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「スペースデブリ」除去はなぜ必要か 15年前のH-IIAロケットも軌道上に

打上げ前に公開されたADRAS-Jの機体

2月18日23時52分(日本時間)、ニュージーランドのマヒア半島からアストロスケールの商業デブリ観測衛星「ADRAS-J」が打ち上げられ、およそ64分後に高度約600kmで無事に分離された。ADRAS-Jは、JAXAの商業デブリ除去実証(CDR2)フェーズIの実証衛星としてアストロスケールが受注した衛星。日本の衛星打ち上げ時に軌道上に残った基幹ロケット「H-IIA」の上段を近距離で観測し、将来のデブリ化を防ぐ活動のためのミッションだ。

2013年設立のアストロスケールは、運用が終わった衛星やロケット機体などを軌道上から取り除く「スペースデブリの積極的除去(Active Debris Removal:ADR)」や運用が終わった衛星のデブリ化防止(End of Life:EOL)、衛星への推進剤補給など宇宙機に対する軌道上での支援活動を総合的に行なう「軌道上サービス」の企業だ。

東京・墨田区の本社に加え、英国、米国、フランス、イスラエルに拠点を持っている。軌道上サービスは、衛星という軌道上の資産を第三者が外部から操作することになるため、ある国の持つ衛星に対して外国の企業が軌道上サービスを提供することは難しい。

アストロスケールは日本と宇宙活動の活発な国に子会社を置くことで、英国企業の衛星へのEOLサービスや米国での推進剤補給サービスの実証といったビジネスを可能にしている。

日本では、独自のスペースデブリ除去実証衛星「ELSA-d」を2021年に打上げてADR技術を開発してきた。2020年にJAXAと商業デブリ除去実証(CRD2)プログラムのフェーズI契約を結び、大型のスペースデブリ除去に向けて、宇宙機への接近や近傍運用、ターゲットの状態の観測などの活動を実施することになり、ADRAS-Jはそのための専用衛星だ。

2023年9月には、文部科学省の中小企業イノベーション創出推進事業(SBIRフェーズ3)宇宙分野でスペースデブリ低減に必要な技術開発・実証を行なう企業として採択され、第1段階の26.9億円の資金を獲得している。

地球低軌道(LEO)の環境

現在、地球周辺の軌道上でデータベースに登録された一辺が10cm以上の人工物体は27,706個ある(NASA Orbital Debris Quarterly News 2024年2月号より)。この中には、運用中または運用終了後の人工衛星、衛星打ち上げの際のロケットの機体、衛星などが他の軌道上物体と衝突した破片(スペースデブリ、または宇宙ゴミと呼ばれる)がある。

スペースデブリの問題は1990年代に提唱されるようになり、2009年に発生した米国の通信衛星イリジウムとロシアの軍事衛星の衝突などで顕在化した。米国、ロシア、中国、インドが実施した衛星破壊(ASAT)実験で生じた衛星の破片などもあり、次なる衛星どうしの衝突はいつ発生するのかわからない状況だ。

高度400km付近を周回する国際宇宙ステーションは毎年のようにデブリ衝突を避けるためのマヌーバ(人工衛星が自身のジェット燃料等を噴射して位置や姿勢を修正すること)を実施している。

NASAがレーダーで観測した2022年の高度・サイズ別のスペースデブリの分布(出典:NASA Orbital Debris Quarterly News Volume 28, Issue 1)

NASAのレーダーが観測した2022年の軌道上物体の観測結果によれば、軌道上物体の分布は高度700~1,000kmの衛星利用が多いゾーンに集中している。そして今回のADRAS-Jミッションは、これに近い領域で活動する。

スペースデブリ問題といえば、2007年の中国による衛星破壊実験が批判されることが多い。軌道上で衛星を破壊し制御できない破片を生み出したという点では批判されるべき点は多いが、スペースデブリの発生源はASAT実験だけではない。運用が終わった衛星と衛星を搭載していたロケットの機体もデブリを生み出す存在だ。

人工衛星は現在、スペースデブリ化を防ぐために地球低軌道では「25年ルール」という運用期間の制限を求められている。打ち上げから25年以内(国によっては運用終了から5年以内に)軌道を離脱して大気圏に再突入する必要がある。

米国で軌道上の安全を管理する連邦通信委員会(FCC)は、小型衛星がエンジンなどの装置を搭載して積極的に軌道から離脱できるようにした場合に、打ち上げに関わる手続きを迅速化するなどの優遇措置をとっている。このため、いつまでも軌道上に残ってデブリ化していく衛星は長期的には少なくなる。

5年で4,000機近い通信衛星を打ち上げているSpaceXのStarlink衛星は小型エンジンを備え、衝突を防ぐマヌーバや運用終了時の再突入によるEL操作を自力で行なっている。

一方で、衛星打ち上げを担ったロケットの機体も衛星と一緒に軌道上にある。近年では、ロケット第2段などの上段ステージに推進剤を残しておき、衛星分離の後に上段エンジンを再着火して軌道から離脱させて大気圏に再突入させるという取り組みが行なわれている。2月17日に初の軌道投入に成功したJAXAのH3ロケット試験機2号機も飛行計画の終盤は2段再着火と大気圏再突入だった。

