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腕時計ファーストガイド:クロノグラフとは

本コーナーでは、腕時計に関する基本的な用語を毎回ひとつ取り上げて、分かりやすく解説していきます。

「腕時計は気になっているけれど、用語の意味はよく分からない」という人に向けた内容です。お気に入りのモデルを見つけやすくなる、候補を絞り込みやすくなる“実践的ファーストガイド”と位置づけました。

腕時計は今や、機能だけでなくファッション性や世界観もさまざまな製品が登場しています。用語の意味や仕組みを見ていくと、その背景や歴史も垣間見ることができ、気になっているモデルが自身の価値観に合っているかどうか、判断しやすくなるのではないでしょうか。

第1回は「クロノグラフ」。ストップウオッチ機能を搭載した腕時計です。

最も知られている腕時計の付加機能

腕時計に興味を持った人が、最初の3歩で出会う“特別な機能”は「クロノグラフ」ではないでしょうか。それどころか最初の1歩、きっかけの時計かもしれません。何しろ、「ロレックスのデイトナ」「オメガのスピードマスター」といった、時計に興味のない人もその名前を耳にしたことがあるような腕時計には、揃って「クロノグラフ」機能が搭載されています。

ロレックス「コスモグラフ デイトナ」
オメガ「スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル」

「クロノグラフ(chronograph)」とは、ギリシャ語で“時間”を意味する「chrono」と、“描く”を意味する「graph」を繋げた言葉です。一言でいうと“ストップウオッチ”のことで、「経過時間」を記録する(最初期のクロノグラフは文字通りインクで記録していました)機能です。現在“ストップウオッチ”と呼ばれているのは単機能のもので、同じ機構の中に時計とストップウオッチの機能を組み込んだもの、そして数字をデジタル表示するものではなく、アナログ表示のものを特に「クロノグラフ」と呼んでいます。

腕時計に“ストップウオッチ”を組み込む必要があるの? と疑問を持つ人もいるでしょう。しかし意外と「経過時間」が知りたい場面は日常の中に存在します。現代人が肌身離さず持ち歩くスマホ。その標準時計アプリにも“ストップウオッチ”機能があります。クォーツのデジタル時計の多くにも組み込まれています。それは必要だから、便利だからと考えるのが自然ではないでしょうか。電子機器がない時代であれば、すぐアクセスできる手首の「計器」に同居した“ストップウオッチ”――「クロノグラフ」が、実用的に利用されていたのは想像に難くありません。

クロノグラフの外観は特徴的です。何より一般的な時計(3針時計と呼ばれます)であれば、秒針にあたる位置の針が、12時を指して止まったままなのが目立ちます。知らない人には「時計止まってませんか」と訊かれることすらあるくらいです。また、文字盤の中に時針・分針以外の小さな針が複数並んでいることや、ケース外側に押しボタンがあることも、3針時計との違いになります。

12時位置に停止している針は「クロノグラフ針」と呼ばれます。スタート/ストップボタン(上の2機種であれば2時位置のプッシュボタン)を押すと動き出し、もう一度押すとその場で止まる、60秒で1周する針です。

文字盤の中にある小さな針は、その周囲の小さな目盛りと合わせて“インダイヤル”と呼ばれます。インダイヤルの位置や数はモデルによって異なります。多くは、クロノグラフ針と連動する「積算計」と「時刻の秒」を表示し続けている「スモールセコンド」の2種類です。

上の2モデルであれば、1周で「30」と表示されているのが30分積算計、「12」と表示されているのが12時間積算計、「60」と表示されているのがスモールセコンドです。「30分積算計」はクロノグラフ針が1周するごとに1目盛りずつ動き、名前のとおり30分で1周します。「30分積算計」が1周すると「12時間積算計」が目盛りの1/2ずつ動き、これも12時間で1周します。つまり11時間59分59秒までは目盛りを読み取るだけで計時できることになります。

計時が終わったら、リセットボタン(上の2機種であれば4時位置のプッシュボタン)を押すと、クロノグラフ針とすべての積算計が瞬時に0へ戻ります。ここまで一連の流れが、クロノグラフの基本的な動作となります。

計時を開始した後、3時位置の「30分積算計」が2分、6時位置の「12時間積算計」が30分を表示しているところ。9時位置の「スモールセコンド」はゼンマイが解けきるまで動き続けています

