西田宗千佳のイマトミライ

第48回

AppleとGoogleが手を組んだ。感染拡大阻止に「スマホ技術」ができること

新型コロナウィルス感染症(COVID-19)にかかった時、助けてくれるのは医療関係者だ。だがその前に、「感染者拡大を減らす」努力は、我々にもできる。

4月7日に発せられた「緊急事態宣言」の意味は、感染拡大防止に一丸となって取り組まなければ取り返しのつかない事態になりかねない、とのメッセージでもある。

それをIT、特にスマホ技術の観点でサポートすることはできないだろうか? そういう取り組みが各所で行なわれている。中でも世界的にも大きなニュースは、AppleとGoogleが協力し、濃厚接触の可能性を検出する技術を開発する、という話だ。

AppleとGoogle、新型コロナ対策で協力。Bluetoothで濃厚接触を検出

このニュースが意味するところも含めて、「感染拡大防止に対し、ITが貢献できること」とその価値を考えてみよう。

ARでソーシャルディスタンスを学ぶ

ご存知の通り、感染拡大を防ぐには「濃厚接触の可能性を減らす」ことが重要、とされている。現状ではもはや、「自分が感染者でないかどうか」は定かではない。他人から距離をとって、お互いの感染の可能性を減らすしかない。「ソーシャルディスタンス」「社会的距離」と呼ばれるものだ。

日本などメートル法の国では2m、アメリカでは6フィート(1.8m)と若干違う数字が出ているが、これはキリのいい数字、ということであり、まあそのくらいは離れないといけない、という話である。

だが、これはなかなか難しいことだ。なにも見ずに「2m正確に離れて」といわれても、意外と目算がつかめないものだ。

そこで、そうした距離感を理解するためにスマホを活用することが進みはじめている。冒頭で述べたAppleとGoogleの協力体制も、そうした努力の一環だ。両社の件は最後に述べるとして、まずは「今すぐできること」を紹介したいと思う。

それは「ARを使ったソーシャルディスタンシスの理解促進」である。

ARを使い、現実の世界に対して「ソーシャルディスタンスに必要な距離」を重ねて表示すると、どのくらいの距離感なのかが圧倒的にわかりやすくなる。

一番シンプルな例が、アートディレクターの寺島圭佑さんが作った「Keep Distance Ruler」だ。これは、iOSの「ARKit」やAndroidの「ARCore」にある、ブラウザからダウンロードした3Dオブジェクトを実空間に配置する機能(iOSでは「AR Quicklook」、ARCoreでは「Scene View」と呼ばれている)を使い、地面にソーシャルディスタンスのための「定規」を表示するものだ。

アートディレクターの寺島圭佑さんが作った「Keep Distance Ruler」。ARを使い、実際にどのくらい離れればいいかを表示する

iOS/iPad OSでは寺島さんが作ったサイトから、Androidでは、寺島さんのデータを使ってエンジニアのikkouさんが作ったサイトからアクセスするのがいいだろう。iPhoneでもAndroidでも、利用可能な機種でリンクを開くだけで使える。アプリのダウンロードなどは不要だ。iPhoneの場合は、2015年9月の「iPhone 6s」以降に発売された機種であれば利用できるが、Androidだと、ここ2年以内に発売された機種より古い場合や、低価格な機種では、利用できない可能性がある。

もうひとつ紹介しよう。「Social Distance Training」というアプリだ。こちらはiOSのみで、英語のものだが、文章を理解する必要はない。開発したのはディスカバリーチャンネル傘下のDiscovery Education。画面の中央に表示される人から離れていき、十分な距離になった時には下部にグリーンで「安全な距離である」ことが表示される仕組みになっている。

Discovery Educationが作った「Social Distance Training」。

前述の2つのARを使って、街やコンビニの中などを歩いてみた。わかったのは、「この状況下にあってすら、都会の街中でソーシャルディスタンスを保ち続けるのは極めて困難である」ということだ。

ソーシャルディスタンスを維持しながら道を歩くことは、できなくはない。だが、ほんの15分の間ですら、「ソーシャルディスタンスを100%守る」ことはできなかった。店舗の中だともっと難しい。

外出しない時間を増やすべき、と言われる。だが、それを「ソーシャルディスタンスを保てない時間を減らす」と考えればどうだろう?

