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イプシロンS、26年度打上げ再開 トラブルの2段モータを"先祖返り"する狙いとは?
2026年2月20日 08:40
文部科学省は、開発が難航している「イプシロンS」ロケットについて、2段モータを旧型ベースへと戻し、早期の打上げ再開を優先する「Block 1」開発へ舵を切りました。能力増強を先送りする決断の背景には、運用空白期間の長期化を避ける必要性があります。将来の「Block 2」で小型衛星の需要を掴むためにイプシロンSをどう再始動していくのか、その展望を解説します。
2026年2月4日、文部科学省の宇宙開発利用部会において、JAXAイプシロンロケット開発チームの井元隆行プロジェクトマネージャが今後のイプシロンSロケット開発の方向性を示しました。
強化型イプシロンで使用していた第2段モータ「M-35」の同等品を適用(現在入手できない部品を置き換え、名称を「M-35a」とする)する方針が最も技術的成立性が高い、と報告しています。
イプシロンSで使用する予定だった「E-21」は、2022年まで運用されていたイプシロン、強化型イプシロンの第2段「M-35」を大型化し、推進薬量を約15トンから約18トンに増量したものです。大型化に伴ってイプシロンS開発の一環として地上で燃焼試験を行なったところ2度の爆発により失敗。2度目の爆発の原因は現在も調査中で、まだ完成の予定は見えていません。
E-21の開発難航から、搭載予定だった衛星は打上げ延期、または他のロケットへの振り替えを余儀なくされていました。そこで、強化型イプシロンまで使用されていた2段モータにいったん戻し、イプシロンSロケット「Block1」と呼ばれる機体をまず完成させて、早期の打上げ開始を目指すことになったのです。
2026年度中に実証機(1号機)の打上げを目指すと共に、衛星ではなく性能確認用ペイロードを搭載することも検討しています。その後、ベトナム向けに開発した地球観測衛星「LOTUSat-1」やJAXA-STEP衛星などこれまで計画されてきた衛星の打上げ需要消化を中心に運用を進めていく方針です。
開発中の「E-21」とは?
旧型モータのM-35aを搭載したイプシロンS ロケットBlock1はいわば暫定版です。並行してE-21モータの開発を続け、Block2以降のイプシロンSを完成させる必要があります。これはそもそも2段モータを新型にすることになった経緯と関係があります。
2020年にイプシロンロケットの技術をH3ロケットと共通化し、コストを削減して高頻度打上げが可能なロケットに育てる「シナジー開発」が始まった段階では、イプシロンSの2段モータは推進薬量約15トンのM-35をそのまま使用する予定でした。
2023年の夏になって、2段モータの推進薬量が約18トンに増強され、全長も4mから4.3mに伸長し能力を増強したことが発表されます。これは、衛星搭載の要求を精査したところ、旧型2段モータでは能力的に不十分だということが判明したためです。
後に「E-21」の型番がつけられた新型2段モータの燃焼試験を2023年7月14日、能代試験場で実施したところ、試験場の建屋を巻き込んで爆発が発生。原因は2段モータを燃焼させる「点火器」が起因だと突き止め、対策して2024年に種子島に場所を移して2回目の地上燃焼試験を行ないました。ところが再度の爆発が発生し、実質的にイプシロンSの開発は中断してしまいました。再地上燃焼試験で発生した異常の原因はまだ絞り込めておらず、徹底的な究明のために試験を行なっている最中です。
燃焼異常の原因調査とイプシロンS適用の可能性
2026年2月の時点で、E-21の燃焼異常の原因はまだ調査中です。小型の試験用モータを使った再現試験では、試験用モータを6台製造して順次試験を行なっていく予定です。現状では評価用に2台、疑われるモータの欠陥を模擬したものを4台製造し、3回の試験を行なったところ。燃焼異常の再現には成功していないため、あと3回の試験が残っています。さらに、バックアップ的に実物大モータの製造と試験も準備しています。
