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変わる津田沼・変われない津田沼 イオン・パルコ・モリシア【Watch+】
2026年3月28日 09:20
JR津田沼駅周辺が近年、変わっているような、いないような……都心の大規模再開発とは趣を異にする変化を見せています。直近では、3月18日にイトーヨーカドー津田沼店跡地にて「イオンモール津田沼 South」が開業した一方、3月17日に「Morisia(モリシア)津田沼」の再開発事業一時中断・営業再開が発表されました。結局のところ津田沼は今どうなっているのか、駅周辺を歩いてみました。
まずは自己紹介から入りますが、筆者は津田沼周辺の出身です。実家は津田沼駅からバスで15分ほどなので、純正津田沼民とはいえないかもしれませんが、小学校高学年から津田沼駅周辺の学習塾に通い、中・高・大学と都内の学校に通い、さらに社会人5年目まで実家から通勤と、長年津田沼駅を利用していました。時代にして、80年代半ばから00年代前半までです。東葉高速鉄道開業後(96年開業)は一時期浮気しましたが。
そんな筆者の記憶とも重ね合わせながら、今の津田沼を見ていきたいと思います。
津田沼には何があった?
JR津田沼駅は、JR総武線各駅停車および快速が停車する千葉県内の駅で、出口は北口と南口があります。JR駅から少し離れた徒歩圏内には千葉県内を運行する京成松戸線(旧・新京成線)の新津田沼駅もあり、両駅間で乗換もできます。JR駅は船橋市と習志野市の市境に位置していて、南口はほぼ習志野市、北口は進む方向によって習志野市だったり船橋市だったりします。
バス路線も充実していて、朝夕の本数も多いのですが、朝のラッシュ時に自宅近くのバス停で待っていて「満員のため通過」という経験もザラにありました(筆者が利用していた時代)。それだけ多くの人に利用されているということです。
そんな、各方面から人が集まってくる津田沼にはかつて、北口側に「パルコ」「西友」「イトーヨーカドー」「丸井」、南口側に「ダイエー」「高島屋」がありました。調べてみると「長崎屋」もあったそうなんですが、物心つく前(生まれてはいた)に閉店してしまったようで、筆者には長崎屋の記憶はありません。
商業施設のラインアップを見ると、ファミリー層の日常から若年層のファッション・カルチャーまでそろっています。実際、最新・最先端を求めるとなると都内まで足を運ぶ必要がありましたが、そこまで求めなければ事足りる街でした。とはいえモール型商業施設が増えた今となっては、1つの大型商業施設だけで“事足りる街”の役割を果たしているのかもしれません。
かつての津田沼周辺商業施設のうち、パルコと西友は同じ西武系であり、細い通りを挟んで2棟のほぼ同じ建物で展開していました。立地はJR津田沼駅北口を出て正面の、非常に目立つ場所です。後に西友は地下のみとなり、地上は「パルコ&レッツ」という名称(通称?)となり、映画館もオープンしました。筆者もこの映画館で映画を見たことがあります。
イトーヨーカドーと丸井は新津田沼駅直結の施設です。現在は新津田沼駅直結の商業施設として「イオンモール」がありますが、かつてこの場所には室内スキー場がありました。
ダイエーと高島屋が入っていた建物は、現在のモリシアです。筆者が津田沼にいた頃はダイエー系列で「エキゾチックタウン」という商業施設名称も記憶しています。時代としては現在の「福岡ソフトバンクホークス」が「ダイエーホークス」だった頃ですから、ダイエーの立ち位置自体が今とは大きく異なります。
大きく変わった北口の風景
まずは、JR津田沼駅北口を出て目の前のパルコがあった場所が、現在どうなっているのかを見てみましょう。
パルコが閉店したのは23年2月。A館とB館がありましたが、A館は取り壊され、B館は建物は残って商業施設「Viit(ビート)」になりました。
こうして比べてみると、駅前のランドマークがなくなってしまった喪失感は否めません。ただし、取り壊されたということは、何か新しい建物ができるということで、何年か先には津田沼駅前に新しい景色が広がっていることでしょう。現場に近づいてみると、三井不動産グループが携わっていることがわかります。
ビートは引き続き営業中です。かつてはこの建物内に映画館がありました。個人的によく足を運んだ店としては、芳林堂書店がこの建物内にありました。よく利用した書店としてもう1つ昭和堂があったんですが、両店とも現在はありません。