「ソーシャルディスタンスを保てない時間を最小限とする」と考えると、外出するとしても「人と固まらない」「店舗の中などに長時間滞在しない」「距離を保てないほど人がたくさんいる場所に行かない」というのが、最適戦略であるとわかる。

「感染拡大阻止」に位置情報統計を使う意味とはなにか

そういう意味では、「今人がどこにどのくらい集まっているのか」という情報も重要だ。そこで使われているのが、スマートフォンから取得された位置情報を使った統計データである。

3月31日、政府はITプラットフォーム各社と携帯電話事業者に対し、「統計データの提供」を要請した

この要請を受け、政府には各社から位置情報の統計データが提供され、人の移動の把握と感染拡大阻止の検討に使われている。内閣官房が公開している「新型コロナウィルス感染症対策」情報をまとめたページでは、ソフトバンク傘下のAgoopとNTTドコモから提供された情報から集計された、各地の「人流の減少率」が示されている。

・内閣官房 「新型コロナウィルス感染症対策」に関する情報公開ページ
https://corona.go.jp

内閣官房「新型コロナウィルス感染症対策」に関する情報公開ページでは、各地の「人流の減少率」が示されている

使われているのは、スマホから得られた「位置データ」を基にしたものだ。だが、そこには「個人を特定するために使われる情報」は含まれていない。あくまで「どれだけの数の人がどのくらいいるのか」という統計的なデータになる。

なので、「この機会に、政府は個人を追跡する準備をしようとしている」などと思う必要はない。日本では法律上そういうことはできないので、政府も求めていないし、企業の側も応じていない。

スマホのアプリなどから得られる位置情報を統計的に活用することは以前から行なわれてきた。「個人を特定する情報を含まない」とは言いつつ、他のデータとの掛け合わせなどを使うと個人特定が可能になる可能性もあるし、「属性」を使って個人を広告が追いかけることも不可能ではない。なので慎重な扱いが求められてきた。

一方で、統計的に「人流が見える」ことは大きな価値を持っている。通常時はビジネスの判断に使われるものだが、現時点では「自ら感染のリスクを減らす」「自ら進んで感染を広げるリスクを減らす」ために活用できる。

4月10日、Yahoo! Japanは、Yahoo! MAPの機能として「混雑レーダー」を復活させた。これはまさに、人流データを使って「混雑している場所」を可視化する機能だ。実は、「利用度が低い」(ヤフー 川邊健太郎社長)という理由から1月31日で提供を終了していたのだが、今回の事態で注目度が高まったことから、再度提供が開始されている。

ヤフーの川邊健太郎社長は自身のTwitterアカウントで、「混雑レーダー」の再開を発表している。

Yahoo! MAP「混雑レーダー」復活。“密”を避ける行動をサポート

これで4月10日(金曜日)の朝9時と、4月11日(土曜日)の朝9時を比較してみると、オフィスの多い東京・丸の内を中心に、人の動きがグッと減っているのがわかる。逆に言えばそれだけ、テレワーク中心にはなっていない、ということが可視化できる。

「混雑レーダー」で、東京の金曜日10日(左)と土曜日11日(右)の人出を確認。まだまだ仕事のために通勤している人が多いのがわかる

AppleとGoogleの「共同作戦」はどのように働くのか

さらに今後、高度な事例として活用が期待されるのが、AppleとGoogleの協力による技術だ。

現状、この技術はアプリの公開が5月ということで、正確なところはまだわからない。だが、公開情報からある程度推測し、どう使うのかを解説してみよう。

AppleがGoogleと共同で公開している、「プライバシー保護された連絡先追跡」に関する技術解説ページ

Privacy-Preserving Contact Tracing
https://www.apple.com/covid19/contacttracing/

スマホで濃厚接触防止というと、位置認識をして「近すぎる」とリアルタイムに警告を発するアプリのように思われるかもしれない。また、一部の国では感染者の行動をスマホから追尾するアプリも使われている。

だが、今回作られるのはそうした機能ではない。

簡単にいえば以下のような仕組みだ。

  • 記録されるのは「濃厚接触」と疑われる行為があったかどうか、という日時を含んだ匿名情報
  • 誰とどこで会ったかは記録されないし、自分も企業側も国もわからない
  • だが「14日以内のいつに、濃厚接触が疑われる」ことが警告される