対策を進める中でイプシロンSに搭載予定だった衛星がすでに2回、計画変更を迫られました。ひとつはJAXA・千葉工業大学共同の小惑星探査機「DESTINY+」で、イプシロンSからH3ロケットに変更し、欧州の小惑星探査機「RAMSES」と共に2028年に打上げられることになりました。
また革新的衛星技術実証プログラム4号機(RAISE-4)は、ニュージーランドに射場を持つ小型ロケットElectronに搭載され、2025年12月に無事に打上げられました。RAISE-4と共に搭載される予定だった超小型衛星も2026年3月までに同じくElectronで打上げられる予定です。
衛星はロケット変更で活躍の場を得ることができましたが、イプシロンSは年間2回という運用目標に進むことができず、このままでは開発の意義がゆらいでしまいます。まずは早期打上げ再開の道筋をつけることが必要で、そのために浮上してきたのが2段モータを旧型かつ実績のあるM-35aに戻したBlock1の開発だったのです。
今後は2026年度前半にM-35aの地上燃焼試験を実施し、2026年度後半にイプシロンS Block1実証機を打上げるスケジュールとなります。
イプシロンSロケットBlock1の搭載候補衛星
イプシロンSロケットBlock1には、現在6機の衛星が搭載候補に挙がっています。
JAXAミッションのうち、「高度計ライダー」は、衛星搭載型LiDAR(ライダー:レーザー光の反射で地形など対象物の距離や形を計測する技術)を実現する新たなミッションです。「官民連携光学ミッション」と呼ばれる新たな地球観測衛星コンステレーションの一環で、光学地球観測衛星を民間企業が、ライダー衛星をJAXA側が開発し、3D地形マップを整備する計画となっています。地球観測衛星の新たな機能を実証する衛星として期待されています。
「JAXA-STEPS」衛星は、革新的衛星技術実証プログラムなどJAXAが提供する衛星技術の宇宙実証プログラムを統合、再編したものです。実質的にRAISE-4の後継機と呼ぶことができます。
JAXA外ミッションの「LOTUSat-1」は、イプシロンSロケット最初の衛星として予定されていたベトナム向けの合成開口レーダ(SAR)地球観測衛星です。590kgとイプシロンSの能力を活かす最大級のミッションとなり、元々E-21はこうした衛星を打上げるために必要とされていたものでした。M-35a搭載のBlock1では打上げ能力が不足してしまうため、今回は衛星側に搭載された小型エンジン(スラスタ)で打上げ後に所定の軌道へ移動することになります。
本来はLOTUSat-1の軌道修正などのために利用する化学スラスタを軌道投入に使用することから推進剤を消費してしまい、軌道上での運用寿命は当初の予定よりも短くなります。ですがこのままでは衛星を軌道上で運用することができず退蔵してしまうわけですから、まずは衛星の活躍を第一に考えた判断だといえるでしょう。
JAXA外ミッションの3機の衛星は、開発者や衛星オペレーターは不明ですが、商用衛星の打上げ受注などが考えられます。能力面では比較的余裕があるため、Block1の打上げが順調になれば、打上げ受注実績を残すことができそうです。まずは実証機打上げを無事に成功させ、イプシロンSの実績を重ねることが大事だといえるでしょう。
イプシロンSロケットのこれから
M-35a型Block1の開発が決まったことで、イプシロンSの当面の目標が明確になりました。今後は、並行してE-21の問題点と改善策をまとめて、本来のイプシロンS能力を獲得するBlock2開発へと進むことが重要になります。そのキーワードは、「SSO」と「SOLAR-C」です。
6機予定されているイプシロンSロケット Block1の候補衛星の目標軌道は、6機中5機が「SSO」となっています。太陽同期軌道(Sun-Synchronous-Orbit:SSO)とは、太陽光がいつも一定の角度で軌道面に当たる軌道のことで、地球の場合は軌道傾斜角97~99度程度、高度は500~800kmあたりになります。
SSOの衛星はある地方の上空を毎日同じ時刻に通過するため、一定の条件で観測することができ、地球観測衛星にとても都合のよい軌道です。地球観測衛星の主戦場ともいえる人気の軌道で、商用打上げを受注する際にも真っ先にターゲットになるのです。
