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打上げ失敗の「H3ロケット8号機」 事故の"特異さ"が明らかに
2026年2月13日 08:40
準天頂衛星「みちびき」5号機を搭載したH3ロケット8号機の打上げ失敗から約1カ月。1月20日に文部科学省ではJAXAからの調査状況を報告する調査・安全小委員会が開催されました。軌道上で衛星とロケットに何が起きていたのか、映像資料が公開され、飛行中に衛星がロケットから離脱して失われてしまうという、これまであまり例のない事象が発生していたことが判明しました。
映像資料と有田誠プロジェクトマネージャの報告
H3ロケット8号機は、2025年12月22日10時51分30秒に種子島宇宙センターから準天頂衛星システム「みちびき5号機(QZS-5)」を搭載して打ち上げられました。H3-22S形態(第1段LE-9エンジン2基、SRB-3ブースタ2本、ショートフェアリング)というこれまで問題なかった5号機と同様の構成でした。
第2段エンジン第1回燃焼終了時までは所定の軌道に達していましたが、第2段エンジン第2回燃焼(SECO2)が正常に立ち上がらず早期停止したため、衛星を所定の軌道に投入できませんでした。
異常はロケット先端のフェアリング分離の時点から始まっていましたが、その後に2段水素(LH2)タンクの圧力低下という事象が始まります。燃料が十分に供給されない状態で第2段エンジンは正常に燃焼を続けることができず、目標とする軌道まで到達できなかったというのが12月の時点で判明していた状況でした。このことから、H3の第2段機体は、いわば力尽きるように衛星とともに失われたのかと思われたのです。
1月の委員会で、JAXAの有田誠PMはロケット搭載のカメラで撮影したフェアリング内の画像と共に、衝撃的な事象が発生していたことを明らかにしました。フライトデータおよび搭載カメラ映像の分析から、次のような特異な飛行シナリオが推定されています。
第1段機体の飛行中、衛星フェアリング分離直後に、何らかの要因で衛星を固定する衛星搭載構造(「衛星搭載アダプタ:PSS」と「衛星分離部:PAF」の組み合わせ)の一部が損傷し破壊されてしまいます。衛星搭載構造の一部が付いたままの状態で衛星はロケットから脱落してしまいました。
しかし、第1段エンジンが燃焼し加速を続けていたため、衛星は破壊された構造ごと機体に押し付けられ、一体となって飛行を継続しました。その後、第1段エンジンの燃焼が停止すると機体から衛星を押す力が消失したため、本来の分離タイミングより前に衛星がロケットから離脱してしまいました。
衛星分離部には、温度や加速度を測るセンサーが取り付けられていて、こうしたセンサーの配線は断線したと考えられる状態を示しています。衛星搭載部と共に配線がちぎれてしまったと考えられています。
衛星不在のまま「目標軌道」へ 奇妙な整合性の正体
衛星が脱落したまま飛行を続けた8号機ですが、第1段後・第2段分離後には第2段エンジンが着火し最初の燃焼を始めます。このとき第2段LH2タンクの圧力低下が発生していたことから、2段エンジンは燃料不足の状態でしたが、衛星が不在で機体全体が軽くなっていたために、第1回燃焼の推力が本来よりも低かったにもかかわらず所定の軌道に到達していました。
第2回の燃焼では1秒ほどしか燃焼することができず、第2段機体は最終的な目標の軌道には到達できませんでした。一方、衛星は第1段と同様に海上に落下したと考えられています。
こうしたシナリオ推定に大きく貢献したのがロケット機体に取り付けられたカメラによる映像です。第1段・第2段分離時の機体外部カメラ映像には、本来そこにあるはずのない衛星らしき物体が映り込んでいました。
またフェアリング分離時には、これまでの打上げとは異なる全面的な画像の白飛び(ハレーション)が続いていました。ハレーションそのものは、ロケットの飛行コースや飛行時刻などの条件によって太陽光が機体に当たることで起きる可能性があります。ですが8号機では、フェアリング開頭時に太陽の方向は衛星を間にして反対側にあり、長くハレーションが続くような想定ではありませんでした。
本来映っているべき衛星の位置と映像とのズレを検討した結果、衛星はカメラに向かって下に傾きながら落ち込んでしまったと考えられています。衛星の位置が本来と異なっていることで、太陽光が当たりやすくなったように考えられます。また、衛星表面の多層断熱材(MLI)が剥がれ、内部パネルが露出して損傷しているとみられる様子も記録されていました。
飛行中に衛星がロケットから脱落するという異常とこれまでわかっている第2段のLH2タンクの圧力低下との関係ですが、衛星搭載部は第2段のLH2タンクの上に取り付けられています。衛星搭載構造が機体に落ち込んだことで、LH2タンクの配管を損傷させてしまい、タンク圧が下がるといったトラブルが起きたと推定されています。