H3の前任で20年以上も日本の宇宙輸送の主力を担ってきたH-IIAロケットの場合、2段の制御再突入の取り組みは限定的で、ISS輸送機「HTV」打上げ専用のH-IIBで行なわれた実績があるものの、多くのH-IIA上段が現在も衛星を打上げた軌道上に残っている。

日本が排出した軌道上物体の総数は315個、うち衛星は202機でロケット機体とカタログ化されたスペースデブリを合わせると113個。4,000~5,000個のデブリ排出国であるロシア、米国、中国よりは少ないとはいえ、日本もそれなりの数の物体を軌道上に残しているのだ。

軌道上物体の中でもロケット上段は、電池や残った推進剤などが破裂して軌道上でバラバラになるリスクがある。また、自律的に位置を計測したり、回転している場合はそれを止めたりといった機能を持っていない。こうした軌道上の物体は非協力物体と呼ばれ、軌道上から取り除くことが難しい。

日本が生み出した軌道上物体を、日本の技術で取り除いてデブリ化を防ぐ。これがJAXAの進めるCDR2計画の目標だ。ただし、軌道上物体は高速で周回しているため、簡単に接近したり捕まえたりといったことは難しい。まずはターゲットを決めて接近する段階から、地道に技術実証を積み上げていく必要がある。

スペースデブリの状態を知る-ADRAS-Jのミッション

保護パネルを外した状態のADRAS-J機体(写真提供:Astroscale)

アストロスケールはJAXAとの契約の下で、民間企業としてロケット上段に接近し観測するミッションに挑む。ADRAS-Jはおよそ1,500kgの衛星で、可視光、赤外カメラとLiDAR、レーザー測距装置を搭載している。高速で周回するターゲットに安全に近づき、衝突などの事故を起こさないよう相手に並走するように近づいていく。

ターゲットまで数百mの距離に接近し、周囲を回るようにターゲットの形状、表面の状態、運動の様子を観測する。30秒毎にカメラで撮影する計画で、動画のように相手の変化を知ることもできるはずだ。

ターゲットとなるのは、2009年に温室効果ガス観測技術衛星「いぶき(GOSAT)」を打上げたH-IIAロケット15号機の第2段だ。高度約666kmの軌道まで「いぶき」を送り届け、日本で初めて相乗りの超小型衛星を搭載したH-IIA 15号機第2段は、現在も高度600km以上のところにある。

全長約11m、直径約4m、重量約3トンのH-IIA上段が自然に大気圏再突入するまでには何十年もかかるため、外部から支援して軌道から取り除く必要がある。とはいえこの高度の物体は秒速7.5km以上と高速で飛行しており、また自身の位置を計測したり他の宇宙機にそれを伝えるような機能は持っていない、非協力物体だ。

2009年に温室効果ガス観測技術衛星「いぶき(GOSAT)」を打上げたH-IIAロケット15号機第2段(写真提供:JAXA)

打上げから15年が経過したH-IIAの15号機2段が現在どのような状態になっているのか、地上からは実はわからない。軌道を周回する中で微小なデブリとの衝突などで破損している可能性もある。

JAXA CRD2プログラムの山元透チーム長は、2023年9月のアストロスケール会見で予想されるH-IIA 15号機上段の状態について「どんな状態になっていてどんな運動をしているのか、確定的な情報はまだない。地上の観測から、極端に早く回転しているわけではないということはわかっている。地上でロケットの表面材料に14年分の紫外線を照射する実験を行ない、元は断熱材のオレンジ色をしていたH-IIA上段は焦げ茶色になっていると考えられている。微小デブリの衝突で破損している可能性もある」「姿勢運動については、ロケット上段のような円筒状の物体は、長尺方向を重力の中心(地球)に向けて安定する姿勢になりやすく、振り子のような運動に収斂しているのではないかと考えられる。実際の画像を楽しみにしている」と述べた。ターゲットの状態は、ADRAS-Jが近接運用を実現して初めてわかる。

マイクをH-IIA上段に見立てて推定される軌道上での運動を実演するJAXA CRD2プログラム 山元透チーム長(左)とアストロスケールの岡田光信CEO(中央)、新栄次朗ADRAS-Jプロジェクトマネージャー(右)

ADRAS-Jは2023年秋に打上げ予定だったが、搭載するRocket LabのElectronロケットの打上げ失敗の影響で遅れていた。2023年度末までに初期の実証を進める目標があり、打上げから数十日程度でターゲットとのランデブーと近接運用を開始、それからさらに2週間程度で観測を実施する予定だという。

JAXAの商業デブリ除去実証は、日本がこれまでの宇宙活動で排出した軌道上物体を取り除き、軌道上の環境を安全にする重要な取り組みだ。それだけでなく、15年間軌道上で宇宙環境にさらされ、ボロボロになっているかもしれない宇宙機というまだ誰も見たことがない光景を知る活動でもある。

アストロスケールの岡田光信CEOは、漫画家の故・松本零士氏の大ファンだといい、アストロスケール社内には作品の大きなパネルが飾ってある。宇宙の墓場の鮮烈なイメージを描き出した松本零士氏であれば、ADRAS-Jが送ってくる歳月を経た宇宙機の姿を喜んでくれたかもしれない。

秋山文野