Block1がSSO中心の計画になっているということは、イプシロンSが狙いを定めている衛星カテゴリを表していると考えられます。この軌道を目指す小型衛星は、100~200kg台から500kg前後のやや大型の衛星にシフトしつつあるという流れがあります。
SSOの中でも、特に軌道投入の精密さを問われるのが「Dawn-Dusk(ドーンダスク)軌道」と呼ばれる、昼夜の境界線(ターミネーター)上を周回する軌道です。常に太陽光があたり、衛星にとっては安定して太陽電池パネルで発電ができ、熱環境も安定しているというメリットがあります。現在、イプシロンSのターゲットとして可能性を検討されている「高感度太陽紫外線分光観測衛星(SOLAR-C)」がまさにこのドーンダスク軌道を狙う衛星なのです。
SOLAR-Cとは、JAXAと国立天文台が共同で計画する太陽フレアの観測を目指す衛星で、2020年代の観測開始を目指しています。SOLAR-Cはイプシロン初号機が打上げた「ひさき(SPRINT-A)」と同じ衛星バスを活用していてイプシロンSとも相性がよいのですが、米欧から預かる観測機器を多数搭載して、質量は「ひさき」の2倍近い600kgもあります。
600kgのSOLAR-Cをドーンダスク軌道へ投入する打上げは、実現すればイプシロンSの能力を目一杯使うミッションになります。E-21の完成は必須といえますが、成功すれば衛星事業者に精密な軌道投入の実績を示す、技術的な象徴になり得るでしょう。
イプシロンSが実績を上げて目指す世界
SSOの軌道は人気があるだけに、商用ロケットが真っ先にサービスを提供するカテゴリとなります。現在、このカテゴリで圧倒的な存在感を示しているのはSpaceXがFalcon 9ロケットで提供するライドシェアミッション、「Transporter」「Twilight」「Bandwagon」と、高頻度打上げを実現しているRocket LabのElectronです。
特にFalcon 9のライドシェアサービスは超低コスト。搭載衛星の質量に上限がありますが、600kgの衛星ならば現状で6億5,000万円程度と、専用ロケットでは追随が難しい価格を提供しています。
Electronは、日本のSAR衛星オペレーターのQPS研究所やSynspectiveが打上げを任せていることからもうかがえるように、スケジュールの安定した高頻度打上げと、顧客に対するきめ細かく柔軟なサービスで信頼を得ています。
後追いとならざるを得ないイプシロンSが先行する2社に追いつくことはたやすくありませんが、ライドシェアや小型ロケットでは提供が難しい、軌道条件や質量面で制約が大きいニッチが存在しています。これは、SpaceXのライドシェアミッションが「停留所の決まったバス」のようなサービスだという性質から生まれます。
「Transporter」と「Twilight」はどちらもSSOを目指すミッションですが、2026年1月に最初の打上げが行なわれたばかりの「トワイライト」はその名が示す通りドーンダスク軌道への投入専用のサービスです。
SAR衛星などがドーンダスク軌道を目指す場合はこちらのサービスを選択する必要があります。数カ月に1回は飛行すると表明しているトランスポーターミッションに比べて、トワイライトミッションのスケジュールはまだ機会が限られていると見られます。
打上げスケジュールが柔軟で頻度が高いElectronですが、SSOへ投入できる衛星の質量は200kgと限られています。SSOへの打上げの中でもドーンダスク軌道、質量600kgという条件が重なるSOLAR-Cは、イプシロンSの性能とサービスを立証する重要な機会となり得ます。
イプシロンSロケットはこれから、実証機で早期の飛行再開を目指す段階に入ります。まずはJAXA衛星の予定を着実に消化し、安定したオペレーションを実現する必要があります。
同時に第2段にE-21を搭載したBlock2の開発を進め、Block1からの切り替えと共に、その能力を世界に示すSOLAR-Cの打上げを獲得することが重要でしょう。需要が多く、かつ難易度の高いドーンダスク軌道への高精度な投入能力を証明したとき、SSOへの需要を掴む新たな日本の基幹ロケットが実現できるのではないでしょうか。