まず、今回の技術は「位置情報を取得する」ものではない。

一部の国では、感染者個人の移動を把握して感染封じ込めを徹底するために位置情報を使っている。しかし、「感染が疑われるが、確認はされていない人同士での濃厚接触時間が増え、結果として感染が広がる現象を防止するため」ではない。全員の位置情報を個人に紐づいた形で把握するのはプライバシー侵害のリスクが極めて高い一方で、スマホのGPS機能には誤差などの問題も付きまとうからだ。

「他人と2m以上距離をとる」ことを、常にGPSで把握するのは不可能だ。位置特定の誤差で他人と入れ違いが発生する可能性もある。「統計データ」にしてしまうならあまり問題にならないが、個人を特定するにはリスクが高い機能だ。

「安全のために日本でも感染者の管理を」という人もいる。理解はできるが、実効性とプライバシー侵害のリスクを天秤にかけた場合、拡大していくべき方向性、という意見に筆者は反対する。

だから、次のように機能すると想定されている。

使うのは、スマホのBluetoothだ。Bluetoothを使い、「スマホ同士が一定の距離を数分間以上維持した=濃厚接触があった」ことを記録する。位置情報ではなく「スマホ同士の距離」だけで判断するわけだ。

この時には、電話番号やユーザー名、スマホのBluetoothモジュールに埋め込まれた個体識別番号などは使わない。場所は記録されないし、個人も識別できないので、当然誰と会ったかも記録されない。単にすれ違った程度では記録されない。

各スマホは個別かつ匿名の識別子を作り、それを交換して記録し合う。識別子は15分に一度新しいものに変わる。頻繁に変わるのは、プライバシーを守り、個人の特定を防ぐためだ。

結果としてスマホの中には、「濃厚接触が疑われたタイミングでのお互いの識別子」が記録されることになる。こうしたデータは匿名なままスマホの中に残り、一定期間で消えていく。

しかし、自分が検査の結果「感染者である」と判断されると別だ。医療機関で感染が確定した場合、ユーザーは「自らの許諾によって」、先程のスマホ内に蓄積された「過去の濃厚接触の履歴」をサーバーへと送信する。この情報は過去14日分がサーバーに蓄積され、使われる。すなわちサーバーには、「感染者が過去14日間に濃厚接触した時の識別子」が記録されていることになるわけだ。

自分のスマホは、定期的にそのサーバーへとアクセスし、サーバーに蓄積された「感染者の濃厚接触に関する識別子」と、自分のスマホの中に記録された識別子を、「スマホの中で」照合する。それらが合致した際、自分が「過去14日間に、感染者と濃厚接触した可能性がある」と警告されるのだ。そのあとは、対処の方法などがアナウンスされる。あくまで危険性の告知に過ぎないのだが、無意識での感染拡大を抑止し、場合によっては「クラスター」の発見にもつながるだろう。

こうした機能を有効に働かせるには、「あらゆる人が持っているスマホで動く」ことが望ましい。だから、AppleとGoogleは提携したわけだ。これでスマホにおけるシェアはほぼ100%になる。

最初は「アプリ」での対応から始まる。アプリの場合にはダウンロードが必要で、利用者を増やすには限界もある。だから数カ月をかけて、OSにこの機能を組み込んでしまう。そうすれば、最新のOSを利用している限り、ほとんどの人がこの機能を使うことになって、警告の精度が上がることになる。

逆に言えば、両社はこうした活動が「数カ月では収束しない」と考えている、ということでもある。それは現実的なものの見方だろう。COVID-19の流行が終息したとしても、今後同じようなウィルスの脅威がやってこないとも限らない。スマホには必須の機能と「なってしまう」のだ。

だからこそ、AppleとGoogleは、かなり慎重にプライバシーを重視した設計をしている。長い説明が必要なほど周到な仕組みを採ったのはそのためだ。AppleとGoogleの発表した施策についても、専門家のさらなる分析と協力が行なわれることだろう。初手から慎重な対策が求められる。

現在は世界的難局だが、それを言い訳に禍根を残すわけにはいかない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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