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日本企業が挑む世界初 2つの退役衛星に接近・観測する意義と期待

画像提供:Astroscale

2026年4月10日、アストロスケールは2027年に打ち上げるスペースデブリ対策の新たな実証衛星「ISSA-J1」の詳細を発表しました。退役したJAXAの人工衛星2機に接近して観測するという大型ミッションで、単一のミッションで異なる軌道にある複数の大型デブリに接近・観測を行なうのは民間企業としては世界初の試みです。

「ISSA-J1(In-situ Space Situational Awareness - Japan 1)」衛星は質量約650kg、12本のスラスタ(化学10・電気2)を搭載した、機動力の高い衛星です。

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このエンジンを活かして実施するのが「マルチRPO」という挑戦です。マルチRPOとは、一度のミッションで、異なる軌道にある複数のターゲットに順番に接近し、ターゲットの様子をくまなく観測するという離れ業。接近、観測、離脱、そして「別の軌道への大規模移動」という一連のサイクルを繰り返すチャレンジングなミッションです。2027年にインドのPSLVロケットで打上げられる予定です。

これまでアストロスケールは、JAXAと共に進めるCRD2フェーズIプログラムの下で、ADRAS-Jという打上げ後に軌道に残ったロケット上段まで15mのところへ接近し、接近、観測、離脱するミッションを成功させてきました。

ADRAS-Jは、H-IIAロケット15号機の第2段が打上げから約15年を経てどのような状態にあるのか明らかにすることができたのです。CRD2プログラムは、今後実際に軌道上からこのロケット上段を取り除く「能動的デブリ除去(Active debris removal:ADR)」という段階に進む計画で、2027年に打上げを目指しています。

NASAの2025年秋の報告によると、地球周回軌道上のカタログ物体(番号をつけて追跡、管理されている物体)は29,837個に達し、このうち運用中の衛星は14,655個、大小さまざまのデブリなどは15,182個です。地球周回軌道では、すでに運用中の衛星よりも不要物の方が数が多い状態に入っています。ADRは一部の実証や将来構想ではなく、宇宙利用を持続させるための現実的な課題になってきたといえるでしょう。

衛星やロケット上段など、年間で5つの大型デブリを除去すれば、軌道上のデブリ増殖を食い止められるという試算もあります。では、ADRミッションを一気に進め、ロケット上段や退役衛星を次々に軌道から取り除けばよいのではないか。そう考えたくなりますが、実際には技術面と制度面の両方に高いハードルがあります。

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技術的なハードルは、相手が「非協力ターゲット」と呼ばれる対象という点にあります。特に古い衛星やロケット上段には、軌道上の詳細位置を知るための手段であるGPS航法装置や地上から位置を特定するためのレーザーリフレクタが機能していない、または備えていません。通信で状態を伝えることもできず、いわば相手は意思疎通ができない「巨大な塊」だといえるでしょう。

打ち上げから15年、20年の時間が経過すると、どのような姿勢や回転状態で漂っているかも不明です。年月を経る中で一部が損傷して形状が変わっていたり、周囲に破片が漂っていたりと条件が悪化している可能性もあります。軌道上で捕まえる前に、相手がどうなっているのかしっかりと見極めることが必要なのです。

2番目のハードルは、寿命の尽きた衛星、ロケットといえども依然として誰かが所有する「資産」だということです。そのため所有者の許可なく軌道上で接近、取り除くことはできず、関係者すべての合意が取れた状態でミッションを実施する必要があります。日本の企業が挑戦するならば、必然的に日本の衛星、それも合意と責任が明確な政府の衛星がターゲットとなるのです。

ターゲットは「だいち」と「みどりII」

こうした事情を踏まえて、ISSA-J1のターゲットとなったのが「だいち(ALOS)」と「みどりII(ADEOS-II)」です。これらが選定された理由を考えてみましょう。まずひとつには、対象衛星が高度600~800kmのデブリ危険地帯にいる日本の衛星だという事情があります。

NASAの軌道デブリプログラムオフィス(ODPO)の分析によれば、デブリの密度が高いのは高度750~800km付近です。スペースデブリというと、近年増加する多数の衛星によるメガコンステレーションを悪化の原因として想起してしまいがちですが、高度500km帯の衛星はスラスターを備えて自ら運用終了後に大気に再突入する能力を持った衛星も多くなっています。

一方で高度600~800km帯には、スペースデブリに対する規制が厳しくなるよりも前、過去数十年間に打ち上げられ、能動的に軌道を制御する能力を持たない一種のレガシー化したデブリが多く残っています。

高度600~800km付近は、「太陽同期軌道」と呼ばれる地球を南北方向に周回する、地球観測衛星に選ばれやすい軌道と重なります。ESA(欧州宇宙機関)の解析によれば、高度800km付近の衛星は最も危険な衝突確率を示しているといい、特に1990年代から2000年代にかけて打上げられた古い通信衛星や地球観測衛星が主要なリスク源となっています。

一方で、より低い軌道と比べて、運用を終えた衛星や破片が自然には再突入しにくいという困った特徴もあります。

高度が下がるほど、物体とごくわずかに残る大気との摩擦で物体の高度は徐々に下がり、再突入に向かいます。反対に高度が上がるほどその減速効果は小さくなります。そのため、600km以上の帯域に物体がたまると、かなり長く軌道上に残りやすい環境になってしまうのです。