8号機打上げ失敗の「特異さ」
原因調査は今後、「フェアリング分離開始直後に異常な加速度が発生した」ことをトップ事象としてFTA(故障の木解析)を進めていくことになります。
とはいえ、衛星搭載構造は推進剤込みで4.7トンにもなる衛星を支える役割を持っています。アルミハニカムにCFRPスキンで、飛行中はしっかりと衛星を支えるためのものですから、そうそう壊れるようなものではありません。
また「どこで」「どのように」壊れたのかはまだ詳細が不明です。そして衛星搭載構造の破壊が「原因」なのか「結果」なのかについても解析中だといいます。
こうしたことからFTAはまだ最初の段階で、かなり幅広く要因をリストアップせざるを得ません。現在のところ、8号機の問題の「直接要因」として6つの要因が考えられています。
直接要因の候補/補足・現状の評価
- 衛星搭載構造の損傷:フェアリング分離時の衝撃が引き金となった可能性
- フェアリング内部圧力の異常:ベントバルブは正常動作。計測誤差を含め再検証中
- フェアリングの衝突:開頭時の挙動が衛星に物理的ダメージを与えたか
- 歪エネルギーの解放:衛星分離部などに残っていたエネルギーの意図しない解放
- 火工品・推進剤の漏洩:現時点でデータ上の裏付けはなし
- 衛星搭載構造の強度不足:現時点でデータ上の裏付けはなし
この中で「フェアリング内部圧力」とは、ロケット打上げの際に急激に変化する機体外部との気圧を調整する機構に関係しています。
ロケットが上昇すると、周囲の大気圧は急激に低下します。特に音速を超える付近では、わずか数秒の間に劇的な圧力変化が発生します。フェアリング内や衛星の内部空間が密閉されていたり、空気を逃がす穴が小さすぎたりすると、外部の圧力が下がっても内部の圧力は高いままとなってしまい、内側から外側へ向かう強い力が働き、機体内部や衛星を破壊してしまうことがあるのです。
通常はフェアリング内と外との圧力を調整するベントバルブが設けられており、8号機の飛行中も正常に機能していたことを示すデータが得られているといいます。ですが、有田PMは「計測の誤差を考慮してもおかしなことが起きていないかどうか、慎重に検討している」と説明しました。
FTAに挙げられている要因の候補は、H3ロケットが通常の手順に沿って製造、試験を経た上で打ち上げられたのであれば考えにくいものも含まれています。ありえないことが起きたと言ってしまいたいところですが、実際に失敗が発生したわけですから、すべてをテーブルに並べて調査するしかない、という段階なのです。
試される日本の宇宙輸送:2026年度計画の影響
2026年2月1日にH3ロケット9号機で「みちびき」7号機の打上げが予定されていましたが、これは延期となりました。このことからすでにH3ロケットによる日本の衛星打上げ計画への影響は出ている状態です。
2026年度にH3ロケットで打上げを計画していた衛星は、新型宇宙ステーション補給機「HTV-X 2号機」、火星衛星探査計画「MMX」が主なところで、技術試験衛星9号機「ETS-9」、情報収集衛星時間軸多様化衛星「光学1号機」なども可能性があります。
衛星打上げと平行して、衛星ではなく性能確認ペイロードを搭載するH3ロケット6号機(メインエンジン3基、SRB-3なし「30形態」の試験飛行)も計画されています。これは2025年7月の地上での試験の際に不具合が見つかったことから、再度の試験を目指していました。
8号機打上げ失敗の原因究明はまだ続いていますが、主衛星を搭載してない6号機は、フェアリング分離時に衛星を喪失する再現リスクは低いといえるでしょう。そこで、2026年3月までに地上での試験を進め、H3ロケット打上げ再開までの期間を活用して開発を進展させることになりました。
判断を急がなくてはならないのがHTV-X 2号機とMMXでしょう。HTV-Xは国際宇宙ステーションの運用計画に関わるため、延期の場合はISS参加国との調整が必要になります。そしてMMXは、火星圏に向かうことができる機会がおよそ2年に1回となるため、延期の判断は非常に難しくなります。
開発が難航しているイプシロンSロケットの現状もあり、現在の日本は、基幹ロケットが2種類ともすぐに利用できない状況です。これまでに打上げ失敗を経験したイプシロンロケット6号機(2022年10月)、H3ロケット試験機1号機(2023年3月)の例を見ると、原因調査が始まってから報告がまとまるまでおよそ6カ月かかっています。
とはいえ、過去の事例は8号機の調査のスピードを保証するものではありません。海外ロケット載せ替えといった可能性は決してたやすくはありませんが、みちびき7号機、HTV-X2、MMXと重要な計画は打上げ機会を逃さないためのあらゆる選択肢が検討されることになるでしょう。調査結果と共に、速やかに打上げ復帰へのスケジュールを立てることができるかが重要になってきます。










