西田宗千佳のイマトミライ
第253回
Netflixやドコモ、アマゾンはなぜスポーツ配信を強化しているのか
2024年7月22日 08:20
映像配信においてスポーツは重要な軸になっている。特に、ボクシングなどのビッグマッチの独占配信は、各社が争って配信権を獲得するものに成長している。
7月20日にはAmazon Prime Videoで、那須川天心対ジョナサン・ロドリゲスや、中谷潤人対ビンセント・アストロラビオの世界戦を含む「Prime Video Presents Live Boxing 9」として独占ライブ配信され、多くの視聴を集めた。
また、NTTドコモの運営する「Lemino」は、9月3日に開催される、井上尚弥選手の4団体統一世界防衛戦を無料・独占ライブ配信すると発表した。
日本だけの話ではない。Netflixも7月18日(アメリカ時間)に公開された最新の決算にて、「スポーツのライブ配信」の可能性について大きな言及があった。
今回は現在の配信事情とビッグスポーツの関係について、まとめてみたい。
スポーツで放送からの顧客獲得を狙うNetflix
家庭での映像視聴において、スポーツの重要性は言うまでもない。
ただ映像配信は、ライブ(生配信)よりもオンデマンド(蓄積された作品から好きなものを選ぶ)形式の方が技術的に対応しやすかったことから、オンデマンド型の方が多い。作品数を考えてもこれは今後も変わらないだろう。
だが、リビングでのニーズを拡大していくのであれば、ライブコンテンツの拡大は必須だ。
以下のグラフは、Netflixが決算資料の中で毎回引用する、調査会社ニールセンによる、アメリカのテレビでの占有率だ。アメリカではケーブルテレビ網が強いので放送とケーブルテレビが分けて書かれているものの、要はライブ型の「放送的」なものがまだ半分を占め、いわゆるネット配信は4割である、ということがわかる。
これは同社が毎回主張していることなのだが、要は「配信が増えたといってもまだ自社占有率は8%台に過ぎず、放送系を含めて市場開拓の余地はある」という話なのだ。この辺は4月の決算時にも解説している。
配信の中で見ると、アメリカ市場の場合YouTubeとNetflixのシェアは揺るぎそうにない。日本だと同じくYouTubeとAmazon Prime Videoがその位置にいるだろう。
では今後どこを拡大すべきか……という話になると、結局のところ「まだNetflixを使っていない層」が重要になってくる。
ここで次のグラフをご覧いただきたい。これは筆者が、Netflixの会員数についてリージョンごとに経年での変化をまとめたものである。
注目して欲しいのはアメリカ(青色)の線だ。
他国に比べ早い時期から伸びが鈍化していたのは、早期に市場が立ち上がり、いったん踊り場を迎えていたためだ。前出のように、ケーブルテレビ(つまり有料での映像利用)が定着していたので、「毎月料金を払って映像を見る」ことへの心理的ハードルが低かったためと言われている。
ただ、人口が3億人・世帯数が1億2,000万を超える国とはいえ、利用者数が7,000万人を突破すれば、そうそう増えなくなるものだ。
だから同社は、他の地域の開拓に力を入れていった。日本を含むアジアは伸びこそ鈍化しているが、まだまだ成長余力がある。
ただ、2022年秋に「広告付きで安価なプラン」を導入し、遠くに離れた友人や家族とアカウントを共有する行為の取り締まりを始めると、顧客獲得の状況は変わってきている。低価格プランによるユーザー獲得が拡大した、と考えるべきだろう。決算資料によれば、広告プランの利用者は前年同期比で34%増加中だという。
この流れの中で、特に伸びが大きいのは、意外なことにアメリカ市場だった。アカウント共有が意外と大きかった、と考えることもできるし、放送で満足していて加入に至らなかった人々がいよいよ動き始めた……と見ることもできるだろう。
おそらくNetflixの分析は後者だ。
だとすれば、テレビ放送の独壇場だった「ライブ」、特にスポーツを攻略する必要が出てくる。
Netflixはプロレス団体であるWWEと提携、2025年に配信を開始する。プロレスはアメリカのテレビの象徴のような部分もあり、それが配信に来るのは大きいことだ。
また、2025年・2026年に行なわれるアメリカン・フットボールリーグ(NFL)のクリスマスゲームのうち、少なくとも1つをNetflixが配信することも決まった。
アメリカは諸外国に比べてもスポーツの人気が高い。アメリカ市場の伸びに合わせ、アメリカ市場でウケるスポーツを明確に取りに来た……という印象を受けないだろうか?
これはある種の予測だが、同社はそうやってアメリカ市場で「ライブスポーツ」の価値を高めてから、さらに他国対策を広げるつもりなのではないだろうか。
ドコモ前田社長が語る「集客だけでない」ビッグイベント活用
では日本はどうか?
現在は複数の世界王者が生まれ、ボクシングがある種の黄金期に差し掛かっている。昔ならテレビ局が権利を買っていたのだろうが、今は配信事業者の投資意欲の方が大きいため、各社が「ボクシングのビッグマッチ」に注目するようになったのだろう……とは考えている。
9月3日の井上尚弥 世界戦配信に関する発表に参加した、NTTドコモの前田義晃・代表取締役社長CEOは、会見後の囲み取材で次のように答えている。
「スポーツのライブ配信は、もうその日、その時しかやっていないものです。かなりオリジナリティが高い。井上選手、武居選手といった世界チャンピオンの試合の価値が上昇することで競争は激しくなりますが、決して悪い話ではない。コンテンツとしての価値が上がると(配信権の)価格も上がるという考え方があるでしょう。そこでコンテンツの価値をいかに、ビジネスとして大きく展開できるかが大事です」
つまり、コンテンツ自体の現状価値の高さと、それに関わることの重要性を加味している、ということだ。
一方で、そうしたイベント的配信で集客しても、その先での定着が重要になる。前田社長は「その後、定着しない方がいることは事実。SNSでも『ありがとうLemino、さようならLemino』なんて投稿されることも」と苦笑しつつ、施策を次のように話す。
「Leminoでご覧になった方と同じようなプロフィールの方が『ほかにどういう映像コンテンツを観ているのか』といったデータが得られる。それを分析して、コミュニケーションやオファーをしながら、一気に増えるお客さまをどう定着してもらうか、という取り組みを日々続けている」
「どこでも観られるものを、量だけ揃えれば使っていただけるほど、今の競争環境は優しいものではない。そういう意味で、オリジナルなコンテンツをしっかり作って、ファンとコミュニケーションしていきたい」
集客によるプロモーション効果はもちろん大切だが、同時に「集まった人々がどんなコンテンツを見るのか」という情報を集め、コンテンツ調達やオリジナルコンテンツの開拓を進め、さらに、一度体験した人々へ効果的なエンゲージメントを考えて定着を狙う……ということだ。
こうしたやり方は、すでに巨大な会員基盤がある企業が定着を狙うやり方とは異なったものだ。しかし、どちらもある意味で「データドリブンな映像配信ビジネスのあり方」でもある。
こうした分析やリーチのあり方こそ、放送と配信のもっとも大きな違いと言えるのではないだろうか。