さらに2007年に中国が実施した気象衛星「風雲1号C(FY-1C)」に対する衛星破壊試験(ASAT)、2009年に発生した米国の通信衛星「イリジウム33」とソ連の旧型衛星「コスモス2251」の衝突事故がこの高度に多数の破片を残すことになってしまい、その影響は今でも続いています。2024年以降にもロケット上段や衛星の破砕(ブレークアップ)は発生しており、有効な対策は待ったなしの状況だといえます。

2006年1月にH-IIAロケット8号機で打上げられた陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)(Credit: JAXA)

最初のターゲットである陸域観測技術衛星「だいち(ALOS)」は、2006年に打上げられた光学・SAR両方の機能を持つ地球観測衛星です。日本と世界の精密な地図作成にデータで貢献し、2011年に発生した東日本大震災の地殻変動をとらえるという大役を果たして運用を終了しました。質量は約4トンと大型で、長さ22m、幅3mの片翼状の大型太陽電池パドルを備えています。高度は約691km、軌道傾斜角98.16度の軌道を周回しています。

「だいち」のように片側に太陽電池パドルが長く伸びた、左右が非対称の物体は、一般的に太陽光などの外乱によって、回転運動が起きてしまうことがあります。

運用中であれば、地球観測衛星として姿勢を精密に制御する必要があるため、スラスターなどの姿勢制御装置を使用して回転を抑えることができます。ですが「だいち」が運用を終えてからすでに15年。姿勢のずれや回転が始まっている可能性があるのです。現在、この衛星がどうなっているのか詳細に知るには、接近しての観測が必要でしょう。

2002年12月にH-IIAロケット4号機で打上げられた環境観測技術衛星「みどりII」(Credit: JAXA)

2番目のターゲットである環境観測技術衛星「みどりII(ADEOS-II)」は、質量約3.7トン、高度約803km、98.62度の軌道にいます。こちらも片翼の24mもある太陽電池パドルを備えています。

「みどりII」は地球環境観測を担う国際協力衛星として2002年に打ち上げられましたが、2003年に太陽電池パドル系の異常で、打上げからわずか10カ月後に早期運用停止に至りました。大型太陽電池パドルと本体を接続するハーネスの異常から電力を喪失したと考えられています。

ISSA-J1が十分にデータを取得することができれば、地上から運用データで推定するしかなかった衛星の破損状況を画像で確認することもできるのではないか、そうした期待も高まっています。高度約800kmの太陽同期軌道にある日本の地球観測衛星として、最も混雑した軌道の一つでADRの代表的な仮想ターゲットになってきた衛星でもあります。

大活躍した「だいち」と、悲劇的な結末を迎えた「みどりII」、どちらも大型で形状が複雑な上に、長期間宇宙環境にさらされていて、現在の実際の姿勢や回転・損傷状態が地上からの観測だけでは把握しにくい衛星だといえます。

アストロスケールによれば、ターゲットの「損傷状況の周辺環境を知りたいニーズも高まっている」(アストロスケール 伊藤 美樹上級副社長)といい、まずは接近・観測というこれも難しいミッションに向けて候補となったことは自然だといえるでしょう。

ISSA-J1のチャレンジ

ISSA-J1のミッションでは、「だいち」の(691km)から、さらに高い軌道の「みどりII」(803km以上)へ移動することで、汎用的な「宇宙のロードサービス」としての能力を証明することになります。

複数の衛星の観測に挑むISSA-J1のミッション(出典:2026年4月6日 アストロスケール事業説明会資料より)

ISSA-J1の難しさは、1機の衛星が異なる軌道にある大型の退役衛星2機へ次々と安全に接近していくという点にあります。「だいち」と「みどりII」はどちらも長い太陽電池パドルを持つ非対称な非協力物体で、姿勢や回転状態を見極めながら近づく必要があるためです。

さらに1機目の観測後は、2機目に向けて軌道面の向きまで合わせ直す必要があります。いわば地球の周りを回る「通り道」の向きをそろえる作業にあたり、ミッション期間内で実現させるためには実際の距離、持っていける推進剤の量などを綿密に計算する必要がありました。ISSA-J1は、この難しい接近・離脱・軌道変更・再接近を1回のミッションで実証するところにチャレンジがあるのです。

さらに、ISSA-J1の滝花洋一プロジェクトマネージャによれば、人工衛星の外装に使用されている金色のシート(MLI)が実際に衛星搭載カメラでどのように見えるのか、まだ議論されているのだとか。

「破損して表面が荒れているほうが特徴的で認識しやすいのでは」、反対に「破損していないほうは明るすぎて特徴を掴むことが難しいのでは」という意見があるといいます。実際のところ行ってみないとわからないという部分があるのです。

「だいち」「みどりII」といった大型の衛星を将来ADRで軌道から取り除くことができれば、その後に発生しうる衝突を減らし、数万個の微細デブリを未然に防ぐことになります。ISSA-J1が挑む衛星への「マルチ接近」は、単なる観測ではなく、宇宙のインフラを守るための「実効的な一手」だといえるでしょう。日本のスタートアップとJAXAの知見が融合し、2027年には再び「だいち」と「みどりII」の姿を目にすることができそうです。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)