西田宗千佳のイマトミライ
第339回
“今のアップルを作った”ティム・クック氏の功績 量産・半導体戦略が築いた競争力
2026年5月4日 08:30
アップルが15年ぶりに経営トップを交代する人事を発表した。2011年以来CEOを務めてきたティム・クック氏がエグゼクティブ・チェアマン(会長)になり、新CEOには、現在ハードウェアエンジニアリング担当シニアバイスプレジデントを務めるジョン・ターナス氏が就任する。新体制への移行は9月1日からスタートする予定だ。
ハードウェア担当の人員がトップに座ることで、アップルは今後も「良いハードウェアを売る会社」であることを宣言した格好となる。
では、その背景になる「現在のアップル」はどう形作られたものなのだろうか?
スティーブ・ジョブズの名前が挙がることが多いが、筆者は「ティム・クックとその経営方針こそが今のアップルを作った」と考えている。
今回はその理由について説明していこう。
クック氏の世代で業績は急拡大
以下の記事でも解説したように、アップルは50周年を迎えた。筆者はアップルを4つの時期に分けて考えている。
最初は「創業期」。2人のスティーブ(ジョブズ氏とウォズニアック氏)がApple IIを作り、企業としてのアップルを成長させ、Macintoshが生まれて変化するまで、1976年から1985年までのことだ。
次は「変節期」。1985年にジョブズ氏がアップルを退任、パソコン市場の拡大とともにMacが成長しつつもWindowsにシェアを奪われた頃だ。
そして次が「ジョブズ第二期」。1996年にジョブズ氏がアップルに復帰、iMacやiPodを製品化し、iPhoneを生み出した頃までを指す。
現在は「拡大期」。2011年にジョブズ氏が退任・死去し、ティム・クック氏がCEOとしてビジネスを大幅に拡大して現在に至るまでの15年間と考えればいいだろうか。
経営の変化に同期しているわけだが、CEOとしての時期が長い分だけ、クック氏が担当した「拡大期」が長い。そして、その間にアップルの年間売り上げはほぼ4倍に拡大、もっとも大きな成長を遂げた時期でもあった。
クック氏の功績は、これだけの成長を実現したこと自体にある。その中核となったのは、もちろん、iPhoneが世界的な製品へと成長し、スマートフォンという時代を構築できたためだ。
以下の図は、2011年と2025年のアップル決算データから、各ジャンルについて売り上げを額で示し、グラフ化したものだ。2011年は各ジャンルが比率でのみ示されているので、そこから絶対額へと換算した値になる。
この比較を見ると、全体の売り上げが劇的に拡大しており、2011年には存在しなかったウェアラブル(Apple Watch)とサービスの売り上げが大きな比率になっていることがわかる。
こうした拡大を産んだのは、iPhoneが大きくなったことに加え、iPhoneと連携する機器・サービスの価値が高まったからでもある。iPhoneを使っているならサービスとしてはApple Musicを使う場合が増えるだろうし、スマートウォッチとしてはApple Watchを選ぶ場合が増える。
そのことを「プラットフォームとしての優位ゆえのこと」とし、公正競争上の課題とする向きもある。筆者も否定できない部分はあると考えるが、同時に「強く連携する存在を選んだ方が価値は高まる」というビジネスモデルの強みでもある。
こうした「垂直統合型」のモデルは、サムスンやGoogle、ファーウェイなども強みとして活用するようになっている。ジョブズ時代にスタートし、クック時代に花開いたモデルであり、アップルが最も有効に活用している。
アップルが「商品点数を他社より絞る」理由
同時に言えるのは、「商品点数がいまだに多くない」ということだ。
これは意外に思う人も多そうだが、1つの製品ラインナップの中でのデザイン・構造バリエーションという意味で、アップルは他社に比べかなり少ない。
たとえばPC。
多くのメーカーはサイズごとにデザインが異なる。ACERやASUS、LenovoのようなPC大手なら、同じようなサイズであっても複数のモデルを用意している。ASUSの場合、同社のページを見るだけでノートPCには、サイズ違いを含め17のラインナップがある。カラーバリエーションやキーボードの違いを含めると、さらに数倍のラインナップになるだろう。プロセッサーやメモリー量などのバリエーションを加えると、いくつになるのか数えるのも難しい。
価格や性能、市場によって求められるものは変わるため、どうしてもバリエーションは増えてくる。各社の製品ラインナップが増えていくこと自体は、市場の要請を考えると自然なことだ。
しかしアップルの場合、ノート型ではサイズバリエーションを含めても5種類。カラーバリエーションを全て数えても14種類だ。
こちらもメモリー・プロセッサーにはバリエーションがあって全体の数は増えるわけだが、他社に比べると圧倒的に少ない。消費者に少ない選択肢から選ばせることになるが、その分を「仕上げの良いボディ」「自社製品同士の連携」「macOSの魅力」など、アップルにしかない要素でカバーしていると言っていい。
こうした作り方は、ボディなどの製造コストと製造の数量のバランスの上に成り立つ。アップル製品はデザインと仕上げの点で評判が良いが、それはバリエーションの少なさとセットで成り立っている部分がある。
アップル製品はキーボードなどの部材が多くの製品で共通化されている。一方で、内部を含む「製品の魅力につながる」部分では独自の部材を使うことも多い。そこでコストを抑えるためには、一度に多くの部材を調達し、それを前提に供給元と交渉する能力が必要になる。
これは、ジョブズ氏が復帰後に「iMac」でもたらした手法であり、特にiPhone以降の「大規模量産をベースとした製品ラインナップ」の中でそれを支えたのが、サプライチェーン・マネジメントの達人であるクック氏、ということになる。
