石野純也のモバイル通信SE

第86回

日本の「ミリ波」本格立ち上げに動くKDDI 最大の“壁”突破へ松田社長陣頭指揮

KDDIは、ネットワークの高度化の一環として、ミリ波の普及を掲げている

「使えたのはショップの中だけ」「エリアの広さがWi-Fiスポット以下」「そもそも端末が対応していない」――ユーザー、キャリア双方に"使いづらい"というイメージがついてしまったミリ波だが、その普及の道筋がついに見えてきた。中でもこの周波数帯に力を入れているのが、KDDIだ。

代表取締役社長CEOの松田浩路氏は、「個人としての思い入れもあり、ビジネスに昇華しなければいけないと強く思っている」と語る。

松田社長は、ミリ波について「個人としての思い入れもある」と語った

「ミリ波」はなぜ必要なのか

ミリ波とは、波長の長さが1mmを超える電波のことを指し、主に30GHz以上から300GHzのことをこのように呼ぶ。日本で4キャリアが使用しているのは28GHz帯で厳密に言えばミリ波ではないものの、周波数特性はミリ波とほぼ同じだ。帯域幅が広く取れるため、非常に高速、大容量の通信が可能になる利点がある。

一方で、周波数は高くなればなるほど、直進性が高まってしまい、エリアの構築が難しくなる。800MHz帯前後の周波数がその飛びやすさから「プラチナバンド」と呼ばれるのとは真逆と言っていいだろう。ミリ波も非常に直進性が強く、建物などの障害物を回りこないこともあり、1つの基地局でカバーできる範囲は数百m程度。人などがいても、通信が遮断されてしまう。

帯域幅が広く、高速通信・大容量通信に有効なことは分かっているものの、展開には膨大なコストがかかるため、4キャリアとも展開に二の足を踏んでいたのが実態だ。

一方で、通信各社のトラフィックは、年々増加している。KDDIのCTOを務めるコア技術統括本部長の吉村和幸氏は、10月に開催されたCEATECの講演で、「渋谷、新宿などはSub 6を2波活用しているが、30年代にはそれでも収容できないトラフィックが発生する場所が出現する」と予想する。

CTOの吉村氏は、今後のトラフィック予想を披露。5年後には、Sub 6だけでの収容が難しくなるとの見通しを語った

現状ではこうした場所は、4Gにつながるとパケ詰まりしてしまうことが多い。今は高速な5GのSub 6も、5年後には同じようになってしまうおそれがあるというわけだ。ミリ波が必要になるのは、このようなシチューションになる。

ただ、上記のような特性があるため、1台1台基地局を置いていくのはキャリアにとってもかなりハードルが高い。場所によっては、光ケーブルを引けず、設置が難しいということもありそうだ。

これを解決するため、KDDIは京セラが開発したミリ波の中継器を活用。東新宿の一部に、中継器を複数設置していくことで、一体をミリ波でエリア化した。吉村氏によると、中継器がない時に33%だったこのエリアのカバー率が、中継器によって99%まで拡大したという。実に3倍ものカバー率を向上させる効果があったと言える。

京セラが開発したミリ波の中継器。これを複数個所に設置することで、ミリ波の面展開が可能になる

また、この中継機は先日閉幕した大阪・関西万博でも活用。通常の約8倍のトラフィックをさばき、「ミリ波に分散されたことで一般の方の通信品質向上にも寄与した」(吉村氏)という。

西新宿ではこの中継器を20基使ってエリアを構築。33%だったエリアを99%まで拡大した。万博でも、通常の8倍のトラフィックをさばいたという

ネトフリを瞬時にDL ユーザー側のベネフィット

KDDIは、同じ中継器を10月28日、29日に開催した「KDDI SUMMIT」でも披露した。会場となった高輪ゲートウェイシティには実際に基地局を設置、JR高輪ゲートウェイ駅の改札上に設置した中継器でミリ波のエリアを拡大し、その実力を実証した。

実験には、ソニーとNetflixが参加。デジタルカメラαで連写した写真を撮ったそばからFTPサーバーにアップロードする様子や、Netflixで数GBある動画を瞬時にダウンロードする様子を来場者に紹介した。

KDDI SUMMITに合わせて高輪ゲートウェイシティ側にミリ波基地局を設置。高輪ゲートウェイ改札上の中継器でそのエリアを拡大した
左がミリ波対応端末。データのアップロードが進んでいることが分かる
左のミリ波対応端末は、動画のダウンロードも高速。通常のSub 6が1本の動画をダウンロードしている間に、4本ぶんが完了していた

このミリ波の基地局は現在もそのまま設置されており、一般のユーザーの端末も接続することができる。

筆者も試しに、ミリ波対応の「Galaxy Z Fold7」の回線をpovoに切り替え、ミリ波に接続してみたところ、2Gbpsを超える速度を記録した。Webサイトの表示程度なら、まさに一瞬。Xでも、画像の表示にタイムラグを感じることはなかった。

KDDIは、こうしたユースケースを蓄積しつつ、ミリ波を拡大していく構えだ。また、中継機なども含めたソリューションやユースケースは、「他の国にも持っていきたい」(松田氏)方針だという。京セラと中継器を開発したのは、そのためだ。エリア設計がしづらいという課題が解決されたことで、より普及に弾みがつくかもしれない。

KDDI SUMMITに合わせて構築したエリアはそのまま残されており、一般のユーザーもミリ波を利用できた。そのダウンロード速度は2Gbpsを超える

最大の課題は「端末」 iPhone対応はいつ?

ただ、いくら環境が整備されてもミリ波対応の端末がなければ、それを使うことができない。ミリ波をサポートするスマホは現状だとハイエンドモデルの一部に限られており、むしろ、最近ではそのバリエーションが減少している。

例えば、サムスン電子の「Galaxy Z Flip」シリーズは、23年に発売された「Galaxy Z Flip5」まではミリ波を利用できたが、24年の「Galaxy Z Flip6」からはサポートをやめてしまった。シャープも、最上位モデルの「AQUOS R7」まではドコモ版、ソフトバンク版の双方がミリ波対応だったが、23年の「AQUOS R8 pro」ではドコモ版のみに、24年の「AQUOS R9 pro」ではどちらもミリ波非対応になった。

Galaxy Zシリーズも、現在は横折りのGalaxy Z Foldのみがミリ波に対応。写真のGalaxy Z Flip7(左)はミリ波非対応になってしまった

Androidはまだ対応モデルがある一方で、iPhoneに至っては、日本でミリ波をサポートしたことが一度もない。日本でシェアが突出して高いシリーズなだけに、本気でミリ波を普及させていくにはアップルの対応が必須になる。米国版は5G対応モデルの多くがミリ波をサポートしているだけに、技術的な課題は少ない。キャリア側がどう対応を促していくかが、今後の焦点になりそうだ。

iPhoneもミリ波に対応しているのは米国のみとなる。ただし、iPhone 17 Pro/Pro Maxは筐体を共通化した関係で、日本版にも本体上部のミリ波アンテナが搭載されている

こうした点は、“ミリ波推し”のKDDI側も認識しており、松田氏は「ユースケースがないからなかなか搭載できないという負のループを解消していきた」と語る。上記のようなKDDI SUMMITでのデモは、それを示す一例というわけだ。

松田氏は「端末メーカーとの交渉にも陣頭指揮を取っていきたい」と話している。かつてはアップルやグーグルとの交渉を直接担当していた同氏がクパチーノ(アップル)やマウンテンビュー(グーグル)に乗り込むことで、負のループを断ち切れるのか。状況の進展を期待したい。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya