西田宗千佳のイマトミライ

第49回

第2世代「iPhone SE」はなぜ安いのか

4月16日(日本時間)、アップルは第2世代「iPhone SE」を発表した。

新iPhone SE登場、44,800円から。iPhone“8”サイズで“11”並のスペック

iPhone SEは2016年3月に発表以降、長い間「もっとも安価で、もっとも小さいiPhone」として親しまれてきた。ずっと後継モデルが出ていなかったことから、「もうすぐ新機種が出る」という噂が絶えなかった製品でもある。

今回、iPhone 8とまったく同じデザインを採用した「第2世代」が発表されたわけだが、みなさんはどうお感じになっただろうか?

「もう小さくない」「iPhone 8ベースは古臭い」などのマイナス意見も聞こえてくるが、筆者は「驚くほど価格を下げてきたな」というのが第一印象だ。

なぜ第2世代iPhone SEが「安い」といえるのか。そして、安くできた理由はなにかを考えてみたい。

中身は大幅進化、低価格機種とは思えない充実ぶり

第2世代iPhone SEの中身は、スペックを見る限り、カメラ周りをのぞくと、ほぼ「iPhone 11」に近い。

使っているプロセッサーはiPhone 11と同じ「A13 Bionic」とされている。Wi-Fiも最新の「Wi-Fi 6」で、LTEの仕様も、詳細は不明ながら「ギガビットLTE」とされ、iPhone 11と同等、と考えられる。

2016年の初代iPhone SEは、ストレージが最大64GB。搭載されていたプロセッサー(A9)の速度は、A13 Bionicの約41%でしかない。キャリアアグリゲーション(CA)にも非対応で、LTEでの最高通信速度も数分の1になる。

2016年発売の初代iPhone SE

しかも、第2世代は、FeliCa/NFCも搭載し、おサイフケータイとしても使える。この違いは大きい。

4年間という時間による進化だ、といえばそれまでなのだけれど、これだけのスペックを備えたスマホは、実のところあまりない。特に「A13 Bionic」は、スマートフォン向けプロセッサー全体を見渡しても、いまだ「トップクラス」の性能を持つ。アップルはスペック表で本体の搭載メモリーを表記しないし、動作クロックも明かさない。だから、「同じ名前だからといって同じ性能になるとは限らない」のだが、それでも、いわゆる「ミドルクラススマホ用プロセッサー」よりはずっと高性能だ。

それが、44,800円からという低価格。携帯電話事業者の中古引き取りプランなどを活用すると、実質2万数千円で手に入ることになる。

カメラとディスプレイに大きな違いがあり、iPhone 11自体の価値が揺るぐものではないと思うが、少なくとももはや、よほど安くないと、中古の旧モデルiPhoneを選ぶ理由はないのではないか。「iPhoneは高いから」という理由でAndroidを選ぼうとする人を引き止めるだけの魅力がある。

iPhone 11の部材を使い「まとめて作る」ことでコスパを向上

気になるのは、なぜアップルは、第2世代iPhone SEをこんなに安価に設定したのだろうか?

製品を安く作る方法は、基本的に2つある。「安価な部材を使う」か、「利益を度外視する」かだ。

例えば、ゲーム機は一般に安価だが、それは後者が理由だ、と思われている。

といっても「ずっと赤字で売っている」わけではない。ずっと赤字だと確実に事業が倒れる。数の普及が重要な段階で、「ハード製造原価以外の部分はマーケティングに必要なコスト」と見切って出荷額を圧縮し、価格を抑えて販売するパターンが多い。

販売数量が増えてプラットフォームとしての価値が高まる頃には、量産によるコスト低減効果が利きやすくなっている。知名度も高くなっているのでマーケティングコストも下げられるし、ゲームソフトやネットワークサービスからの収益も高まり、無理をする必要も減っている。ハードウェアの製造原価や諸経費が下がった分、利益を確保できるようになり、たくさん売れば売るほど儲けが出る。

