ

第319回

「AIで仕事が無くなる」へのAWSの回答 AIエージェントが変えていくもの

「re:invent 2025」は今年もラスベガスで開催

AmazonのWebサービス部門である「Amazon Web Services(AWS)」の年次イベントである「re:invent 2025」取材のためにラスベガスを訪れた。

他のクラウド事業者がそうであるように、今年のテーマは「AIエージェントの活用」だった。AIをある種の仕事基盤・チームメイトととらえ、新しい仕事のあり方を問い直すものと言える。

そんなトレンドを、基調講演と独自取材の中からピックアップしてお伝えしたい。

AIで仕事はなくなるのか?

re:inventでは毎回、AmazonのCTOであるワーナー・ヴォゲルス氏の基調講演が用意されている。

彼の基調講演は、AWSの新機能をアピールすることを目的としていない。現在の技術トレンドがどこにあり、開発者はどのような方向性で進むべきか、という、ビジョンを示すような内容である。その知見から、ヴォゲルスCTOの基調講演は開発者からの人気が高い。会期の最後に行なわれることが多いが、参加者は多く、彼へのリスペクトの高さを感じさせる。

そんなヴォゲルスCTOの基調講演だが、彼の口から「今回で最後になる」ことが語られた。AmazonのCTOを辞するわけではないが、「基調講演で語ることを、より若い層に譲りたい」という狙いだ。

最後の基調講演に立ったAmazon CTOのワーナー・ヴォゲルス氏

基調講演の冒頭では毎回謎の寸劇があるのだが、今回は「どこかで見たような車に乗って過去に戻る」形だった。1965年から歴史を辿り、これまでに幾度も「これが最終解」「この技術を覚えねば仕事がなくなる」という話題が出てきたことを見せた。

どこかで見た車でバック・イン・タイム。各時代の開発トレンドを遡る

要は、現在直面しているAIによる変化もその1つである、ということだ。

その上で、ヴォゲルスCTOは「The Elephant in the room」というスライドを示した。直訳すると「象のいる部屋」だが、これは英語的な表現の一つで「誰の目にも見えているのに、まるでそこに存在しないように無視される」という意味の言葉だ。

「誰の目にも見えているのに、まるでそこに存在しないように無視されること」がある、とヴォゲルスCTOはいう

re:inventでズバリ言えば「AIでプログラマーの仕事はなくなるのか」ということだ。

AIと仕事、というと人を減らす、人の価値を置き換える話が語られがちだ。しかし、「re:invent 2025」ではその文脈で説明はされなかった。そうした話が場に馴染まない、という部分はあるだろう。

そこでヴォゲルスCTOは、過去の様々な事例を引き合いに出しつつ、この問題に切り込んできた。

「AIは我々の仕事を奪うのか? ……たぶん」

AIによる仕事の減少は「ありうる」とヴォゲルスCTOは率直に回答

自動化やAIによるコーディングは、確実に誰かの仕事を奪う。そこを誤魔化してもしょうがない。

だが、必要な仕事はたくさんある。その上で示したのが次のスライドだ。

「AIは我々を時代遅れでいらないものにしてしまうのか? ノー。あなたが進化する限りはそうならない」

進化し続ける限り時代遅れにはならない、とメッセージング

技術トレンドは常に変わる。その進化に対応できなければ、AIに仕事を奪われるだろう。しかし、進化を把握して対応していけば、ソフトウェア・エンジニアが不要になることはない……という主張だ。

これは、より幅広い仕事についても言えることだろう。

同時に、同じ仕事の中でも、派手な部分とそうでない部分はある。インフラ整備やデータベースの保守などは、顧客にアピールする部分が少なく、顧みられることが少ない領域ではある。筆者の目から見れば、多くのソフトウェアエンジニアは、その仕事を理解しない人々からは見えづらい仕事にも思える。

ヴォゲルスCTOは「誰も見ていないところでも正しく物事を行なうという、プロフェッショナルとしての誇り(Professional Pride)こそが、最高のビルダー(開発者)であるということ」と語る。

