小寺信良のシティ・カントリー・シティ

第25回

東京を遠く離れて。「オンライン」がすべてを変えた1年

ライターに復帰して畑を始めた筆者。呑気そうに見えるが心の中では焦っている

今年6月から、ここ宮崎で本格的なライター業務に復帰したのはすでにご報告した通りである。この6月当初というのは、東京でもコロナ感染第1波が収束し、7月中旬からの第2波到来までは比較的安定して推移していた時期である。しかし数々の新製品発表会が中止となり、世の中はいわゆる「巣ごもり」の時代に突入した。

一方でここ宮崎では、4月8日に4名の感染者を出して7月5日に1名の新規感染者が出るまで、3カ月間も感染者ゼロの日々が続いていた。東京に合わせる格好で営業自粛などしてきた店舗も徐々に通常営業に戻り、「一応気をつけてるけどね」ぐらいの感じで人出も通常に戻っていた。

こちらとしては、通常の生活に戻りつつある中でのライター復帰だったため、2週間に1回ぐらいは東京に行って取材や打ち合わせなどしようと思っていた。だがイベントも内覧会も何もなくなっていたので、行く用事がない。いくらSNSで東京の様子を知ることができても、肌感覚まではわからない。何もしなくていいのかと、妙な焦りがあったのを覚えている。

ここでじっとしていても仕方がないので、案内が届いたオンライン発表会には片っ端から参加することにした。普通、ライターのところに届く発表会の案内は、50%ぐらいは自分のジャンルとは関係ないものである。だが関係なくてもいろんな発表会に出席していると、各企業とも手探りながら、なんとか最適な方法論を見つけようとしているのがよくわかった。

ざっとした感想だが、白物家電のオンライン発表会は非常に手慣れていて、海外の開発者のコメントを入れたり、タレントがゲストに来たりと、きちんとネット配信事業者を入れて、通販番組と変わらないクオリティで配信するところが多かった。

発表会後すぐに貸し出し機の連絡が来るなど、インプットからアウトプットまでスムーズに繋がるような段取りは、他社も参考にできるところがあるのではないだろうか。ただ競合他社は発表会には参加できないので、こうしたノウハウは門外不出となりそうだ。

一方で、結構高額な商品なのに会議室で説明者が自分でカメラを持って順番に回していくみたいな、広報さんの手探り感満載の発表会もあった。もちろん、発表会や内覧会の規模に応じて予算もかなり違うことだろう。関係者全員忙しくてあまりリハーサルする時間もないのかもしれないが、参加していてこっちがいたたまれなくなった説明会もあった。

せめて最低限の照明や、会の進行・質疑応答などの段取りは、事前にリハーサルをお願いしたいところである。カメラで中継されていればそれは生放送と同じであり、本番でどうにかやっつけられるほど社員全員が手慣れているわけではないだろう。

現在新型コロナウィルス対策は、米国でワクチン接種が始まったところだが、日本でも来年には実施されるかもしれない。これで収束、すべてが元通りになるかといえば、そうはならないだろうと言われている。

官公庁は多くの手続きの脱ハンコ・デジタル化に舵を切り、大企業はテレワークのメリットがわかってきた。IT・エレクトロニクス業界でも、1回で済むオンライン内覧会・説明会、あるいはウェビナーのメリットがわかってきたところである。オンライン開催だけ、あるいはリアルイベントもやりつつ同時オンライン配信という方法は、今後定着していくだろう。そうなれば、地方在住の筆者にも大きな恩恵があるのは言うまでもない。

主流になりつつあるオンラインイベント

今年はコンベンションなどの大型イベントも次々と中止になった。ギリギリで開催されたのは、1月初旬のCES2020ぐらいだっただろう。リアルではなく、オンラインで開催されたイベントも多かった。それなら家にいながら参加できるということで、色々なイベントに参加してみた。

比較的上手く行っていたのはAdobe MAX 2020だ。公式発表では、全世界200カ国以上から約60万人がログインし、セッションの再生数は2,100万回以上にのぼったという。

オンラインイベントの成功例を作ったAdobe MAX 2020

Adobe MAX 2020は、その大半が350本以上のセッションである。キーノートもいくつかあるが、ほとんどはそのジャンルのプロフェッショナルによる具体性の高いセミナーだ。新バージョンお披露目もあるが、それよりも「学びの場」であるという性格が強い。

圧倒的な数もさることながら、日本人にとってありがたかったのは、ほとんどのセッションに日本語字幕が付いていたことである。恐らくどこかの翻訳エンジンを使って自動化しているのだろうが、意味が通じないほどにおかしなものは少なく、かなりマトモであった。ワールドワイドなオンラインイベントでは、こうした翻訳エンジンの出来不出来が大きく左右するのではないだろうか。

先日、オンライン開催が決まったCES 2021のプレス向けブリーフィングが行なわれたが、日本語の字幕はひどい出来であった。動画は事前収録だろうから、字幕のクオリティをチェックすればよかったのに、オンラインのリアルタイム翻訳に頼ったのだろう。本番もこのエンジンだとほとんど実用にならないので、英語のままで聞き取るか、何か自前で翻訳ツールを用意しないと取材は厳しいだろう。

日本語字幕に大きな不安を感じさせたCES 2021プレスブリーフィング

Adobe MAXと比較してほとんど盛り上がらなかったのは、国際放送機器展「InterBEE2020」であった。そもそもオンラインで開催されたのかどうかも知らない人が多かったのではないだろうか。告知も上手く行っていないが、そもそもオフィシャルサイトの役割が何なのかさっぱりわからず、各メーカーへのリンクを貼っているだけのように見えた。トップページのフリーワード検索で「ネット中継」と検索しても、何も出てこない。ところが「ライブ配信」だと結構出てくる。

InterBEE2020のトップページ
「ネット中継」で検索して0件はあり得ない

ライブ配信もネット中継も今ではほとんど同じ意味だと思うが、メーカーや製品に細かくタグをふっておらず、メーカーサイトの紹介文の文字検索しかしていないのだろう。元々機材が触れることが目的のイベントなので、オンラインでは厳しいのはわかるが、もう少し全体をトータルプロデュースして見せ方を工夫するなど、やれることはあったのではないだろうか。

一方で参加する我々のほうも、オンラインならではの耐久性が試されるようになった。リアルで会場に詰め込まれれば、45分のセッションをまじめに聞くしかないが、家で見てるだけだとどうしてもSNSをチェックしたりコーヒーを飲みに行ったり居眠りしたり家族に遊んでると思われて買い物を頼まれたりと、歯止めがきかなくなってしまう。移動時間やコストがかからないぶん、経済効率は上がるはずだが、取材の取れ高は上がらないという事になる。

オンラインイベントを主催する側も大変だろうが、聴く側も別の大変さを背負うことになった。オンラインイベントを上手に泳ぎきるには、まだまだ経験が必要のようだ。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。