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「AIでSaaS不要論」再び? Claude Cowork登場で株式市場にも影響
2026年2月16日 11:44
1月下旬から2月上旬にかけて、株式市場ではSaaS関連企業やソフトウェア企業の株価が急落して話題となりました。Microsoftやセールスフォース、Adobe、Workdayなど名だたるソフトウェア企業の株価が下落したほか、日本においても、Sansanやマネーフォワード、freee、ラクスなどのSaaS企業の株価に影響し、株式市場に「ショック」が広がりました。
影響をうけたのは、主にSaaSと呼ばれる特定業務向けのソフトウェアサービス、そして大手ソフトウェア企業です。きっかけとなったのは、米Anthropicによる、Claude Coworkの登場とされています。
CoworkでSaaSが不要に? 株式市場でSaaSショック
Claude Coworkは、コンピュータ上の任意のフォルダへのアクセス権をClaudeに付与することで、そのフォルダ内のファイルをClaudeが読み取り、編集、作成などが可能になります。例えば、ダウンロードファイルを分類・リネームして整理したり、多くのスクリーンショットから支出リストをまとめた新規スプレッドシートを作成するといったことが、簡単にできるようになります。
詳しくは別の記事でも触れていますが、コーディングが主導してきたAIの企業導入に対し、Coworkの登場により、エンジニア以外の業務もAIが代替できる可能性を示しています。
Cowork自体は、1月13日に発表されたものですが、Anthropicはその後、業界特化の機能を追加できる「プラグイン」を1月30日にひっそりと提供開始。Sales、Data、Enterprise Search、Finance、Legalなどのプラグインを追加することで、それぞれの「専門スキル」を追加できるようになりました。今回の株価急落への影響は、特に企業会計向けの「Finance」や企業法務向けの「Legal」プラグインの登場がインパクトを与えたようです。
Coworkを使うことで、請求書PDFから金額情報を抜き出してExcelにまとめたり、契約書のレビューやワークフロー上の回覧などの企業の業務の一部をCoworkで実現できそうには見えます。
これまでは、営業支援や会計、経費精算、法務などの業界ごとに多くのソフトウェア/SaaS企業がしのぎを削ってきました。それが、Claude Coworkの登場により、こうしたソフトウェア企業が無くなる、もしくは成長性に影響を与える、という見立てが株式市場に広がり、大きな影響を与えたようです。
再びのSaaS不要論
一方、こうしたSaaS is Dead(SaaSは死んだ)論は、今年始まった議論ではありません。
24年末にMicrosoftのサティア・ナデラCEOが、「AIエージェントの台頭により、SaaSのあり方は変わっていく」と語ったことから、25年のソフトウェア業界では「SaaS時代の終わる=SaaS is Dead論」が大いに盛り上がりました(ナデラ氏自身はSaaS is Deadとは言っていない)。
SaaS各社はこうした論調に対して反論しており、その内容としては、業務理解や業界知識や正確性の担保、継続的な法令対応などをAIに依存するのは現実的ではないといったものでした。25年段階ではそのとおりだったといえるでしょう。
そのため「またSaaSが死んだの?」とやや既視感がありましたが、株式市場の動揺は大きく、2月3日には3,000億ドル(約45兆円)相当の影響があったと報じられています。
1年前から指摘されていた問題ではありますが、Claude Coworkが目に見える形で、AIサービスによりソフトウェアを代替される姿を示したことで、業務特化したSaasだけでなく、ナデラ氏のMicrosoftやクリエイティブ向けのAdobeなど、ソフトウェア企業全般にその影響が広がったようです。特に法務サービスに強いトムソン・ロイターなどが影響を受けたとされています。
ソフトウェア企業からの反論 それでもAIが変えるもの
では、SaaS企業は、死んでしまうのでしょうか? 結論から言えば、やや拙速な議論ではあるでしょう。
NVIDIAのジェンスン・フアンCEOは、Ciscoのイベントでの対談において、「ソフトウェアは『道具(ツール)』だ。 今、『ツール産業は衰退し、AIに置き換えられる』という考え方があるが、これは世界で最も非論理的なこと」と言及し、「もし人間と同じ能力を持つロボットがいたとして、そのロボットは『新しいハンマー』を発明するだろうか? 既存のハンマーを使うだろう」とし、AIにより、新しい計算機やソフトウェアを発明するのではなく、SAPやServiceNowといった既存のツールを使うはずだと語っています。
また、セールスフォースやBox、Workdayのエグゼクティブも同様に反論を行なっています。各社の主張はまちまちですが、企業の業務にはガバナンス、コンプライアンス、安全性などが求められます。その前提の上で、AIによるソフトウェア拡張が顧客のニーズであること各社が言及しています。
Coworkでは、SaaSに近い機能を実現できるかもしれませんが、それらが正確に動作し、業務に耐えるものにできるかは、業界知識や適切な処理を判断する知見も必要になります。また、例えば年度で法制度が変わる場合、誰が適法性を管理・判断し、それを実装するか、企業の中にその運用を担う人材はいるのかといった点も課題になるでしょう。個別の企業でそれらをAIに代替させるより、SaaSを導入したほうが早い、といったケースの方が多そうです。
日本のSaaS企業もこうした動向への対応について、積極的に発信しています。
労務管理クラウドなどを展開するSmartHRの芹澤雅人CEOは、「AIでSaaSは死なないし、業務システムをAIで内製化してはいけない」というブログ記事を2月5日に投稿しています。その中では、内製システムを長期的に運用するには大きなコストと専門知識が必要となること、また、個別開発ではセキュリティや法令遵守が後回しになるため、実際にできる企業は少ないだろうと説明しています。そのうえで、AIでSaaSを代替することは「車輪の再発明」とまとめています。
SmartHR - AIでSaaSは死なないし、業務システムをAIで内製化してはいけないhttps://real.smarthr.co.jp/articles/times_serizawa_0008
マネーフォワードも、山田一也グループCSOによるnoteを公開。AIとSaaSを対立的に捉えるのは「誤解」とし、「AIとSaaSを『対立』ではなく『融合』の構図」と言及しています。これまでのSaaSはUIが価値を担っていた一方で、AIエージェント化により、AIを想定した簡素(ヘッドレス化)なものに移行する一方で、AIが扱うための「判断の根拠となるデータ」と、適切に処理する「ロジック」の二つの価値がとても大きくなり、SaaSの価値の重心は、「UIから業務処理ロジックを保有するデータベースへと変わる」と語っています。
Money Forward – 「SaaSの価値はUIではなくデータとロジック」https://note.business.moneyforward.com/n/n2dbec696385c
freeeは、10日の会見で、AIネイティブカンパニーへの取り組みとして、横路隆CAIO(最高AI責任者)がその対応を説明。「SaaSに対する価値が、人が使いやすいUIや機能から、AIが正確に業務を遂行し完了してくれる仕組みへと移りつつある」と、この点はマネーフォーワードと同様の見解で、自分で業務を行なう「Done by You」から、AIエージェントが業務を完了してくれる「Done for You」へのシフトと説明しています。
各社は「データを適切に貯めて活用する仕組み」こそが重要になると説明し、ここにはドメイン知識や法令対応、運用保守などの価値は消えないでしょう。AIによるSaaS置き換えに「車輪の再発明」以上の価値をもたせるのは、なかなかハードルが高いように見えます。
ただし、各社のコメントをみても、SaaSの事業やソフトウェア全般がAIにより大きく変わることについては、意見は一致しています。UIの重要性が減り、データと業務ロジックを持つSaaSこそが価値を高めるというトレンドになっていきそうです。