AIが出てきても、手放しで何かが終わるわけではない。その仕様管理やコードの確認など、「正しく開発を行なう」ために必要な作業や技術は多数ある。それがなにかを自分で考えることもまた、今の時代に求められていることなのだろう。

エンタメにも活躍する「AIエージェント」

今回のre:inventでは、AIエージェント活用が当たり前になる時代のインフラについて語られることが多かった。ヴォゲルスCTOの言葉も、そんな新しい時代のインフラと技術に対応するための、ソフトウェア開発者へのエールという側面がある。

AWSのマット・ガーマンCEOはこれからの社会を「数十億のエージェントが活躍する時代」と説明する。チャットAIから、自律的に処理をするAIエージェントの時代になり、様々な作業を受け持つAIエージェントが多数作られ、それらが当たり前のように動作する時代になっていくからだ。

「エージェント」こそがテーマ。今回はほとんどの時間がこの解説に費やされた

そのことは、単に我々がネットを使う上でのUIがプロンプトになる、という話ではない。品物を探すときやサポートを受けるときなどに、あたりまえのように多数のAIエージェントが裏で動き、サービスを提供する人々の働き方を支えるようになる、ということでもある。

実は今回、ガーマンCEOの基調講演(全体で2時間30分)のうち、最後の10分で25の新プロダクトを発表する……というチャレンジが行なわれた。中身を見ると、この25のプロダクトは、数年前のre:inventであれば。基調講演全体で紹介するような内容である。それを10分で終わらせてしまうのは、それだけ、AIエージェントの基盤に関する情報が多かった、ということでもあるのだ。

いつもなら2時間で説明する製品群を10分で紹介。AI関連に大きく時間を割くためだ

AWSの利用企業には、メディアやエンターテインメント企業も多い。そして、もはやそうした企業ではAIエージェントが必須になりつつある。

例えば「F1」は、映像から車両のログデータまで、大量のデータ処理をAWSで行なっている。

そうした複雑なネットワークはトラブルもつきものだ。これまで、トラブルの根本的原因の発見と修正には3週間がかかっていた。これは、レースが日々行なわれており、その合間をぬって作業するために長くなっていたのが、AIエージェントでの作業に切り替えると、問題は数時間で解決できるようになったという。

また、PGAツアーゴルフでは、各コースのリーダーボード更新を、過去には手作業でやっていたという。だが現在は、「Amazon Nova Act」で自動化した。

「Amazon Nova Act」は、ブラウザーなどのUI操作を自動化するAIエージェントで、特に繰り返し処理に強い。従来の自動化処理は、操作が複雑で状況変化が多いパターンだとトラブルを起こしやすかった。そこに生成AIを使うことで、UIが変化してもそれに追従、求める動作を確実に自動化する。

様々な形で「AWSのAIエージェント基盤」を世界へ

AIの利用が実験レベルから実用へと明確にシフトしており、AWSのようなクラウドインフラ事業者にとっては「より負荷の高いAI処理」が増えていくのは自明。データセンターとその中で動作するハードウエアの強化は必須である。

AWSはAI処理のために複数のプロセッサーを開発しているが、従来は主に学習向けとされてきた「Trainium」シリーズについて、最新の「Trainium3」では推論処理も行える、と説明。現在構想中(使用可能時期は未公開)の「Trainium4」では、NVIDIAが公開する同社のチップ間インターコネクト「NVLink Fusion」を活用し、NVIDIAの最新GPUと組み合わせてより活用の幅が広がる、とアピールされた。

推論処理増加に伴い、学習向けだった「Trainium」でも推論利用を拡大

ガーマンCEOは、基調講演の中で「データセンター全体が1つのコンピュータとして機能する必要がある」と述べた。単に半導体があればいいのではなく、冷却や電源構成、サーバーのネットワーク構成や保守ソフトウェアなど、多数の要素が必須になる。すなわち、そうした要素の開発にコストを割いているAWSは価値が高い……と言いたいわけだ。

AIモデルはOpenAIなど様々な企業のものを選べるが、同時にAWSも、自社開発の「Nova」シリーズを「Nova 2」に改良、強化した。さらに、企業向けにカスタマイズした特別なAIモデルを開発するための「Amazon Nova Forge」も発表されている。

自社AIモデル「Amazon Nova」も強化

さらに今回、AWSのインフラ技術を顧客企業の環境へと持ち込む「AWS AI Factories」というサービスが発表された。

現状、データを自社内・自国内に配置する「データ主権(ソブリンデータ)」を求める動きが出てきた。機密性の確保には必要なことであり、政府機関だけでなく、製造業などでも検討の動きがある。その中では、セキュリティを維持しながらAWSの最新AI機能を利用可能にする必要が出てくる。

そうしたニーズへの対応を推し出すほど、各所でのAIニーズが拡大している、ということだ。

ソニーや日産もAWSを基盤として活用

導入する企業も様々だが、今回はソニーグループが登壇したのが注目される。

この種のイベントで日本企業はなかなか登壇機会が回ってこない。特に基調講演となると、アジア企業全体でも少ない。今回は、ソニーグループ 執行役 CDO(Chief Digital Officer)を務める小寺剛氏が登壇し、同グループでのデータ基盤構築について解説した。

ソニーグループがre:inventの基調講演で自社データ基盤を解説

ソニーグループは「Amazon Nova Forge」などを使い、自社グループ内で横断的に利用する「Sony Data Ocean」を開発している。ソニーグループには映画・音楽・ゲーム・エレクトロニクスに半導体と、様々な事業領域がある。そして、それぞれの領域にはまた様々な役割の子会社があり、巨大なコングロマリットを構築している。

ソニーグループは事業をまたいで「Sony Data Ocean」を構築

Sony Data Oceanはそれぞれのグループ企業で集積し、学習した結果を集積する「フェデレーテッド(連合)モデル」が採用されている。巨大な基盤ではあるが「すべてを1つに集めた」わけではない。その方がプライバシーや機密の管理には有利だからだ。

そして、そのデータを各部署でどう使うか・どう見るかは統一していない。一見非効率に見えるが、それぞれの組織の観点で「他の事業で集まったデータを見る」ことで、新しいビジネスの可能性を模索できる。

小寺氏はこれを「2つのレンズでものを見るようなもの。異なる事業領域を自分たちの視点で見ることで、目の前の事業についての解像度を上げていく」と説明する。

ソニーグループでは、映画やゲーム、音楽に家電など、複数の領域にまたがる事業が増えた。特にアニメなどでは、作品や主題歌から入ったファンが他の領域に広がることも多い。その流れを捉えて有効なビジネスを展開するには、巨大かつ自由度の高いデータ基盤が必要であり、それはAWSのようなクラウドインフラでなければ構築できない……という流れだ。

基調講演でなく別の機会での発表となったが、日産自動車も、AWSの上に「今後の同社製品」で使うソフトウェアを開発する基盤を構築した……と発表した。まずは2027年発売予定の先端運動支援システム「次世代ProPILOT」で部分的に採用され、その後2029年中には製品へと全面採用される予定だ。

日産自動車は、AWS上にSDV開発基盤を構築、今後の自動車向けソフト開発に活用

今後の自動車はソフトで機能が決まる部分が多く、その開発効率化には開発基盤整備が必須になる。日産は2022年から具体的な開発に着手、すでに開発に使われ始めている。現状AIを使った開発は行なわれておらず、まずはドキュメント類の製作や管理に使うという。だが、将来的にはAI駆動開発へと進めていく意向を持っている。

現状、AIエージェントは企業の中で広く使われるものだ。すでに活用は進んでいても、外から見ると見えづらい。

しかし、Webを支える多くのテクノロジーが「見えづらいが我々を支えている」のと同様に、AIもその重要なパートを担うものになってきた。AIバブルと言われるが、同時に、非常に地に足のついた変化として、企業を支える基盤になってきている部分もあるのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41