すなわち、ゲーム機が利益を度外視している、というのは必ずしも正しくない。「厳しい時期をできるかぎり素早く駆け抜けるために、最初だけ無理をしている」のだ。

iPhone SEが安い理由は、「すでに量産が厳しい時期を駆け抜けたパーツを、さらに大量発注する前提で使って作られているから」と考えられる。

部品は同じものを大量に発注するほど安くなる。特に半導体は、バリエーションを増やすよりも「同じものをとにかくたくさん作る」方が有利になる場合がある。「安い製品だから」といって無理に性能で差別化するより、同じプロセッサーを使いつつ、別の部分で差別化する方がコストメリットが高くなる。

事実、iPhone 11シリーズには、ノーマルとProとPro Maxの3モデルがあるが、プロセッサーの性能的にはまったく同じ。かなり価格は違うのに、カメラやディスプレイサイズなどで差別化している。

ここでさらに、第2世代iPhone SEで同じプロセッサーを使うとする。すると、調達量がさらに多くなり、1つあたりのコストは下がる。

他の部材も同じだ。iPhone 11用に調達するものをできるだけ使うことで、部材メーカーとの交渉を有利なものにできる。

とはいえ、現時点ではまだ、iPhone 11用の部材が「底値まで安くなっている」わけではなかろう。利益率的にはそこまで高くない可能性がある。

しかし、iPhone SEは、過去のことを考えても、非常に長く販売される製品になる可能性が高い。ならば、そのうち量産によるコスト低減はさらに効いてきて、利益率は向上していくことになるだろう。

すなわち今のiPhone SEは、「決して赤字ではないし、それなりに安価に作れているものの、先々もっと利益率が上がることを想定して作っている」可能性が高い。

アップルがSEを「お買い得」なモデルにするのは、長期的戦略としてその方がいいからだ。

アップルはOSのアップデートサイクルを製品のライフサイクルとしている部分がある。今の「iOS 13」は、2016年発売の初代iPhone SEでも動作するが、次はどうかわからない。今後スマホ用OSには、音声アシスタントや画像認識、行動指示など、AIを軸にした機能が増えていく可能性が高い。ARのように、演算性能とカメラ性能の両方を求める用途も拡大していく。

今後の基盤を考えると、あるラインを定めておく必要がある。そう考えると、初代SE搭載の「A9」から性能の伸びしろがより大きく、生産ラインも安定して稼働している「A13 Bionic」を基盤に据える……というのは理にかなっているように思える。

SEは「バカ売れ」ではなく「ジワ売れ」する製品だ

では、今年、iPhone SEはどのくらい売れるのか、ということだ。

お買い得であり、売れるのは間違いない。

しかし、今年後半に発売される「最新のiPhone」よりも売れるか、というと、「それはない」だろう。

初代iPhone SEが出た時にも「お買い得」と言われたが、SEが一番売れたモデルにはならなかった。

今は、携帯電話で「分離プラン」が徹底され、高いスマホが売れづらくなっている。「次のiPhone」が高いものになるとすると、「高すぎるからSEで」という人が増えそうにも思える。

だが、筆者は「そうはならない」と予想する。

なぜなら、やはりディスプレイやカメラの質の差は大きい、と想定できるからだ。皆が毎年スマホを買い換えるわけではない。何年も使うからいいものを、という人もいる。SEは良くも悪くも「新しさがない」ので、発売されてすぐどんどん数が売れていく製品、というわけではない。おそらくは、MVNOやサブブランドでの取り扱いが始まる頃が本番で、時間をかけて数を増やす製品だろう。

「サブスクリプションで儲けるからスマホの価格は下げていく」というのは、アップルのハード売上比率の高さを見誤った発言で、まだまだそんな状況にはない。

マーケティング費用もドカンとかけ、新しい要素を持って出てくる「新しいiPhone」が消費の主軸であることは変わりなく、アップルもそういう戦略をとり続ける。

ガチでSEをたくさん売るなら、もっと「世界的に売れる」商戦期にぶつけるはずだ。いつでもじっくり売れ続ける、息の長い「ジワ売れ」製品だからこそ、世界的に消費が厳しく、商戦期からも外れた今、販売されるのだ。

そういう意味では、「目立たないスタンダード」として、SEは今後も、iPhoneというプラットフォームを底支えするものであり続ける、と筆者は予想している。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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