ヨーカドー跡地のイオンモールで映画館復活
3月18日に、イトーヨーカドー津田沼店跡地に「イオンモール津田沼 South」がオープンしました。商業施設としては津田沼周辺で“最新”ですが、建物自体はイトーヨーカドー津田沼店の頃と変わらず、京成電鉄が所有する「津田沼12番街ビル」を刷新した形です。そのため外観だけでは、何年かぶりで足を運んだところで「ずいぶんと変わったな~」というような印象とはなりません。ただし中身は新しいことにもチャレンジしており、かなり力が入っていることがわかります。
新しいイオンモールで話題になっているテナントの1つに「イオンシネマ」があります。Xなどには“津田沼に映画館ができる”と“津田沼に映画館が復活”の、微妙に感じ方が異なるポストが見受けられますが、これは前述の、パルコにあった映画館を知っているかいないかによるものでしょう。映画館は夏オープン予定です。
かつて丸井があり、現在は「ミーナ津田沼」となっている、イオンモール津田沼 Southとデッキで接続する津田沼14番街ビルについても、秋に新たな商業施設として開業することを目指し、改修・刷新が進められています。
街や商業施設を時代に合わせて更新するという目的で、取り壊しを伴う大規模な再開発が各地で進められています。しかし事業費に見合った効果が見込めないことから建て替えができないケースも多々あるでしょう。建物の老朽化に伴う防災面等の課題さえ解決できれば、ハコを残して中身を大きく変えるというやり方が、今後ますます増えていくかもしれません。
変われないモリシア
地上52階・地下2階の複合施設に生まれ変わるという大規模再開発計画が頓挫してしまったのが、南口のモリシアです。
習志野市が再開発事業について都市計画を決定したのが24年10月。再開発に向けて25年3月に閉館しましたが、25年5月に施行予定者である野村不動産が「建築費の動向を含めた社会情勢が見通せない状況にあることから」再開発事業の一時中断を習志野市に申し入れました。26年3月には、建物の改修を行なったうえで28年秋からモリシアとして営業再開することが発表されています。
建て替えを延期して営業を再開するケースはモリシアに限った話ではなく、例えば東京・五反田の「TOCビル」でも計画見直し、営業再開となりました。大小様々な建て替え計画でこういったことは起こっています。
モリシアは28年秋から10年程度の営業を見込んでいるとのことですから、もう一度再開発計画が進められるとしても、かなり先のことになるでしょう。
そんなモリシアも、よく見れば明かりがないことがわかりますが、遠目のぱっと見では営業しているようにも感じます。歩行者デッキをモリシアに向かって歩いていくと途中に掲示板があり、施設内にあった習志野文化ホールの休館日欄は空白になっていました。
さらに近づいていくと、やっぱりやっていないんだなという確信に変わります。周辺の歩行者動線は開放されていて人通りはあるため、間近に見るまでは確信できませんでした。
パルコのように跡形もなくなってしまった景色も寂しいですが、人気のない巨大施設もまた違った寂しさを感じます。
なくなったのは実はパルコA館だけ
ここ数年で閉店となった大型商業施設のうち、取り壊されたのはパルコA館だけで、そのほかは建物自体は残っています。それが冒頭に示した「変わっているような、いないような……」という印象につながります。
さらに、大型商業施設以外の場所に目を向けてみると、かつて筆者が通った学習塾があったビル群など、ほぼそのまま残っています(学習塾はなくなりました)。
1本裏手に入れば、所狭しと様々な店舗が並びます。店の入れ替わりはあるとは思いますが、雑多な雰囲気は昔のままです。
こういった場所も含めて大規模再開発が行なわれ、自身に縁のある場所が大きく変わった様子を見れば、きっと感動を覚えることでしょう。一方で“よくこの場所に通ったな”と思えるような場所がなくなるのは一抹の寂しさも覚えます。
建物の老朽化、消防車の入れない狭あい道路などの課題を抱える街は多くあると思いますが、そこに長く住む人、生まれ育った人、通った人にとっては「変わってほしいような、ほしくないような……」という想いがあることでしょう。
いずれにしても津田沼周辺は、筆者が利用していた頃と景色は大きくは変わっておらず、まずは数年後のパルコ跡地が「大きく変わった感」をもたらす第1号になりそうです。
