最近は製品ジャンルも増え、「少数のバリエーションで」と言いづらくなってきた部分はある。とはいえ、通常なら複数の企業が幅広い製品ジャンルを抱えつつも、各ジャンルでのバリエーションは抑えるというラインを維持しているのは流石だ。
Appleシリコンが「アップル自体」を変えた
クック氏の世代で導入されて大きな成功を収めたのが「独自半導体」の開発だ。「Appleシリコン」の愛称で呼ばれるが、その導入からは意外なほどの時間が経過している。
メジャーな製品に最初のアップル独自プロセッサーが導入されたのは、2010年のこと。「iPhone 4」に搭載された「Apple A4」が最初だ。実際には、iPhoneは最初から独自プロセッサーを使っていたのだが、当時は単にパッケージングを変えた程度で、独自性は低かった。A4・A5も同様に特徴は小さかったと言われるが、2012年投入の「A6」から独自性が高まり、次第に性能と消費電力のバランスが向上し、現在に至る。最新のものは昨年発売のiPhoneで採用された「A19」シリーズだ。
特に注目が集まるようになったのは、2020年にMac向けの「M」シリーズが生まれて以降だろうか。インテル製造のx86系プロセッサーからARM系のMシリーズへの移行は「どうなるのか」と危惧されたところもあるが、現在から見れば大成功だったのは間違いない。
アップルはiPhoneを大量に作るためにAppleシリコンを開発した。自分たちのハードウェアとソフトウェア(OS)に合わせて設計していくなら、プロセッサーまで独自のものにした方が有利だからだ。
他社は基本的にプロセッサーを専業メーカーに依存している。スマホならQualcommやMediaTekだし、PCならインテル・AMD、もしくはQualcommというところだろうか。
独自に設計するとそれだけコストがかかるし、生産量も大きいものをコミットしなければならない。優秀な開発人員を抱えておくにもコストがかかる。
多くのメーカーにとってはリスクであるし、今からやろうとしても開発期間の問題もある。
スマホで垂直統合をやっているのは、アップルの他にはサムスンとGoogle、ファーウェイぐらいのもの。サムスンはデバイスに合わせてQualcommのプロセッサーを選ぶようになった。
性能やソフトなどを考えたとき、大半のメーカーにとっては、プロセッサーや通信用チップまで手を出すのはリスクでしかない。
PCという産業は過去40年間水平分業でやってきたし、スマホも基本的には同様だ。アップルやGoogleが例外的に「リスクをとって開発している」と言っていい。
結果としてアップルは、MacBook Neoのような「低価格だが高性能」なMacも作ることができた。メモリーの量やストレージ帯域に限界はあり、負荷の高い処理では上位機種をお勧めする。しかし、同じような価格帯のWindows PCやChromebookに比べ、性能や商品としての満足度は確実に上だ。
アップルが自社半導体とそれに最適化した設計で「大量に同じ製品を売る」という選択をして来なければ、こうした製品は生まれなかっただろう。
AI時代を支えるのも「Appleシリコン」
もう一つ、AppleシリコンによってMacに追い風となっているのは「AI開発」だろう。
メモリー量の多いMac UltraやMacBook Pro、コンパクトなMac miniなどがAIを開発したり、ローカルでAIを使ったりするニーズに売れている。
AI開発といった場合にも、「最新のLLM学習や分析に使う」なら、よりGPU性能が高いNVIDIAのGPUを搭載したWindows PCが必要になる。ただ、性能の向上から注目されている「ローカルLLM」の活用や、同じAI開発でも「どうAIを使うのか」という部分については、Macが選ばれている面が大きい。
この点は、3月に発売された「MacBook Pro」新モデルのリリースの中で、動画高画質化を含め、パフォーマンスに関する言及について、AI関連が半数以上を占めた点でも見えてくる。
AppleシリコンがローカルLLMなどで注目されるのは、高帯域なメモリーをメインメモリーとGPUでシェアする「UMA構造」となっているからだ。
GPU性能自体では、NVIDIAなどの外付けGPUに敵わないところがあるのだが、メモリーの量がAIにとって有用であるのは疑いない。AMDも「Ryzen AI MAX」シリーズではUMAによるAI処理をウリにしており、この種の構造が有利になってきた部分がある。
アップルがどこまで読み切ってAppleシリコン開発をしてきたかは不明だが、グラフィックにおいても「GPUのトップ性能よりもUMAの利点が勝る」という点を初期から強調しており、その点がマッチしたのだろう。
そう考えると、今後のアップル製品を支えるのも「Appleシリコン」であり、その開発を担当するジョニー・スルージ氏が「チーフ・ハードウェア・オフィサー」としてアップルに残る、というのも頷ける話だ。
新しいアップルのCEOになるジョン・ターナス氏はアップルのハードウェアを支えた顔の一人であり、クック氏を支えた人物とも言える。
そんなターナス氏が「AI時代に向けたハードウェア」の舵取りをし、差別化技術の中核となるAppleシリコンをスルージ氏が支える……という形になるのだろう。
「アップルはAIで遅れている」と言われてきた。
AIのコアであるLLM、という話ならその通りだと思う。だが、人々はAIを「ハードウェア」を介して使う。だとすれば、今後も「良いハードウェア」を作る企業には価値がある。もちろんそこでは、いかにAIというソフトウェアと連携する価値があるのか、という点も同様に重要だが。
その点は、6月に行なわれる開発者会議「WWDC 2026」で明らかになるだろう。
そして、ライバルであるGoogleは、5月の開発者会議である「Google I/O 2026」に向けて、先にカードを切ってくることになる。
この辺りの競争も、なかなか楽しみになってきた。