切り取った「時間」を情報に変換するクロノグラフ

流れていく「時刻」から「時間」を切り取って記録するクロノグラフ。シンプルにその経過時間を読み取るだけでも役立ちますが、文字盤外周に時刻以外の目盛りや数字が刻まれているモデルであれば、そちらを読み取ることで活用の幅は広がります。

ベゼル(外側を囲む円形パーツ)に500、400、350……とタキメーター目盛りが記されています

上の画像を見ると、1時付近に「TACHYMETRE」と記されています。「タキメーター」と読み、単位時間ごとの仕事量――最もわかりやすいのは、時間ごとにどれだけの距離を移動できたかという「平均時速」――を、一目で量ることができる目盛りです。1kmの距離を移動したとき、その時間が30秒であれば、タキメーターの目盛りは「120」つまり平均120km/hで移動したことを読み取ることができます。例えば列車に乗っているときなら、レールの継ぎ目の振動や車窓から見える電柱の数を数えつつクロノグラフを使えば、現在の速度を推察することができるわけです。

現行で発売されているクロノグラフの多くは、タキメーターが装備されていますが、他にも光と音の時間差を利用して距離を読み取ることができる「テレメーター」、脈拍を計ることができる「パルスメーター」や、60秒を100分割する「デシマルメーター」を装備したクロノグラフも存在しています。

さらに言えば、ブライトリング社の「ナビタイマー」のように、回転計算尺を搭載して、より複雑な計算を時計の上で行なえるようにしたモデルまで存在しています。「秒」を計るだけでなく、様々な情報に変換できるこれらのメーターも、アナログ針で計測するクロノグラフならではの機能と言えるでしょう。

ブライトリング「ナビタイマー」。初代モデルは1952年に誕生し、改良を重ねながら現行モデルに至っています

必要とされて進化し、積み上げた実績

ここまではクロノグラフの機能を解説してきましたが、その魅力は機能だけではなく、誕生の背景や進化のストーリーにも由来すると、筆者は考えています。そこで、ここからはクロノグラフに関する歴史を簡単に紹介していきましょう。

クロノグラフは18世紀から19世紀にかけてイギリスやフランスで考案され、置時計や懐中時計として製作されました。その後、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に戦火が広がり、第一次世界大戦につながっていく中で腕時計が生まれ、クロノグラフ機能が搭載された腕時計も、ほぼ時を同じくして実用化されます。

1915年にブライトリングがリリースした、「30分タイマー」と呼ばれるクロノグラフ機能付き腕時計

この「30分タイマー」は、飛行中にパイロット自身が燃料計算をするために作られたとされています。一定の距離を飛んだ時間を計り、燃料計の針がどれだけ動いたかを読み取ることで、残りの燃料でどれくらいの距離を飛ぶことができるのかを計算できるというわけです。航空無線などない時代、パイロットは狭いコクピット内で限られた計器と周囲の風景、自らの経験を頼りに飛んでいました。操縦桿から一瞬片手を離すだけで計測・停止できるクロノグラフは、パイロットを助ける革新的な最新ツールだったに違いありません。

第二次世界大戦を経て、腕時計は「戦場で求められる機能」を磨き上げ、進化していきました。クロノグラフも例外ではなく、前述したタキメーターやテレメーター、パルスメーターを駆使して、パイロットは言うまでもなく、陸海の砲兵は目標までの距離計算のために、後方では傷ついた仲間の脈拍を計るためにも使われました。

タキメーターのほか、「TELEMETRE(テレメーター)」、「PULSATIONS(パルスメーター)」を装備するオメガ「スピードマスター クロノスコープ」

クロノグラフの伝説の極みといえば、後に“成功した失敗”と称されるアポロ13号でのエピソードでしょう。トム・ハンクス主演で映画になっているほどです。

事故を起こしたアポロ13号が地球に戻るためには、正確な秒数だけエンジンを噴射して軌道修正を行なう必要がありました。しかし、宇宙船内は生命維持のための最低限度の電力しか使えず、コンピューター制御することはできません。僅かなズレも許されない場面で、宇宙飛行士の手首にあったクロノグラフ、オメガ・スピードマスターは、手動で噴射する「時間」を正確に計測して、全員を無事に帰還させたのです。

現代に至っては、そういったストーリーを背景にした「クロノグラフというスタイル」がファッションとして人気になっている部分も否めませんが、クロノグラフが実績に裏打ちされた機能であることはわかっていただけたのではないでしょうか。